第7話
ゲームの世界とリンクしている設定だとこれから矛盾点が多く出てくる可能性があるので、多少強引ですが、この話に、予定を早めて世界とゲームの切り離す描写が入りましたがあしからず。
「ゲームと異世界を分離させるだって!?」
ヴェノムアントの進化を見届けた次の日、その日は土曜日だったこともあり、午前で授業が終了した葉月は健吾とともに理事長室に呼び出される。
そこには昨日と違い、白衣の男が一人で立っていた。
「うん。昨日アップデートの件のついでに霜月さん達と打ち合わせをしたんだけど、そろそろあの世界の魔物と共存するという概念も完全に定着し始めているし、次のステップに入ろうかという結論になってね」
「……次のステップですか??」
初対面ながら恐る恐る健吾が白衣の男に尋ねる。それに頷きながら、白衣の男は答える。
「そう。今まで蓄積したデータを元に、共存するという概念を始めから持ち、自由に生きて成長していく人間の作成さ」
「それは今までのNPCとどう違うんだ?」
「今までのNPCはあくまでもゲームの世界とリンクする為に下手な行動を抑制する心理的な枷が付けられていたんだ。だからゲームと切り離すことで、彼らに本当の意味で自由を与えようってわけさ」
白衣の男、ザミエルは言葉を続ける。
「……ということで、君たちはこれからもあの世界を楽しんでくれて構わない。けど、そのついでに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
「うん。今、ゲームとのリンクを切るに当たって、最高神と数多の創造神の協力の元、プレイヤーが操っていたテイマー達は各々新たな個を持って再誕しているんだ。それでその子達は元になったプレイヤーの行動パターンを元に人格を形成しているんだけど、如何せん人格を得たばかりでまだ些か不安定なのさ。…だから君達には極力自分の国のテイマー達と触れあって刺激を与えて欲しいんだよ」
「刺激??」
「つまり、共に楽しみ、共に魔物を倒したりといったことをして欲しいんだ。生の人間が発する感情が伝播することで彼らの人格の原型は磨き上げられ、より純化する。そして、より個性を強くしていくことで、彼らはあの世界に生きる人類として神の手から独立することが出来る。君達にはその手伝いをしてもらいたいのさ」
「………要するに向こうの世界で色んな奴と沢山関われってことでいいのか?」
全てを理解できたわけでないが、わかった範囲のことを問う葉月。それに対しザミエルは笑いながら答える。
「ふふ、確かに大雑把に言えばそうなるね。まぁ、そういうわけでよろしく頼むよ。…っと、そうそう、後、残りの界渡りの腕輪を渡すのを誰にするのか聞いておきたいんだけど大丈夫かな? リンクを切る以上その人のデータはあらかじめ取っておきたいんだ」
「ん? ああ、これのことか。そういやまだ誰に渡すか決めてないな。健吾、誰か当てはあるか?」
葉月はカバンから赤と緑の腕輪を取りだしながら健吾に尋ねる。
「ん~、極力3つの国に別れた方が頼まれごとをこなすには良さそうだし、祐希なんてどうかな? 彼女はメルキオール教国で始めたって言ってたし、葉月の事情も知る分丁度良いんじゃないかい。 あとは葉月の家のお隣の一年生の子とか?」
「祐希と…凜か? 凜はテイマーズ&モンスターズはやってなかったと思うが祐希は有りかな?」
手に持つ腕輪を弄りながら考える葉月。祐希はともかく、隣人である室井凜はこういうゲームをするタイプではない人間であり、どちらかというとアウトドア系の少女だった。
「ふむふむ、今のところ候補は小泉祐希さんと室井凜さんで良いんだね? ……うん、ちょうど二人とも教国でプレイしているし彼女達なら大丈夫そうだ」
手に持つ何らかの機械を見ながら言うザミエルの言葉に葉月は思いがけず戸惑う。
「ってちょっと待て!? 凜もやってんのか??」
「え? 2週間くらい前からやっているみたいだけど? しかも毎日ログインしてるね」
「……アイツ、最近来ないと思ったら俺より先にはまってたのか……」
最近テイマーズ&モンスターズ購入の為にバイトに勤しんでいた影響であんまり凜のことを気にしていなかった。だが、普段彼女の親が居ないときは平気で人の飯を食うくせに、自分がゲームにはまったら顔も見せに来ないことは何となくムカつく。凜がやっていることを知りそんなことを思いながら、葉月はザミエルと霜月達の異世界での話を聞いたりしたあと、健吾と別れ、帰路につくのだった。
*********
「ただいま~」
何時もの癖で、家に帰るとつい叫んでしまう葉月。メフィが来てからはメフィが出迎えてくれるので、何となく気分も良かった。
だが、今日はメフィが出迎える代わりに、うるさいほどの音を叩き出す足音が葉月を出迎えた。
「葉月ィ!! 何よこの女!! 何であんたの家に居んのよ!」
足音の主、サイドテールが特徴的な少女、室井凜が奥から歩いて来るメフィを指さしながら叫ぶ。
それに対し、メフィはニヤニヤしながらおどけた様子で答える。
「ですから、私は葉月様の下の世話を任されている葉月様専用奴隷のメフィですと言っていますでしょう?」
「はぁ? 何よそれ? バカじゃないの??ってか葉月!! 本当にどういうことか説明しなさい!!」
ムキーというエフェクトが似合いそうな様子で叫ぶ凜。
そんな玄関で繰り出される喧しい声に近所迷惑な感が否めなかった葉月は溜め息をついたあと黙って二人をリビングへ押していく。
そして、先ずメフィに手刀をくらわせる。
「あのなぁ、お前の事だから凜を煽ればどうなるか分かってる筈だろ? わざわざ面倒くさくしてんじゃねーよ!」
葉月の言葉に片目を瞑り、舌を出して応じるメフィ。それに頭を抱えながら、葉月は凜に向き直る。
「それで? お前は今日はどうしたんだ? 最近テイマーズ&モンスターズにはまってるから俺の所なんて来ないのかと思ってたんだが?」
葉月の言葉にばつの悪そうな顔をする凜。それから小さく呟く。
「………すい……」
「ん??」
「……お腹すいた………」
「何だって?」
「お腹すいたっていってんのよ!!」
「ぐふっ!?」
言いながらハイキックを繰り出す凜。ショートパンツを履いているため、羞恥も気にすることない蹴りは葉月の鎖骨付近に当たり、葉月は思わずよろめく。
「学校から帰ってから今日ママもパパも居ないの思い出したのよ! かといってコンビニまで昼御飯買いにいくのもめんどくさいし、早くテイマーズ&モンスターズをやりたいからあんたんちにタカりにきたのよ! 以上! 何か文句ある!?」
よろめく葉月に追撃しながら早口でまくし立てる凜。そこに蹴られる理由はないんじゃないかと思いつつも咽せながら葉月は凜の足を押さえた。
「げほっ、…で、勝手に合い鍵で入ったらメフィに迎えられて今に至ると?」
「そうよ!! というかホント何なのよこの女!?」
さらにヒートアップする凜を抑え、葉月はかくかくしかじか理由を説明する。
テイマーズ&モンスターズのこと、霜月のこと、メフィのこと。
凜が腕輪の候補者であることはめんどくさくなりそうなのであえて伏せながらもそれ以外のことを話終えたとき、凜は一拍おいて、言葉を紡ぐ。
「……そう。大体わかったわ。そこのメフィとかいう女もおじさまやおばさまが許可しているならこれ以上追及する気はないわ。けどーー」
言葉を切り、大きく息を吸い込む凜。そして、
「アタシもその世界に連れて行け~!!!!」
葉月の耳元で思いっきり叫んだ。
拡声器のようなボリュームで耳元で叫ばれた葉月は一瞬ふらつく。それからすぐに我にかえり、もはや葉月の白い腕輪を力づくで奪ってでも異世界を渡る手段を手にいれようとする凜を慌てて止める。
「待てってば、この腕輪を使えば界を渡れるんだが、あと一週間は待ってくれって開発者がーー」
赤い腕輪を見せながら必死に凜を止める葉月。だが、そこにまさかの横槍が入る。
「あら、ザミエルはリンク切った時点でいつでも来ていいよって言ってましたよ?」
まるで、この状況を楽しむようにクスクスと笑いながらメフィは言う。そして、その瞬間、凜の目が輝き、隙をついて葉月を突き飛ばし、彼の持つ赤い腕輪を奪った。
「うし、これで異世界に行けるのね!」
腕輪をはめて嬉しそうにパソコンに向かう凜。
葉月はその嬉しそうな様子に言おうとした文句が出てこずに溜め息をつく。
「……わかった。お前もあの世界に行くので良いから、とりあえず飯食ってからな」
やれやれといった感じで葉月は部屋に向かい、着替える。
そして、メフィが用意してくれた昼御飯を三人で食してから、凜と葉月は腕輪をつけ、テイマーズ&モンスターズの世界へと転移するのだった。
*********
「どう? 葉月。アタシのマタ吉ちゃん達は? …って何!? 何であんた虫とゾンビなんて選んでんのよ趣味悪いわね!?」
ログインした葉月と凜は葉月が東側のバルタザール王国、凜が西側のメルキオール教国ということもあり、間をとって世界の中心に位置する山の足元にある、セビア村という所の近くに集まることにした。
そして、葉月が到着してからしばらく待つと、ゆったりとしたローブとフレアスカートを身につけた凜とレッサーパンダのようなサポートユニットが現れる。
さらにその後ろからは、背中に何かの動物の角を背負い、革の鎧を纏った二本足で歩く猫と、虫のような羽を生やした普通の人の4分の1くらいの大きさの妖精、それに赤いキノコに手と足と顔が付いたような奇妙な生き物が現れた。
「いや、変なキノコを連れているお前に言われたくねえよ」
ヴェノムアントとネイキッドゾンビに愛着が湧いている葉月は冷静に突っ込む。すると凜は頬を膨らませながらドスドスと近づき、葉月に自分の魔物のステータスを見せながら叫ぶ。
「信じらんない!? ゾンビや蟻をマタ吉と同格扱いするなんて!! こんなにかわいいし、役に立つのに。ほら、見なさいよこのステータス!!」
○●○●○●○●○●○
個体名:マタ吉
種族:レッドマタンゴ
Lv:23(56/75)
HP:98/98
MP:50/50
力:18
魔力:15
防御:43
魔防:34
素早さ:18
知力:23
称号:なし
【特性】:【光合成】【植物の身体】
スキル:毒の胞子、麻痺の胞子、発火胞子、分裂
○●○●○●○●○●○
○●○●○●○●○●○
個体名:ネコ太郎
種族:ケットシー
Lv:89(74/100)
HP:69/69
MP:10/10
力:20(+8)
魔力:10
防御:15(+3)
魔防:14
素早さ:36
知力:30
称号:(見習い猫剣士)
【特性】:【武具装備可能】【猫足】【器用】
スキル:ひっかく、噛みつく、スラッシュ
装備:二角豚の角剣、革鎧
○●○●○●○●○●○
○●○●○●○●○●○
固体名:フェア子
種族:ニンフ
Lv:15(54/105)
HP:55/55
MP:80/80
力:5
魔力:40
防御:9
魔防:32
素早さ:15
知力:39
称号:(風の申し子)
【特性】:【風魔法の使い手Lv3】【人語発声】【回復魔法の使い手Lv1】
スキル:ヒーリング、ウィンド、ストーム、ウィンドエンハンス、ウインドエッジ
○●○●○●○●○●○
凜に押しつけられるようにステータスを見させられながら、葉月は思ったことを口にする。
「……お前ってネーミングセンス無かった……うぐっふ!?」
言葉を言い切るより前に凜の足がみぞおちに突き刺さる。どうも結界は対魔物にしか効果はないようで、悶絶しうずくまる葉月を見下ろしながら顔を真っ赤にして凜が叫ぶ。
「うるさい!! 葉月はどうなのよ!!……って名前つけてないじゃない!!」
葉月の腕を掴み腕輪から魔物のステータスを開いて凜は言う。
「いや……いい名前が浮かばなくてな……」
なんとか立ち上がり、凜に答える葉月。
実際、名前をつけてやりたいのだがしっくりくる名前がなかったのだ。
「あら、じゃあアタシが付けてあげるわよ。ゾン吉とアリ次郎とかど「却下」
凜のネーミングセンスでつけられたらさすがに可哀想だと思い、真面目に考える葉月。そして、
「……じゃあ、ヴェノムアントはウェル、ネイキッドゾンビはレクでどうだ??」
葉月が後ろに控える2体の魔物に問うと2匹とも嬉しそうな反応を見せる。
それを見ながら恐らくどんな名前でも喜ぶんだろうがゾン吉やアリ次郎よりはましだよな~と思いつつ、メフィにその名前で登録を済まさせ、葉月は凜の意識をそらそうとしてセピア村で依頼を受けることを提案する。
「なぁ、名前も決まったし、そろそろ依頼を受けに行かないか?」
「……そうね。マタ吉達の雄姿は依頼で見せてやろうじゃないの!!」
そして、彼女がその気になったのを確認した葉月はさっさと魔物を厩舎に預け、村に向かうことにした。
*********
「葉月、これらなんかどうかしら?」
セピア村のテイマーズギルドで葉月達は依頼を眺める。
前回は健吾がほとんどやってくれたため知らなかったが、依頼はテイマーのランクによって受けられるものが変わるのだという。そして、テイマーランクはある条件を満たした場合勝手に上がっていくモノであり、見習いテイマーから次の初級者テイマーへのランクアップの条件は依頼を5回以上受け、魔物をある一定のところまで育てる必要があるらしい。
ちなみに凜も初級者テイマーであり、まだそこまで難度の高い依頼は受けられないらしく、持ってきた依頼も報酬は前ほど多くは無かった。
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依頼:プチリザードの討伐
(達成条件)太陽と月の洞窟に住むプチリザード5匹の撃破
報酬:経験値150、400コル
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依頼:磁銅の採取
(達成条件)太陽と月の洞窟で採取出来る磁銅を10個採取
報酬:経験値50、600コル
備考:依頼完全達成者には携帯ツルハシを特別報酬に追加
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「洞窟ならあんたのゾンビも戦力になるし、このレベルならアタシ一人でも大丈夫だからこれにしましょうよ」
そう言って、液晶を見せてくる凜。取得経験値からもマッドブルほど強く無いのは明らかだし、凜の説明は理にかなっている。そう思い、葉月も了承しようとした時ーー、
「すいません! その依頼僕もご一緒させて貰えませんか?」
後ろから響く声に葉月が振り向くと、そこには葉月の色違いの服装をした水色の髪と童顔な顔を持つ少年が立っていた。
「あの、僕はバルタザール王国所属の見習いテイマーのカイルと言います。実は僕、まだテイマーになったばかりなのにトラベルチケット買っちゃってお金が無いんです。ですのでできればご一緒させていただけると嬉しいんですが」
若干涙声になっているカイル。ザミエルの言うようにリンクが切れて新たに再誕したせいか、何となくぎこちなさを感じるものの、きちんと喜怒哀楽が現れている。そんなことに感心しながら、葉月は凜を伺う。すると、
「依頼は4人まで一緒に組んで受けられるから構わないわよ。それに、多くの人と関わった方がいいんでしょう? だったら問題ないじゃない」
凜は名前の通りの凜とした態度で答える。それに葉月は、頷きカイルに手を差し出しながら話しかけた。
「こちらこそお願いするよカイル。一緒にやろうぜ!! 俺は葉…いや、アウグスト。よろしくな!!」
「アタシはリンよ。よろしく」
ザミエルからこちらの人間と関わる時は登録名を使ってくれと頼まれていた葉月は言い直しながら自己紹介をする。
すると、カイルは差し出された手を握り微笑む。
「はい!! よろしくお願いします!! アウグストさん、リンさん!!」
そうして3人は自己紹介をしたあと、依頼を受け、村の外へ向かうのだった。