祈る手
私たちは自由だった。
私の人生の中で、そして彼女の人生の中でも、あれほど自由な時間はもう、永遠に来ないであろう。
新しい街。友達もいない。家と職場の往復。
私たちはまるで、逃亡者のようだった。何から逃げているのかはわからない。たった二十二歳とたった二歳のギャングだった。
仕事以外の時間は、本当に自由だった。
好きな時間に眠り、好きな時間に起きた。好きな物を食べ、好きな物を飲んだ。たまに洗濯や掃除をする。買い物もする。時々外食をして、時々出前もとった。ほとんどの時間を二人きりで過ごした。
恐い思いもした。
タクシーから降ろしてもらえなかったり、ちょっと強引な押し売りが来たり、後をつけられたりした事もあった。
でも私は勇敢だった。
どんなことにも屈することはなかった。声も手も、心までも震えていた。それでも私は、私たちは勇敢だった。
私たちは、アパートの部屋という小さな世界でたった二人、よく笑い、よくしゃべり、よく泣いた。彼女の世界の中心には私がいて、私の世界の真ん中に彼女がいた。
しかし、そんな幸せは、そう長くは続かない。
やがて私にも友達ができ、彼女にも新しい世界が開ける時がやってきた。
私たちは時間に支配されるようになっていった。一緒に過ごす時間は減り続ける。彼女の話には、私の知らない名前が飛び交う。私の知らない涙、知らない悩み、知らないときめき。世界の中心は確実にずれていく。
親が子を殺す、酷い話を聞いては胸を痛める。
小さかったその手が、どんどん私の手の大きさに近づくように、彼女の欲しがるモノが、どんどん現実的になって行く。
一向によくなりそうのない世の中に、取り残されたようなあの頃の勇敢で優しい気持ちが、どんどん不安を募らせる。私の欲しがるモノがどんどん抽象的になっていく。
私たちは自由だった。
それは儚いもので、そしていつかは壊れゆくもの。
もしも壊れない自由を、この手に入れたなら、私たちは次に何を欲しがるのだろう。
私は祈り続ける。
せめて彼女を導く手が、優しいものでありますように。かつて私がいつも繋いでいた手を、温め続けてくれますように。
私たちは自由だった……
ほのぼのした雰囲気でまとめたかったのですが、上手く伝わったでしょうか。




