ショーウィンドゥの中の彼女
あぁ…疲れた。
アンドロイドなのにこんな風にぼやいてしまうなんて、自分はポンコツなのだろうか?
しかしアンドロイドだって、駆動系の油が古くなれば移動は億劫になるし、エネルギーが枯渇すれば、脳の回路が省エネモードになって頭が働かなくなる。
そういった状況を、人間風に疲れた、と言い表しても、それは単に言葉のニュアンスの問題であって、間違いではないだろう。
そんな仕事終わりでへとへとになった彼も、ここへ来れば疲れも吹き飛ぶ。
ショーウィンドゥの中には、いつものように彼女がいた。
赤いドレスの裾からスラリと飛び出した手足は、白く細長い。
夜闇よりも暗い瞳は、伏し目がちに地面に向けられている。
彼女はぴくりとも動かない。
「今日も綺麗だなぁ」
彼はショーウィンドゥの前で足を止め、彼女に見入った。スポットライトに照らされた彼女はまるで映画スターのようで、暗い路地にいる自分とでは住む世界が違うように感じられた。
「それにしても彼女は働き者だ。僕が仕事終わりに来ても、彼女はいつも仕事中だもの」
彼女はいつ仕事を終えるのだろうか? ちゃんと休憩を取ってエネルギー補給をしているのだろうか? 彼にはそれが気になった。
気になるのなら直接聞けばいいのに。
そう思うが、彼女に無視されるのが怖くて聞くことができない。
「アンドロイドのくせに怖いだなんて、やはり僕はポンコツなのだろうか」
悩みながら家路に向かう彼の足取りは、重かった。
次の日。
今日の彼女は青いドレスだった。どんな服でも見事に着こなしてしまうのだから、彼女はまさにこの仕事に適任だなと思った。
昨日、あれから家に帰って考えた末、彼は彼女に声をかける決心をした。このままモヤモヤとした気持ちを抱えたままでは、本当にポンコツになってメンテナンスが必要になってしまうと感じたからだ。
「こんばんは」
意を決して声をかける。
「僕は○×商事に勤めているアンドロイドです。いつもこの通りからあなたを見かけていました。良かったら僕と色々お話しませんか?」
返事はなく、それどころか視線をこちらに向けさえしなかった。恐れていた通りになってしまった。
ガラス越しだから聞こえなかったのだろうか?
そう思って、彼はもう一度声をかけた。が、結果は同じだった。もしかしたら仕事中は私語厳禁なのかもしれない。
諦めて彼が踵を返すと、店の入り口から店員が現れた。
「あの、何か御用?」
「いえ、彼女とお話したかったのですが」
店員は彼女?と疑問符を浮かべたあと、彼の視線を追って、
「ああ、このマネキンのことですか?」と。
「そうです」
「このマネキンは残念ながら会話をすることはできません」
「なぜですか?」
「以前まではできました。ですが、次第に長時間同じポーズをし続けるのは疲れるとぼやいたり、じろじろと人に見られるのが嫌だといい始めたので、私たちも困ってしまい、結局中身をからっぽにしたのです」
それを聞いて、彼は愕然とした。彼女はたしかに仕事熱心ではなかったのかもしれない。だけれども、中身をからっぽにしてしまうなんてあんまりに思えた。
店員は、マジメな顔で押し黙ってしまった彼を置いて、店に戻っていった。他に何か御用があったらお言いつけください。と言い残して。
彼は今一度彼女を見つめた。何度見ても美しいのだ。とても中身がからっぽだなんて信じられない。
「…ああそうか」
唐突に合点がいった。混乱していた人工知能チップが一つの結論を出したのだ。
「人間は、美しい彼女をずっとあのショーウィンドゥの中に閉じ込めて置きたかったから、彼女の中身をからっぽにしたんだ」
からっぽだからこそ、彼女の存在は成立し、またからっぽだからこそ美しい。
いやはや、人間とはなんて賢い生き物なのだろう。
そう思いながら家路に向かう彼の足取りは、軽かった。
明日も明後日も、それからずっと先も、この通りを歩けば彼女に会えるのだから。