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5-③ 不本意な縁と再会

「なんだあれ……、なんなんだよあれは……」


 終了の鐘が鳴り響くまで、結局己の名前しか書くことの出来なかったラクアは、実技テスト開始までの僅かな休憩時間、教室の机の上に突っ伏していた。

 その様子を心配そうに見守っているのはナイゼルだ。ウォレアが教室に居なくなって、なんとか平静を取り戻せたらしい。


「随分お疲れだね、そんなに難しかったかい?」


「難しいもなにも、まず何が書いてあるのかが全くわからなかった……なんなんだよあれ、どこの国の言語だ?」


「え? ――もしかして、素語も知らないのかい?」


「素語? って確か、魔術を操る時に使うとかなんとかいう……」


「端的に言えばそんなところだね。魔術は素語で森羅万象を司る精霊に呼びかけ、己の身にある元素と呼ばれるエネルギーを対価にして、彼らを使役することで発動するんだ。魔族マグスなら、人語と同じで幼い頃から当然にように使っているものだけれど……、それが分からないとなると、ちょっと厳しいね……」


「そんなレベルなのか……」


 正直、筆記にはそれなりに自信があった。二段目に居た時には満点ばかり取っていたし、運動が出来ない分そちらを頑張ろうと努めていただけのことはあった。魔族マグスのテストは人間のそれとは違うだろうから、まぁ酷い結果にはなるだろうと身構えてはいたのだが、まさか問題が読めないなんて事態に陥るとまでは予測できなかった。

 入学した矢先にこのザマでは、この先のことなど考えたくも無い。


「ま、まぁ、何事も為せば成るさ! 君は聡明たる魔族マグスなんだから、その気になれば言語の一つや二つ、すぐに習得できる」


「いいぞナイゼル、無理に励まそうとしなくても……」


「全員揃っているか? そろそろ特別棟に移動するぞ」


「ひっ」


 ウォレアが現れて再び極度の緊張状態に戻ってしまったナイゼルを連れて、ラクアは教室を出る。

 同じく筆記を終えて出てきたリアは、予想通り暗い面持ちだった。


「ああ……ラクア、テストどうだった……?」


「今回ばかりはお前より酷いかもな……」


「えっうそ!? そんなに難しかった?」


「難しいっていうか……、いや、もういいや、この事は忘れよう……」


 この手のイベントでここまで落ち込んでいるラクアを見たのは初めてで、リアはこの学院の恐ろしさを実感して身震いした。





 特別棟は講堂や各教室のある本校舎とは別に、独立して敷地内に設けられている別棟の一つだった。

 外観も内装も本校舎とそう変わらず、城の別邸、と表現して差し支えなさそうな煌びやかさだったが、教官に導かれるまま地下へと下りると、その光景は一変する。


 コンクリートがむき出しになっている壁に、重い鉄の扉。点々とある小さな照明が、全体を薄暗く照らしている。

 一つ下に降りただけなのに、先ほどまでの華やかさなど一切感じさせないその無機質な空間に、生徒達は息を呑んだ。


「な、なんか不気味……、しかも変な唸り声も聞こえない?」


「隙間風……じゃあないよな、窓ないし」


「うう、実技テストってスポーツテストとかじゃないの~? 肝試しとかだったら出来る自信ないよ~」


 さすがに肝試しはないだろうが、単純なスポーツテストというわけでもないだろうとラクアは思った。

 張り詰めた空気の中、バレッドはいつも通りの軽い口調で話す。


「さて、そんじゃまずは赤組からな。青組と白組はこの階で待機」


「ああ、やっぱり別々なんだぁ……」


 心細そうに見つめてくるリアに、待機を命じられたラクアは微笑みながら手を振る。


「頑張れよ、実技はお前の十八番だろ?」


「二段目の実技テストとは雰囲気からして違うもん!」


 とはいえ、嫌がっていても避けて通れるものではないとリアもわかっている。

 バレッドに連れられて、赤組の面々だけでさらにもう一段下の階へ向かうと、そこはとても狭い空間で、ただ一枚の扉があるだけだった。クラスの全員が入ると、ろくに身動きも取れない。


「全員纏めて~っと言いたいところだが、流石にそれじゃテストっつーかただの大乱闘になっちまうからな、十人ずつぐらいでやってくぞ~、名前呼ばれた奴は前に出るよーに」


 最初の十名のうちにリアの名はなく、選ばれた生徒たちは順に扉の奥に消えた。

 ほっと安堵するリアを含んだ残りの生徒たちに、半分扉の向こうに足を踏み込ませているバレッドが告げる。


「終わったら出てくるから、それまでここ開けるんじゃねーぞ」


 そう言われると開けたくなるのが人の性というものだが、皆のそんな好奇心はすぐにかき消された。


「――え、な、なに……?」


 閉ざされた重く分厚い扉の向こうから、聞いたこともない奇妙な鳴き声が、合唱のように響いた。

 ただならぬ雰囲気を感じ取った生徒たちは、揃ってドアから離れる。


「へぇ、実技テストって対人格闘かと思ったけど、そうでもなさそうね」


 強張るリアの横で平然とそう言ったのは、今朝口論を繰り広げた、例の嫌味な女子生徒。

 今の音を聞いてどうしてそんなに平然としていられるのかと、リアは信じられない目つきで相手を見る。


「こ、怖くないの……?」


「はぁ? 怖いって何がよ? っていうかアンタ、今朝のめんどくさい芋女じゃん!」


「芋女!? 芋女って何!?」


「アンタみたいに女としての魅力が毛ほども無い奴のことよ! あーヤダヤダ、こんな奴と同じ空気吸ってたらこっちまで芋になるわ~」


「なによそれー! ちょっと可愛いからってそんな言い方ないじゃん!!」


「えっ」


 リアはどんな時であれ、思っていることを素直に口に出す性格だ。

 嫌味を言った自分に対して可愛いと返してきたリアに、女子生徒は言葉を詰まらせる。


「な、なぁんだ、一応、感性だけはまともなんじゃないの」


「だけって酷くない!? そりゃあ、確かにお洒落とか得意じゃないけどさぁ……」


 そういえば、入学前に中央通りで買い物していた時も、バレッドに服装のことに関してさらっと蔑まれたような気がする。

 二段目では周囲も同じような身なりだった為にそこまで気にしていなかったが、一段目の住民は揃いも揃って綺麗に着飾っている。これでは確かにダサいと言われても仕方がないのかもしれないと、リアは気落ちした。


 その様子に慌てたのは相手の女子生徒で、褒められてまんざらでもない気分になっていた彼女は、流石に悪かったかと罪悪感を抱く。


「あー、まぁ、アレよ、別に顔はそこまで悪くないんだから、それなりに整えればアンタもそこそこ可愛いんじゃない? そこそこだけど」


「……ほんと?」


「そこそこね! 勘違いしないでよ、あくまでそこそこなんだから!」


「おい、さっきからキーキーうるっせぇんだよ、そこのメス二匹」


 テストのことなどすっかり忘れていた二人を現実に引き戻すかの如く、低く怒りを孕ませた声が背後から聞こえて、二人は反射的に振り返った。


「あぁ!? あんたあの時の!」


 今度もまたリアの見知った顔の生徒だった。先日、武器屋で言い争ったあの男だ。

 男もリアを覚えていたようで、心底嫌そうな顔で低い位置にあるリアの顔を見下ろす。


「んだよ、またテメェかよ……」


「あの後ちゃんとマルナちゃんに謝った!? まだならちゃんと謝ってよね! あの子この学院に居るんだから! いくらでも機会はあるでしょ!?」


「だっからキーキー喚くんじゃねぇよ、このヒステリックが」


「ひ、ヒステリックって……」


「ちょ、ちょっとアンタ!」


 確かに少し騒ぎすぎたかもしれないと反省して勢いを殺されたリアに、先程まで相手をしていた女子生徒が慌てた様子で声をかけた。

 不思議そうに「なに?」と尋ねたリアを無理やり男から引き離して、ひそひそ声で話す。


「アンタ、アイツの知り合いなワケ?」


「知り合いっていうか……前にちょっと腹立つことがあって、取っ組み合いになった」


「取っ組み合い!? それでよく無事で居られたわね……」


「え、なに? もしかして有名人?」


戦士族ベラトールの間じゃそこそこね、有名っていうか悪名高いのよ。やってることはただのチンピラって感じだけど、実力がある分笑えないのよね……、戦士族ベラトールの長の座を狙ってるって噂だし、もしあんな奴が長になったら……」


「はいはーい私語はそこまで~」


 先行班のテストが終わったのか、いつの間にかドアの前に姿を現していたバレッドが、手を叩きながら諫める。

 リアたちを含め喋っていた生徒たちは、口を閉ざして前を向いた。


「んじゃ次始めるぞー、名前呼ばれた奴は前な。――ミーナ・マクシリア!」


 リアと話していた女子生徒が、傍を離れて皆の前に立つ。

 ミーナちゃんって言うんだ、名前も可愛いなぁ、などと呑気に考えていた矢先、自分の名も呼ばれてリアは慌てて前に出る。


「ふーん、アンタも一緒? 別に誰と一緒でも関係ないけど、邪魔はしないでよね」


「うっ、頑張るけど……、ミーナちゃんは凄い自信満々だね?」


「あったり前よ、テスト如きで躓いてたら、マクシリア家の名折れだもの……って、何ちゃっかり馴れ馴れしく呼んでんのよ!?」


「名折れって、もしかしてミーナちゃんも有名人?」


「人の話聞きなさいよ!」


 二人が言い合う間にも、バレッドは生徒の名を呼び続ける。皆のその面持ちはリアのように不安げだったり、ミーナのように自信ありげだったりと様々だ。


「レオルグ・アレクシード!」


「うわ、アイツも一緒なの……? 点持って行かれちゃうじゃない、最悪」


 最後に呼ばれたのは例の男子生徒で、ミーナが露骨に顔をしかめる。

 レオルグはさして緊張しているとも昂揚しているとも言えない様子で、つまらなさそうに欠伸をしていた。


「よっしゃ、んじゃー後の奴はもうちっと待っててくれなー。――行くぞお前ら」


 開かれた扉を、胸に拳をあてたリアを始め、選ばれた十数名の生徒たちが潜る。

 部屋の中は広く、辺り一面が何枚も張り合わされた合金の板に覆われていた。上階をぶち抜いて作られているのか天井は高めで、ちょうど階数が変わるあたりで、壁の材質が鏡に変わっている。


 そして、リア達が入ってきたのとは逆側に、立派な鉄格子があった。その奥は深いのか、部屋の明かりが届かず真っ暗になっている。


「さてと、ルールの説明するからよく聞いとけよー。今からお前らには魔獣相手に好きに戦ってもらう。武器と防具は学院側で用意した、この安物の量産型のみ使用可能だが、まぁこれを使うかどうかは各自に任せる。かえって邪魔になるってんなら使わないのも手だな」


 バレッドは部屋の壁面に立てかけられている片手剣と円形の盾を一つずつ持ち上げて、皆に見えるよう頭上で振った。


「他、道具なども含めて私物の使用は一切禁止。他の参加生徒への攻撃も禁止だ。評価は加点方式で、魔獣一体倒すごとに加点していくことになるわけだが、何人かで一体を仕留めた場合は、トドメを刺した奴に加点されることになってるから注意しろよー。制限時間に達するか、全部倒しきっちまった時点で試験は終了。ルールに違反した場合はその時点で失格、評点はゼロだ。――以上、何か質問のある奴は?」


 ルールについて愚痴を漏らす者は居たが、手を上げる者は居なかった。

 バレッドが「おし、んじゃ始めっぞー」と軽い調子で言って、部屋の隅にあるレバーを引き下ろす。

 すると少し間を置いて、鉄格子の向こうから、唸り声と共に魔獣が姿を現した。


「……あ、あれって……」


 その姿は、喩えるならば蛇と切り株だった。蛇といっても何故か魚のヒレのようなものがついているし、その大きさはどちらかと言えば竜のよう。切り株も、ムカデのように六本足でうぞうぞと動いたり、触手にも見える蔦を鞭のように振るっている。


 様々な生き物が入り混じって形成されているその異形の生物は、下段で見た鵺族キマイラを彷彿とさせた。

 自分とラクアが襲われたこと、そして父を殺されたことを思い出して――リアは身を凍らせる。


「あれが魔獣ってやつだ。まぁそのへんによく出没する下級だから、戦い慣れてる奴にはちっと物足りねーかもしれねぇが、その分数は用意してやったから、ストレス発散だと思ってやってくれ。――うぉっと!」


 蠢く魔獣の一体が甲高い鳴き声を発したかと思うと、バレッドの頭上から突然雷が落ちた。

 バレッドはそれを難なくかわしたが、バチィッ!という激しい音と光に、リアが小さく悲鳴を上げる。


「あっちも辛抱足らねぇみてーだから、そろそろ始めんぞ~」


「ま、待ってください、あたしまだ色々と心の準備が――」


「後がつっかえてるから待ったは無し!」


 無慈悲にも上がっていく鉄格子と、にじり寄ってくる魔獣の群れに、生徒達はそれぞれ身構える。


「そんじゃ、赤組一年第二班、実技テスト開始!」


 そしてバレッドの号令を皮切りに、双方が獲物に向かって飛び出した。


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