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9.心の中に留めていたのに

 翌日目が覚めると頭がスッキリとして調子が戻っていた。秋だというのにカーテンの隙間から眩しい程の日差しが漏れ出ていた。もう朝の時間と呼ぶには少し遅かったのかもしれない。これだけ寝たら回復もするだろう。

 体を起こし窓に近寄りカーテンを開けた。夏の様な強い日差しに目を細めたが、少しずつ目を開くと目の前には美しい海が広がっていた。

 海の奥の水平線は深いコバルトブルーで、陸に近付くにつれエメラルドグリーンに変化している。港には多くの船が停泊しており、真っ直ぐに伸びたマストに白い帆がパンと張られ出港準備をしている船も見られた。様々な旗がはためいているのを見て、風があるのが分かる。窓を開けるとブワッと風が入って来た。これが海の風だろうか。寝起きのボサボサの髪が踊る。

 窓から下を覗けば家々が段々と丘の斜面に建てられ、所々に大きな建物が見えた。

 昨日兄が馬車の中でカジノがあると言っていた。王室の別荘もあると。王室の別荘があるのなら、貴族の別荘があってもおかしくは無い。美しく整えられた庭園が木々の隙間から見える。どこかの高級ホテルの庭園かもしれない。


 この町はなんて美しいのだろうかと、眺めていて全然飽きなかった。


 暫くボーっと眺めていたら扉をノックされた。「俺だ」と、兄の声だった。部屋の扉を開けると風が一気に扉から抜けて行き、「凄い髪型になってるぞ」と言われてしまった。窓を開けたままにしていた。


「お兄様の髪型もセットし直した方が良いかもしれません」


 ちょっと乱してしまった。兄は手櫛でサッサッと簡単に直した。


「セリーヌは元気そうだな」

「はい。たっぷり寝て元気になりました」

「母上はまだ寝込んでいる」

「まあ。大丈夫ですか?」

「ああ。父上や使用人もついているしな。今日は夕方からまた列車に乗るからそれまで休んでいるって。セリーヌが元気なら俺等は町に出ないか?何かメシも食べよう」


 兄の提案に元気に「行きたいです!」と答えた。この美しい町を探索出来るらしい。一旦兄を部屋から追い出すと大急ぎで身支度をした。



◇◇◇



 私の約一ヶ月ほどの短い恋が終わり、もう社交場に出て行く気になれなかった。はい、じゃあ次、なんて直ぐに切り替えられる性格では無いらしい。


 父から「モンブラン伯爵家との繋がりが……」とちょっとガッカリされた。期待していたのだろう。じゃなきゃアダン卿に隣国の伝統工芸品を飾っている部屋を見せたりしなかった筈だ。アダン卿に買って貰う為で無く、我が家を知って貰う為に見せたのだ。結婚は家と家を結ぶから。

 母も残念がっていた。アダン卿を見てそのスマートで知的な格好良さをすっかり気に入っていた様だったから。


「好いた人と一緒になれる事なんてそうそう無い事なのよ。親が決めた結婚を受け入れて、その先は本当に様々。妻に厳しく当たる人もいれば、浮気性の人もいる。散財癖や我儘放題、子どもや家庭に興味を示さない人も居ると聞くわ。アダン卿ならそんな心配も無さそうだったのに」


 出会って一ヶ月だったので母の言う様な人では無いとは言い切れない。そこまで彼を知っている訳では無い。


 家族に私の決断を「勿体無い」扱いされ、少し落ち込んでいた。なので隣国の大叔母にまた手紙を書いた。

 不思議な事に恋が終わった事では落ち込んでいなかった。寧ろ少しスッキリした気分だった。次の恋をする気にはなれなくとも、私なりにきちんと気持ちを終わらせる事が出来たのが良かったのかもしれない。

 今後とんでもない人との縁談話があるかもしれない。私のアンティーク好きを否定する人かもしれないし、私を“カトリーヌ”としてしか見ない人かもしれない。いつかこの選択を後悔する日が来るかもしれない。アダン卿についていけば良かったと、思う日が来るかもしれない。それでもその時、「その選択をしたのは自分だから仕方ないか」と開き直れそうな位には納得出来ていた。魔法が解けてしまったのだから仕方が無いのだ。



 春を満喫しようと、庭先からライラックを拝借した。それを真鍮の花瓶に挿した。薄紫の花を沢山付け、その重さで少し垂れ下がる姿が花瓶のフォルムに合い美しい。

 ライラックの花言葉は何だったかなと、本を開いた。“友情”“思い出”だった。今の私にピッタリかもしれない。恋が思い出になったばかりだ。それにアダン卿とは男女でなければ友情を持って付き合い続けられたかもしれない。

 そんな事を思っても仕方が無いと本を閉じた。ちょうどそのタイミングで外の騒がしさに気がついた。馬車の音がガラガラと聞こえ来客だろうかと思った。しかし来客にしては騒ぎ声がする。何を言っているのかまでは分からないが、その騒ぎ声は邸の中でも響き出した。

 何だろうか。何かお客がクレームでも言いに来たのだろうか。……物騒だ。下手に部屋から出ずに大人しくしていようかと思っていたら、騒ぎ声が近づいて来る感じがした。何で?と思っていたら勢い良く私の部屋の扉が開かれた。それはもう扉が壊れてしまいそうな程。

 そして現れたのはなんとクラウディオだった。


「セリーヌ!プロポーズされたってどういう事だ!」


 は?……である。


「それに素晴らしい方ってなんだ!あんな野郎が良かったのか!?一歩間違えれば結婚を受け入れたのか!?」


 クラウディオはヅカヅカと私の部屋に入って来て私の肩を掴み凄い剣幕で喋った。しかも右手には見覚えのある筆跡の手紙があり、ぐしゃりと私の肩で潰されていた。封筒に書かれた“Celine”の“C”が内側にぐるっと渦巻きの様になっているのは私の癖だ。


「ちょっと、唾飛んでるっ!汚いなぁ!それにどうしてクラウディオが私が大叔母様宛に出した手紙を持っているのよ!」

「いいか!外交官なんてものはな、給料は良いし無駄に頭が良く口が達者で駆け引きが上手いんだ。だから腹立つ位に女性にモテる。妻がいても構わず美人が寄って来て奔放になるんだ。スキャンダラスな奴らばっかだぞ!」


 凄い偏見である。


「会話が噛み合ってないわよ!無視しないでよ!」

「俺はお前を無視なんかしない!忠告を優先してるんだ!」


 アンタも外交官に負けない位に口が達者よ、と思った。


「もうっ!プロポーズは断ったんだから忠告なんてもう必要無いでしょ!?」

「自分がそれだけ危険な選択をしようとしてたと言いたいんだ。社交界デビューしてたった半年やそこらで色々起こりすぎだろ」

「私だって望んでなんかいないわよ」

「ほんと危なっかしい……」


 クラウディオは盛大に溜め息をついた。登場して早々に騒ぎ立てていたが、やっと落ち着いてきたらしい。


「それで、何で私の大叔母様への手紙を持っているのよ」

「当たり前だろ。手紙の返事はいつも俺が代筆してたんだから。今回は書く時間も惜しくて飛んで来たんだから」

「ちょちょちょっ……今、代筆って言った?」

「ああ、言った。お祖母様は二年前、最後にこの邸を訪れた後に病に罹って利き手の痺れが残ってしまい文字を書くのが難しくなった。だからそれからは俺が代筆仕事をするようになったんだ」


 全然知らなかった。手紙のやり取りは二年前からだから、最初っからクラウディオが代筆をしていた為にそれが大叔母の筆跡だと思い込んでいた。


「利き手に痺れがあるなんて、言ってくれたら良かったのに」

「心配掛けたくなかったんだろ」

「でもクラウディオに手紙の中身が筒抜けだったなんて恥ずかしいわ」

「大丈夫だ。何も問題なんて無かっただろ」

「……貴方、わざと書かなかったんじゃないの?」

「…………」


 クラウディオは黙り込んで目を逸らしそっぽを向いた。なんて分かりやすいのだろう。


「おいっ!何を騒いでる!?」


 声がして部屋の扉の方を見れば兄が迷惑そうな顔をして立っていた。その兄の後ろには使用人が数名立っていた。おそらくクラウディオが勢いで無理矢理邸の中に入って来た為に使用人が静止しようとしていたのがさっきの騒ぎだったのだろう。そしてクラウディオに突破されてしまった為にこうして私の部屋まで追いかけて来たというところだろうか。兄はそれらの騒ぎを聞きつけて来たようだ。


「クラウディオが来ました」

「お前な……今月とは聞いていたけど来る予定はもう少し先じゃなかったか?」

「セリーヌの一大事に予定を繰り上げて来た」

「一大事って、プロポーズは断ったって言ったでしょ」

「このままだとまた変な男に騙されかねない」

「騙されないわよ、失礼ね」


 どれだけ私をプロポーズしてきた男にホイホイついて行く軽い女と見ているのだ。


「お前……まだセリーヌに気があったのか」

「は?」


 兄の言葉に思わず令嬢らしからぬ反応をしてしまった。ずっと心の中に留めていたのに。


「ええ。今回はセリーヌを嫁として連れて帰る為に来た」

「はああっ!?」


 クラウディオのとんでも発言にはしたなく大声を出してしまった。

 社交界デビューしてたった半年やそこらで色々起こりすぎだと言った張本人が、また引き起こしてくれるらしい。




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