金井博康と云う代議士
突然事務所のドアーが開き、金井財務副大臣(本人)が事務所に入って来る。
結城が急いで席を変わる。
松永は金井を見て、
「あッ、おはよう御座います」
本日の金井は若干『虫の居所』が良くない。
少し遅れて、肥満の青木信也(秘書兼運転担当・中大法卒)が息を荒げて事務所に入って来る。
金井は応接室に入りドアーを閉める。
結城は金井を見て起立する。
土屋も少し遅れて起立する。
結城は不動の姿勢で、
「お疲れ様です」
土屋も結城をそれを真似て、
「お疲れさまです」
青木が閉められたドアーをそっとノックして応接室に入って来る。
控え目な小声で、
「・・・失礼します」
金井は青木を無視し。
新人の土屋政人を見てニッコリと笑い頷く。
「・・・うん」
代議士専用ソファーにフカブカと座る。
結城はそれを確認して静かに浅く座る。
土屋も青木も控えめに座る。
結城と、息を整えた青木が背広の内ポケットから手帳を取り出す。
土屋は、結城と青木の仕草をジッと見ている。
金井は突然、「ニッ」と笑い青木を睨んで一言。
「青木君ねえ・・・」
青木は突然自分の名前を呼ばれ、背筋を伸ばす。
「ハイッ!」
「君は目立ち過ぎるぞ~お」
「ハ?」
「君がワタシじゃないんだからね」
青木は恐縮して頭を掻きながら、
「すいません。気を付けます」
「気を付ける? 何を」
「えッ? あの~・・・ナニをでしょうか」
「バカ者ッ!」
「あ、ハイッ! すいません」
金井は机の上に置かれた水差しからガラスのコップに水を注ぐ。そしてひとくち口にして青木を睨み、
「・・・痩せなさい! いつまで太ってるんだ。私が小さく見える!」
青木は恐縮して、
「あッ! き、気を付けます」
「だから何をと聞いてるんだ!」
青木は鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をして、
「えッ? あの、メシ・・・」
金井は人差し指で机を力強く叩き、
「バカものッ! 私の傍に立つなと言ってるんだ」
青木は納得したように、
「あ~あ、・・・ハイッ!」
それから、金井は結城を見て毎度の『天に向かって唾を吐く』様な説教が始まる。
「・・・だいたいだねえ。アナタが、だらしないからこんな事に成るんだ。麻尾大臣の事務所に行ってご覧なさい。あそこの秘書サン達は実にスマートでしっかりしている。アタマが良く大臣を上手に立て、まるで歩くお金の様だ。アナタとは全然違う。私はね、アナタを叱っているんじゃないんだ。よく勉強しなさいと言ってるんだ」
結城は恐縮して、
「ハイ」
そしてこのセリフに続く。
「結城君ねえ。今回の私のポストは何? 」
結城の答えはいつも、
「ハイ! 財務副大臣です」
金井は畳み込む様に、
「でしょう。 お金が集まらない訳がないじゃないの。何をためらってるんだ。私は裏金の証人尋問には呼ばれて無いんだよ」
結城は恐縮しながら、
「はい。すいません」
「すいません?」
金井が結城を睨む。
結城は急いで言葉を選び、
「あ、いえ! 勉強になります」
土屋はこの雰囲気を緊張して聞いている。
すると金井は青木を見て急に優しい言葉に変わる。
「青木君・・・分かるね」
「ハイッ!」
「行け行け、ゴーゴーッ!」
金井の好きなパワフルな言葉である。
そしてまた、ここから金井のいつもの説教が始まる。
「私はね、学生時代、魚の干物を売って学費を稼いだんだ。売れて売れて笑いが止まらなかった。秘訣は何だと思う、結城君!」
「ハイッ! 時間です」
金井はその答えを聞いて今度は平手で力強くテーブルを叩く。
「その通りッ! 魚を売るにはまず時間。時イコール金! その時間にソコに行けば、必ず客は待っててくれる。週間付ける事! 無駄をはぶく。無駄とは浪費である。そこで客と軽い会話を交わす。人と人との愛が生まれる時間だ。そして愛は情報に繫る。情報が無ければ票は集まらない。票は金! 全て愛! それともう一つは灯ッ! そうすれば蛾でも集まって来る。灯とは何? 結城くん」
「ハイッ。結果の出る陳情処理です」
そしてまたテーブルを強く叩き、
「そうの通り! 結果こそは糧(カテ・金)になり、票に成る」
ここまで話すと金井は急に話題を変る。
猫撫で声で、
「で、結城君は今はどの位?」
このどの位と言う言葉は券のハケ具合(捌き状況)を云う。
「はい。現状は」
結城は机上の手帳を捲り始める。
と金井のまたキツイ一言が。
「ヤメナサイッ! 私と話す時は結論だけ! 時間がもったない」
「あッ、ハイッ! 五十と・・・」
金井はそれから先は聞かない。
「はい。次、青木君!」
青木は即答で、
「ハイッ。十枚です」
金井は青木を睨み怪訝な顔で、
「十枚? 君は身内にでも私の『勉強会の券』を売ってるの?」
青木は直ぐに訂正して、
「アッ、すいません! 二十枚でした」
「そうでしょう。一週間で二十枚。素晴らしい。やはり私の人選にくるいは無かった。ただしッ! ・・・全部入金出来ればの話しだ」
金井はまた独特の「ニッ」と云う笑顔を作る。
「あんなものは紙屑だ。化けなければ何にもならない。みんなに言っておく。勉強会のチケット売りなどと云うものは足で稼ぐモノではない。アタマで稼ぐのだ。私の話しを聞きたい人達はヤマほど居るはずだ。私の話しには夢と希望が詰まっている。その私の政治手法を売る事! 差し当たって一人百枚は捌きなさい。目標は高くッ! しかし、無理はいけない。無理をすると・・・。松永ク~ン。本日迄の入金は?」
松永が事務室から、
「はーい」
松永が応接室にメモを持って来る。
金井副大臣が渡されたメモを見て驚く。
「四八件か ・・・で地元は?」
松永が、
「あッ、下に書いてあります」
それを見て金井はため息まじりに天井を睨み、
「二六枚かあ。・・・まだ日にちはあるな」
金井は全員を見回し、
「良いかね? 繰り返すがアナタ方の双肩に掛かっているんだ。で、結城君。お世話になった医師会は回ったの?」
「あッ、これからです」
「これから? ・・・あそこは武藤さんだからね」
「ハイ。アポは取ってあります」
金井は腕時計を見る。
「・・・おお? もうこんな時間だ」
背広のポケットから「本日の行動表」を取り出し、テーブルの上に広げる金井。
「え~と・・・松永ク~ン! 修正表」
事務室に戻った松永を呼ぶ。
「ハイッ!」
松永が応接室のドアーを開けて「修正表」を持って来る。
金井が松永を見て、
「で?」
松永は修正表の一行を指差し、
「はい。本日、八時三十分、党本部にて派閥の緊急総会が入りました」
金井は驚いて、
「八時半? 派閥の総会? それは大変だ。青木君、車を用意ッ!」
「ハイッ」
青木は手帳を背広の内ポケットに仕舞い、大きな身体を揺らしながら応接室から出て行く。
金井は手帳と行動表を懐に仕舞いながら新人の土屋と教育係の結城を見詰め、
「いいかね。チケットは一枚二千円だ。それにゲストは前総理の岸田サン! 私の顔に泥を塗る事だけはやめて下さいね。二人に言っておくが、もうこの時間から走ってる秘書さんもいるんだ。時は金! 結城君、今日の目標は?」
結城ははっきりした口調で、
「ハイッ! 十です」
金井が、
「聞こえない!」
「あッ、三十です」
金井は新人の土屋を見て優しく、
「土屋くん。こんな簡単な打ち合わせを週の始めにやっている。君も大いにこの議論に加わりなさい」
「え? いや、ハイッ!」
金井は急いで応接室を出て行く。
結城と土屋、事務室の松永の三人が起立して、
「いってらっしやいませッ!」
嵐の去った金井事務所。
結城は事務室で電話を掛けている。
松永が応接の机上を片付けている。
土屋はソファーに座り、冷えたお茶を飲みながら、
「・・・凄いですね~え」
松永は優しく笑って土屋を見る。
「何がですか?」
「いや、今の打ち合わせです」
「そうですか? どこもこんなもんですよ」
土屋は驚いて、
「ええッ! そうなんですか」
松永はニッコリ笑って、
「すぐ慣れますよ。代議士は皆カリスマですから」
電話を終えて結城が事務室から戻って来る。
代議士専用のソファーに座りながら新人の土屋を見て、
「イヤ~、いやいや凄げえだろう。毎週あれだ。松永君。ワリーけど熱いの一杯もらえる?」
「はい」
「陳情処理だとかチケット売りだとか。国会議員の秘書の仕事って面白れえだろう」
「面白い? チケット売りがですか」
「そうだ。今回からパーティー券と云う言葉は禁止だ。いいか土屋、これがケアーだ。あのオヤジからアレを取ったら何も残んねえ。とにかくコマケーんだ。あんな事、車ン中でやられてみろ。運転なんか集中できゃしねえ。みんな一日で辞めちまうよ。運転手はあの青木で五人目だぞ。しかし、アイツはよく頑張ってる方だ」
松永がコーヒーをテーブルに置きながら、
「相性が合うんじゃないですか?」
結城が、
「アイショウ?」
「 ・・・デブとハゲで 」
松永はクスッと笑い応接室を出て行く。
結城はコーヒーを飲みながら、
「しかし、あのオヤジは金集めと演説が下手だなあ・・・」
土屋が、
「え? そうなんですか?」
結城はコーヒーを飲み干し土屋を見て、
「土屋」
「ハイッ!」
「今日はオレと同行だ」
「えッ? 僕、今日は何も持って来てないですけれど・・・」
「いい。名刺とオレのカバンを持って付いて来い」
「え? あ、ハイッ」
松永は薄笑いを浮かべながら、結城の本日の行動予定表と、『財務副大臣 金井博康 秘書 土屋政人』の名刺を2ケース。チケットを一束(五十枚)持って応接室に入って来る。
松永は優しい微笑み(ホホエミ)を浮かべ、
「頑張って下さいね。『エース』なんだから」
名刺とチケットをテーブルに置く。
土屋はテーブルに置かれた自分の名刺の肩書き、札束の様な『チケット』を見て目が点に。
つづく