婚約破棄
「ソーイ・レーバー! お前とは婚約破棄だ!
!」
初夏の風が吹き抜ける中庭のド真ん中でオレは叫んだ。
広い庭園には、ありとあらゆる品種の薔薇の花が咲き誇っている。
そんな優雅な雰囲気の中、テーブルでお茶を飲んでいるソーイ・レーバーは顔を上げた。
「あんだってーーー?!」
大音量でソーイは言う。見開いた小さな目の周りには無数のシワが寄り、ぶよぶよとした大きな鼻の脇にもほうれい線が何本も刻まれた、醜い顔だ。
思わずオレは顔を背けた。
怒らせても構わない。今日は断固として婚約破棄を成立させてやるのだ。
「もう一度言う、お前とは婚約破棄だ!!」
「あんだってぇええぇぇ?! もちっと近くで言ってくださいな!!」
ただ聞こえてなかっただけかよ! 仕方なくオレは繰り返す。
「だから婚約破棄なんだって!!!」
「コンニャクぅ?! コンニャクなら焼くのより甘辛煮にしてくださいな!!!」
「コンニャクじゃなくて婚約破棄なんだよ!!」
てか甘辛煮て。どんな世界観なんだよ。
ソーイは続けて、
「ダーーーーークシャーーーーー!!」
と絶叫した。
そうそう、「ダークシャー」と言うのがオレの名前で……というわけではない。
ソーイがデカいくしゃみをしただけである。
「ギャアアア!!」
くしゃみをした拍子に彼女の総入れ歯がぶっ飛び、オレの額にぶち当たった!
「フォッフォッフォッフォッ!」
ソーイはオレを指さして笑っている。
「笑うなよ! とにかく婚約破棄だ婚約破棄!!」
オレは入れ歯を額から外し、ソーイの口に押し込んだ。
「さっきのアンタ、バルタン星人みたいだったよ!!」
そうそう、総入れ歯が額にブイの字に刺さってまるでバルタン星人……だから世界観おかしいんだって!
「フォッフォッフォッフォッ!」
ソーイはなおも笑い続ける。どっちかというとお前の笑い方の方がバルタン星人なんですけど……。
「補聴器、補聴器……」
ソーイは補聴器を探している。
「首に掛かってるのがそうじゃないのか?」
「あった、あった」
ソーイは補聴器を耳に装着した。
「メガネ、メガネ……」
「頭の上にあるのがそうじゃないのか?」
「あった、あった」
ソーイはメガネを装着した。
「パンテー、パンテー……」
「テーブルに置いてあるハンカチっぽいのが実はパンティーなんじゃないのか?」
「あった、あった」
ソーイはパンティーを装着した。
なんなの? この昔の芸人みたいなやりとり。
……つーかノーパンだったのかよ!!
「つまり、私にとって大事な人ほどすぐそばにいるってことね!」
ソーイはモンパチみたいなことを呟いてニヤリと笑った。醜い顔面がさらに醜く歪む。
いや、オレを補聴器とかメガネとかパンティーに例えられても……。
目の前の、(不本意ながらも)オレの婚約者である老女は、何食わぬ顔でズズッと茶をすすった。
上品さのカケラもない女だ。どうりで、良い家柄にもかかわらずこの歳まで結婚できなかったわけだ。
こうなったのは全部親父のせいだ。オレはソーイとの結婚の話が持ちかけられた、一月前のことを思い出して歯ぎしりした。