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第三話

 新学期が始まり、一番はじめに行われることは当然全校集会だ。

もううんざりする様な行事もさすがに慣れてきていた私は、校長先生の話など微塵も頭に入ってなどいなかった。

 私の興味はあの影のある人にだけ注がれていた。

彼は私と同じクラスだった。(クラスに入って来た時は驚いた)

 さっきはわからなかったが彼は背が高く、ガタイのいい方で眼鏡をしていた。物静かに見えたが、なんと言うか……話しかけづらい雰囲気を纏っているような感じがした。

 どうやって話しかけたらいいのだろう……?

このときまではこんな事ばかり考えていたが、チャンスとはあるもので、この日の帰りにある出来事は起こった-









 「ふ~~~~~~~~~」


 やっと長い長い入学式が終わった。

校長先生はいい人なんだけどちょっと話し長いよ。もう無理、足痛い……

 私が猫みたいにだれていると担任が教室に入ってきた。

「今すぐにリーブ21に駆け込んで劇的ビフォーアフターを見せてください」と言いたくなるような頭をしているという事以外は特に特徴を挙げづらいおじさんがそこにはいた。


 「はい。席について」


 先生の言葉に皆すぐ従い席に着き、ホームルームは始まった。

軽く自己紹介をし、先生はテキパキとプリントを配り終え、しっかりとした目つきで言った。


 「え~~、私から皆に言うことはひとつだけです。『人に迷惑をかけない事』これだけは守ってください。これが一番大切な事です。生きていく上でそれが一番大事です。ですが、『周りを頼るな』と言う事ではありません。辛いときには辛い、痛いときには痛い、それでいいんです。それを友達と呼べる人達と補い合える仲になってください。あなた達の年齢でそれが出来れば、きっと人生は楽しくなるでしょう。皆さん、頑張って生きましょう」


 なんかかっこよかった……


 「じゃあ今度は出席番号一番から順に自己紹介をしてください」


 普通の感じだ。一番目からその場で立ち上がって自己紹介をしている。

あいうえお順だから、花井:F:恵で30番が私。

 8番目まで来て私はふと足元を見た。

やっぱり皆影がない。


 「9番緒川 優斗です。よろしくお願いします」


 ちょっと引き締まった体をした人、緒川君の足元を見て私は驚いた。

彼の足元には影が存在しているのだ。


 「えっ!?」


 その状況に理解が追いつかなかった。どうして彼には影があるのだろうか。

まだ15歳じゃないのだろうか。いやでも高校生だしいくらなんでも飛び級なんてありえないだろうし、えーーーーーーーーーーーーどうして!?



   -これが彼との出会いでした-



 私の思考回路がコンガラガッチュレーション状態に陥っている間に自己紹介の番が私にまで回ってきていることに気づいた。


 「わわ、私は花井 恵です。よろしくお願いします」


やっちゃった~~~~、見事にテンパっちゃったよ(涙)。


 「花井。お前、正式名称のこの;F:って何なんだ?」

 「あ。私ハーフでそれはラテンの言葉なんです。昔はそっちで呼ばれてましたけど、日本では普通に花井 恵で名乗ってます」


 先生の質問に答えたあと私はしまったと思った。

こういうのって後でなんか皆に質問とかされてめんどくさい展開に……



 >案の定私はその後色んな人に質問攻めにされました。








 放課後、私は緒川君を追いかけていた。

クラスはいい感じで楽しい人や面白い人はたくさんいたけど、私には彼が一番気になる存在だった。

彼は終わったらさっさと帰ってしまったが、私は放課後にまでも女子たちから質問を受ける羽目になり、必然的に彼を見失った。

 私は自転車に乗り、当ても無く彼を探した。タイムロスは5分、それくらいならまだ間に合うはず!!(緒川君が徒歩なら)

 望み薄な希望にすがりながら私は今朝の事を思い出していた。

 たくさんの生徒が緒川君の事を化け物を見るような怯えた目をしていた理由を。


 彼には影が存在している……

 

 そういうことだ。それ以外にはない、それだけなんだ。

私の中でなんとなくそんな確信があった。つじつまが合ったというか、彼の影を見て一瞬でそう悟った。

 でもいくつか引っかか事もある。

彼を探しているのはそのは聞きたいこと事がたくさんあったからだ。

 だが、一向に彼の姿は見えなかった。

方角を間違えたかな……?

 そう思った瞬間に大きな叫び声が聞こえた。

なんどだろう、と思うのも一瞬だった。

 この感じはドッペルゲンガーだ。

多分うちの生徒が下校中に出会ったのだろう。

 またいつかのような展開にはしたくない。

私は声のした方へ自転車を走らせた。








 「あわばばばば。来るな。来るなぁぁぁぁぁぁああああ!!!」


 道路沿いの歩道。まだ日は低くないが、逆にその状況がかえって少年にとっては怖かった。自分と同じ顔、背丈、服装、いや自分自身が自分を追って来ているのだ。

 逃げても逃げても追いかけてくる影に少年の気はどんどん急いていった。

少年はふと振り返る。影は笑いながら追ってきていた。


 「くそっ!」


 逃げても無駄だ。少年は覚悟を決めて立ち止まり影と向き合った。

影も止まる。二人はにらみ合うが先に少年が動いた。

 慣れない手つきで拳を影に打ち込むが影は避けようともせず撃たれるがままだった。

やがて少年が先にバテテしまい攻撃の手が弱くなる。

 影はそれを見計らい少年の顔面に重い一撃を食らわした。

少年は吹っ飛び壁に背中から思いっきりたたきつけられた。

 痛みにもだえる少年はただ地面を転げるしかなかった。

影はただ笑いながらその様を見て笑っている。

 少年はそれを見て怯えた。影はただ楽しんでいる、この状況を。

本物を痛みつけてただ楽しそうに笑っている。

 『影踏みゲーム』……あぁ、そういうことか……

奴らにとってこれはゲームでしかないのか…

 本体を探しだし、痛めつけて楽しんで、そして本体に止めを刺せばクリアー。

こいつらは本体を殺した後に満たされたような、憂いたような表情をするらしい。

 それはゲームをクリアーした時のような心境に違いない。

満足して、だがその満足した感情にすら物足りなく感じているんだ。

 そうか…これはただの『ゲーム』なのか…

あいつらにとっては…僕達はただあがいて、もがいている姿こそ面白く映っているんだ。

 抗っても敵わない…


 少年は影を見据え、あきらめたように力を抜いた。

影はそれを見て何かを悟ったように少年に近づき、胸ぐらを掴んだ。

 あぁ、これが最後か…

少年はもうなんの抵抗もしなかった。









 「いた!」


 私は視線の端に男子生徒とそのドッペルゲンガーを見つけた。

全速力で自転車をこぐが、少年はすでに影に胸ぐらを掴まれていて今にも止めを刺されてしまいそうだった。

 少年は何の抵抗もしない。もう諦めてしまったのだろうか。

影が右腕をゆっくり振り上げた。その手にはカッターナイフ。


 「やめろーーーーー!!!!」


 私は叫んだが影は私を一瞥しただけでまるで意にも介さなかった。

右手が振り下ろされる。


 間に合わない!!

私が一瞬、目を背けた時に、とても鈍い音が響いた。

 鈍器がめり込むような、みしりと言う効果音が聞こえてきた。

影は頭を地面に強打し、そのまますべるように転がりながら壁に打ち付けられた。

 そしてそのまま消滅してしまう。

まさにすさまじいの一言だった。

 容赦の無い一撃、その一撃は私の同じクラスで今現在探し続けていた緒川 優斗のものだと気づいたのは影が完全に消滅しきったあとだった。


 「大丈夫か?」


 緒川君は少年に手を差し出したが、少年は怯えたようにその手を払い、そのままあわてて走って行った。


 「あ、ちょっと…」


 まさに電光石火だった。少年は角を曲がって見えなくなった。

緒川君はそれを最後まで見ていたが引き止めもせずに黙っていた。


 「……………」

 「助けてくれたんだからお礼くらい言ったらいいのに…」


 私の言葉にも何の反応も見せない。ショックが大きかったのだろうか。


 「あの、緒川君?」

 「なんだ?」

 「大丈夫?」

 「……別に、いつものことだ」

 「いつものことって…そんなの」

 「うるせぇな。別に構わねぇって言ってんだよ」

 「ご、ごめん…」

 「いや、悪い。気にするな。ええと……」

 「あ、私花井 恵

 「同じクラスだったな」

 「うん、覚えててくれたんだ」

 「まぁ、一応は…」

 「さっきのパンチすごいね。私びっくりしちゃった。私もそれなりに…」

 「じゃあな」

 「えっ、行っちゃうの?」

 「花井、俺に構うな」

 「な、なんで?」

 「俺といると変なうわさされるぞ」

 「え、あいつら付き合ってるみたいな?」

 「そんなんだったらどれだけ楽なんだろうな…」

 「え?」

 「そういうことだ」


 緒川君はそれだけ言うといってしまった。

あっという間に走り去ってしまう緒川君。

 私は動けなかった。アレだけ探していたのに……

聞きたいこ事も何も聞けずに……

 ただ私はこの時思った。

緒川君はすごく辛い思いをしているのかもしれないと。

 私はその日から自分なりに彼の情報を集めてみた。

今年になるまで彼のような人がいたことを知らなかった私だが、「構うな」と言われた程度で簡単に諦めるような女でもない。

 幸い昨年、彼と同じクラスだった人がクラスにいたため、色々な話を聞かせてもらえた。

 だが、皆が口をそろえて言う「あいつは化け物だ」と言う言葉。

まさに差別、軽蔑、恐怖の対象。

 今の彼は皆にとってそのような目で見られているという事実はもうゆるぎないものとなった。

 彼にわざわざ聞きたださずとも学校初日のあの異様な光景は彼に影が在るが故に起きたものだと確定した。

 でも、まだ分からないことがある。


 彼が皆に「化け物」と呼ばれる所以。


 ただその足元に影が在るだけで皆にあのような視線を受けるだろうか?

何も分からない者は、「あいつには影が在る、自分とは違う存在だ」と決め付けた挙句、周りの声に影響を受けて、影が在るという単純明快な理由で彼を「化け物」呼ばわりしているようだった。

 聞き込みをしてその中の60%は実際にそういう人だった。

 違う、そんなんじゃない……

それが理由であんな風にはならないはずだ。

 こんなことで彼はあんなに寂しそうな目をするような人じゃないと思う。

自分の中のフィーリングが合わない。

 もっとなんか違う理由があるはず。

なんで他人のことについてこんなにも気にかけているのか。

 私にもわからなかった。

でも、これだけはいえると思う。

 目の前で起きているこのことは私にとって、とても気に食わないと言うか…腑に落ちないと言うか…

 納得のいかないものだと。

 影が在るだけであんな扱いを受けていたら影を取り戻したほうが不幸に思えた。

多分それが私を動かすのかも知れない。










 「はぁ……」


 俺は帰り道を一人で歩きながらため息をついた。

別に何かあってついたわけではない。

 だが、もう今日一日だけで何回ため息をついたのかはわからなかった。


 理由はわかっている。

けれどどうする事も出来ない。

 これは俺がやってしまった事の結果だから…

俺が弱かった所為だから。耐えなきゃいけない事だから。

 だけど、やっぱり辛い事には変わらない。

事情を知っている者とそうでない者は分からないが、もう俺は人間としての枠から外された存在だ。

 本気を出せば車より早く走れて、ジャンプすれば家くらいなら簡単に飛び越せるし、壁を殴れば壊せる。こんなのどれをとっても化け物の所業だ。

 影を取り戻してから。

アレから俺はもう人間じゃなくなった。

 なんでなんだろう…

どうしてなんだろう…

 辛い。でも家族にこんなの話せない。迷惑をかけるだけだし、余計な心配事が増えるだけ。

 一人で何とかしなきゃ…

影が在るだけなのに、俺はこんなに辛い思いをしている。

 でも、そうなんだよな。影が在るからいけなかったんだよな。

俺に影が在ったからアレは現れたんだ。

 そして、高谷を…

俺の所為なんだ…

 弱音はいちゃいけないんだ。

辛くても、我慢しなくちゃいけないんだ。

 全部、俺の所為だから……


 俺は歩いていた。一人で。

もう夜になりかけている。太陽は傾き、影が伸びている。俺の影が…


 不意に俺の影がさらに大きくなった。どうしたのかと一瞬思ったが、自分の影がでかくなったわけではない。

 より大きな影に覆われたのだ。そんな理由はひとつしかない。

後ろを振り返ると大きな影がいた。ドッペルゲンガーだが、こいつだけは違う。

 人型こそしているがとても大きくその目は紅く輝き、全身に黒い瘴気のようなものが見える。まるで殺気を纏った殺人鬼のようだ。

 いつからだろう。この本物の化け物に追われるようになったのは。

俺が化け物と呼ばれる所以。俺に影が在るからとか、身体能力がおかしいとか色々あるのだが、もう一つ。

 俺は本物の化け物に追われている。

きっと俺に影が在るが故に追われているのだろう。

 影が戻っても、こんなペナルティーが存在する。

 

 「おぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ」


 化け物が嗚咽をあげる。苦しみや悲しみなんかが混じった泣き声。

正直、こいつがなんなのかは分からない。

 だがこいつは、俺の命を狙ってる。


 「おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 化け物が腕を振り下ろしてきた。道路がえぐれて飛び散る。

なんて怪力なんだ。いつ見てもこいつの一撃はヤバイ。

 一撃でも食らえば一環の終わりだろう。

でも、こいつは感知能力が低いのか視界にしか頼れない。

 逃げたい時にはただこいつの視界に入りさえしなければいい。

俺は最初の一撃を避け、そのまま屋根の民家の屋根の上に飛び乗った。

 化け物は俺を見失い、しばらくして自らの影に溶けて消えてしまった。

俺を探してどこかに行ったのだろう。

 

 「…………」


 俺は影がいなくなったのを見計らい道に下りた。


 「あ、なんなの。あれ?」


 怯えた声が聞こえた。おばさんがこちらを見ている。


 「あんた。今あんな所から降りてきたわよね。あんたもなんなの?」


 一部始終を見られていたのか。


 「あいつがなんなのか俺にも分からないんですが俺は怪しいもんじゃ…」

 「近寄らないで頂戴!!」

 「あの…」

 「気味が悪いよ!!」


 そういっておばさんは走り去って行った。




 -気味が悪い-




 一般の人から見たら、やっぱりそう映るのか。

皆から見てもきっとそうなんだろう。

 今朝もそうだった。

…花井から見ても、そうなんだろうか…

 日はまだ暮れていなかった。

さっきよりも角度を低くし、俺の影をさらに伸ばしていた。

 その光景は、なんとなくあの化け物が俺の影に潜んでいるような感じがして不気味だった。

 俺はもう人から見たら化け物なんだと実感する。

あの化け物と俺は、変わらないのだと-


















 私の情報収集は困難を極めた。


 「ねぇ、緒川君ってどんな人なの?」

 「し、知らないんだ。ごめんね」


 太り気味な彼はそう言いそそくさと去って行った。


 「ねぇ、緒川君ってどんな人なの?」

 「何?」

 「花井さんあいつの事好きなの?」

 「いや、そうじゃなくて…」

 「あいつはやめときなよ」

 「あいつ化け物なんだよ?」

 「どうして?」

 「…だってあいつ影在るじゃない」

 「それにあいつね…」

 「ちょっと…」

 「あ、でもあいつとはあまり関わらない方がいいよ」

 「それよりもさぁ。飲み物買いに行かない?」

 「花井さんもどう?」

 「ありがとう。でも今はいいや」

 「そう。じゃあまたね」


 そう言い、彼女達は行ってしまった。

 

 「ねぇ、緒川君の事なんだけど…」

 「あの化け物の事なんざ知らねぇよ」

 「そっか。ありがとう」



 皆、知らない…



 「緒川君ってさぁ…」

 「ご、ごめんなさい花井さん。私、彼の事よく知らないの」

 「そっか。ごめんね」



 誰も…知らない…



 「花井、どうした?」

 「あ、田中君。皆、緒川君の事よく知らないんだって」

 「そうか…」

 「ねぇ、田中君も知らない?」

 「あいつは見た通りの奴だよ。体は大きいけど物静かでおとなしくて、優しい奴さ。でも…」

 「でも…?」

 「影が在る」

 「皆も言ってた…」



 影が在るから…なんだって言うの…?

私達と…何も変わらないよ…?



 「あいつは…」

 「やめて!!」

 「花井?」

 「化け物なんて言わないで!!」

 「………」

 「何も違わなくないじゃない。何にも私達と変わらないじゃない…」



 皆、自分がどれだけ酷い事してるか分かってるの…?



 「ああ…」


 田中君はそれだけ言い行ってしまった。

皆、なにかを知っている。私の知らないなにかを。

 皆が教えてくれないなら、本人に聞くしかない。

私はこの日の放課後、緒川君を探した。

 彼はこの日、私が話しかけようとした瞬間、ものすごい速さで走って何処かに行ってしまった。

 まだ見慣れないあの速さ、とても人間業ではない。

だけど私は探した。

 私が彼の事を詮索している事は彼に知られていた。

何度か忠告もされた。

 でも私はやめなった。

やめちゃいけないような気がして止まなかった。

 でも、全然確信に迫ることは無かった。

 彼はいない。どこに行ったのか全く検討もつかなかった。

当てもなく自転車を走らせる。

 日は傾き、周りの景色はだんだんオレンジ色へと変わっていき始めた頃。

大きな影を見かけた。

 ドッペルゲンガー。一目でそれだと分かる。だけど、なんだか様子がおかしい。

目は紅く輝き、小さくうめいているようだった。

 川原の土手。私に見えるのは電車の通る橋とその向こうに見える大きな街の影。

川と大きなドッペルゲンガー、そして小さな人影だった。

 人影は緒川君だった。

彼は大きな影と対峙している。

 影はその腕を振り、地面をたたく。大きな音。割れる地面。

化け物の腕は地面にめり込み、地面はそこだけ穴が開いた。

 緒川君はそれを軽く避け、影の頭に蹴りを入れる。

私はその光景に釘付けになった。

 まるでゲームの中の光景のようだった。

自分の体の二倍はありそうな巨体を彼は一撃で吹っ飛ばした。

 そのまま川に突っ込む影。

彼はそのまま影を見据えていた。

 影は川から体を起こす。

立ち上がると足元までしか川に入っていない。

 それなりに深さはある筈だが、影にはとってはその程度のものだった。

影はそのまま緒川君とにらみ合うが、やがて自らの影に溶けて消えていった。

 彼はその場に座り込んだ。

私はすぐに座り込んだ彼のところまで走って行き話しかけた。


 「緒川君」

 「!?」


 彼は体をビクつかせこちらを見た。

どうやら私がいたことに全く気がついていなったようだった。


 「花井…!?」

 「?」

 「何か見えたか?」

 「全部」

 「見えたのか!?」

 「あれはなんなの?」

 「…お前には関係ない」

 「教えてよ」

 「無理だ」

 「教えてよ」

 「あのな。俺の話聞いてるか?」

 「聞かせてよ」

 「いや、俺の言っていることを聞き分けろって言ってんだ」

 「いやだよ」

 「~~~~~~~っ。こいつは」

 「私は力になりたいの」

 「必要ない」

 「皆の緒川君に対する態度がどうしても腑に落ちないの」

 「…あれは仕方が無い事なんだ」

 「だから何があったのか教えて?」

 「…………」

 「もしかしてさっきの大きな影が原因なの?」


 彼は何も言わずに立ち上がって歩き出した。

私の質問に答えようとはせずに。

 私のから逃げるように。


 「緒川君はこのままでいいの!?」


 私は立ち上がって叫んだ。心から。


 「周りからあんな扱いを受けて、悲しくないの!?」


 周りは彼を化け物と言う。

彼はすでに一人だというのに、周りはさらに彼を追いたてている。

 彼は皆に何もしていないのに、あんなに嫌われている。


 「私は周りからあんな風に言われたら。絶対に耐えられない!!」


 彼は強い。

それでも彼は学校を不登校になったりなどせず、ずっと耐えている。

 叫びながら自然と私の頬につめたいものが流れる。


 「皆には、昔はあったものがもうない」


 彼は言った。私の方に向き直って。


 「俺はもう自由を手にしたんだ。その自由の代償があの化け物。俺の体も変わってしまって、それから皆との見えない壁はとてつもなく大きくなった」


 目が下を向いている。ずっと下を見ている。

彼自身の影を見ている。沈んだ目、沈んだ声。


 「皆からは忌み嫌われ、罵られた。でもそれが皆の影がないと言う不安から来ているものだとわかっていたから、俺は耐えた。でも…」


 彼は私を見る。諦観したような暗い顔で。


 「命の軽さを知れば知るほどに胸が苦しくなる。あんなに重いものがあんなに軽いと知った時から、俺はもうこうなったんだ」 


 私には彼がなにを言っているのか分からなかった。

すごく難しくて、重い言葉。

 彼の想い。


 「花井。お前が優しくてまっすぐなのはわかったから…」


 消え入りそうな彼の声。一息入れて彼は言った。


 「頼むから……もうやめてくれ。もう俺に関わるな…」

 「あ……!」


 彼はそれだけ言い川を飛び越えて走り去ってしまった。

最後に一瞬だけ見えた彼の顔…

 彼は、泣いていた…





 私は自転車を押し、歩きながら帰っていた。

彼は明らかに苦しんでいた。

 でも、私には何でそんなに苦しんでいるのか分からなかった。

 私は優しさの意味を履き違えたのかも知れない。

皆のあの行動が自分達の未来の不安だったとしたら、それは確かに仕方の無い事だったのかも知れなかった。

 でも、そんなの皆同じだ。

一人の少年を妬み、傷つけてしまっていい筈はない。そんなの、間違ってる。

 でも、緒川君に私の声は届かなかった。

もう、声は届かない。ならどうしたらいいのだろう?

 悪いのは一体誰で、彼を癒すためには何をすべきなのだろう?


 分からない、分からないよ…


 ただ影が在るだけなのに、ここまで彼は傷ついている。

どうすればいいのだろう?

 私が悩んでいると不意にぱらぱらと雨が降ってきた。

雲ひとつも無い空から落ちてくる雨。

 狐の嫁入り。

 その雨は夕日に反射してオレンジ色に光っていた。

私は何も言わずにそのオレンジの雨を見ていた。








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