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雨の滴と恋の雫とエトセトラ  作者: CoconaKid
第一章 雨が降ったから
5/50

「やっぱり、そうだ。なんか久し振りだな、倉持」

 自分とは違う制服。

 やや下がり気味のズボンにネイビーカラーのブレザーを着た、茶髪の男が自分を見ていた。

 崩れた着方をしているところがちゃらちゃらした軽さが出ている。

 見たような気がするが、私が思い出せないできょとんとしていると、露骨に顔を歪めだした。

「ちぇっ、しかとかよ。やっぱその制服を着ている奴らは頭がいい事を盾にお高くとまってるんだな」

 嫌味っぽいその言い方は、性格が悪そうに思えた。

 その男の子は山之内君もチラリとみて「ケッ」と小さく吐き出していた。

「お前、勉強できるくせに、記憶力ないってどういうことよ。俺のこと思い出せないのか、小学1年の時に同じクラスだっただろ」

 小学一年の時に同じクラス?

 そんなのぼんやりとしか覚えてないし、あの時、担任の先生が事故で怪我して数週間入院となり、一時期早急措置として他のクラスに振り分けられた事があった。

 すごくバラバラになって、クラスに誰がいたのかごっちゃになって、あまり覚えてない。

 でも確かに見たことはあるような顔だった。

「池谷瑛太だよ。中学も同じだったのになんで覚えてないんだよ」

 そういえば、なんとなく思い出した。

 クラスは違ったし、話したこともなかったし、どうして今更声を掛けてくるのかわからずに、きょとんとしてしまった。

 同じ学校に通っても、私には全く関係なかったから、池谷君に声を掛けられてもピンと来ない。

「まあ、いいけど」

 口ではそういいつつも納得行かない不満さを隠せず、池谷君は軽く舌打ちをした。

 そこでまた山之内君の事をちらっと一瞥していた。

 私が山之内君と一緒にいるのを気にしているように思えた。

 山之内君も居心地悪いのか、突然現れた池谷君に対して様子を見るような顔になっていた。

「なんか俺、邪魔したみたいだな」

 別に邪魔ではなかったが、池谷君が声を掛けてきたことの意外性が強くて私はどう受け答えしていいかわからなかった。

 私が上手くその場を仕切りきれなかったばっかりに、山之内君もどうしていいのか分からず居心地悪くそわそわしていた。

 そこを面白がるように池谷君は初対面にもかかわらず、山之内君に近寄ってわざとらしく顔を突き出してじろじろと見つめた。

「ちょっと池谷君、それ失礼でしょ」

「別にいいじゃん、じろじろ見たって、減るもんじゃなし」

 山之内君はそれに耐えられなかったのか、かなり落ち着かず後ずさりをした。

 そして突然我に返って言った。

「ぼ、僕、それじゃこっちだから、また明日学校で」

「や、山之内君!」

 私が呼び止めるも、山之内君は手を振って、そして傘を差さずに雨の中を隣の駐輪所まで走っていってしまった。

 もしかして、なんか誤解しているんじゃないかと思うと、池谷君の登場がすごく不快になった。

「倉持、もしかして今の奴と付き合ってるのか?」

「そ、そんなんじゃない。ただ一緒に帰ってきただけ」

「そっか、それならよかった」

「何がいいのよ」

 ついつっけんどんになって答えてしまった。

「おっと、なんか怒らしちまったようだな。まあ、こうやって話をするのも久し振りだから、なんか懐かしい」

「何が懐かしいのよ。私、池谷君と話しなんてしたことなかったけど」

「だから、小学生のときに」

「そんな大昔のこと覚えてないわよ」

「なるほど、そうだろうな」

 池谷君は急におかしそうにして笑い出した。

「何がおかしいのよ」

「すまない、ちょっと思い出し笑い」

 私はなんだかとても腹立たしくなってしまう。

 一刻も早く帰ろうと、傘を開きかけた。

「この雨、鬱陶しいな。俺さ、傘持ってないんだよね。途中まで入れてくれよ」

「今日は絶対雨が降るって天気予報でもいってたのに、なんで傘もってないのよ」

「実は、帰りの電車の中に忘れてきちまってさ」

 見るからにだらしのないイメージがしたが、その話を聞いて私の中で池谷君を見下してしまう。

 高校生活が始まったばかりなのに、茶髪にしてすでに制服を着崩しているところは高校生活を舐めているようだった。

 私が呆れてため息をつくと、池谷君はいきなり私の傘を奪った。

「ちょっと、何するのよ」

「傘に入れてもらうんだから、俺がもってやるよ」

「ちょっと待ってよ」

 池谷君は傘を開いて、顎をしゃくって来いと命令している。

 先に歩かれると、後をつけないわけにはいかない。

 それ、私の傘だから!

 納得がいかないまま、私は池谷君と一つの傘の中で歩くことになってしまった。

 いくら小学校、中学校が同じでも、あまり話した事がないし、いきなり名前を呼ばれて声を掛けられるなんて私の中ではありえないことだったのに、どうしてこんなことになるのか、さっぱり訳がわからなかった。

「倉持って、高校生になって、一段とかわいくなったな」

 私が機嫌を悪くしているから、お世辞を言っているだけにしか聞こえない。

「お前さ、昔から結構モテてたよな。でも頭いいし、お高くとまってる感じがして、俺の周りの友達はなかなか声を掛けにくいって言ってたぜ。それに勇気を出して告白した奴は全て振られてるから、益々高嶺の花だとか言ってたな」

「そんなの知らないわよ」

「さっきの男もお前を狙ってるんじゃないのか」

「だから違うっていってるでしょ」

「でも、すげーカッコイイじゃないか。男の俺の目からみても、あれはイケメンだ。倉持と同じ制服着てたし、もちろん頭もいいんだろうな」

「あのね、山之内君とはただ訳があって、話をしてただけなの」

「なんだよ、訳って」

「それは池谷君には関係ないことなの。ほっといてよ」

「倉持ってなんか性格きつそうだな」

「はいはい。なんとでも言って下さい」

「お前さ、もう少し、俺に優しくできないのか。俺って結構健気でいい奴だぜ」

「自分で言ってたら世話ないよね」

 私はよくも知らない相手とこんな事を言い合いしているのが不思議でならない。

 腹も立っていたこともあり、どうしても攻撃的になっていた。

 傘が一つしかないので、仕方なく隣を歩いているが、距離感も近いこの状況で自分の感情をむき出しにするのも違和感があった。

 池谷君の顔を見れば、見上げるくらいのその身長の高さに圧倒される。

 山之内君も背が高いと思っていたが、池谷君の方がひょろりとして細いだけに余計に高く見えた。

 かっこつけて笑う池谷君に見下ろされると、私の頬は攻撃をされて身を守るふぐのように膨らんでしまう。

「その、山之内って奴には、俺なんかと違って優しく喋るんだろ。山之内が騙されてないといいけど」

「何を一体騙す必要があるのよ。山之内君から一緒に帰ろうって誘われただけで、今日初めて話したくらいなんだから」

「でも俺の顔見て、慌てて帰っちまったな。なんか俺にビビって逃げた感じにも見えた。もしそうだったらなんかちょっとショックかも」

 何がショックだ。

 実際いちゃもんつけそうな態度で迫っていったくせに。

「池谷君って、茶髪だし、制服も着崩れしてるからかかわりたくなかっただけよ」

「おいおい、外見で勝手に俺のこと決め付けるなよな。俺だってそれなりに精一杯生きてんだから」

 少しむっとしたように、怒った目つきを私に向けていた。

 それから暫くは言葉なく、黙って歩いていた。

 雨は細い糸を散りばめるくらいに弱くなっていた。

 私の家まであと少しのところでふと気がついた。

「池谷君の家ってこっちだったの?」

「うーん、ちょっと遠回りなんだけど、こっちからでも帰れないことはないから」

「それって、私の家がどこにあるか知っててわざとこっち歩いてたってこと? なんで私の家知ってるのよ」

「ふふーん。なんでだろうね。結構俺、倉持のこと知ってるぜ。よく図書館に通ってることや、近所のスーパーに買い物いくこととか」

「ちょっと待ってよ。それってもしかしてストーカーしてるの?」

「ストーカー? そういう訳じゃないけど、良く見かけるってことさ。あっ、もしかして、俺が倉持に惚れてるって思った?」

 私は答えに詰まった。

 自惚れていたわけではないが、突然声を掛けられ、相合傘まで無理やりされて、自分の情報を知られているとなると、普通そう考えてしまう。

 顔を歪めてはいたが、私は何も言えなかった。

「ふふーん、やっぱりそうか。だったらさ、俺たち付き合っちゃおうか? 俺、結構尽くすタイプだぜ」

「ちょっと、待って。それはお断りします」

「ちぇっ、つれないな。でもいいや。俺何度でも倉持にアタックしちゃおう。そのうち俺に惚れてくれるかも」

「そんなことあるわけないでしょ」

 雨は知らずと止んでいた。

 もう少し進んだ先の角を左に曲がればすぐに私の家があった。

 その手前にも左右に分かれる道がある。

 丁度その場所で、池谷君は立ち止まった。

「ラッキーなことに雨も止んだし、傘返すよ。ありがとうな。俺、こっちだから」

 開いたままの傘を私に押し付け、池谷君は右の道を指差していた。

「そうそう、折角知り合ったから、山之内君とやらに今度三人で遊ぼうぜって、宜しく言っておいて」

 自分の冗談を楽しんでいる軽いノリで、息が漏れるようないたずらな笑いを添えていた。

「なんで池谷君が入って、一緒に遊ばなくちゃならないのよ」

「遊びがダメなら、勉強でいいや。二人とも頭がいいんだから色々教えてもらえると嬉しいぜ」

 その時一瞬見せた思いっきり笑う表情は、小学生の時の面影を思い出したような気になった。

 私は肩で傘を支えながら池谷君をじっとみていた。

「そういえば、なんか思い出すな」

「何をよ」

 池谷君が面白そうにクククと笑う。

 何がおかしいのかと首を傾げていたその時、不意をついて池谷君が腰を屈めて私に近づいてきた。

 その後は一瞬の出来事で私を覆っていた傘の中に顔を突っ込み、私の頬に軽く彼の唇が触れた。

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