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5-② 入学式

「ああもう、式の前から疲れた……」


 やっとのことで講堂に辿り着いたリアが、最初に発した言葉はそれだった。

 校舎一階にある広い講堂は、式の始まりを告げる鐘が鳴る頃には、新入生やその保護者などで埋め尽くされていた。壇上にほど近い場所に新入生が並び、その後ろに在校生と来賓、左右は教職員で固められている。


「あれからずっと言い争ってたのか?」


「そうだよ~、最終的にはあっちが折れたけど。っていうか、式の時間だからって無理やり打ち切っただけだったけど。結局謝って貰えなかったし……ああモヤモヤする~!」


「別に、二段目でもよく居ただろああいう奴は。相手すると余計面倒なことになるから、適当にあしらっておけばいいんだよ


「でも、一緒に居るだけであそこまで言われるなんておかしいじゃん!」


「まぁな。ウォレアさんたちが言ってた〝魔族マグス戦士族ベラトールは基本馴れ合わないもの〟っていうのは、こういうことだったんだな。……そのわりには、この並びだけど」


 二人は今隣同士に並んでいるが、別に互いを探した訳ではなく、講堂に入ってきた際に教官に誘導されるがまま整列しただけだ。

 それがどういうわけか種族が均等に混ざるような配置で、案の定二人の周囲に居る魔族マグス戦士族ベラトールは睨み合っていたり、わざとらしく距離を取っていたり、小声で嫌味の応酬をしていたりしている。


「仲悪いのがわかってるなら、別々に整列させればいいのにな」


「でも助かったよ~、やっぱりラクアが傍に居てくれた方が安心するもん。本当にもう知らない人ばっかりで……、あれ?」


「ん? どうした?」


「あの子、マルナちゃんに似てない?」


 リアの視線は、鮮やかな髪色の生徒達の中で、肩身が狭そうに小さくなっている黒髪の少女の後姿を捉えていた。周囲を囲む魔族マグス戦士族ベラトールの小競り合いに、時折びくっと身体を震えさせている。


「確かに似てるけど……、あの子は俺達と同じ歳には見えなかったけどなぁ」


「だよねぇ……、飛び級とか?」


「もしくは凄い童顔なだけ、とかな。まぁまだ本人と決まった訳じゃないし……」


「静粛に!!」


 いつの間にか壇上に上がっていた男のその一言で、皆の視線がそちらを向いた。

 司会進行役であるのだろう、無精髭を生やしたその男は、一度では静まらなかった場のざわめきが完全に治まるまで、何度か同じ言葉を叫んだ。


「ただ静かにするだけで何分取らせる気だ? 新入生だからと言って調子に乗るなよ、餓鬼共」


 ドスの聞いた声で告げる男に、リアとラクアが苦笑する。


「なんか、先生っぽくない人だね……」


「静かにしてろって、また言われるぞ」


「それではこれより、モルタリア王国立ノブリージュ学院の入学式をとり行う」


 式の流れは一般的な学校のそれと変わりないようで、国歌の斉唱に始まり、来賓の挨拶や新入生代表の宣誓、在校生の歓迎の言葉などが続く。

 そして、恒例の学校長式辞。二段目ではこの時間になると決まってリアは船を漕ぎ始めていた訳だが、例によって話の半ばほどでリアが目を伏せてしまったので、代わりにしっかり聞いておいてやろうとラクアは前を見据えた。


「このノブリージュ学院は、かつてこの場所を居城としていたモルタリア国王、アルヴァーユ・フォン・エルクートが、魔族マグス戦士族ベラトールの能力の向上や、その力による社会貢献、そしてそれにより人間である従来のモルタリア国民、ひいては宗主国たるセヴィオール帝国の人々に、魔族マグス戦士族ベラトールという新しい種族の価値を訴えかけ、その存在を受け入れて貰うことを目的として設立されたものです」


 校長は、ラクアの想像よりもずっと若い男性だった。二段目で校長といえばお腹が大変ふくよかであったり、頭皮が涼しげになっていたりしたのだが、今壇上で喋っている男はそのどちらにも当てはまらず、とても気品に溢れている。


「――今日こんにちに至るまで、かの王は艱難辛苦を乗り越えてきたと言います。ですがそのお陰で、モルタリアというこの小さな国はここまで栄えることが出来ました。現在では帝国からもこの学院や国の在り方を支持する声が増え、これからも益々モルタリア王国は躍進していくこととなるでしょう。そしてその為に必要なのは、ここに集う生徒達の存在であり、またそれを支える我々教職員や、ご来賓の方々の存在でもあると思っております」


 だが何よりラクアを驚かせたのは、その髪と目の色が漆黒であることだった。

 魔族マグス戦士族ベラトールの学院だという話から、勝手にそのどちらかなのだろうと想像していたラクアにとって、人間が校長だというのは意外な事実だった。


「種族や思想の異なる者同士、時としてぶつかり合うこともあるでしょう。ですがその度に互いを理解しようと努力し、手を取り合って前に進んでゆくことこそが、アルヴァーユ王の思い描いた理想であり、私の望むものでもあります」


 校長は来賓に向けていた視線を、壇上近くの新入生たちに向けて続ける。

 

「さて、新入生諸君。君たちはこれからこの学院で、沢山の辛く険しい道を歩いてゆくことになるだろう。学院での厳しいカリキュラムは勿論のこと、時として大事なものを傷つけてしまったり、果ては失ったり……。過去、この学院では死傷者が出たこともある。その理由は様々だが、亡くなった者の中で、自分の死を予見していた者はごく僅かだろう。自分が今日明日に死ぬとは思って居なかった者が殆どだった筈だ、今の君達のようにね。――命あるものは皆生まれ、やがては死んでゆく運命にある。これは人間だけでなく、魔族マグスも、戦士族ベラトールも、他の動植物たちも皆等しく同じだ。だが人類の多くは、着実に歩み寄ってきているはずの死を実感することなく、悠々と日々を過ごしている。それは何故か?」


 校長の問いかけに、生徒達はそれぞれ顔を見合わせた。


「この国が戦火に呑まれていない事や、遥か昔に比べ医療などが発達し、平均寿命が延びたことも一つの要因ではあるだろう。だが私はこう考える。〝我々が死を意識しないのは、死が目に見えないものであるから〟だと。我々は無意識のうちに、それが遥か遠くで動かずにじっとしているかのような錯覚を抱いている。だが、先程も言ったように、平穏な日々の終わりというものは、何の前触れもなく突如としてやってくるものだ。……君達には、死が進む道の先にあるのだと知った上で、今を大切にして欲しい。止まることなく流れ続ける今というこの時間を、それぞれの思う最良のものにして欲しい。いつか必ず訪れる終わりのときに、後悔のないように生きて欲しい」


 その真剣な眼差しと言葉に、生徒達は畏怖のようなものを感じていたが、校長はふっと表情を和らげて、


「――以上が、私が君たちに伝えたいことの全てだ。この学院での日々が、君たちが限りある人生の一部を費やすに相応しい、価値あるものになるよう願っている」


 そう締めくくった。

 壇上から下りる校長を目で追っていたラクアの視界に、隣に立っている生徒の姿が映り込む。

 黒髪長身の美男子だ。自分と同じく真面目に演説を聞いていたらしい彼は、何故か校長を睨みつけていた。


「…………?」


 そんなに癇に障るような話だっただろうかと、ラクアは青年の反応を不思議に思う。

 青年は見たところラクアより年上のようだが、隣に並んでいるということは同じく新入生なのだろう。単に大人びているだけか、はたまた訳ありか、ラクアには判じ難い。


 式はその後も滞りなく進行し、リアが目を覚ますころには閉会の辞まで終わっていた。ラクアはその間、何度か隣の青年を盗み見ていたが、相手は壇上で喋る司会も他の職員も無視して、ただずっと校長を睨んでいた。


「では、黒組、特科白組の生徒は、担当教官の指示に従って移動を開始。赤組、青組、戦科白組の生徒はまだ動くな、その場で待機だ」


 一部の生徒たちが、教官に引率されて講堂を出て行く。その生徒の中にマルナの姿を見つけたリアは、名を呼んで手を振った。

 気付いたマルナはパッと顔を明るくして、小走りで駆け寄ってくる。


「やっぱりマルナちゃんだ! どうして? もしかして同い年だった?」


「あ、えと、黒組と白組の生徒は、年齢に関係なく入学できるんです。卒業までの年数を合わせて二十歳までっていう上限はありますけど、その間でなら個人の自由が利くんです」


「へぇー! ってことは、やっぱり年下だよね?」


「いえ、あの、一応、リアさんたちと……同い年……」


「うそぉ!?」


「うっ、そんなに童顔に見えますか……?」


 気にしているのか、悲しげに言うマルナに、リアが先に詫びを入れた上で肯定する。


「おーい、そこのお嬢さん! 他クラスとの交流はまた後でなー!」


「あっ、はい! ――すみません、私そろそろ行かないと……」


「ああそっか、ごめんね呼び止めちゃって、またね!」


「はい! リアさんもラクアさんも、テスト頑張ってくださいね! 結果、お店で待ってますから!」


 ぺこりと会釈して、講堂の出入り口で待っていた大柄な壮年の教官と共に、マルナは去っていった。

 去り際に残された激励に、リアが固まる。


「忘れてた……、そうだ、テストだ……!」


「一体何するんだろうな? 俺たちだけここに残されてるってことは、これからすぐに始めるつもりなのか……?」


「よー、待たせたなぁ新入生!」


 その疑問の答えは、マルナたちと入れ替わるように現れたバレッドとウォレアが持ってきた。二人は生徒たちの視線を浴びながら、皆の前に並んで立つ。


「やっと来たか、式はもう終わったぞ」


「いやぁすみませんね教頭、朝からちょっとヤボ用があったもんで」


 他には聞こえない声で、バレッドは司会を務めていた男と短く言葉を交わして、前に並ぶ生徒達に向き直る。


「あー、そんじゃ一応自己紹介だな。俺はバレッド・アルマイト、ここの卒業生で、今年度から赤組の担当教官をやらせてもらうことになった。まー適当によろしくしといてくれ」


「私はウォレア・フォン・ウイスターシュだ。同じくここの卒業生で、今年度から青組の担当教官を務めさせて頂く。名を知っている者や、既に面識のある者も居るとは思うが、学院ここではあくまで教官の一人として接して欲しい」


 リアは「本当に先生なんだねぇ」などと呟きながら楽しそうに聞いていたが、ラクアは少し離れた場所で青ざめているナイゼルを心配するのに忙しかった。

 ウォレアの隣に立っていたミスカと名乗る女性教官は、気が弱いのか何度も言葉を詰まらせながら手短に挨拶を済ませる。


「君たちにはこれから実力診断テストを受けてもらう。内容は筆記、実技の二つ。先に筆記テストを各クラス毎に教室で行い、その後特別棟に移動して実技テストを行う」


「つーわけで、赤組は俺、青組はウォレア、戦科白組はミスカ教官の後に続いて移動開始~」


 筆記と聞いて死にそうな顔になっているリアとそれを同情交じりに見ていたラクアは、それぞれ本校舎にある指定の教室に入って、配られた用紙を受け取った。

 全員が席についたのを認めて、皆の前に立つ各教官が内容の説明に入る。


「制限時間は鐘が鳴るまで。途中退室は禁止、私語やカンニングは言うまでもないな」


「テスト中に何か用があったら黙って手ぇ挙げろ、答えは聞いても教えてやんねーけどな!」


「そ、それでは試験開始、です!」


 教官の合図で生徒たちは一斉に紙を裏返して、問題を解き始めた。が、


「…………」


「…………」


 リアとラクアは、裏返したその状態のまま、一向にペンを動かせなかった。



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