会社辞めます
新庄孝則はオフィスの荷物を整理していた。
半年前に彼は辞表を提出し、今日の午後にこの会社から去ることになる。
私物をコンテナボックスに入れていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえたため、「どうぞ」と声を掛け、ノックした人物を部屋の中へ招き入れた。
「新庄さん、30分後にスタッフへの挨拶をお願いしていいですか?」
「ああいいよ。もうそんな時間か」
「……しかし寂しくなりますね。『エターナル・ジェイド・アース』の今年の仕上がり、気にならないんですか?」
「その点は君たちに任せるよ。一年前に完成した作品だし、アップデートも順調そうだからね。ここのスタッフは本当に優秀だった」
「そう言っていただけると、俺たちも頑張った甲斐がありました」
新庄の部下と思われるスタッフの一人は、少しだけ寂しそうな顔をしながら頭を下げ、静かに部屋のドアを閉めた。
新庄は手元にあった置時計をボックスの中へ入れると、パチンと蓋を閉めて荷物整理を終える。
そしてしばらく椅子に座って部屋の中を見渡すと、ドアに貼り付けてあった「Director's Room」の文字が目に留まり、その下には「新庄」と名前の刻まれたプレートが嵌め込まれていたため、それを手で剥がして内ポケットの中へと入れた。
「この会社で働いて、早いもので15年の月日が流れました。一旦の区切りとして、本日でこの会社を去りたいと思います。やり残したことはないと言ったら嘘になりますが、自分の志を継いでくれる若手が育っている実感もあり、私のような古株のベテランがしゃしゃり出るのもどうかなと」
新庄はスタッフが集まる前で、笑いを誘うような苦笑いを浮かべた。
「……それはさて置き、ここで働く皆さんには心からありがとうと言いたい。お陰で素晴らしい作品を何本も手掛けることができました。来年に発売するタイトルも、大いに期待しているよ!」
そう言うと、新庄はスタッフ全員に向かって深々と頭を下げ、皆が見送る中、コンテナボックスを抱えてオフィスを後にした。
――新庄はゲーム・ディレクターとして、数々の有名タイトルを手掛け、その名は界隈でも知れ渡っている存在である。
その彼が、大手メーカーを辞めるというニュースが出たのは三ケ月前の話で、当然ながら今後の動向に注目が集まっており、新しいデベロッパーを立ち上げるといった噂など、業界内でも様々な憶測が飛び交っていた。
しかし、当の本人は何処吹く風といった様子で、しばらく休んだ後に色々と決めればいいと呑気に考えていた。
(まあ、ちょっと疲れたんだよね。少しくらい休んだっていいじゃん)
……それが彼の正直な気持ちであった。