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羊の短編集。

それでも君が世界を守るというのなら。

作者: シュレディンガーの羊



君は誰より特別で、力に愛された申し子で、だから誰よりも戦いの中で孤独だった。



七年前に突如として現れた人類の敵『忌因』の存在は、まだ国民には明かされていない。人を喰らい、成長するその化け物の情報が乏しいことと、それに対抗する戦力が不十分であることが理由だ。もし、このまま『忌因』の存在が明るみになれば国民の混乱は避けられない。

それでも、七年前に比べれば幾分かマシになったほうだ。ただ人類の武器は『忌因』に傷を負わせることは出来でも、致命傷を与えるには柔すぎた。そんなとき一人の少女が現れたことによって、人類は希望を見いだせた。彼女は人類で唯一、奴らに致命傷を与えられる人物だった。

そう、その彼女こそ君だ。

ただ、君は強くて誰よりも強い故に、誰よりも孤独な戦いに身を投じることになった。




「このまま、どこかに逃げちゃいたいな」

僕に背を向けたまま君はそう言った。

宿舎からすぐそこにある公園に君はいた。宿舎の中で半年ぶりの休日を終えることに気が乗らなくて、ぶらぶらと外を歩いていたら君がベンチに腰掛けているのを見つけた。他愛のない話をする気力もなくて、黙ったままに二人でベンチに座っていればふいに君が立ち上がり、少しだけ歩を進めて、独り言のように呟いた。

「このまま、どこかに逃げちゃいたいな」

一瞬だけ蝉時雨が止んだような気がして、でも本当はそんなの錯覚でしかなくて。降り注ぐ蝉時雨に、君は肩を震わせる。

何かを堪えるみたいに上向いた君の顔は後ろに立つ僕には見えない。

先日、行われた作戦は君にとってきっと悪夢だった。

成功かと思われた作戦は最後の爪の甘さから大きな被害を生んだ。一時は失敗かと思われたが、最終的に君の必死の働きによって救われた。その戦いで君は新しい力を手に入れて、多くの人から賛美と賞賛を受けた。でも、僕は知っている。どうしてもっと早くその力を出してくれなかったのかと、そうすれば助かる者はもっと多かったはずだと、陰で嘆く人の声を、君は歯を食いしばって耐えるように聞いていた。君の人外の力を初めは誉め讃えていた者が次第にその力の開花を気味悪がるように怯えているのも耳に入っているはずだ。本当は誰よりも君の力に怯えているのは君自身なのに。

何も言わない僕に君は、ねぇ、と語りかける。

「どこかで泣く人がいるから、私たちは戦うんだよね。力があるから、戦うための力があるから誰かを、顔も知らない誰かを守らなくちゃいけない。そうだよね」

「・・・・・・あぁ」

「なら、さ」

こぼれ落ちた言葉を追いかけるように俯いた君の足下にぽたり、と雫が落ちた。それは幾つも幾つもアスファルトの上に黒い跡を残して、君の心を暴く。

照りつける太陽が熱でもって肌を焼いて、どこかから聞こえる風鈴の音が風を連れてくる。

ざぁと夏風が樹々を揺らして、君の唇から抑圧された叫びがこぼれ落ちる。

「なら、私の、ことは、いったい誰が守ってくれる、の・・・・・・っ」

たまらず目を閉じる。この痛みをどうすればいいかなんて、そんなこときっと誰も知らない。それはきっと君もわかっていて、だからこそ叫ばずにはいられない。

壊れないように押し込めても、その叫びはたちまち心を喰いつくす。

「・・・・・・わかって、るよ。だって守れたら嬉しい。必要とされたいってずっと願ってきたんだもの、嬉しいに決まってる。でも、でもさ」

振り返る君の瞳は哀しく青に揺れて。握りしめられた指先は白く強ばっていて。

「戦うたびに、私、どんどん自分が一人になる気がするの」

無理に笑ってひび割れた笑顔の上を涙が音もなく滑り落ちた。

その瞳の奥はもう冷たく固く閉ざされた色を讃えていて、僕はあぁと思う。

君はもう、気づいてしまったのか。

太陽の光は澄み渡る青空の下に僕らの影を強く刻みつけて、そうして君を見下ろした。

その光に目を向けることもなく、君は迷子の子供のように僕に請う。

「何か、言ってよ。お願いだから」

「・・・・・・僕と、一緒に逃げるか」

僕の痛みだけから発せられた台詞に君は一瞬だけ目を見開いて、それから笑った。溢れ出す涙を拭うこともせず、君は泣き笑った。

「嘘つき。そんなことできないって知ってるくせに」

「あぁ、知っているさ」

こんな言葉ひとつで君が救われることなんて決してない。むしろ、この言葉は君を傷つけ、僕自身をも斬り裂く。それでも言わずにはいられなかったこの嘘をどうか僕の楔にさせてと、勝手ながらにも願った。

君は僕を見て、僕は君を見て、そうして君は涙を拭いた。

「帰ろう、こんなこと思っても私はやっぱり守りたい」

「あぁ」

歩き出す君の背中に祈る。

どうか君がまたこうして泣くとき、僕がそばにいられますように。




君はこれからも、また泣くだろう。

守りきれないものが砂のように掌からこぼれ落ちるたびに。

自分でも知らない力を手に入れて、孤独に(さいな)まれて、孤高の戦場に立つたびに。

死の淵に立ちながら、いつだって見送る自分に絶望しながら。

それでも、君が泣くなら君は生きていける。

だから、僕はそんな君を、君の心を少しでも守りたい。



設定が甘すぎてまだ書けない長編の試行作。

それでも書きたくなったので、敵設定とかだけ変えて投下。


中途半端な作品ですが、ここまで読んでいただきありがとうございます。

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