6.紙三枚はいけると思います
朝、改めて蒸気機関車に乗った。
しかしこの駅は物流の中継地として利用されている為か、出発予定時刻になっても準備が整わず出発出来ないでいた。品物の積み下ろしが終わらないのか、もしくは積まなければならない品物がまだ到着しない為に待っているのか、理由は私には分からなかったが、列車のトラブルでは無いらしい。「故障では無いので列車に乗車してお待ちください」と案内があった。
この列車は南部まで走り続ける。私達も終点まで降りる事無く乗り続ける予定だ。列車に寝泊まりする。列車で寝るなんてドキドキだ。
その事を知っているからか、停車中なのをこれ幸いと売り子が車窓の向こうから色々と売りつけてきた。「長旅のお供に〜」なんて言いながら、食べ物やワイン、煙草や古本なんかもあった。きっとこの光景は当たり前で、こうして日銭を稼いでいる人が多いのだろう。
父は売り子から新聞を買った。新聞は購入する客が多いみたいで、あちこちから声が掛かってちょっと忙しそう。
煙草を売りに来た売り子を断って去って行った後、窓に秋桜の花束が映った。濃いピンクや薄いピンク、真っ白やグラデーションの物まで、とても綺麗だった。その花束の可愛らしさに惹かれて身を乗り出して窓の外を見ると、なんと子どもが花束を持っていた。
「お花はいかがですか?」
十歳位の男の子が背に小さい子をおぶって花を売っていた。ツギハギの洋服に、毛玉のついたキャスケット帽子。こんな子どもが売り子をしているのを見て思わず窓を開けてしまった。
「一本おいくらかしら?」
私の言葉を聞いて嬉しそうに目を輝かせた。すっかり絆されて秋桜を三本買ってしまった。大してお小遣いも持っていないのに。
私は鞄から嫁入り道具の花瓶を取り出した。そしてテーブルの上に置き、秋桜を飾ってみた。コスモスの茎が細いので三本でも飾る事が出来た。踊っているかの様にピンクがあちらこちらを向いている。そして細い緑の葉が空間を埋める様に伸びている。枝分かれした蕾は丸く固く閉じていて、この蕾から大きなピンクの花びらが真っ直ぐに咲くのかとは思えない程だ。
じっくりと目の前の秋桜を観察していたら、隣の兄が溜め息をついた。
「慈悲の心を持つのは悪くないが情に流され騙されるなよ。セリーヌはお祖父様に似てお人好しな所があるからな」
「私、お祖父様に似てる?」
「結構な」
ちょっと意外だった。私は散々容姿のせいで祖母に似ていると言われてきたから、祖父に似ていると言われたのは初めてかもしれない。
「情に流されたかな……そうか。そうだね」
「幼子を背負った少年に同情する気持ちがあったんだろう?」
「……八割位は。あとは秋桜が綺麗だったから」
「あの少年の芝居だとは思わなかったか?」
「えっ!芝居!?」
考えてもいなかった兄の言葉に驚いた。
「幼子を背負いみすぼらしい身なりで売り子をするのは、客の同情を買って商品を買って貰う為の芝居だったかもしれないだろ。まあ、本当に幼子の面倒を見なければいけなかったかもしれないけどな」
「そんな事あるの?あんなに小さな子が芝居?」
「食っていく為に賢くなるんだよ。商売屋っていうのはお祖父様みたいに馬鹿正直のお人好しでは損をする」
祖父には商才が無いから貧乏になったのだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
「この列車が出発しないのも怪しいもんだ。売り子の誰かから駅関係者が賄賂を貰ってわざと停車しているのかもしれない」
「そんな事あるの!?」
「実際は分からないけどな。でも目に見えるものだけ信じると痛い目を見る事もある」
世の中は甘く無く厳しいらしい。社交界デビューをして散々噂されそれなりに一年経験して来たけれど、こうして家を出てたった数日で甘くない世界を知る事になった。それもきっとほんの一部なのだろう。
「セリーヌも騙されて嫁ぎ先に迷惑を掛けないように気をつけろよ」
兄は祖父が騙された経験があるのを知っている口ぶりだ。全然知らなかった。
花瓶に挿した秋桜を見つめながら頷いて、嫁ぎ先を私のせいで貧乏にしてしまわない様に気をつけようと思った。
◇◇◇
季節は春を迎えた。隣国に住む大叔母に出した手紙の返事が暫く経ってから届いた。
「自身の感性を大切に胸を張っていなさい。そんな貴女は美しい」
「カトリーヌ様は美しい女性であったけれどセリーヌとは別の人間なのだから、重ねて見てくる様な人は放おっておきなさい」
「婚約解消なんて珍しい事では無い。セリーヌの良さが分からない人と縁が切れて結果良かった。何も後ろめたい事は無いのだから堂々としていれば良い」
そんな感じで終始私への愛を感じる内容だった。
追加でこんな事も書かれていた。
「来月また買い付けで貴国を孫が訪れます。貴邸に挨拶に伺うのでその際はよろしくお願いします」
大叔母の孫クラウディオは私の二つ上。それなのに一人で他国に買い付けに来るらしい。一人前として家業を手伝っている。
立派になったものだ。初めて大叔母と我が邸を訪れた際は十四歳で、成長が遅く私よりも背が低かった為年下に見えたものだ。父親である侯爵の後ろについて我が国の様々な所を巡っていた程、真面目で好奇心が旺盛だった。私より背が低い事がショックだったのか、やたらと私に突っ掛かって来ていたっけ。
でも翌年にはもう私の背を追い越していた。男児の成長期とは恐ろしいもので、こんなに一気に伸びるものかと驚いた。あの時の勝ち誇った顔は独りで勇み立っている様でちょっと可哀想に思った。言葉にすると怒られそうだったので黙っていたけれど。
それからも大叔母は来れなくなってしまったがクラウディオと侯爵は度々我が家を訪れていた。やたらと私に突っ掛かって来ていた彼はいつの間にか大人しくなり、落ち着いた雰囲気を纏うようになった。
そのクラウディオが一人で来るらしい。本当に立派になったものだ。
春は各地でお祭りが催され、町が賑やかになる。貴族達もよりいっそう社交に勤しむ。おかげで私も沢山の招待を受けた。
若者が多く集まる夜会に兄と共に出席をした。兄は早々にどこかに行ってしまったので、声を掛けられるがままにダンスを踊った。数曲踊って疲れて一人で休憩をして一人で食事を楽しんだ。残念ながら私には友人が居なかった。公爵夫人のおかげで年齢が上の方とは知り合いになれたが、若い令嬢とはなかなかお近づきになれずにいた。
やる事も思いつかず、ダンスも踊る気になれず、息抜きに庭園に出た。そうしたら兄が誰かと話していた。見覚えの無い方だった。
「どうした、セリーヌ。疲れたか?」
「ええ。気分転換に」
兄が私に気がついて声を掛けてくれたので、その流れで視線をやってどちら様かと目で訴えた。
「モンブラン伯爵の三男、アダン卿だ。こっちは妹のセリーヌ」
「はじめまして」
切れ長の目で賢そうな見た目だった。声には落ち着きがあり、穏やかさも感じた。私も丁寧に挨拶をした。
「アダン卿はずっと隣国の大学に留学していたそうだ。語学に長けているので卒業後外交官になってね、今度隣国の総領事館勤務となるらしい。自分も世話になるかもしれないのでこうして挨拶をしていたんだ」
「まあ、ご立派なのですね」
「クラウディオの事も知っているらしい」
「そうなのですか?」
「彼の通っている学院は私が留学していた大学の付属校でね。共通の外国語クラブに所属していたんだ」
予想外の繋がりがあり驚いた。こんな偶然があるらしい。
「彼は面白い奴だった。勉強熱心でね、他国の歴史や文化に造詣が深く語学も堪能だった。ただ当時はまだ若くて負けず嫌いな所があってよくムキになっていた」
「ふふっ。分かります。クラウディオの不服そうな顔が直ぐに浮かびます」
「それ、眉間にシワを寄せた顔だろう?あのシワで紙が挟めそうだった」
「紙三枚はいけると思います」
「それはいい。今度会ったら試そう」
初めて会ったアダン卿とクラウディオの悪口で盛り上がった。クラウディオには申し訳無いけれど、とても楽しかった。
それから数度夜会で会っては挨拶をして話をした。アダン卿は“カトリーヌ”を知らないので、私をちゃんと“セリーヌ”として見てくれた。それが嬉しかった。