挨拶廻り
財務省審議官室である。
結城がドアーを開ける。
受付に中年の女が座っている。三角の席札には羽生喜美子とある。
審議官控え室のドアーには「在室中」とある。
羽生は結城を見るなり笑顔で立ち上がり、
「ご苦労様です」
結城は慇懃に、
「イヤ~、イヤイヤ、お世話になりま~す」
控えめにドアーを指差す結城。
羽生が、
「はい。どうぞ」
ドアーを軽くノックする結城。
部屋の中から渋い声が。
「アーイ・・・」
結城はそっとドアーを開けて中を覗く。
財務審議官(大臣官房担当)備後正司が結城に気付き椅子を立つ。
「おお、結城さん! どうぞどうぞ」
備後は結城を応接テーブルに誘う。
結城は直立不動で、
「すいませ~ん。アポも取りませんで」
土屋は結城の後に付き、そっとドアーを閉める。
備後はニッコリと笑い、
「かまいませんよ。どうぞ・・・」
「恐縮で~す」
備後がソファーに座る。
土屋は結城の分厚いカバンを足元にそっと置き静かに座る。
備後は二人と対座して先ず一言。
「いやー、乱立しましたね」
結城は身を小さく固め、
「どうなるんでしょうね」
「石田さんはどうするんでしょうね」
「う~ん。総理はヤル気満々みたいですよ」
「待ちに待った総理の椅子ですからねえ。無碍には出来ないでしょう。しかし、やはり派閥ですかねー。コレで良いのでしょうか・・・」
備後がテーブルの上のタバコケースから一本を取り出し、ケースを結城の方に向ける。
「あッ、いや、私はタバコは・・・」
「え? 吸わない。ほーう。お酒も? 」
「お酒はほどほど」
備後は笑いながらタバコを口元に。
「コレは煙の出ないタバコなんですよ」
と言いながら備え付けのライターでタバコの先に火を点け様とする。
が、火が点かない。
ガス切れの様である。
結城は土屋の靴を軽く踏む。
土屋は足を引っ込める。
結城は膝で土屋の膝をこづく。
土屋は結城の顔をそっと覗く。
結城は片眼と顎で備後の咥えるタバコを指す。
備後はポケットをまさぐりライターを探している。
土屋はやっと空気が読めたのかポケットから居酒屋のマッチを取り出し素早く火を点ける。
「うッ、
備後は硫黄の匂いで顔を顰める。
土屋はマッチの火を両手で包み備後の咥えたタバコの先に。
「おお、すいません」
タバコを一服深く吸い込み結城を見て、
「・・・新人ですか?」
「あッ! イヤ~、紹介が遅れました。うちのカバン持ちです」
土屋は直立して、ぎこちなくポケットから名刺の入ったプラスチックケースを取り出す。
蓋を開けて一枚。
「申し遅れました。いつもお世話になります。土屋政人と申します。今後とも宜しくお願いします」
備後は名刺をしみじみと見て、
「・・・土屋政人・・・良い名前だ」
備後は座りながらテーブルの上の名刺ケースから一枚をつまみ土屋に渡す。
「備後です」
土屋は両手で備後の名刺をアツく受取る。
備後は土屋の名刺をテーブルの上にキチッと置いて、
「・・・土屋さんは、角サン(田中角栄)の若かりし頃に似てるなあ。ハハハハ」
備後のその一言で土屋の顔の緊張感が緩む。
「え~え、そうですか? 有り難うございます」
備後は結城に目を移す。
「で、今日は」
「あ、すいません。先だっての電話の件・・・」
「ああ、先生の勉強会の件(チケット捌きの窓口)ですね。あれは文書課ですよ」
結城はわざとらしく驚き、
「ブンショカ! なるほど・・・そうでしたか(結城はその流れは知っていた)」
備後は背広の内ポケットから手帳を取り出し、捲りながら、
「・・・え~と、いつでしたっけ先生の裏パーチー(勉強会)は・・・」
「十月二五日の金曜日です」
「十月二五日かぁ・・・。なんなら私の方からプッシュしときましょうか」
「あッ、イヤ~、イヤイヤ、有り難いです。で、 審議官のご自宅の住所は変わり有りませんよね」
「何か?」
「いや、先日、車の中で審議官のお話が出ましてね。金井が上州牛の味噌漬けを食べさせてあげたいなあ、なんて言うんですよ。ハハハ」
「あ~あ、あれは旨い!」
「そうですか! じゃ、早速スタミナ便でお送りします。ハハハハ」
つづく