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6.実技テスト

「あの化け物って……!」


 赤組二班、つまりリアの居る班の実技テストが開始されたちょうどその時。


 今彼女らが交戦している部屋の上半分、リア達から見ると鏡になっている位置に、ラクア含む青組の一同と、白組戦科と呼ばれる特別な人間のクラスの面々は居た。

 鏡はマジックミラーというやつで、リア達の側から見れば単なる鏡でしかないが、ラクア達から見るとそれは窓と変わらず、透けた壁の向こうに彼女らの姿が見えている。


 そこから魔獣を見たラクアは、リアと同じく、下段で見た鵺族キマイラの姿を重ねて、恐怖と憎しみに拳を握り締めた。


「やはり例年通り、実技テストは魔獣相手のようだね」


「俺たちのテストも同じように、ああいうのと戦うってことか?」


「だろうね」


「……大丈夫かな」


 ラクアのその心配する言葉は、この後のテストにおける自分自身と、今下に居るリアに向けられたものだった。

 ラクア達の視線の先で、赤組二班の面々は、次々に魔獣を屠っていく。


「あれ? あの人、確かどっかで見たような……?」


 そんな生徒たちの中で、一際周囲の注目を詰めている男の顔を見て、ラクアが首を捻った。

 思い出すよりも早く、ナイゼルが答えを言う。


「あの時中央通りに居た野蛮人じゃないか……、まさか同級生だったとはね」


 武器屋であったことを思い返しているのか、その声色は憎々しげだ。

 ラクアも思い出したが、その一部始終を見ていなかったので、「ああ、あの時の」と興味なさそうに呟くだけに終わる。


 野蛮人呼ばわりされているその男、レオルグは、二人を含む他生徒からの視線を受けながら、順調に魔獣の数を減らしていった。その手には剣も盾も握られておらず、身一つで立ち回るレオルグにラクアが感心する。


「強いな、ほとんどあの人が倒してる」


「他の生徒が弱いだけじゃないかな」


 ナイゼルは全く面白くなさそうに、そう返した。確かにレオルグ以外の生徒は魔獣相手にかなり苦戦しているようだ。

 特にリアは、その筆頭だった。魔獣の攻撃や他の参加者の攻撃を避けるのに精一杯なのが見て取れる。


「ああ、見ててヒヤヒヤするな……、出来ればもう部屋の隅でじっとしてて欲しい」


「彼女は実戦経験はないのかい?」


「無いよ、そういうのを必要に迫られるようなこともなかったし、あんな化け物だって見たのはこの前が初めてで……、戦うって呼べるようなことと言えば子供同士の喧嘩ぐらいだった。それも、相手は全員ただの人間だったからな。リアの方が圧倒的に強くて勝負にならなかった。あとあいつ、喧嘩とかあんまり好きじゃないから」


「へぇ、戦士族ベラトールにしては珍しいね。女性はそれぐらいお淑やかな方がいいけれど」


「まぁ、俺もリアに強くなって欲しいなんて全く思ってないけど……テスト的にはマズいよな?」


「マズいね」


「やっぱり……」


 お互い筆記テストが壊滅的だった分、実技テストでなんとか挽回しなければならない訳だが、この調子では筆記テストの二の舞だ。

 なんとか頑張って欲しいと思う気持ちと、怪我をしないうちに早く終わって欲しいと思う気持ちが、ラクアの中でせめぎ合う。


 一方、そんな幼馴染兼家族の心配などつゆ知らず、リアは何度目かわからない雷撃をギリギリでかわしながら、部屋の中を走り回っていた。

 その様子を見かねたバレッドが、リアの首根っこを掴んで戦場から引っ張り出す。


「あのなぁ、お前逃げるばっかで全然倒してねーじゃねーか!」


「だって怖いんですもん!」


「下段じゃ鵺族キマイラ相手に喰らいついてたじゃねーか。……って、原種返りしてたから覚えてねーのか」


 きょとんとしたリアの様子に、バレッドがその理由に思い至って頭を掻く。


「とにかく、一段目で生きていくんなら、魔獣との戦闘は避けて通れねぇからな、慣れてもらうしかねぇぞ。別に何も難しいことはねーよ、喧嘩くらいしたことあるだろ? 殴る蹴るで倒しゃいいんだよ、武器も使っていいって言ってんだぞ、ほれ」


 言いながら押し付けられる簡素な形の剣を、リアが突っ返す。


「いりません! そんなもの振り回したら余計に危ないし!」


「強情な奴だな~、そんなこと言ってたら、何も出来ねーままテスト終わっちまうぞ?」


「別にもうそれでいいですもん! どうせ筆記テストの時点で散々だったし!」


 頑なに拒むリアに、バレッドがやれやれと溜息を吐く。


「別に俺はそれでも困らねーけどな、流石に筆記も実技も両方得点無しっつーのはちょっとマズいぞ? 入学取り消しになる可能性もある」


「えっ」


「在学中にかかる費用は全部国に負担して貰ってるってこと忘れてねーか? 最終的にお国の為になる存在だからってんで優遇されてんだぞ俺らは。いくら戦士族ベラトールだからって、ただ突っ立ってるだけのかかしを養うほどの余裕は、まだこの国には無ぇだろうし。ちょっとでもいいから〝私は戦えます〟って姿勢見せとかねーと、見限られるぞ」


「そ、そんな……」


 焦ったリアはちらりと魔獣の方を見たが、目が合っただけで恐怖に支配されてしまう。

 他の生徒たちは体中に傷を作りながらも、絶え間なく突進し続けているというのに。


「んなビビらなくても、死にゃーしねぇよ。万が一そうなりかけたら、すぐ俺が助けに入る。こっちからじゃ見えねーが、ウォレアや他の生徒たちも上から見てんだ、何か異常があったらすぐに対処できる、安心しろ」


「えっ、そうなんですか? 他の生徒って、じゃあラクアも?」


「おー、今まさにお前を見てるだろうな」


 リアはバレッドが指差した鏡の壁を見上げた。そこには自分の姿が映っているだけだ。


「むぅ、ただの鏡じゃないですか、バレッドさんの嘘つき」


「アホ、反対から見たら透けて見えてるんだよ。信じられねーなら後で確かめろ。とにかく今は戦って点稼いでこい、アイツに全部持っていかれちまうぞ?」


 言いながら、バレッドが見ていたのはレオルグだった。うじゃうじゃと湧いていた魔獣は今やその半数以下になっている。

 焦りは募るが尚もふんぎりがつかないリアの背を、バレッドが押す。


戦士族ベラトールとして生きていく事を選んだんじゃねーのか?」


 そしてそんな言葉。

 

 ――そうだ、ここで何もせずに退学になって二段目に戻ってしまっては意味がない。

 やっと、ありのままの自分を受け入れてくれる、自分が普通の女の子で居られる居場所を見つけたのに。


 「逃げちゃだめだ、頑張らなきゃ……」


 リアは何度も深呼吸して、一度は返した武器を手に取った。今にも泣きそうな情けない顔のまま、自分を見つめる魔獣へと、恐る恐る近付いていく。

 剣が届く距離まで来て、慣れない手つきで剣を振りかぶったリアに、


「キェアアアアアアアアアアア!!」


「きゃああっ!?」


 魔獣は甲高い雄叫びを上げた。

 リアが悲鳴と共に目を瞑って怯んだのを見て、植物型の魔獣はその触手をしならせて彼女に打ち付ける。


「いっ……!」


 バシンバシンと何度も鞭のような触手に叩かれて、その場に蹲ってしまうリアを見て、鏡の向こうのラクアが声を上げたが、彼女には届かない。

 やがて痛みに慣れたリアは、鋭い目で敵を睨みつけて、


「この……っ、しつこい!」


 触手めがけて思いきり剣を振り払った。斬られた触手が宙を舞って、ぼとぼとと床に散らばる。

 痛みのせいか、反撃されて怒ったのか、魔獣はまたも吠えたが、リアはもう怯まなかった。敵の懐にもぐりこんで、両手で握り締めた剣で斜めに斬り上げる。


 魔獣の傷口からあふれ出た、人とは違う緑色の血が、リアの身体と真新しい制服を汚した。

 魔獣は絶叫しながらでたらめに暴れ回り、再び雷を落とす。


 飛散した血と苦痛を示す絶叫に僅かに動きを鈍らせたリアは、その一つをモロに受けてしまった。


「あ゛っ……!」


 全身が車に撥ねられたかのような強い衝撃を受けて、リアの身体はその場に崩れ落ちた。


 下級魔獣の雷撃は実際の自然現象の雷よりも威力は格段に低く、受けたのが戦士族ベラトールであれば尚のこと、一発や二発で死に至るようなことはないが、まだ全く鍛えられていないリアの身体は、それだけで硬直してしまう。


 動かなくなったリアを見てラクアがその名を叫んだが、彼の周囲に居た魔族マグス生徒たちを驚かせただけだった。

 なんとか意識を飛ばさずに済んだリアは、床に転がったまま痛みに顔を歪める。


 武器を手放し格好の餌食になったリアに、斬られた魔獣が容赦なく二撃目を放とうとしたが、それは左右から飛んできた二人の生徒の一撃によって阻止された。

 拳と鞘による打撃でその身を大きく湾曲させた魔獣は、凄まじいスピードで部屋の壁に突き飛ばされた。

 衝撃音と共に、振動が床を伝ってリアに届く。


「ちょっと! アンタもう十分倒してるでしょ! 少しは遠慮しなさいよ!」


 鞘で敵を殴ったミーナは、拳で殴ったレオルグに吠えた。


「っせーな、嫌ならさっさと倒せ、鈍間のろま


「なんですってぇ!?」


 憤るミーナを無視して、レオルグは吹き飛ばした魔獣に駆け寄ってトドメを刺す。その身体は既に色とりどりの敵の血に染められていた。


「あーもうっ! また取られた!」


「み、ミーナちゃん……」


「何よ!?」


 足元からかけられた弱々しい呼び声に、ミーナが怒り顔のまま下を向く。

 そこでようやく寝転がっているリアに気付いたようで、ミーナは目を瞬かせた。


「アンタ、何やってんのよ?」


「さ、さっきの魔獣にやられて……痛い……」


 ミーナは一瞬呆けて、それから思いきり吹き出した。


「ダッサ! こんな下級相手にそんなにやられてるヤツなかなか居ないわよ! どれだけ弱いのよアンタ!」


「うっ、酷い……、ほんとに痛いんだってば~! なんか、身体も痺れて全然動かないし……」


「ばっかじゃないの!? もうアンタ隅で丸まってなさいよ、そんなとこで寝てたら踏まれるわよ!」


「そうしたいけど、動けないんだって……笑ってないで助けてよミーナちゃん~!」


 お腹を抱えて笑い続けるミーナの声に被さるように、試験終了を告げるブザーが鳴り響いた。


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