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恋慕踊 -レンボーダンス-

作者: 茶菓又 革

とある人の恋のお話です。

中学生の頃でした。

席替えで隣になった貴女に、人生の道を一本のこして塞がれてしまったのは。

最初はクラスの半分を占める、自分とは違った性別を持つ人間の一人としてしか見ていませんでした。ただ、貴女の良くないところは、授業中によく鉛筆なり消しゴムなりを落とすのです。女子中学生が持つに相応しい、無駄にカラフルでかわいらしいあれらを。貴女がそれらの文具を落とすたび、私が少し体を傾け、それを拾い、あなたに手渡すのです。

手渡す際に、少しだけ、指の先端だけ貴女の手に触れてしまうのです。それ単体ではどうということもありませんが、それがなんべんもなんべんも発生すると、私の脳はこのわずかな温かみを青春と誤認してしまうのです。貴女の全身に、私の全身を以て触れたら、きっと私の脳は致死量の楽園によって壊されてしまうでしょう。

体育の授業。平均台の上で優雅にY字バランスを魅せる貴女。数少ない友達とダラダラさぼりながら談笑するふりをしていたつもりでしたが、貴女を凝視する私の様は、周囲の目には大層みっともなく映ったことでしょう。

中毒の如く惚れこんでおいてこのようなことを言うのは失礼千万だと承知ではあるのですが、貴女のシルエットは、とても遠くから判別できるほどユニークではありません。ありがちなポニーテールに中肉中背、わずかに細身な貴女の輪郭は、ほかに存在するあまりに民度の低い羽虫のごとき雌共と然程変わらないのです。私の視力では、八尺ほどまで近づかねば貴女だと確信を得ることはできません。それでも、私はこれを引け目には感じていないのです。私は、貴女のその美しい外見に惚れ込んだだけの安い男ではごないからです。私はただ、あなたの顔面に埋め込まれた二つの黒曜石にきらきらと映り込む白き銀河に、私の星を一つでいいから混ぜてみたいだけなのです。

これほどに悪目な私にぴったりと一致するガラスのレンズは、貴女をおいてほかにいないと私は考えています。

私のような下賤な人間には、貴女のようなファム・ファタールは手に余る宝石であると思います。そう思っていました。

卒業式。中学生ですから、近くのファミレスで打ち上げなぞをやるものでしょう。私は貴女と離れ離れになるのがあまりにも嫌だという一心で、そのガヤガヤとうるさいだけのつまらない天の川に飛び込んだのです。貴女の席は少し遠く、談笑すらすることはできませんでしたが、ドリンクバーをとりにいった時、貴女とすれ違いました。香水に勝る芳醇な香りが私の鼻腔を満たし、脳をフレグランスに穢したのでした。

すっかり外も暗くなり、千円ぽっちの金をクラスメイトに渡して帰ることにしました。貴女もまた、同じタイミングで店を出ました。

「ついてきてよ。」

貴女はそれだけ言うと、大通りから外れた小さな裏路地に向かって歩き出しました。私は、彼女のかわいらしい歩幅に合わせて歩くことにしました。

「着いたよ。」

そう言って貴女は私のほうに振り返るのです。貴女の背には、もはやだれも住んでいないであろう朽ちた一軒の民家がありました。その光景は、私の人生そのものを一本のつまらない映画にしました。

私たちは、誰が何を言うでもなく、扉を開け、家に入り、靴を脱ぎ、和室に転がり込みました。

電気、水道、ガスが通ってないであろう人間用のボロイ犬小屋でしかありませんでしたが、私にとっては故郷よりも懐かしいものでした。

すると貴女は、ブレザーを脱ぎだしました。

そのまま、靴下、ベスト、スカート、髪留めを薄汚い畳の上に、貴女らしくない粗い所作で散らかします。でも、私にその所作はワルツのように見えました。

シャツの前ボタンを外した貴女は、その年相応僅かに膨らんだ乳房と、年不相応な黒く甘い下着を私の網膜に焼き付けました。私は、よしと言われる前にそれらを脱がした悪い犬ころでした。

私の体と、貴女の体が、水気のある官能的な音を囁きながらぶつかり合います。貴女の健康的で艶やかな両脚が、私のやせ細った腰に嚙みついて離そうとしません。私はより深く、貴女の身体に食い込むことにしました。百二十億年ほどの時間、こうしていた気がしました。綺麗だった満月は私たちにすっかり呆れ果ててどこか地平線の彼方へ消えて行ってしまいました。

完全に疲れ果てて畳の上に力なく仰向けに横たわる貴女の顔には、濁った二つの黒曜石がありました。そこにはもう銀河はありませんでしたが、代わりに小さな小さな星がひとつ、浮いておりました。

「もう、逃げられないからね、ずっといっしょだよ」

貴女は、息を切らしながらそう嘯くのです。

私は、踊りだしたいような気分になったのでした。

とある人の恋のお話でした。

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