ドブさらい
「これってしもっち(下沢のこと)の運動靴じゃない?」
「なんでこんなとこに落ちてんだ?」
新庄と古橋は顔を見合わせながら首を傾げる。
「あらあら、そんなところに運動靴が落ちてたの? 年末の大掃除の時も気が付かなかったわ」
「狩谷先生、下沢君が保健室で寝てた時とか覚えてる?」
「確か……去年の冬に彼の体調が悪いとかで、ベッドで寝かせたかもしれないわね。その時は学校を早退させたから、あまり記憶がないんだけど」
その話を聞いて、堀田が過去の出来事を語り出した。
「あの時は下沢君が体育の時間に気持ち悪くなったとかで、ぼくが保健室まで連れて行ったんです。たまたま狩谷先生もいたから、じゃあベッドでしばらく寝かせてあげようって感じになって……多分、その時に運動靴が脱げちゃったんだと思います」
「そういやほっちゃんはしもっちと仲良かったよね。最近は喧嘩でもしてるの?」
「えっ、なんで分かるの?」
「分かるよ~、全然喋ってないじゃん」
堀田は黙ったまま俯いてしまう。
「ほっちゃんにこの運動靴を渡してもらおうと思ったけど、嫌ならぼくが渡そうか?」
しばらく黙っていた堀田だが、新庄が持っていた下沢の運動靴を手に取る。
「大丈夫、ぼくが下沢君に返しておくよ」
「おう、任せた!」
これで下沢の運動靴については一件落着したが、肝心の堀田の運動靴はまだ見つかっていない。
「う~ん、やっぱりほっちゃんを運んでいる途中で脱げちゃったのかなぁ」
「もう一度、引き返して運動場を見てみっか」
「そうだね、帰るついでにチラッと探してみようか」
三人は狩谷先生にお礼を言って保健室を出ると、置いてあったランドセルを背負って、帰るすがら運動場を眺めてみた。
「なあなあしんちゃん(新庄のこと)、あそこのドブが怪しくないか?」
「ドブ?」
古橋が指差したところを見ると、運動場の端に排水溝が通っているのが分かった。
「なるほど、ドブに落ちちゃったかもしれないな」
「もう雨水で流れちゃって、見つからないかもしれないけど」
「よっしゃ! 明日の放課後、ドブさらいして探してみようぜ」
「うえ、マジかよ……」
やる気になっている新庄とは違い、古橋と堀田は隣でガックリと肩を落とした。
――そして次の日。
授業を終えた新庄たちは、早速清掃用具を手に取って排水溝の中を探した。
思ったよりも汚れていたのか、葉っぱやゴミが大量に詰まっており、開始10分で三人の額から汗が噴き出す。
「ヒデェな~、こんなに汚いとは思わなかったわ」
「ここってあんまり掃除しないからね。用務員のおじさんも月イチくらいしか来ないし」
「貧乏な学校じゃそうなるか」
「……それを言うなってば」
そんなことをブツブツ言いながら作業をしていると、北里先生が現れて三人に声を掛けた。
「おいおいおまえたち、一体何をしてるんだ?」
「ほっちゃんの運動靴を探してるんです」
「まだやってたのか……ちょっと待ってろ、俺も手伝ってやる」
そう言うと、北里先生は校舎に戻ってドブさらい用のブラシと長靴を持って戻って来た。
「長靴くらい履いておけ。どうせ排水の溜まり場も探してみるんだろ?」
「うん、探すかも!」
「まったく……おまえたちのその熱意を、もっと勉強に向けて欲しいもんだ」
北里先生は愚痴りながらも、排水溝の清掃を手伝い始める。
――しかし、一時間ほど費やして運動場周りの排水溝を調べてみたが、堀田の運動靴はついに見つからなかった。
「ちくしょう、やっぱり見つからないか」
「もう諦めたらどうだ? 残りは排水の溜まり場だが、あそこは専門の清掃業者じゃないと探すのは無理だぞ」
「ちょこっとだけ!」
「おまえたちはダメだ、危ないからな。俺が代わりに探してやるから、後ろで見ていなさい」
「ちぇ~」
新庄は不満そうに口を尖らせる。
「やれやれ、俺が見張っといて良かったよ。おまえたちだけだと危なっかしくてしょうがないからな」
「……君たち、何をやっているのですか?」
背後から声を掛けられたため、北里先生と三人は驚いて振り返ると、そこには校長兼教頭である二階堂先生が立っていた。
「あっ校長、ちょっとこの辺りを生徒と一緒に掃除してたんです」
「ほ~、それは関心ですね。北里先生が子供たちにお願いしたのですか?」
「いえ、彼らが自発的に掃除しました」
それを聞いて、二階堂先生が満面の笑みを浮かべる。
「それは素晴らしい! でも、排水が溜まっている場所はけっこう深いですから、後は専門の清掃業者にお任せしましょう」
「あの……ぼくたち堀田君の運動靴を探してるんです。あそこに沈んじゃってるかもしれないし」
「ふむ、それなら清掃業者に私から伝えておきますよ。もし見つかったら堀田君に返しますから、安心してください」
「本当ですか! やったー!」
三人はお互いに手を叩いて喜び合った。
「よしおまえたち、今日はこれくらいにしておこうか。後は校長先生に任せて、運動靴が見つかるのを楽しみにしておきなさい」
「でも、見つかっても汚い水でビショビショかもな~」
想像した古橋が渋い表情になる。
「いいよいいよ、ぼくがちゃんと洗うから。だって父ちゃんが買ってくれた靴だもん、見つかるだけでも嬉しい」
古橋の心配を他所に、堀田は前向きに運動靴が見つかることを願った。
――そして一週間後。
校長の二階堂先生が言った通り、清掃業者が学校を訪れ排水の溜まり場を綺麗にしたが、堀田の運動靴は見つからず、その知らせを聞いて三人は残念そうに肩を落とした。