すれ違いⅠ
ため息をつきたい。盛大に。
「親父、本あったぜ〜」
ノックもせずに扉を開ける息子を気にもせず、机の上にある書類から目を離さない父親に歩み寄る
「これだろ?」
本を差し出すが受けとるだけで、仕事をする手を休めない
「おう、さんきゅーな!」
「礼ぐらいちゃんと目を見て言ってくれよ」
「悪い、今それどころじゃないんだ」
「はぁ?」
「明日は母さんの誕生日だろ?今日中に明日の分の仕事を終わらせたいんだ」
「あ〜、そうだった!なんもプレゼント考えてなかった・・・親父は?」
「俺は今年は"南の王国と東の諸国"にしようと思って」
「それで本探しを頼んだのか」
毎年必ず母さんの誕生日に行う親父からのサプライズ
母さんの好きな小説のワンシーンを再現する
「去年はなんだっけ?」
「"幻の薔薇"いや〜、あれは本当大変だった。わざわざ珍しい薔薇を隣国から取り寄せなければならなかったしな」
王女に恋した騎士が自分の恋を諦めきれずに王女に告白するシーン
『―――私はあなたへの想いを諦めることはできません。ですが、私の想いをあなたが受けとる事が出来ない事も分かっています。ですが、これだけは受け取ってもらえますか?この私の想いによく似た花達を』
「よくあんな恥ずかしいセリフ言えたな、俺には無理だ」
「何言ってんだよ、好きな女性には何でも出来るのが男ってもんさっ!」
「はいはい、じゃあ俺はそろそろ行くよ」
「そういやアンちゃん元気か?」
「・・・は?」
「なんだお前知らないのか?クォード男爵家のアン嬢、レオナルド様の幼馴染みだぞ」
「いや・・・初めて聞いた」
「昔はよく勉強が嫌で王宮を抜け出したレオナルド様の遊び相手だったんだ。でもある事件があってからそれも無くなってね」
「・・・ある事件って?」
「それは―――」
――――――――――――
「遅い・・・」
ずっと待たされているアンはする事もなくただ、ぼーと花達を見つめる
心地よい風が吹き、花達の甘い臭いが気持ちよくてつい目がうとうとしてしまう
ふわっと体にかけられた柔らかい布に目を覚ませばそこには
「・・・レオナルド様」
起きるとは思っていなかったのか、少しバツの悪そうな顔をするレオナルド
「いや、このまま眠ってしまえば風を引くんじゃないかと思って・・・余計なことをしたな、すまん」
「いえ、ありがとうございます・・・でもなぜここが?」
「俺の部屋から見えたんだ、」
「―――今からジャックとお茶を飲むんですが、よかったらご一緒にどうですか?」
ジャックに言われた言葉を思い出す
"素直になれよ"
もやもやする気持ちを解決しようと、レオナルドにさっきの事を詳しく聞きたいと、少し勇気を振り絞って誘ったみたが、レオナルドは驚いた表情と少し悲しげに笑いながら小さく首をふった
「・・・いや、まだ仕事が残っているから遠慮する」
「そんなの後で片付ければいいだろ!なっ?アン」
そこにはお茶やお菓子が乗ったカートを引きながらやってきたジャックが立っていた
「2人より3人でお茶飲んだ方がいいに決まってんだろ?ほら、レオナルドも椅子につけって」
テキパキと机の上にマカロンやらケーキやら3人前のお茶の準備をしているジャックを見ても、まだ佇んでいるレオナルドにアンは少し気まずそうに上目使いで喋りかけた
「実務ばかりしていては体によくありません、一杯だけでもご一緒しませんか?」
「〜〜〜・・・少しだけなら」
少し頬を赤くし遠慮がちに椅子に座る
どうやらレオナルドはアンのこの表情に弱いらしい
そんな2人を見ていたジャックは極めて明るい声を出そうとする
「よっし、これでオッケー!お茶は俺のオリジナルブレンドだから日によって味が違うけど、まあ上手いから安心して」
「ジャックってお茶も淹れられるのね」
メイドがやる仕事を1人でこなすジャックに少し感動する
「俺の親がお茶好きでさ、その影響でな。レオナルドも俺の淹れるブレンドティが好きなんだよ」
「・・・あぁ。ジャックのお茶は確かに上手いからな」
「はい、お茶が入ったぜ」
ティーカップに注がれたお茶からは甘い香りがし、ひとくち口に含めば、ほのかに酸味のある味がマカロンやケーキとよく合う紅茶だった
「おいしい・・・っ!」
「だろ?、レオナルドは?」
「うまい」
2人に褒められ満足げなジャックはマカロンを口に含みながらさっきの出来事を話し出す
「そういや、アンがウィリアムの妹って知ってたか?」
「あぁ、もちろん」
「俺はさっき知ってビックリしたぞ!兄妹ってより恋人っ!?ていう愛情表現にさらに驚いた」
「そう?あれが普通よ」
「・・・・・」
・・・いや、絶対違うだろ
というツッコミは口に出さずに心の中にとどめておいた
「え、え〜とアンは小さい頃よく王宮に遊びに来てたんだって?」
「えぇ、騎士様の宿舎によく遊びに行ってたわ。まだお兄様が見習い騎士の時だった、懐かしいな」
「ふ〜ん――――それ以外の場所には行ってないの?たとえば、庭園とか・・・宿舎の裏の空地とか?」
「空地はよく行ったわ!あそことっても綺麗な花が咲いてるわよね」
「―――じゃぁ、"秘密の花畑"は?」
「っ!おい、ジャック!」
その言葉を聞いた途端レオナルドは目を見開いた
「・・・"秘密の花畑"?」
「そうだ、空地の茂みの中に子供が通れるぐらいの通路があってさ、そこを潜ると花畑があるんだ」
―――通路?茂み?
頭が痛い
『―――アン!こっち!』
あなたは・・・
『僕についてきて!』
誰?・・・・
『とっても綺麗でしょ?』
その声は・・・・
レオナルドはガンッ!と大きく机を叩くとジャックを睨み付けた
「・・・いい加減にしろ、それ以上喋るな・・!」
アンの顔は真っ青になっておりこめかみに手をあて口を押さえている
レオナルドはアンの背中を優しく撫でると腕を掴み支えながら椅子から立たせる
「大丈夫か?顔が真っ青だ」
「少し目眩がしただけです・・・・・これくらい大丈夫」
「いや、大丈夫じゃない。医務室へ行こう」
正直立っているのがやっとだったアンはレオナルドに言われるまま医務室へ歩き出す
「俺はこの片付けがすんだら行くよ、レオナルド。アンを頼むぜ」
レオナルドはジャックを睨むとなにも言わずに歩きだした