学校の怪談
ミーン、ミーン、ミンミンミン、ミーン。
遠くでセミの鳴く声が聞こえる。
今年の夏は比較的涼しいが、教室の中では下敷きでパタパタと自分を扇ぐ者が何人かいた。
梅雨も明け、もうすぐ夏休みということもあり、生徒のほとんどは「何処へ行こうか」とか「何をして遊ぼうか」とか、そればかり考えている。
だが、新庄は一人だけまったく違うことを考えていた。
――夏休みの前に一つだけでも、誰かの願いを叶えてあげよう。
堀田の運動靴の件が失敗に終わったため、今度は満足できる結果を得たいと燃えていたのだ。
「ま~たそんなこと言ってるの?」
古橋が呆れたような顔で新庄を見る。
「だってさ~、ほっちゃんの運動靴が見つからなかったじゃん。悔しくて悔しくて」
新庄は頬を膨らませながら、古橋の隣の席に座っていた小学5年生の戸波望を見る。
「……ねえ戸波さん、叶えて欲しい願いとかある?」
自分に矛先が向いたため、戸波は困ったように口をへの字にする。
「急にそんなの言われても……う~ん、叶えて欲しいことかぁ」
戸波は自分のノートに、かなえてほしいこと、かなえてほしいこと……と、規則正しく書き始める。
次第にノートは「かなえてほしいこと」という文字で一杯になり、次のページにまで進みそうな勢いになった。
「あの……もう書く場所がないよ」
「いいのいいの。私ね、考え事してる時はいつもこんなだから」
すると、戸波のシャーペンがピタリと止まって何かを思い付く。
「そうだ! トイレのミナ子さんの謎を解いてよ」
戸波の話を聞き、新庄と古橋はお互いに顔を見合わせる。
「それって……学校の怖い噂だよね」
「そうだよ、怪談話。トイレのミナ子さんて、この学校じゃ有名じゃん。でも、どうして幽霊が出るのか、あんまり知られてないんだよね」
トイレのミナ子さんについては、これだけが分かっている。
・今は使われていない教室の奥にあるトイレで出ること
・夜な夜な悲し気な声がトイレから聞こえること
・トイレだけでなく教室でも目撃されていること
……などがある。
主に夜出現する幽霊でもあるため、生徒数の少ないこの学校で、どうしてこの噂が広まったのか謎ではあるのだ。
「確かに、夜に学校来る人なんていないもんな。最初に誰が見たんだろ?」
「分かんない。色々と謎が多いのに、かなり昔からある噂なのもおかしいじゃない? 調べてみると面白いかもよ」
「う~ん、ちょっと怖いけど、戸波さんが知りたいならやってみようかな」
「……話は聞かせてもらった」
背後で声がしたため、三人は驚いて振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちしている北里先生の姿があった。
「……北里先生?」
「おまえたち、その噂話を調べるってことは、夜の学校に忍び込むつもりだな」
「まだそうするとは言ってないです」
「い~や、いやいやいや! 信用できんね。こっちの許可なく、勝手なことされちゃ困るからな」
「も~、僕たちの話をコソコソ聞くの良くないと思います」
「おまえの声がデカすぎるんだ新庄。嫌でも耳に入るんだよ」
北里先生がそう言うと、クスクスと笑い声が周囲から聞こえる。
「……どっちにせよ、夜の学校に入る時は俺に相談しろ。大人の一人が付き添えば、許可できるかもしれないからな」
「えっ、それって夜の学校に来ていいんですか? なんだか、北里先生の方がやる気になってるような気がするんですけど」
「俺もこの学校の出身だ……その噂話には興味がある」
「なんだ、北里先生も知りたいんじゃん!」
「とりあえずだ、子供だけで夜の学校に来るのは許さんからな。それだけは覚えておいてくれ」
北里先生はそう言うと、休み時間が終わったため、黒板の前に立って午前の授業を始めた。