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数多の願いの交差の時  作者: 月鎖禾
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第1章「俺は…誰だ?」


「………………?」


少年が目を覚ましたのは、森の中だった。


どこを見ても草木以外になにもない。緑の隙間から見える青空が、幻想的で綺麗に見える。


そんな中で最も目立っているのはその倒れていた少年だ。まるで太陽に当たったことのないかのような白い肌、軽く捻れば折れてしまう程華奢な身体、艶のある黒髪に、総てを反射するような真っ黒の瞳。そして、まるで少女のような小さな幼顔。睫毛は長く、漆黒の目を大きく見せている。


女装させれば確実に女の子と間違われる彼は、しかしちゃんとした男である。


少年は上体を持ち上げて、辺りを見回す。彼の近くに落ちていたのは、少年の物と思われるショルダーバッグ。


少年はそれを開くと中を見る。そこにあったのは、財布と携帯電話に、大きな本。そしてマルチツールナイフ。


その最後に取り出したマルチツールナイフを見て少年は首を傾げて呟いた。


「…俺はキャンプにでもいこうとしてたのか?」


その独り言の様な質問に答える者はいない。


少年は気を取り直して自身の身体を見る。倒れてはいたが、別に外傷はなし、汚れも見当たらない。パーカーにブカブカなズボン、腕時計。そしてズボンに取り付けられたサスペンダー。特に目立った部分もなし。


次に少年は、なぜこんな所に居るのだろうと記憶を辿った。



しかし、それは無駄な行為だった。



「……俺は、誰だ?」


自分が誰なのかわからない。自分はなぜこんな所に居る?


彼は、典型的な記憶喪失だった。


「…………………」


なにも思いだせない。まるで、ガラスの破片の様になった記憶には、なにも描かれていない。


自分が誰なのかわからかい。


自分はなんなのかわからない。


自分はこの世で独り。


足元が、見えない。


「………………………」


怖い。ここまで自分が生きていたという思い(キロク)がないことが、とてつもなく恐かった。


自分にはなにもない。家族も、友達も、仲間も、あまつさえ、知り合いも。


これから自分はどうすれば良い?なにもわからない。今ここが何処で、自分がここにいる理由も、なにもかも。


恐怖。不安。


少年は、そんな感情に押し潰されそうになりながら、自分に尋ねるように、他の誰かに尋ねるように、呟いた。



「俺は……なん…だ?」


恐怖に押し潰されそうになる。不安で顔が歪みかける。少年はそれを頭を振って払拭しようとする。しかしそんなのは無意味。恐怖と不安は高波の様に次々に襲い掛かり、少年を押し潰さんとする。


「…………………」


少年は抗うのを止め、とにかく落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かす。緑の他になにもないこの森の中、とにかく落ち着く為に少年は静かに、深く、深呼吸を繰り返した。



「……………ふぅ」


一旦落ち着くと、自らの右腕に巻いてある腕時計を見た。


その腕時計の時間は止まっている。しかし、壊れたわけではなさそうだ。他の機能は使える。しかし、時間だけは、『4月1日午後3時』で止まっていた。


因みにその時間もいじくろうとしたが、機能しない。日付と時間だけは、なぜかどうやっても変わらなかった。


次は携帯電話を調べてみる。やはり、4月1日午前3時で時間は止まっている。時間を変えようとしても、やはりその場合だけは機能しない。他にも調べてみるが、自分自身のことはなぜかなにも書かれていなかった。そして当たり前ではあるが、圏外でどこにも繋がりそうにない。


少年は溜息を吐くと、空を見る。


彼の心中等ものともしていない、快晴の青空だ。それを見て少年は更に憂鬱となる。


とにかく森から出ないと危ないと思った少年は、辺りに警戒しながらも真っ直ぐ歩みを進めた。



気配、というものがある。


達人になると周りの気配を読み、相手の居場所を掴むのだが。


少年はぼやけてはいるが、それに『色』が付いてみえていた。彼もこれがなにかはわかっていないが、結構役に立つので理由よりもこれを活用することを考えていた。


歩いている内に分かったのだが、これはヒトの気配だけではなく、草木の気配も『色』付きで見える。草木は全て白く、また、自分自身も白い。他のヒトはどうなのだろうと思ったのだが、ここには自分以外いないので調べる術はない。


集中するとそれだけ、この力は範囲を広げ、更に気配ははっきりしてくるのだが、まだその力を知ったばかりだからだろう、あまり代わりない。そして、それは目と同じようになっているらしく、なにかに集中すると、それが細かく見えるが、他の部分がぼやけてしまう。普通にしている時に感知できるのは約5メートル。しかしこれは集中すれば広がるので問題はない。


しかし、1番問題なのが、


「はぁ………」


異常な程の気疲れである。ずっと、今までのことを調べる為に集中していた為、精神がとてつもなく削れてしまったのだ。



一度休憩を取る為に、少年は木に背中を預ける。


草木の隙間から漏れる太陽の光は、順調に少年の体力も削ってゆく。既に日は、真上にあった。


「あっつ……」


しかし脱ぐわけにもいかない。襟元をぱたぱたと扇ぎながら、快晴の空を見上げた。


「…ここは、どこなんだよ…」


もう自分が誰だとは考えない。記憶喪失の自分が今無理矢理思い出そうとしても頭痛がして、治りにくくなるだけだろうと、少年は記憶ではなく知識を探る。日本という国の知識が多く、日本語で自分自身が話している所から、おそらく日本の…しかも方言の無い所…関東辺りに住んでいたのだと推測する。


しかし記憶を探らないとここがどこだかはわかりそうになかった。しかし記憶を失っているので思い出すこともできない。気付いたら自分はここにいる、というこの状況を打破するためにはやはり誰かと出会わなければならなかった。


「ちっ…」


少女のような童顔で、更に声変わりも終わっていないアルトボイスで少年は似合わない舌打ちをしてから木から背中を離す。先程歩いてきた道を確認するとまた少年は歩き出した。




何時間ぐらい経ったのだろう。空が茜色に染まる頃、少年は相も変わらず森にいた。




しかし今までとは違う所があった。


それは、辺りを見渡せる高台が、少年の目の前にあったからだ。


ほんの少しの進展であっても、今の少年は物凄く嬉しかった。どこを見ても草木ばっかりで、もう鼻が狂いそうだったからだ。


少年は、高台の最も高い場所に駆け寄ると辺りを見渡す。


「…………な」


しかし、やはりあるのは草木ばかり。夕日により茜色に見えるその森は、幻想的であったが、現在の少年にはそれに感動できるような精神に余裕はない。


喜びという正の感情は、一瞬にして絶望という負の感情へと変わった。


このままではいつ森から出られるかわかったものではなかった。しかし、流石にずっと歩いてきた、華奢な身体の少年は、もう体力の限界だった。


高台に腰を下ろし、遂には背中まで預けてしまう。


目の前に見える茜色の空は、まるで彼を嘲ているように見えた。


「……くそっ」


力の入らぬ手で拳をつくり、悔しがるように地面に下ろす。


ぼすっという情けない音がするだけで、何一つ変わったことはなかった。


「…………………」


俺は、ここで終わるのだろうか。


ここで俺の人生は終わるのだろうか。



少年は、動くことを諦めた。


どうせ死ぬのだろうから。


少年の感情のように、茜色の空は暗く、黒く染まっていく。


動物に食われるかもしれないが、どうでもいい。


ずっと続けてきた感知を止めようと、ふと力を抜こうとした時。


感知に、他の『白』色とは違う。それは、黄色…いや、金色だ。距離が離れていて、形はわからないが、それは確かに動いている。ゆっくりと、ゆっくりと。


少年は、疲れきった身体に力を入れて立ち上がる。それは彼には、一筋の光のような、希望に見えた。



少年は身体を奮い立たせ無理矢理地面に足をつける。


身体は重く、まるで鉄球を肩に乗せているよう。


少年は、そんな身体に鞭打ち、感知したその金色のなにかに歩みを進める。


「………小さい」


少しずつ近づくに連れ、やっとそのものの大きさを知る。膝丈よりも小さいそれは、既にもう動いていない。


少年は笑う両足を引きずるようにして進んでいく。



「…………にぃ」


そこに居たのは、黒猫だった。


漆黒の体毛に、感知した時と同じ色をした、煌めくような金色の眼。しかし、それは淀んでおり、疲れきっているようにも見えた。


「………猫?」


少年はそれに近寄り、しゃがみこむ。そして顔を覗きこむと、そこには弱々しく煌めく金色の眼。


「疲れてる…つーよりも…疲労?」


どちらも同じだ。


少年はその黒猫の全身を、くまなく見てみる。すると後ろの片足を包む漆黒の毛が、血で深紅に染まっていた。


「……ケガ、か」


少年はそう呟くと、パーカーとTシャツを脱いだ後、Tシャツを破る。パーカーはそのまま、破ったTシャツの布切れを持ち、その猫を優しく抱き上げた。


その場に胡座をかいて座り込み、その膝に黒猫を下ろす。


細心の注意を払いながらその血で染まった片足を調べる。まるで鋭利な刃物で切られたような一一一とにかく、人為的に傷付けられたその傷は結構深く、血は相変わらず流れ出ている。


少年は、その傷の少し上に細長く破った布切れできつく縛る。びくっと黒猫は身体を跳ね上げ、痛んでいることを表現する。


「…ごめん。今は痛いだろうけど、我慢して」


苦しそうな顔で少年は、届かないはずの言葉を黒猫に投げかけ、頭を優しく撫でる。


「…にぃ」


黒猫は気持ち良さそうに目を細めて優しく鳴いた。


それを確認した少年は、先程のよりも太い布切れを作り、傷の上から被せると先程とは全く逆に、優しく包むように包帯代わりの布切れを縛った。


妙に手慣れしている自分に驚きながらも、その疑問を振り払う。


今はそんなことを考えている場合ではない。そう思った彼は、目を瞑り周囲に人がいないかを感知で探す。


この傷でそこまで遠くまで歩くことは不可能。そして血が流れ続けてもまだ意識があるのはまだそこまで時間が経っていないということを示している。


だからこそ、この傷を付けた人間がいるはず。彼はそう考えていた。


「…………」


なるべく感知を広げ、辺りを探すが自然の他にはなさそうだ。少年はもっと広げようと、更に感知に集中するが、


「なにをやってるの?」


その声と共に集中が途切れた。


「ちょっとな」


曖昧にしてそう返す。信じてもらえるとは思えないからだ。記憶を失った、一介の人間にそんなことができるとは大抵思えないから。


話しかけられて集中が途切れた彼は、小さく息を吐いて瞼を開いた。


「…あ、そうそう、変な治療してくれて助かった。ありがとね。でも…こんな治療法聞いたこともないんだけど…」


「治療っつっても止血しただけだしな。ちゃんとした治療してもらわないと傷残るだろうからな」


「あ、そうなんだ。だから痛いのは消えないんだね」


「まぁそういうことだ」



そろそろ皆が皆疑問に思っていることをツッコもう。


「ネコが喋ったぁぁぁああ!!!???」


「なんか反応が過剰なんだけど…」


「いや思わず順応しちゃったけど…猫が喋った!? どゆこと? 俺の知識の中に喋れる猫なんて居ないはずなんだけど!」


「……?」


今の少年の言葉に、黒猫は違和感を感じたが、少年の混乱した声により、その違和感は消えてしまった。


「な、なんだコレ! 夢!? そうか、夢なのか!夢なんだな、全部!よっしゃ、解決したぜ!」


「夢? 違うよ、ここはれっきとした現実、ここはノアの最南端、ラプラスの森」


「は?ノア?ラプラスの森?俺の知識の中にそんなもんはねぇよ!これは絶対ぇ夢だ。他には考えられねぇからな!」


「と、とにかく落ち着いて!」


なんとか平常を保たせるために頬を叩いたはずの黒猫。


「痛ッ…!!?」


すると、なにを誤ったか、思わず爪を立ててしまい、少年の頬に傷ができてしまい、それに少年は顔をしかめた。


「あっ…ごめ…」


即座に謝ろうとした黒猫だったが、彼の表情を見てそれを止めてしまう。


「………………」


彼の表情は、驚愕の一点だけだった。そして彼は、既にわかっていたはずの事実を、自分に尋ねるように呟いた。


「……痛い…? …ここは、夢じゃ……ない、のか…?」


おかしい。なにもかもが。記憶がない自分に、腹が立つ。そしてなにもかもがわからなくなった。


記憶がない自分に、なにがあった?俺は誰で、なんでこんなわけのわからない所に居る?


「………ね、ねぇ…?大丈夫…?」


「うっせぇよ! 黙れ!」


混乱や恐怖に不安が折り重なり、心配をした黒猫に物凄い形相で怒鳴りつけた。びくっと黒猫が怯えたのが視界の端に入ったが、既にそっちなど見ていない。今自分が探しているのは、自身の記憶と知識。


しかし何かが変わる訳でもない。


失った記憶を探っても、思い出せるわけがないのだから。


ガラス片をガラスに直すには接着剤一一きっかけが必要なのだから。


「…………なあ、黒猫…」


この世界については誰かに聞くしかない。そしてこの森から出る為には誰かの案内が必要。やっとの思いで、今確実に必要なことに辿り着いた彼は、近くに居るはずの黒猫へと話しかけた。


しかし、


「…黒猫?」


そこに黒猫は居なかった。そして、先程の自身の激昂を思い出し、自嘲気味に笑った。


「はっ…混乱しすぎて、あいつに当たっちまうとはな…。なにしてんだよ」


少年は、気を取り直す為深呼吸をすると、目を瞑って気配を探る。


「……は?」


そこには暗い赤と紫の気配を持つ何かが、金色の気配一一黒猫を引きずるようにして進んでいるのがわかった。


「…捕まった、のか…?」


なんの理由かはわからない。しかし、確認しないことにはわからないと、少年はその暗い赤と紫の気配に向けて足を踏み出した。


「……………」


少年は今まで世話になった草木の陰に息を潜めて前を見つめていた。


そこに居るのは、先程の気配の人間2人だった。


ボロ臭いマントのような物で身体を包み、脚には黒いブーツ。一昔前の盗賊のような格好をした彼らは、下品な笑い声を発しながら会話していた。


「おいおい、マジで獣人捕まえたのかよ!」


「ああ、アレは絶対獣人だ。独り言してたしな!しかも声からしてあれは10代の女と見た。一度は足切り裂いても取り逃がしたが、あっちから出て来るとは幸運だった。コイツは高く売れるぜぇ?」


獣人…まぁ、盗賊やら喋る猫やらがいるから、これが嘘ということではないだろう。おそらくその喋る猫…あの時の黒猫が獣人なんだろう。どうせこっちの世界にあるRPGに出てくる獣人と同じ、獣と人の姿の2つに化けれたりして、普通の人間よりも運動能力が高い…というのが獣人のはずだ。そこまで考えて、少年は1つ、呟いた。


「…売る…だと?」


少年は会話に出てきた言葉に眉を顰める。なんとなくあの黒猫の辿る道に辿りついたのだ。


「チッ」


嫌な話しだ。金欲しさに女子供を売って金にする。その売られた方は好き放題されて捨てられることになるのに。


彼らは自分達がそうなる、という妄想は浮かばないのだろう。だから簡単にこういうことをできる。


胸糞悪くなる少年だったが、この世界のことを何も知らない自分にとって、助けに行くというのは、死ぬのと同じことである。


「…………くそ」


なにも出来ない自分に腹が立ちながらも、彼はその場を音も立てずに去った。



これは自分が解決できるような問題ではない。あれが、あの黒猫の運命なんだ。


罪悪感に潰されそうな自分を正当化しようとそう自分に言い聞かせる。しかし、罪悪感は消えなく、どうしても顔が俯き気味になってしまった。



「ああもうっ!!」


少年は拳を木に打ち付ける。


「くそっ」


唾を吐き捨てるように言った後、木に背中を預けて地面に座り込んだ。


盗賊らしい彼らは2人だけ。周りには彼ら以外は誰もいない。黒猫という一匹を除いて。


どうすれば助けられる?


少年の頭の中にはそれしか浮かんでこない。感知の端に映る彼らの気配を無意識に追っていた。


自分にはなにも出来ないんだ。助けようなんて思うな。自分が死ぬだけだ。


「あ」


1つの答えを見つけた。


どちらにしろ自分は死ぬのだ。いくら盗賊の気配を追い掛けてもここがどこだかわからない自分にはなにもできない。ましてや財布があっても確実にこの世界の通貨とは違うのだ。


「…だったら」


どうせ死ぬのなら、格好よく死んでやる。


少年は1つの結論に達した。





「ほれほれ…人化しやがれ獣人さんよ」


つんつんと汚らしい指で黒猫の腹を触る。縛られた黒猫には、反論することしかできない。


「触るな…。あんたの命令なんか聞くわけないでしょ。メリットなんてないじゃない」


「はっ…まあそれもそうだな…。んじゃこうしてやるよ。お前が人化したらお前を逃がしてやる。どうだ?メリットはあるだろ?」


そんな提案に、黒猫は吐き捨てる様に拒絶した。


「ふざけないで。どうせ人化した後のあたしの身体が目当てなんでしょ?気持ち悪いったらありゃしない。そんなことになるぐらいならあたしは舌噛んで死んでやる」


「おうおう、威勢のいいヤツだ。ま、どーせ俺がやらなくとも売った後にやられるというのが分かっていて死なないっつーのは、つまり恐いんだろ?死ぬのもよ」


「………………」


黒猫はその言葉に黙ってしまう。そう、恐いのだ。売られれば身体で弄ばれる。それは死ぬのより恐いと思うし気持ち悪いと思った。


心を許したわけでもない者に裸だって見せたくない。男達に遊ばれる自分を想像して吐きそうになったぐらいだ。


だからこそ黒猫は死のうとした。でも、怖かったのだ。足を切り裂かれて、自分は失血死するのだと思った。生きて身体をいじくり回されるよりは死を選ぼうと思った。

それにはこの切り裂かれた足はありがたいと思った。自殺は恐いのだ。自らを殺すような勇気は自分にはない。


だからこのまま死のうと、あの時黒猫は横になって目を瞑ったのだ。



そんな中、黒猫は少年と出会ってしまった。


揺れて音を出す草木に目を向けると、そこにいたのは、


(女の子…?)


黒猫はそう勘違いしたが、それは少年だった。白い肌に華奢な身体。肩に掛かる長さの黒髪。その黒髪からは、アンテナのように一本髪が飛び出していた。


まるで少女のような体躯なので、間違えるのも無理はない。


「…………猫?」


涼やかなアルトボイスは、何の理由も無しに黒猫を落ち着かせる。少年は心配そうに黒猫の顔を覗きこむ。それを見て黒猫は心中で微笑した。自分のことでもない…しかも見た限りただの猫にここまで心配してくれることが凄く新鮮で嬉しかった。


「疲れてる…っつーか…疲労?」


(言い方が違うだけじゃん)


心中で少年にツッコミを入れる。まだ警戒を解くわけにはいけない。安心させといて捕まえる、ということが前にもあったからだ。


少年は黒猫の顔から視線を外して身体を見る。そして真っ赤に染まった足が視界に入った。


「ケガ、か…」


少年はそう呟くと、突然服を脱ぎだした。


(ななな、なにやってるのこの娘!なんで突然服脱いでるの!?)


黒猫はまだ少年を女だと勘違いしているのだろう。心中でツッコミ、少年の身体を見て、あ、なんだ男だったのかとやっと認識を改める。


そんなことを考える内に少年は下に着ていた白いTシャツを破った。黒猫には、これがなにを意味しているのかは全く理解していない。


この世界では魔法や魔術が発展している反面、技術というものが全く発達していない為、この治療法を知らないのだ。


少年は黒猫を優しく抱くと、胡座をかいて座り直し、膝上に黒猫を乗せた。


その傷ついた片足の傷口を確認すると、細くなった布切れで傷口の上をきつく縛る。


(痛ッ…!!)


黒猫の身体が痛みでびくんと動く。それを見た彼は、頭を優しく撫でながら言った。


「…ごめん。今は痛いだろうけど、我慢して」


それに応えるように、黒猫は撫でられて気持ちが良いのに目を細めた。


この瞬間、黒猫の中の警戒心は既に途切れていた。


次に少年は優しく布で傷口の辺りを覆って優しく縛った。


それを見て、何故か少年自身が驚いたような顔をした後、ぶんぶんとなにかを振り払うように首を振り、そして息を整えてから目を瞑った。


(……なにしてるんだろ)


わけもわからない治療法なのに、痛みはそこまで引かないが、血が止まっていることに疑問を感じた。そして彼が今目を瞑った理由が知りたくなり、無意識に黒猫は話しかけていた。


「なにやってるの?」


あっと思った時にはもう遅い。しかし少年は別段動じるわけでもなく平然と返した。


「ちょっとな」


隠しているのはわかったが、自分が言えることではないし問い詰める程の仲では全くない、という理由でそれ以上は問わなかった。


瞼を開いたのを確認すると、黒猫は感謝の言葉を口にした。


「…あ、そうそう、変な治療してくれて助かった。ありがとね。でもこんな治療法聞いたことないんだけど…」


「治療っつっても止血しただけだしな。ちゃんとした治療してもらわないと傷残るだろうからな」


シケツ、という意味はわからなかったが、なにかの専門用語なのだろうと詳しくは問おうとしなかった。


「あ、そうなんだ。だから痛いのは消えないんだね」


「まぁそういうことだ」


そしてやっとつっこみが来た。


「猫が喋ったぁぁぁあああ!!??」


「反応が過剰過ぎるんだけど…」


別段驚くことでもない。黒猫にとってはそうだろうが、彼にとっては違うのだ。思い出がなく、もうひとつの世界『地球』の知識しかない彼には、猫が喋る、なんてことは絶対ないのだから。尤も、黒猫がそんなことを知っているわけもない。


「いや思わず順応しちゃったけど…」


するなよ。


「猫が喋った!? どゆこと? 俺の知識の中に喋れる猫なんて居ないはずなんだけど!」


少年は更に混乱する。


「なんだこれ! 夢!? そうか、夢なのか!夢なんだな、全部! よっしゃ!解決したぜ!」


わけがわからない。そんな感情がひしひしと目の前に居る黒猫に伝わる。黒猫にはなにがわからなくてなにが夢なのか全く理解できなく、ただ少年の声を聞くだけだった。


しかしここで引き下がるのも自分らしくない。とりあえずここがどこかを教えてやろうと黒猫は言った。


「夢? 違うよ。ここはれっきとした現実。ここはノアの最南端、ラプラスの森」


「は?ノア?ラプラスの森?俺の知識の中にそんなもんはねぇよ!これは絶対ぇ夢だ。他には考えられねぇからな!」


わけがわからなくてイラついているのだろうか。黒猫は彼を少し怖く感じた。


「と、とにかく落ち着いて!」


黒猫は頬を前足で触れようとする。


「痛ッ…!!?」


すると、なにを誤ったか、思わず爪を立ててしまい少年の頬に傷ができて、それに少年は顔をしかめた。


「あっ…ごめ…」


即座に謝ろうとした黒猫だったが、彼の表情を見てそれを止めてしまう。


「………………」


彼の表情は、驚愕の一点だけだった。その表情から、信じられない、という感情が詰まっている気がした。


「……痛い…? …ここは、夢じゃ……ない、のか…?」


真っ青の顔で呟く少年に、黒猫は物凄い心配をし、恐る恐る尋ねた。


「………ね、ねぇ…?大丈夫…?」


「うっせぇよ! 黙れ!」


ビクッ。


物凄い形相に、黒猫は畏縮した。なにがあったかを黒猫が察することはできない。


とにかく少年が落ち着くまではここから離れていようと、真っ青の顔の少年をちらりと横目で見た後に、心配そうに彼の傍を離れた。


少年が落ち着くまでの間に、黒猫は川に向かっていた。


ここラプラスの森には、綺麗な川があった。この世界で最も綺麗な水が流れている川といってもいい川には、様々な魚も住んでいた。


「彼はどんな魚が好きかなぁ?」


そう、食料配達の為だ。止血をした少年へのお礼として。そして今の独り言を、あの男に聞かれていたのだ。


一度、黒猫の片方の後ろを切り裂いた人物。大方、最初は食料かなにかにするつもりだったのだろう。猫が食べられるかどうかは疑問だが…。



そして結局、黒猫は有無を言わさず捕まった。


そして今の状況である。



縛り上げられた黒猫の倒れている場所は、小屋のようだった。しかし、家等とは違い、雨風を防ぐためのもの。屋根と、3方の壁だけで、目の前から見れば中がまるっきり見えるような構造だが、それはこちらにとっても同じ。相手が居れば、この視界の中に入るので見えやすい。つまり結構使い勝手がいいのだ。盗賊にとっては、の話だが。


「さて、と…。そろそろもう1人も戻ってくるよな。ちょっと俺はトイレにでも行くか」


「勝手にいってきてその欲求不満で溜まっている性欲を減らしてきたら?」


「今ここでお前にやってやろうか」


とてつもなく鋭い視線に、そして気持ち悪い言い返しに、動きの取れない黒猫は身震いする。


盗賊は一息吐くとそのまま前を見直して、森の奥へと進んでいった。



少しの間安らげる状態になった時、今まで我慢していたものが崩壊を始める。


恐い、怖い、こわい、コワイ!


恐怖が黒猫を浸蝕していく。


元々、黒猫も獣人という種族ではあるが、10歳半ばの少女なのである。そんな歳の少女が、今の状況に恐がらない訳がない。


相手には無理をしてでも虚勢をしていたが、独りとなると別。


彼女はもう、虚勢を張り上げて精神を保つこともままならない。


縛り上げられた黒猫は、ただ怯えた風に身体を震わすことしかできない。



そして遂に、自身の限界が来た。


「やだ…」


金色の瞳に涙が浮かぶ。彼女の声は年相応の泣き声。


「やだよぉ…」


恐怖で全身が弛緩し、彼女は失禁してしまうが、そんなことを考える程の心の余裕はない。


「だれか…。だれかぁ…。なんでもしてあげるから、お願いだから…」


そして心から、強く、強く願った。


無意識に交えた、その言葉も合わせて。


「助けてよぉ…もう一度…助けてよぉ…」


彼女は、無意識にあの少年のことを呟いた。



しかしそんな弱音を、戻ってきた1人の盗賊に聞かれてしまった。


「……あ? なんだコイツ、泣いてんのか?」


「あ…」


しまった、と黒猫は思ったが、もう遅い。一瞬硬直した盗賊だったが、


「ぎゃははははは!!」


すぐに下品な笑いに変わった。


屈辱と後悔。しかしそんなのは後の祭りである。


「やっぱりお前も女なんだなぁ!ぎゃははははは!!!」


笑いが止まらない。腹を抱えて下品な笑いをし続ける盗賊。


「うぜぇ」


しかしその響きあるアルトボイスの一言で、ぴたりと笑いが止まった。


「ぐぇっ…!??」


カエルが踏まれたような呻き声を発し、盗賊は俯せに倒れる。


黒猫は突然起こった出来事に、思考が追い付いていかない。


ばっと黒猫は倒れた盗賊から視線を外し、その金色の目で盗賊の後ろに居た者を捉えた。


そこには先程黒猫に治療を施した、黒髪黒目の少年が居た。


しかし、彼は先程と少し違い、特徴的な優しく大きい黒目が、細く鋭くなっているのに黒猫は気が付いた。その目に黒猫は畏怖を感じるが、それと同時に安堵も感じる。そんな矛盾した感情に黒猫は首を傾げるが、そんなことをしている場合ではない。


少年はそんな目で黒猫を一瞥した後、呻いている盗賊に向けて言い放った。


「もういっちょ」


少年は、サッカーボールを蹴る要領でのたうちまわる盗賊に向けて足を振り上げた。


「おふぅっ…」


盗賊の股…そう、股間を狙って。


自分に力が無いのは既に分かっていた為、とにかく急所を狙っていたのだ。そして1番狙い安く、苦しいのが股間だろうなぁと少年は楽観的に考え、それを実行したのだ。


「よっ」


「あ一一一ッ!!?」


もううめき声も所々しか聞こえてこない。彼の考えは正しかったわけだ。少年はなぜか恍惚とした表情で股間をピンポイントに蹴り上げる。


びくんびくんと盗賊が痙攣し始めた。


「きもっ」


顔に似合わず最低な奴である。トドメに鳩尾に全体重をかけて肘を下ろす。鈍い音と呻き声が同時に聞こえ、泡を吹いて動かなくなった。



「…ふぅ」


少年は1つ、小さな溜息を吐いてから黒猫に近づいた。


そしてひざまずいて、まるでどこかのお話の様に、黒猫に言った。



「助けに参りました、お嬢様」



「その女の子みたいな顔で言われてもロマンチックじゃないね」


台無しである。


「酷ぇ!?」


「冗談冗談。ありがと」


そんな素直な一言に少年は顔が紅潮する。気恥ずかしかった。そんな彼は照れ隠しに黒髪をガシガシと掻きむしってから、黒猫に近付き、ツールナイフのナイフを伸ばして縛っていたロープを切り裂いた。


落ちてくる黒猫を優しく受け止め、そのまま言う。


「とにかくここから離れるぞ。そろそろもう1人が帰ってくる」


「え」


なんでわかるの、と問い掛ける前に、彼女に衝撃が来た。少年が走り出したのだ。


「ちょ…!? あ、あたし走れるから!下ろして!」


今は黒猫の姿をしているものの、彼女だって女である。そして結構プライドの高い彼女は、抱かれたままなのを嫌がった。


しかし、


「だめだ。お前怪我してるだろうが。しかも結構深い傷だ。そんなお前を走らせられるかよ」


心配してくれての一言に、黒猫はなにも言えなくなった。


「うー……。あたしは、お前じゃない!エルナ・ライトっていう名前があるの!」


そのため、他の言葉に反論した。


結構長い間走っただろう。気配察知に男が引っ掛からなくなったのを確認してから、少年は木の根に腰を下ろした。


「はぁっはぁっ…はぁ…っ」


華奢な身体で全速力で走ってきた彼は、そこまで時間は経っていないのに体力の限界が来た。


それはそうだ。目覚めてからなにも口にしていないのだ。既に体力も底をつき、全く動けなくなっている。


「がは…っ…はぁ…はぁっ…」


「だ、大丈夫…?」


心配するべき者に心配をされてしまっている。自らが情けないと思いながら、切れ切れに大丈夫と答える。


「はぁっはぁ…もう…あいつは…いない…な…はぁ…」


感知で辺りを探し、いないのを確認するとそう呟き、少年は息を整える。



数分後、息を整えた少年が、黒猫、エルナに話しかけた。


「エルナ…だっけか」


「うん」


エルナは頷いて返す。それを見た後少年は、意を決したように、一度だけ深呼吸をしてから尋ねた。


「ここは…どこだ?ノアってなんだ?」


「…………え?」



数多の願いが交わる時




むかしむかし、このよには、おおきなひとつのせかいがありました。


そのせかいには、ひがしでは『ぎじゅつ』が、にしでは『まほう』がはってんしているふたつのとしがありました。


ふたつのとしはたがいにたりないところをおぎないながらきょうぞんしていましたが、あるとき、ふたつのとしはたいりつしてしまいました。


どちらがすぐれているのか。


それをしりたいがために、ニンゲンたちはおろかでむいみなせんそうをはじめました。



ながい、ながいせんそうでした。



10ねん、20ねんと、そのせんそうはおわりませんでした。



かみさまはかなしみました。


はってんしたものがちがうどうしが、おなじせかいにあったからせんそうがおきたのだとかみさまはかんがえ、かみさまは、せかいをふたつにわけました。


『ちきゅう』というせかいには『ぎじゅつ』がはってんし、『ノア』というせかいでは『まほう』がはってんしたせかいをつくりました。


そして、すべてのひとびとから、もうひとつのせかいがあるというきおくをけしました。


かみさまは、へいわがつづくようにとねがいました。



しかし、そのねがいはながくはつづきませんでした。


あるとき、まほうのはってんしたせかい『ノア』に、『まおう』となのるわるものが、ノアをこわしていきました。


ノアにすむものたちは、まおうにいどみますが、なぜかまおうにはまほうがききませんでした。


まほうがきかないまおうに、ノアのものたちはなすすべもありません。


かみさまは、このままではいけないと、ぎじゅつのせかい『ちきゅう』にいたしょうねんを、ノアにおくりこみました。ひとつのちからをあたえて。


おくりこまれたくろかみくろめのしょうねんは、すこしずつ、すこしずつ、つよくなっていきました。


そしてそのしょうねんは、このせかいでじぶんをたすけてくれたなかまをひきつれ、かかんにまおうにたちむかっていきました。



ながいながいたたかいでした。ながいながいたたかいをへて、ついにしょうねんは、まおうをたおしました。


ついにノアにもへいわがもどってきたのです。


やくわりをはたしたしょうねんは、しろいひかりにつつまれてきえてしまいました。



このノアにはない、かれのつけていたうでどけいだけをおいて……。



  ふたつのせかい 完。





第1章「俺は…誰だ?」




「………………?」


少年が目を覚ましたのは、森の中だった。


どこを見ても草木以外になにもない。緑の隙間から見える青空が、幻想的で綺麗に見える。


そんな中で最も目立っているのはその倒れていた少年だ。まるで太陽に当たったことのないかのような白い肌、軽く捻れば折れてしまう程華奢な身体、艶のある黒髪に、総てを反射するような真っ黒の瞳。そして、まるで少女のような小さな幼顔。睫毛は長く、漆黒の目を大きく見せている。


女装させれば確実に女の子と間違われる彼は、しかしちゃんとした男である。


少年は上体を持ち上げて、辺りを見回す。彼の近くに落ちていたのは、少年の物と思われるショルダーバッグ。


少年はそれを開くと中を見る。そこにあったのは、財布と携帯電話に、大きな本。そしてマルチツールナイフ。


その最後に取り出したマルチツールナイフを見て少年は首を傾げて呟いた。


「…俺はキャンプにでもいこうとしてたのか?」


その独り言の様な質問に答える者はいない。


少年は気を取り直して自身の身体を見る。倒れてはいたが、別に外傷はなし、汚れも見当たらない。パーカーにブカブカなズボン、腕時計。そしてズボンに取り付けられたサスペンダー。特に目立った部分もなし。


次に少年は、なぜこんな所に居るのだろうと記憶を辿った。



しかし、それは無駄な行為だった。



「……俺は、誰だ?」


自分が誰なのかわからない。自分はなぜこんな所に居る?


彼は、典型的な記憶喪失だった。


「…………………」


なにも思いだせない。まるで、ガラスの破片の様になった記憶には、なにも描かれていない。


自分が誰なのかわからかい。


自分はなんなのかわからない。


自分はこの世で独り。


足元が、見えない。


「………………………」


怖い。ここまで自分が生きていたという思い(キロク)がないことが、とてつもなく恐かった。


自分にはなにもない。家族も、友達も、仲間も、あまつさえ、知り合いも。


これから自分はどうすれば良い?なにもわからない。今ここが何処で、自分がここにいる理由も、なにもかも。


恐怖。不安。


少年は、そんな感情に押し潰されそうになりながら、自分に尋ねるように、他の誰かに尋ねるように、呟いた。



「俺は……なん…だ?」


恐怖に押し潰されそうになる。不安で顔が歪みかける。少年はそれを頭を振って払拭しようとする。しかしそんなのは無意味。恐怖と不安は高波の様に次々に襲い掛かり、少年を押し潰さんとする。


「…………………」


少年は抗うのを止め、とにかく落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かす。緑の他になにもないこの森の中、とにかく落ち着く為に少年は静かに、深く、深呼吸を繰り返した。



「……………ふぅ」


一旦落ち着くと、自らの右腕に巻いてある腕時計を見た。


その腕時計の時間は止まっている。しかし、壊れたわけではなさそうだ。他の機能は使える。しかし、時間だけは、『4月1日午後3時』で止まっていた。


因みにその時間もいじくろうとしたが、機能しない。日付と時間だけは、なぜかどうやっても変わらなかった。


次は携帯電話を調べてみる。やはり、4月1日午前3時で時間は止まっている。時間を変えようとしても、やはりその場合だけは機能しない。他にも調べてみるが、自分自身のことはなぜかなにも書かれていなかった。そして当たり前ではあるが、圏外でどこにも繋がりそうにない。


少年は溜息を吐くと、空を見る。


彼の心中等ものともしていない、快晴の青空だ。それを見て少年は更に憂鬱となる。


とにかく森から出ないと危ないと思った少年は、辺りに警戒しながらも真っ直ぐ歩みを進めた。



気配、というものがある。


達人になると周りの気配を読み、相手の居場所を掴むのだが。


少年はぼやけてはいるが、それに『色』が付いてみえていた。彼もこれがなにかはわかっていないが、結構役に立つので理由よりもこれを活用することを考えていた。


歩いている内に分かったのだが、これはヒトの気配だけではなく、草木の気配も『色』付きで見える。草木は全て白く、また、自分自身も白い。他のヒトはどうなのだろうと思ったのだが、ここには自分以外いないので調べる術はない。


集中するとそれだけ、この力は範囲を広げ、更に気配ははっきりしてくるのだが、まだその力を知ったばかりだからだろう、あまり代わりない。そして、それは目と同じようになっているらしく、なにかに集中すると、それが細かく見えるが、他の部分がぼやけてしまう。普通にしている時に感知できるのは約5メートル。しかしこれは集中すれば広がるので問題はない。


しかし、1番問題なのが、


「はぁ………」


異常な程の気疲れである。ずっと、今までのことを調べる為に集中していた為、精神がとてつもなく削れてしまったのだ。



一度休憩を取る為に、少年は木に背中を預ける。


草木の隙間から漏れる太陽の光は、順調に少年の体力も削ってゆく。既に日は、真上にあった。


「あっつ……」


しかし脱ぐわけにもいかない。襟元をぱたぱたと扇ぎながら、快晴の空を見上げた。


「…ここは、どこなんだよ…」


もう自分が誰だとは考えない。記憶喪失の自分が今無理矢理思い出そうとしても頭痛がして、治りにくくなるだけだろうと、少年は記憶ではなく知識を探る。日本という国の知識が多く、日本語で自分自身が話している所から、おそらく日本の…しかも方言の無い所…関東辺りに住んでいたのだと推測する。


しかし記憶を探らないとここがどこだかはわかりそうになかった。しかし記憶を失っているので思い出すこともできない。気付いたら自分はここにいる、というこの状況を打破するためにはやはり誰かと出会わなければならなかった。


「ちっ…」


少女のような童顔で、更に声変わりも終わっていないアルトボイスで少年は似合わない舌打ちをしてから木から背中を離す。先程歩いてきた道を確認するとまた少年は歩き出した。




何時間ぐらい経ったのだろう。空が茜色に染まる頃、少年は相も変わらず森にいた。




しかし今までとは違う所があった。


それは、辺りを見渡せる高台が、少年の目の前にあったからだ。


ほんの少しの進展であっても、今の少年は物凄く%E

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