第3話
「ここは?」
葉月の目に入る景色はどこかの建物の中のようだった。
「ここは新規登録者様の受付窓口になります……っと、この方が霜月さんと弥生さんのお子さんですかメフィさん?」
目の前のカウンター越しにいる女性が葉月の方を見ながら話し出す。その時、ふと葉月は背中に重みを感じ、同時に葉月の耳もとで声が響く。
「ええ、こちらの方が二人のご子息の葉月様でいらっしゃいますよ。…それで、登録の方を済ませたいのですが大丈夫ですか?」
「なっ!? お前その姿は!?」
声を聞き、後ろを振り向いた葉月が驚きの声をあげる。
何故なら、メフィの声が聞こえたところには赤い目の黒猫の顔があったのだ。
「ああ、この姿ですか? 本来サポートユニットは皆動物型なんですよ。ですから私も平時はこの姿でいるつもりですよ?」
黒猫は葉月の背にしがみつきながらさも当然といった口調で話す。
その葉月とメフィの様子に苦笑いしながら受付嬢が話しかけてきた。
「本当に霜月さんの言うように説明書を読まない方なんですね。ああ、こちらも準備は出来ましたよ。最近、新規登録者が居なかったので多少手間取りましたが」
受付嬢の言葉に葉月は首を傾げる。
テイマーズ&モンスターズは今もなおプレイヤーは増え続けており、新規加入が途絶えることはないはずだと。
「いやいや葉月様。さすがにこの世界に何百万、何千万もの人のデータを突っ込んだら貴方のご両親も耐えられませんって。この世界は第1サーバーに登録した五万人のデータを使って創られており、他のサーバー登録者は普通のゲームとしてそれぞれ楽しんでいるのですよ」
「ちなみに第1サーバーは既に登録締め切りされておりますが、葉月さんが楽しめるように、葉月さんの近くの人物達を登録したと聞いておりますよ?」
葉月と親しい人。そう言われて葉月の頭によぎるのは健吾や祐希といった学校の面々だった。
…実際、叔母さんがこの計画とやらに関わっている以上、学校の奴らを第1候補に入れるのは理に適っている。そんなことを考えていると、受付嬢がカウンターで何かの機械のようなモノを操作し、そこからカードのようなモノが出てくるのが葉月の目に入ってきた。
「はい。これがテイマーの証、テイマーズカードです。記入に誤りがないかなど確認してくださいませ」
出てきたカードを葉月に渡す受付嬢。そのカードは赤く彩られ、何やら文字が書かれていた。
○●○●○●○●○●○
名:アウグスト
所属:バルタザール王国
ランク:見習いテイマー
タレント:【トラブルメーカー】
装備:なし
称号:なし
パーティー:なし
○●○●○●○●○●○
割とわかりやすく書かれたカードに目を通しながら葉月は疑問を口にする。
「このタレント【トラブルメーカー】って何だ? たしかタレントは最初に与えられるもので、ゲームの手助けになるんだよな?」
「ええ…【トラブルメーカー】ですか。イベント発生確率上昇と魔物の進化時に付加効果発生確率上昇ですね。…まぁ、初期タレントとしては中々といったところでしょうか」
受付嬢はポケットから端末を取り出していろいろ確認し説明する。それから、カウンターの引き出しを開け、何やらパスケースに鎖を通し、首から下げられるようにした形状のものを取り出した。
「まぁ、タレント云々の話はメフィさんに後でしてもらうとして、はい、ではこれをどうぞ」
「これは?」
「それにカードを入れて首から下げると、魔物の直接攻撃を防ぐ結界と、パーティーの魔物の全戦闘不能を確認時に自動でペナルティをつけ、ホームに転送する機能がある魔道具です。人間は戦わずに魔物を戦わせる…げーむでしたっけ? そのシステムを円滑に行うために必要なものですね」
テイマーズ&モンスターズはプレイヤーは魔物から攻撃を受けることはなくサポーターとして振る舞い、あくまでメインは魔物同士の戦闘であるくらいは知っていたが、こういう形で守られているとは知らなかった葉月は感心しながらカードを入れ、首にかける。すると何やら暖かな光に包まれた後、周りを薄く光が覆った。
「はい! これで、テイマー登録は終了です。では、魔物とファームのお渡しに移りますね。私についてきてください」
言葉と共にカウンターから出る受付嬢。そのまま彼女は扉を開け、その先に広がる長い廊下を歩き始める。それについていきながら葉月は疑問に思ったことを口にした。
「なぁ、あんたは何であのバカ親達に協力しているんだ?」
「私ですか? …そういえば自己紹介してませんね。私はリース。元の世界で冒険者ギルドの受付嬢をしていた者です」
葉月の方を振り向き、ペコリと頭を下げるリース。
「それで、何で協力しているかというとですね。元の世界が平和になったお陰で冒険者ギルドは閑古鳥が鳴いてしまう状況だったのですが、そんな時に丁度良く此処で働かないかと勧誘が来ましてこの世界に移住したんですよ。まぁ、私はメフィさん達と違って魔力もない普通の人間なので、この世界では霜月さん達特注の端末でのサポートでやっと受付嬢の仕事を回せるくらいなんですけどね」
苦笑しながら歩くリース。
…リースが普通の人間なことはわかったがならば背中に乗るメフィは何なんだろう? 猫になれる時点でおかしいはずだが、話を聞いて葉月の中でさらに疑問が深まる。
そんな葉月をよそにリースは突然足を止めた。
思考をしていたため反応が遅れた葉月はおもわずリースにぶつかる。そして、ぶつけた鼻を抑えながら目を向けた先には部屋があり、中央には台座が置かれていた。
よく見ると、台座にはコンソールらしきものがあり、その先の地面には以前見せてもらったこの世界の地図が描かれている。
「さて、と。起動!!」
リースがコンソールの前に立ち、叫ぶ。すると、コンソールが光を放ち、宙に様々な画像が現れる。
「それでは、まずファームの設置場所を決めますね。地図の画像で赤く光っている点が現在ファーム設置可能な場所ですので好きな場所をお選びくださいませ」
リースが言うように世界の地図のようなものが表示され、その東側部分の幾つかに赤い光点が見える。
「ん~、ランダムとかってあり?」
「ええ、ありですよ。ではランダム設定しますね」
リースの言葉とともに地図の光点の上に矢印らしきものが現れ、次々に光点の上を移動していく。そしてーー、
「………はい。ここですね。王国領最東端、ポイント5121に見習い用ファームを設置します!!」
矢印が止まった場所は王都から東に進んだ先、黒く塗られた場所の近くだった。
「おや、葉月様はなかなか良いところを手に入れましたね。そこなら未開地域にすぐ行けますし、近くにギルド付きの町もありますのでなかなか良いですよ」
矢印の近くにロックブーケという町らしき名が見える。ギルドで依頼を受け、すぐ未開地域にいけるのはたしかにメリットは大きい。
「そういやログアウト云々ってどうなってるんだ?」
「ああ、それはこちらも6時間で強制的に元の世界に戻されますよ。葉月様の界渡りの腕輪の強制転移が悪影響を及ぼさない限界時間として、ゲームの方も設計されていますので」
ふと葉月が腕輪を見ると、先程までなかったボタンが見える。それを押すと、ディスプレイが浮かび上がり、元の世界の時間と制限時間が映し出され、ほかにもステータスなどのアイコンらしきものが見える。これが、ゲームのメニューウィンドウにあたるものなのだろう。
それを確認した葉月はもう一度腕輪のボタンを押し、ディスプレイを閉じる。
すると、それを見てからリースが話かけてきた。
「…それでは初期魔物の選択に移らさせていただきます。まず、葉月さんには現在この世界の貨幣であるコルが1000コル与えられています。それを使って魔物を購入していただきます。なお値段や初期ステータスはこちらをご覧ください」
リースはコンソールを操作し、新たに3つのディスプレイを出す。そこには画像と下には数値などが書かれていた。
○●○●○●○●○●○
種族:ミニウルフ
レベル:1(0/20)
HP:30/30
MP:5/5
力:8
魔力:0
防御:8
魔防:2
素早さ:14
知力:8
称号:なし
【特性】:【柔らかな毛皮】【俊足】
スキル:噛みつく、ひっかく
値段:600コル
・【柔らかな毛皮】…打撃攻撃を小軽減
・【俊足】…レベルアップ時の素早さ上昇確率up
・噛みつく…文字通り噛みつく
・ひっかく…文字通りひっかく
(コメント)狼系の初期魔物。バルタザール王国の3体の中ではステータスが高い分、値段も高め。進化速度は普通。
○●○●○●○●○●○
○●○●○●○●○●○
種族:ネイキッドゾンビ
レベル:1(0/12)
HP:40/40
MP:2/2
力:8
魔力:0
防御:15
魔防:0
素早さ:5
知力:2
称号:なし
【特性】:【アンデッド】【腐臭】
スキル:噛みつく
値段:400コル
・【アンデッド】…回復効果でダメージ、毒効果で体力回復、昼時ステータスdown、夜間時ステータスup
・【腐臭】…鼻が効く魔物に接近時、対象のステータスdown
・噛みつく…文字通り噛みつく
(コメント)死人系の初期魔物。バルタザール王国の3体の中では平均的なステータスと値段。だが【特性】がかなり人を選ぶため、初期に選ぶ人は余りいない。
○●○●○●○●○●○
○●○●○●○●○●○
種族:キャタピラー
レベル:1(0/2)
HP:20/20
MP:0/0
力:5
魔力:0
防御:6
魔防:2
素早さ:4
知力:3
称号:なし
【特性】:【脱皮】
スキル:体当たり、糸を吐く
値段:100コル
・【脱皮】…外傷系の状態異常回復
・体当たり…文字通り体当たり
・糸を吐く…粘着性の糸を吐きかける
(コメント)昆虫系の初期魔物。バルタザール王国の3体の中では最も弱いが、レベルアップに必要な経験値と値段が最も低い
○●○●○●○●○●○
「……これって皆何体くらい買うんだ? 後、これから先はどうやって魔物を手にいれるんだ?」
映し出された映像を一通り見た後、葉月はリースに尋ねる。
「一度に手持ちになれるのは初期は3体でファームに10体までなのですが、今から余ったコルで道具の売買を行うので、大体、ウルフ1体とか選ぶ人が多いですね。後、新たな魔物は魔物屋と言われる町にある店で買うか、霜月さん達がランダムで発生するよう調整したイベントで仲間になる可能性がありますね」
「なるほどな…なら…」
何やら考え込む葉月。そして、少しして一人頷き、リースに話しかける。
「ネイキッドゾンビとキャタピラーを1体ずつ頼む」
「…いいんですか? ネイキッドゾンビはかなりピーキーですし、キャタピラーは弱いですよ?」
「ああ。ただウルフを選ぶ奴が多いんだろ? だったらあえて人が選ばない方を選んで見たくなるじゃないか。それに序盤さえ乗り切れば、かなり面白いことになりそうだしな」
自信気に鼻を鳴らす葉月。すると、それを見てメフィも話し出す。
「まぁ、葉月様が考えていることと、私がこの組み合わせを見て浮かんだ考えが一致するなら確かにこの選択は間違いではないかも知れませんね。…ということでリース、それでお願い致します」
「……メフィさんもそう言うのでしたら構いません。では、ネイキッドゾンビとキャタピラーを作成し、ファームに送っておきますね」
言葉と共にリースはコンソールを操作する。そして、その間に葉月はリースからここで買えるもののリストを見せてもらい、余った500コルを用いて回復剤と毒薬を合計400コル分だけ買う。
そんなことをしているとーー、
「はい。全工程が無事に完了しました。なお、魔物の食事に関しては毎日2コルずつ消費しますのでご注意を。………では今より葉月さん、いやアウグストさんのファームへの転送準備に取りかかろうと思います。何かまだ用件はありますか?」
「いや、大丈夫だ。色々世話になったし感謝しているよ。ありがとな」
「まぁ、これが私の仕事ですしね。これからも王都のギルドでは私が葉月様の担当をさせていただくのでたまに顔を出しに来てくださいな」
にこりと微笑むリース。色々あったせいで全然気づいていなかったが、よく見ると栗色の髪と青い瞳が特徴的なかなり可愛い部類に入る女性であった。
そんなことを葉月が考えていると、ふとコンソールのある台座の奥の地面に書かれた地図の東端の所に魔方陣のような光る紋様が浮かび上がった。
メフィがそれを見て葉月の肩を叩き魔方陣の方へ右前足を向けるので、葉月はそれに従い魔方陣の上に乗る。すると、
「それでは、転送を開始します。良きテイマーとして貴方があらんことを!!」
リースの声が響く中、葉月の視界がボヤける。そして、一度眩い光に目を眩まされた後次に葉月が目にしたのは、草原を柵で覆った土地と、小屋のような建物だったーー。