闇に潜むもの
削れた地面は森の奥まで延々と続いてた。ジムという犠牲者が引きずられた跡だろう。
ずんずん歩くラルクからはぐれぬ様にコートの裾につかまりながら、ハリスは息も絶え絶えだった。
「何っで…灯りも持たず、に、そんなに……すたすた、歩けんだよ!」
ランプで足下を照らしても視界は暗く、地に張り巡らされた木の根に蹴躓くは草の蔓に足を取られるわで、ハリスは幾度も転びそうになった。ラルクの方もいい加減鬱陶しくなり、いっその事この坊やを置いていくかと思った時、背後から殺気を感じた。振り向く前にその場から飛び退く。
「うわっ?!」
ぱしゃんと音がして、その場に取り残されたハリスの顔面に水が弾けた。
「よく避けたわね」
空になった小瓶を投げ捨てながら現れたのは、吸血鬼を追っていったはずの女吸血鬼ハンター、エマだった。
ハリスの方に気を取られ過ぎてエマの存在に気が付くのが遅れた。エマの方も気配を隠して待ち伏せしていたのだろう。
「何しやがる!」
顔を朱に染めて怒鳴るハリスを、エマは驚いた様に見やった。
「あなたを助けてあげたのよ?見たところまだ『犠牲者』ではないようだし」
「何言ってるんだ?」
「その男が、吸血鬼よ」
エマの指さした先には、動揺のかけらも見えないいつも通り美しいラルクの姿。その黒いコートの端から細い白煙が立ち上っている。さっきの水が数滴跳ね飛んだのだ。
「聖水よ」
エマがにやっと笑った。人間が浴びてもただの水だが、魔に属する者が被れば――
「その男の姿を見れば分かるじゃない。こんなに美しい男が、人間にいて?」
ハリスが、信じられないと言う顔でラルクを見上げ、そしてもう一度エマを睨んだ。
「ふざけるな!この人は恩人なんだよ。さっき来たばっかりのお前に何が分かるんだ!!」
背後に音も無くエマの御者が回ろうとしている事に気付いているのかいないのか、ラルクは静かに訊ねた。
「この村の吸血鬼はどうなった?」
「まだとぼける気?!」
エマの眉が跳ね上がった。
「待てよ!ジムがやられたっていう時、ラルクは俺と一緒にあんたの紹介を聞いてたんだぜ?!」
自分の不安を吹き飛ばすように、ハリスが喚いた。
「じゃあ、こいつの眷属の仕業でしょう。こいつの様な……」
エマの声が終わらぬ内に、闇の中に異様な音が響いた。ラルクの背後から杭もて飛びかかろうとした御者の黒い体がのけぞり、その喉笛から鉄錆の臭いを振りまく赤い液体が飛び散った。
「うわぁっ!」
「何っ?!」
悲鳴を上げたハリスは勿論、エマにすら見えなかった。ラルクにだけは分かった。飛び出した茂みへ再び戻っていく、小さな黒い影を。そして、嗄れた笑い声を。
「待ちなさい!!」
エマの叫びと、腰を抜かしているハリスをもはや構わず、ラルクも影の気配を追って森を覆う闇の中へと消えた。