3-② 赤と青の邂逅
「そこまでだ!!」
そうして時は流れ、武器屋にて窮地のリアを救ったのは、つい先ほど書店にてラクアと話していたフォルワード家の青年だった。
店内に居た三人は揃って声の方を向く。
「女性相手によくもまぁ、そんな野蛮な振る舞いが出来たものだね? まさか君のような非常識な男が、僕と同族であるとは思わないが?」
腰に下げていた鞘から細身の剣を抜いて切っ先を相手に向ける青年に、向けられた方の青年もリアから手を離して答える。
「そう言うてめぇは魔族だな? ヒョロい身体つきしやがって」
「おや、こちらが身体まで鍛えてしまったのでは、君たち戦士族の唯一の取り柄が無くなってしまうけれど、それでも構わないのかな? 」
「はっ! 言うじゃねぇか。力で勝てねぇからって口だけは達者になってるみてぇだな?」
「力で勝てない? なるほど、頭が弱い戦士族の諸君は、自分にとって都合の悪い事実は覚えていられない様だね」
「あぁ?」
「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
一触即発の二人に、リアの傷を診ていたマルナが慌てて言った。
二人の青年に見下ろされて、萎縮気味に続ける。
「中央区において、魔族と戦士族の私闘は法律違反ですっ! それに、店内で暴れられるのは困りま――」
「がたがたうるせぇガキだな、外野はすっこんでろ!!」
「ひっ!!」
戦士族の青年は怯えるマルナを一蹴して、魔族の青年に襲いかかった。
拳を剣の腹で防いだ青年は、その衝撃で後ろにずり下がる。
「フッ、本当に、殴る蹴るといった単純な闘い方しか知らないらしいね?」
「それがどーした? 押し負けてる奴に言われても、負け惜しみにしか聞こえねーなぁ!」
二発目を繰り出そうとする戦士族の青年に、魔族の青年は盾にしていた剣を持ち直して、切っ先を相手の額めがけて突き出した。
戦士族の青年は刺さる寸前、それを手で弾く。
切っ先が鼻先を掠め、側面の刃は掌を裂き、傷口から血が流れた。
「君のような単細胞の輩には、魔術を使うまでもないな」
「ハッ、こんなかすり傷つけたくれぇで、いきがってんじゃねーぞ!」
戦士族の青年は、今度は素早く身を屈めて相手の軸足を払った。
不意を突かれた魔族の青年が体制を崩したところに、すかさず拳を叩き込む。
今度は防御も間に合わず、魔族の青年の腹部にそれは直撃した。
「ぐっ……!」
「おらおらどーした!」
剣を奪い取って、容赦なく攻撃を続けようとする戦士族の青年に、魔族の青年は人差し指を立てて、それを相手の喉に向けた。
喉を突かれた戦士族の青年は一瞬息を詰めたが、その程度の衝撃はすぐに回復する。
細い手首を掴んで勝ち誇った笑みを浮かべる戦士族の青年に、いまだ人差し指を立てたままの魔族の青年も、同じように口角を上げた。
その理由がわからずに居る戦士族の青年に向けて、魔族の青年が口を開く。
「仕方ない、前言撤回しよう。―― 風の精霊よ」
「あ?」
『 我が身に蓄えられし汝が力の源を対価に、我が忠実な僕となりその力を振るえ 』
謎の言語を喋りだした青年に、戦士族の青年とリアは疑問符を浮かべる。
ただマルナだけが意味を理解した上で、あわあわと手をばたつかせた。
魔族の青年はそのまま最後の言葉を口にしようとしたが、
「リア!」
三度目の来客によって、それは阻止された。
名を呼ばれたリアが、心底嬉しそうに返す。
「ラクア!」
「え、え?」
もうこれ以上事態をややこしくしないで欲しいと内心思いながら、マルナは二人を交互に見た。
対峙する二人の青年はラクアの眼中には無いようで、一目散にリアに駆け寄る。
「やっぱり騒ぎ起こしてたな!? それに、その傷どうしたんだよ!」
「いやーちょっとカッとなってさ~」
「お前はなんでいっつも後先考えないでそう……」
がみがみと説教を始めるラクアを蚊帳の外から見ていた二人は、
「……チッ、萎えたな」
「女性の前で取り乱すなんて、僕もまだまだかな……」
それぞれ呟きながら闘志をおさめて、結局何のために店に来たのかさえ分からないまま帰っていった。
マルナはほっと胸を撫で下ろして、改めてリアとラクアを見る。
「ねぇ~もう許してよラクア~、あいつ出て行っちゃったじゃん~、お灸を据えてやろうと思ったのに~」
「お灸を据えられるのはお前のほうだバカ」
「元々はあいつがマルナちゃんに向かって酷いこと言ったのが悪いんだもん!」
「酷いことって何だよ?」
「だから――えっと――、……あれ? 何だったっけ?」
「はぁ……」
これだからこいつは、と言いたげにラクアが深い溜息をつく。
それを見たマルナが小さく笑いを零した。
「むぅ、マルナちゃん、それは私のマヌケな姿に対する笑い?」
「え、あ、ごめんなさい、違うんです。 その、お二人が、すごく仲が良いんだなぁって……ふふっ」
「なんで説教されてるとこ見てそう思うの~?」
不貞腐れているリアを尻目に、ラクアはざっと周囲を見渡したが、店内に損害はないようで。この手の騒ぎが起きたときにはいつもついてきた、弁償の二文字からは逃れられたようだと安堵する。
「あの、君がこの店の店員さん? こいつが迷惑かけたみたいで、本当にごめん」
「いえ、逆に助かりました。ああいうお客様の対応はまだ慣れなくって、わたしがもっとしっかりしてなくちゃいけないんですけど……、怪我までさせてしまって……」
「ああ、いいよいいよ! あたしが勝手に怪我しただけだし!」
「そうそう、これはこいつの自業自得だから」
「ラクアはいちいち言わなくていいの!」
マルナは笑いながらも二人にお礼を言って、それからラクアを見た。
「貴方がリアさんの言っていた〝ラクアさん〟なんですね」
「え? ――リア、この子に何話してたんだ?」
「えっとねー、あたしやラクアのこととか、下段のこととか、色々!」
「色々って……、まぁいいか。それより、お前こんなところで何してるんだ?」
「あぁっ! そうでした! 武器ですよ武器!」
ラクアの疑問に返したのはマルナで、彼女は少し待っていてください、と言うなり慌しく店の奥へと引っ込んだ。
小動物のようなその忙しない動きを微笑ましく見ていたリアは、悲哀に満ちた声で呟く。
「そう、武器だよ……」
「武器なんて、何に使うんだ?」
「〝授業で〟だって……、ラクアはまだ聞いてないの……?」
何も知らないラクアは頷いて、リアはバレッドに教えられたことを洗いざらい話した。
全てを聞いたラクアは、
「なんだよそれ! そんなの詐欺だ!!」
怒りを露にして、リアと全く同じことを言った。
「戦争参加なんて冗談じゃない! あの二人、わざと黙ってたのか……!?」
「ねー、なんかひどいよねー」
「いや、お前はもっと怒れよ」
「いやさぁ、怒ってたんだけど、もう怒っててもしょーがないかなって思って……」
「……、まぁ、そうか。そうだな……」
不満はあれど、既に一段目の魅力の片鱗に触れてしまった二人は、早々に下段に戻る気にはなれなかった。従って、やりきれない気持ちを溜息として吐き出すに留まる。
「お待たせしました! では、今からお二人の相棒を、わたしが責任を持って選定させていただきますね!」
戻ってきたマルナの手には、小さな麻袋がぶら下がっていた。
カウンターの上に置かれたそれは、ごとり、と鈍い音を立てる。
「相棒?」
「武器のことなんですけど、わたしはそう呼んでるんです。だって、これからその武器とリアさん達は一緒に戦うことになるわけですから! 辛いときも嬉しいときもいつも一緒、ピンチの時は支えあい、共に強大な壁を乗り越えて行く……! まさに相棒だと思いませんか!?」
興奮気味に言うマルナに、二人は気圧されて頷いた。それがいけなかった。
途端に、マルナは水を得た魚のように、活き活きと語りだす。
「ですよね! わかっていただけて嬉しいです! 中には鉄の固まりに過ぎないとか、ただの道具だなんて言う人も居ますが、そういった方には売らないって決めてるんです。おじいちゃんはそれじゃ商売にならないって言いますけど、丹精こめて作った子たちをそんな人には任せられませんから! ちゃんと生き物と同じように扱って貰わないと、この子たちだって私達と同じように怪我もするし、調子だって悪くなるし、定期的に診察してあげないといけないのに、たまに無茶苦茶な使い方して廃材同然になった子を道端に棄ててる人なんかも居るんですよ!? わたし、そんな子たちを見る度にもう涙が止まらなくって――」
――マルナの熱弁は、以後十数分に及んだ。
最初は「何やら楽しそうだから喋らせておいてあげよう」と思っていたリア達も、終わる頃には早い段階で止めておかなかったことを後悔していた。
「――ってことなんです。だから、武器を選ぶっていうのはすっごく重要なことなんですよ!」
「なるほどー! よくわかったよ! それじゃあ宜しくねマルナちゃん!」
これ以上は続けさせまいとリアが強めの語気で言うと、その心を理解していないマルナが満面の笑みで答える。
「お任せください! えぇっと、それじゃあ先にリアさんから……」
マルナは麻袋から謎の機械を取り出した。
形としては、太い棒の両端に重石がついている、所謂ダンベルだ。重石の片側に操作盤がついていて、マルナはそれを手馴れた様子で操作する。
「では、これを持ち上げてみてもらえますか? リアさんがどの程度の重さに耐えられるかの計測になります。徐々に重くしていきますから、最初はちょっと軽めですけど」
「へぇー、どれどれ」
重いものを持ち上げる、なんてことはリアにとっては朝飯前だ。
最後まで全て持ち上がってしまったらどうしよう……などと可愛らしく悩んでいたが、それは杞憂に終わった。
持ち上げた瞬間、リアはダンベルに引っ張られて、床に手の甲を打ち付けてしまった。
「痛っ! ――な、なにこれ、めちゃくちゃ重いよ!? 設定間違えてない!?」
「いえ、それで合ってるはず、なんですけど……」
リアはもう一度力を込めてダンベルを持ち上げてみたが、三分も経たずに疲れて置いてしまう。
「あの、リアさんって、戦士族の方なんですよね……?」
「バレッドさん達にはそう言われたけど……なんかちょっと自信なくなったかも……」
「バレッドさんが言うんでしたら、間違いはないと思いますけど……、すみません、ちょっと設定を変えたので、試して貰っていいですか?」
困惑気味のマルナに手渡されたダンベルを、リアが嫌々ながら再び手に取る。
今度は先ほどよりは楽に持ち上がったが、それでもまだ重い。これが武器の重さだとすれば、とても扱えそうにない。
何度も何度も調整して持ち上げるの動作を繰り返し、ようやくマルナから終了の声がかかった。
ダンベルを回収して結果を見たマルナは苦い顔。
「困りましたね……、この結果だと、今在る戦士族用の武器はどれもお渡しできそうにないです……」
「うーん……、やっぱり、武器ってどうしても持たないとだめなの?」
「そういう訳ではないんですけど、持たないなら持たないで相応の実力がないと、学院でやっていくのは難しいと思います」
「でも持ち上げることさえできなんじゃあ、どうしようもないよ~」
このまま持たずに済むのならそれはそれでラッキーだが、入学してすぐに授業について行けずに退学、などということになるのは避けたい。
うなだれるリアに、マルナも頭を抱える。
「だっ、大丈夫です! わたしがなんとかしてみせます!」
「なんとかって?」
「持てる武器が無ければ、作ればいいんですっ!」
「おおっ! できるの!?」
「……えと、たぶん、やって出来ないことはないかと……」
目を泳がせるマルナに、リアが遠い目になる。
それでも今は彼女の腕に頼るしかなかった。
「それじゃあ、次はラクアさんにもお願いしますね。ラクアさんは魔族だから……」
マルナは再び操作盤を弄って、今度はそれをラクアに渡した。
リアのことがあった手前、見守る二人も、ラクア本人も緊張気味ではあったが、そんな心配も吹き飛ぶほとに、ダンベルはすんなりと持ち上がる。
マルナはほっと一息ついて、また調整して渡す。重さの増していくダンベルを、ラクアは次々と持ち上げていった。四回目、五回目、六回目……
「あ、あれ……?」
十回目あたりで、マルナの表情が曇った。
ラクアはダンベルを持ったまま、その様子を不思議そうに見る。
「何かマズい? 普通に持ててるけど……」
「えと、大体の魔族の方は、もうそろそろ持てなくなってくるはずなんですけど……、ラクアさんは、魔族にしては随分力持ちなんですね……? 下段出身だからでしょうか?」
「そうかな? 下段では貧弱だって言われてたけど」
「だよね。力があり過ぎても問題なの?」
「問題はないんですけど……」
マルナは難しい顔で、店内に飾ってあったサーベルを持ってきた。そしてそれをラクアに持たせる。
少し重みはあるが、ラクアにとっては片手でも振れる程度のものだ。
「魔族用の武器で、今一番重量があるのはそれなんです。ほとんどのお客様は、両手でやっと持ち上げられるんですが……」
「ラクアは余裕ありそうだねぇ」
「う~ん……、ラクアさんは、魔術はどの程度扱われるんですか?」
「どの程度っていうか、たぶん全然使えない」
「え? ……魔族の方なんですよね?」
「らしいけど……」
数瞬の沈黙が流れて、その間必死に頭を働かせていたマルナが、
「あ、そっか、下段には人間の方々しかいらっしゃらないんですもんね」
ラクアがこれまで魔族としての教育を全く受けてこなかっただけ、ということに思い至った。
「それじゃあラクアさんは魔術を扱わない、というよりかは、まだ扱い方を知らない、ということなんですね。今は全く扱えなくても、今後優秀な魔術の使い手となる可能性は十分にありますよ。ですが、先のことはわかりませんから……」
マルナはカウンターの引き出しから何かの書類を二枚引っ張りだして、そこにリアとラクアそれぞれの名前と、今計測した結果を書き記しながら話す。
「初心者向けの、補助ルーンをありったけ詰め込んだ武器がいいかもしれませんね。パーツを付加するとどうしても重みが出てしまうので、普段は控え目にしているんですけど、ラクアさんでしたらその点は問題なさそうですし、なんでしたら物理攻撃特化型のものでも良いかもしれません。今うちにある武器の中から選ぶこともできますけど、せっかくですからお二人ともオーダーメイドでお作りしましょう! 久しぶりに腕が鳴ります~!」
オーダーメイドとなると時間も手間も段違いになってしまう筈なのだが、マルナにとってそれは苦にはならないらしい。
至極楽しそうな顔で言いながら、書き終えた書類を二人に手渡した
「というわけで、お二人とも、入学後にある実力診断テストで、これを担当教官の方に渡してください。必要なことは全て教官の方が記入してくれるはずです。テスト終了後にまた受け取って、ここに持ってきてください。作りはじめるのはその後になりますけど、武器が必要となる授業の開始までには、なんとか間に合わせるようにします!」
「実力診断テスト?」
「年度初めに、魔族と戦士族の生徒対象で行われるんです。詳しいことはまた学院の方から説明があると思います」
テストと聞いて、リアがあからさまに嫌そうな顔をした。
二段目でろくな点数を貰えなかったリアにとって、テストは魔の行事でしかない。
「ようお前ら、どうよ? いい武器は見つかったか?」
そこに書店での買い物を終えて現れたバレッドは、両腕に大きな紙袋を抱えていた。
後ろに居るウォレアも、少量ではあるが、同じ袋を抱えている。
「す、すごい量ですね……?」
「おう喜べ小僧、俺が持ってんのがお前の分の教材だ」
「えっ」
優に五十冊はあるのではないかというその光景とバレッドの言葉に、ラクアが青ざめる。
バレッドは所詮他人事なのか、面白そうにゲラゲラと笑った。
「それで、武器はどうした?」
「あ、えっと、マルナちゃんが作ってくれるみたいで……」
「作る? ――よほど合うものがなかったのか、手間をかけさせてすまない」
「いえいえ、こんなお客さんは滅多にお会いできませんから! ウォレアさんは、その子の調子どうですか?」
「問題ない、変わらず良い働きをしてくれている」
「ならよかった。――グランディア、いい相棒さんに巡りあえてよかったね、これからも仲良くするんだよ?」
まるで人に語りかけるように言って、マルナはウォレアの腰にある剣に目線を合わせるようにしゃがみこんで、自愛に満ちた目で優しく撫でた。
「グランディアって……?」
「この剣の名だ、彼女は自分が携わった武器全てに名前を付けているらしい。彼女にとって、武器は我が子のようなものなのだろうな」
「へー! じゃあ、バレッドさんの相棒は何て名前なんですか?」
無機物に名をつけることに関して、馬鹿にすることもなく純粋な好奇心で尋ねるリアに、バレッドは暫し考えた後、
「なんつったっけ? 忘れたわ」
悪びれもなく言い放った。
リアの反応に感動していたマルナが、表情を一変させて怒鳴る。
「アルヴァトロスですっ! あんまり適当に扱うようなら、返してもらいますからねっ!!」