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海に臨む崖上の城。
今宵舞踏会が開かれる。
幾千もの灯りが煌々と夜を照らし、仮面を被った人々が手に手を取り合い、嬌声が飛び交うこの場所で、物語は幕を開ける。
***
年ごろは十六、七ほどだろうか。
少女があたりを見回している。
初めての舞踏会で親族と逸れてしまったに違いない。
グラス片手に談笑する人々の間を通り抜け、重厚な扉の居並ぶ廊下を潜り抜けて行き着いた先は、小さな広間だった。
壁には絵画がずらりと並んでいる。
少女は微かに聞こえる音楽を頼りに、元いたホールへ戻ろうと扉を押した。
「お嬢さん、どうかしましたか。」
声を掛けてきたのは若い男だった。
随分な二枚目だったので、きっといろんな女を引っ掛けて遊んでいるに違いないわ、と少女は思った。
「ちょっと、迷ってしまって。」
「それなら送っていきましょう。」
少女は躊躇いながら、差し出された手を取った。
「このような場は初めてですか。」
「ええ、そうです。」
「それは慣れないでしょう。自分も、慣れるまでには暫くかかりましたよ。」
男は如才なく会話を続けた。
沢山の部屋があった。
部屋一面がガラス張りの鏡になっている部屋。何もなく、ピアノだけがぽつんと置いてある部屋。大量の 肖像画に見つめられる、居心地の悪い部屋。
それらを知り尽くして男は部屋部屋を通り抜けていく。
まるでおもちゃの城の中に放り込まれたようで、少女は頭がくらくらした。
だんだんと音楽が近づいてくる。
とうとう、扉の向こうから人々の話し声が聞こえるまでとなった。
「ありがとうございます。送っていただいて大変助かりました。」
「礼には及びません。」
男は紳士的に頭を下げた。
立ち去ろうとした少女を、男が呼び止めた。
「一曲、踊っていただけませんか。」
少し考えて、少女は頷いた。
曲が変わった。
男は流れるように少女の手を取り腰を抱き、踊りを作った。
少女は何もする必要はなかった。ただ流れに身を任せればよかった。彼が作った流れは心地よく、いつまでも身を浸していたかった。
柔らかな月明かりが照らすなか、二人は踊り続けた。少女のドレスがひらり、ひらりと金魚のように舞い踊る。
世界に二人だけだった。
互いの眼を食い入るように見つめ合い、ダンスホールの端っこで。緩やかなワルツにあわせて、ターン、ツイスト、ターン。
完成されたひとつの図式がそこに存在した。
やがてクライマックスを迎えた音楽は徐々に減速し、フィニッシュを迎える。
しばらくは余韻に浸っていた二人だが、少女は気が付いたように慌ててお辞儀をした。
「ありがとうございました。また、いずれ。」
呼び止める男の声も聞かず、少女は群衆に紛れて溶けてしまった。




