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4.怨念なのかもしれない

 ホテルで馬車移動の疲れを癒やし、翌日朝から蒸気機関車に乗車した。

 大きなアーチ状の屋根をした駅の中は多くの人で忙しなかった。機関車の音だけで無く駅員や整備士等の声が響き、それに負けじと大声で会話をする利用者。多くの人がここで働いている。そして多くの人を一度に運ぶ黒い機関車に繋がれた茶色の客車が長く連なっており、お尻が見えない程だ。私はそれらの光景に完全に圧倒されていた。


「ボーっとして逸れるなよ。荷物もすられないようにな」


 キョロキョロしている私を心配して兄が注意してきた。兄は父と仕入れで国内のあちこちを巡ったりする。国外に行く事もある。なので蒸気機関車も数度利用しているのだそう。

 今回の旅に使用人は一人だけ同行していた。ほぼ母の世話係だ。ホテル代を嫁入り先の家が負担してくれるとは言っても、同行する使用人に掛かる費用も考えると貧乏伯爵家にとっては何人も付けられないのだ。父や兄は普段から二人だけで仕事に出向いている為使用人が居なくとも平気だが、普段から使用人に世話を焼いて貰っている貴族女性にはどうしても必要だった。服とか一人ではなかなか着られないから。

 使用人は母の荷物を持っているので私の荷物は自分で持っていた。この中には大事な嫁入り道具の花瓶が入っている。鞄を握り直して逸れない様に兄の腕を取ってエスコートして貰う事にした。父にピッタリとくっついている母の濃いグリーンのワンピースを目印に、兄の隣を歩いて駅のホームを進んだ。


 乗り慣れた父や兄に連れられ初めて蒸気機関車に乗った。暫くこの列車に揺られるのだ。

 列車の客室の窓から、ホームを右に左に行き交う人が見えた。その中に派手なドレスを来た貴族女性を見掛けた。あんなボリュームのドレスを着て列車に乗って疲れないのかしらと思った。

 じきに出発をする。窓を開けて駅のアーチ状の天井を眺めた。父と母と兄は結婚式が終わればまたこの駅に戻って来るけれど、私はそのまま先方に嫁入りする。つまりここには戻って来ない。今後里帰りがあるかも分からない。目に焼き付けておこうと思ったのだ。



◇◇◇



 私は公爵夫人のおかげで高名なご夫人方と知り合いになった。その中で特に気に掛け話しかけてくれる候爵夫人と親しくなった。


「伯爵家が隣国から仕入れたティーカップのセットを、私、とても気に入っていて、大事なお客様にお出しする時に使っているのよ」


 そう教えてくれた。ちょっと誇らしく思う。

 我が家は儲かってはいないが、こういったお客様のおかげでどうにか生きながらえている。


 その候爵夫人から思い掛けない事を言われた。


「我が家の息子と婚約しない?」


 候爵家には息子は一人であとは娘が三人だった筈だ。

 つまり、次期候爵夫人!?

 飛躍してしまったけれど、ゆくゆくはそうなる訳だ。縁談の話はいたるところからやって来るらしい。


 とても有り難いお話だった。父に伝えたら喜んでいた。持参金が賄えるかちょっと考え込みはしたけれど。家格が上の家に嫁ぐとなると持参金も高くなる。けれど、祖父の骨董品を売ればどうにかなるかもしれないとブツブツ言っていた。売れないから倉庫に残っているんだと思うんだけど、割安で売る気なのかしら。

 母も喜んでいた。前国王陛下の側妃になると祖母と準備した嫁入り道具を持たせられないし結婚式も見られないからと残念がっていたが、候爵家ならそれらが叶う。


 そんな反応だったから両家でトントン拍子に話が進んだ。候爵夫人とは良好な関係だから嫁姑問題も大丈夫かもしれない。侯爵も歓迎ムードだった。社交界でも可笑しな噂も聞かない。幸いにも祖母と同年代であろう前侯爵は亡くなっており、前国王陛下の様に私に祖母の面影を重ねられる事は無さそうだった。


 もうね、ほんとそこ大事。


 義祖父になる方に“カトリーヌ”と呼ばれても何と返答したら良いか分からないし、おさわりをされるのも御免被りたい。


 婚約に際して我が家に挨拶に来てくれた夫となる御子息も候爵夫人に似て優しげな顔つきだった。私と同い年の十六歳。結婚はもう数年したらとの話で落ち着き、無事に婚約をした。

 婚約をした三日後、候爵邸に招かれた。大きな邸だった。父から立派な邸だとは聞いていたので、気合いを入れて一番お気に入りの祖母のグリーンの上等なドレスを着て行った。気圧され無い様にと武装のつもりだった。


 出迎えてくれた御子息の手を取って邸の玄関ホールに入ると、ご両親とご令嬢三人が待ち構えていた。初めてお会いするご令嬢からは敵意を感じず、歓迎ムードから親しく出来そうな感じがした。皆年下で、妹の居ない私には未知ではあったけれど楽しみでもあった。


 そんな安心から気を良くした私に、突然何かが降って来た。頭に強い衝撃を受けると反射で目をつむった。痛い様な冷たい様な、ベッタリと髪や服が肌に張り付き不快感に襲われた。寒いと思って目を開けると、足元に水溜りが出来ていた。

 近くに居た候爵子息、それに候爵や候爵夫人、ご令嬢三人までもが何が起きたのか飲み込めない様で唖然とした表情をしていた。


「大奥様っ!」


 頭上から声が聞こえた。その声のする方を仰ぎ見ると、桶を抱える様に持った老婦が吹き抜けになっている玄関ホールの二階の手摺りから身を乗り出していた。その老婦を落ちない様にか止める様にかは分からないが、使用人が必死に老婦の体を支え引っ張っていた。


「泥棒猫がっ!出てお行きっ!」


 恐ろしい形相をした老婦の少し高い声が玄関ホールに響いた。老婦の持つ桶の縁から水が下垂れ落ちるのを見て、この人に水を掛けられたのだと悟った。


 女性の悲鳴に混じって「お母様!」「お祖母様!」「大奥様!」と口々に誰かが言い、老婦は応援に駆け付けた数人の使用人によって引っ張られ、「泥棒猫っ!」「妖婦めっ!」「孫まで取る気かいっ!」等などと喚きながら邸の奥へと連れて行かれた。


「申し訳ございませんっ!」

「母が失礼をいたしました!」


 とにかく謝罪をされた。しかし未だに私の心は整理されず、水を掛けられたのだという事実しか分からないでいた。


「祖母のこの様な姿は初めてで……一体何がなんだか……」


 貴方が分からないなら私に分かる訳無い。


 替えの服をと勧められたが、何となく早々に立ち去った方が良い気がして、ずぶ濡れのまま乗って来た馬車に乗り伯爵邸に戻った。

 かなり早い帰宅に何かあったのかと父と母が慌てて出迎えてくれたが、びしょ濡れの格好に驚いて、「何ごと!?」「びしょ濡れじゃない!?」「拭くものを誰かっ!着替えの準備もっ!」と、放心状態の私の周りで忙しく狼狽えていた。


 何ごとって、私が聞きたい。



 翌日、公爵夫妻と子息が揃って邸に謝罪に来た。


「昔、父は母と婚約状態だったにもかかわらず、前伯爵夫人であったカトリーヌ様に想いを寄せていたそうで、母を蔑ろにしてカトリーヌ様にアプローチばかりしていた様です」

「カトリーヌ様が前伯爵様とご結婚をされようやく義父もカトリーヌ様を諦め義母と結婚をしたのですが、心はなかなか母には向かなかった様で……」


 泥棒猫って、心を盗んだって事?

 妖婦って、誘惑したって事?


 また私を“カトリーヌ”だと思ったと言う事だろう。そしておそらくだけれど祖母に泥棒猫や妖婦の自覚は無かったと思う。絶世の美女って、大変なんだな。


「勿論祖母にも伯爵家との縁談話は伝えていたのですがその時は反対する様子も無く、どうやら邸に招き入れあの様な仕打ちを思慮していたみたいです」


 いや、だから私は“カトリーヌ”では無いって。

 それに思慮って、嫉妬心とはなんと怖いものなのだろう。候爵家の者達が驚く程に人を変貌させてしまうらしい。祖母は若かりし頃、多くの女性から嫉妬からあの様な嫌がらせを受けていたのかもしれない。


「母に婚約したのはカトリーヌ様では無くセリーヌ嬢であると何度伝えても『顔がそっくりなんだから同じ様に男を誑し込んで孫を苦しめるに違いない』と言い張っています。勿論セリーヌ嬢がその様な方では無いとは私は分かっているのですが、このまま婚約関係を続けて問題無いのかと……。母がまたセリーヌ嬢に危害を加える可能性を考えると、この婚約は解消した方が良いのではと思いまして……」


 その後三人揃って綺麗に「申し訳ありません」と謝罪された。

 私は父と母と顔を見合わせ、婚約解消の申し出を受け入れた。まあ、格下の伯爵家が異論なんて言えないし、私も嫁入りする勇気は無い。


 有り難い縁談話はこうして白紙になった。婚約期間三日と言う事実は、私の新しいゴシップとなった。

 ここまで祖母関連で苦しめられるとは思いもしなかった。もはや祖母の怨念なのかもしれないと思ってしまった。いや、祖母に怨まれる覚えは無いから、祖母の美しさに惑わされた者の怨念なのかもしれない……。


迷惑っ!




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