逃げるが勝ち
「あの子……誰?」
新庄の言葉で、古橋と北里先生はトイレを見ると、二人も同じように少女の姿が見えた。
「せ、先生……ヤバいって!」
「お、落ち着け二人とも。暗いから見間違いかもしれないだろ」
……とは言え、三人が同じ少女を見ているのは奇妙な話である。
そして北里先生が少女に懐中電灯を向けようとしたが、向けた瞬間に何故か少女は消えていた。
「消えた……?」
「もう帰ろうよ! もう帰ろう! 僕は呪われたくないっ」
北里先生の隣で、新庄が涙目で訴える。
「分かった……おまえたちは職員室まで戻ってなさい。俺だけトイレをノックして来る」
「ええっ!? マジですか? 死んじゃいますから!」
「さっきのは見間違いかもしれなし、ここで引き下がるのも悔しいじゃないか」
――だがその時である。
トイレの奥から女の子のすすり泣くような声が聞こえ、三人はその場で固まって動けなくなってしまう。
「き、聞こえたよね、ね、ね、ね! もう止めようよ先生」
「静かにしなさい新庄。おまえたちはここで待ってるんだ。すぐ調べて戻って来るから」
そう言うと、北里先生は懐中電灯を照らしながらトイレへ足を踏み入れた。
「ううう、あんな怖いとこよく入れるよな」
「もしノックが2回以上聞こえたら……ホントにヤバいよ先生」
……その時、トイレの奥から3回ノックする音が聞こえた。
恐らく、北里先生がノックして反応を待っているのだと思われる。
――そして30秒ほど経過した後のこと。
ドンドンドンドンドンドンドンドン!
激しいノックの音が廊下中に響き渡り、北里先生が慌ててトイレから飛び出して来た。
「うわあああああっ! 先生が呪われたっ!」
「お、おまえたち、校門まで逃げるぞ!」
北里先生に促され、新庄と古橋は大急ぎで校舎から出る。
三人は校門までダッシュすると、保護者の付き添いとして車で来ていた新庄の父親が、激しく動揺している三人に声を掛けた。
「ああ、どうでした先生? どうせ何も出やしなかったでしょう」
「く、く、く、車を出してください! もう帰りましょう」
慌てふためく三人を見て、新庄の父親は何事かと思ったが、言われるまま車のエンジンをスタートさせる。
車へ順番に乗り込もうとした三人だったが、よせばいいのに新庄だけが振り返って、二階の教室の様子を確認してみた。
「あ……」
見ると、教室の窓の前に青白い光を放った少女が立っている。
「う、うぎゃあああああっ!」
「ど、どうした新庄?」
「あ、あれ……あれを見てよっ!」
新庄の父親を含め、四人は二階の教室を見てみると、窓のそばで少女が立っているのを同じように目撃する。
「ふぎゃあああっ!」
「おおお、おいっ! に、逃げるぞ!」
「グズグズしねぇで早く車に乗れっ! もう後ろを見るなよ!」
新庄の父親は猛烈な勢いでアクセルを踏み、すぐにその場を後にした。
……言うまでもなく、この経験はしばらく四人のトラウマとなり、夏休みに入る直前まで誰もこの話題に触れなかったそうだ。