3.ダチョウの羽根付き帽子
夕食はホテル併設のレストランで食べた。伯爵邸で食べていた食事よりも圧倒的に豪華で華やかな食事だった。勿論味も。
食事だけでは無い。レストランの椅子は蔦の彫刻が彫られ金ピカに磨かれた金色のフレームに白色の革が張られており高級感と清潔感があった。テーブルの中央に置かれた燭台もサビ一つ見当たらない程に磨かれゴールドが美しく輝いていた。
そんな事を言ったらこのレストランだけで無く、客室も豪華だった。私の伯爵邸での部屋より狭いものの、装飾が統一され美しく磨かれた調度品にスプリングが心地良い寝台。全てが感動をもたらす物ばかりだった。
こんな高い所に泊まって、いったい総額いくら掛かるのか。
貧乏伯爵家では到底払えない。私一人ならまだしも、両親に兄も泊まるのだ。
それは勿論嫁入り先の家のご厚意があったからこそだ。
「駅前のホテルなので夜でも人通りがあり賑やかで、蒸気機関車の汽笛の音や煙の匂いもしゆっくり休めるとは言えないかもしれないが、朝すぐに機関車に乗れて利便性が良いし、食事やサービスが良いホテルなのでこちらに泊まられる事をおすすめします。私も利用した事のあるハイグレードなホテルです。費用は我が家に請求する様に伝えておきますので安心してお泊まりください」
こんな内容の手紙が届いたのだ。
食事を家族で楽しんでいる時、母が「ねえ、セリーヌ」と話し掛けてきた。
「明日、何色のお洋服を着るつもりなの?」
「まだ決めていませんが、どうかされました?」
「せっかくだから同じ色のお洋服を着ようかと」
珍しい事だった。私が幼い頃は私が強請ってお揃いの洋服を二人で着ていたものだけれど、大きくなるにつれ私の好みが確立されて母とのお揃いの洋服よりも私が好きな洋服を優先する様になっていった。私が好きな服とはつまり、祖母のおさがりを手直しした物だ。
「お揃いとは懐かしいですね」
「娘とお揃いのお洋服を着るなんて、きっとこれが最後だろうから」
お嫁に行ったらそうそう母と会う事も無くなる。気軽に会いに行ける距離では無いからだ。こんな事でも親孝行になるのなら喜んでお揃いにしよう。
「ではグリーンのワンピースはいかがですか?お母様もお祖母様のグリーンのワンピースを一着お持ちですよね?」
「貴女がハイネックのレース襟を付けてくれたワンピースね。良いわね。そうしましょう」
母娘二人で交わすこんなやり取りが愛おしく思う。
そうして私は素敵な夜を過ごした。疲れていたのか婚約者殿が心配されていた外の喧騒など全く気にならない程にぐっすりと眠った。
◇◇◇
前国王陛下の側妃問題が無くなり、一安心して年を越した私と家族の元に、今度は多くの求婚書が届く様になった。
前国王陛下が私を望まれたと言う話が広く知れ渡ったのが原因だった。
求婚書を送って来た人に私が直接理由を聞いた訳では無いが、父や兄があちこちで耳にしたり言われたりした事を伝え聞いた所によると、私を嫁にする事で前国王陛下から官職への優遇を受けられると思われたり、祖母の世代から孫への縁談だったりするそうだ。
絶世の美女だった祖母の影響力はまだ残っている様で、昔恋をしていた老紳士達が孫が望んでもいないのに嫁にしようと縁談を持ち掛けてきているらしい。
それって、どうなの?どういう心境なの?結局その老紳士達は“カトリーヌ”をご所望している訳で“伯爵家のセリーヌ”を求めている訳では無いのだ。そんな所に嫁に行って私大丈夫なのかな。義祖父になる人に前国王陛下みたいにイヤらしい手つきで触られたりしないのかな。
それだけではなく求婚書が送られて来るのにはもう一つ理由があった。公爵夫人の存在である。
あれ以来公爵夫人は私をとても可愛がってくださり、公爵家でのお茶会にも招かれたのだ。私は流行りのドレスは一着も持っていない為、この日も祖母のおさがりを身に着けてアンティーク感満載で赴いた。
公爵夫人主催のお茶会は若いご令嬢が殆どおらず、社交界を牛耳っている様な高名なご夫人方しかいなかった。つまり年配者ばかりだった。私の緊張でガチガチだった姿よりも私の装いを見て懐かしがる方もいれば、母の姿を思い出すと言う方もいた。
特に人気だったのが羽根付き帽子だった。羽根付き帽子は元来狩猟で仕留めた鳥の羽根を飾っていたのだが、特定の鳥の羽根を求める人が増えそれに伴い価格も上がり、金儲けを考える者が人気の鳥の乱獲を行った為に鳥が減少してしまったのだ。そんな事もあってここ数年羽根付き帽子の製造が制限され、いつの間にか帽子の飾りはリボンやレースが主流になった。ご年配の方にとって羽根付き帽子は懐かしさや憧れが強いのだろう。多くの方が「私も仕舞っている昔の羽根付き帽子を出してみようかしら」と言っていた。公爵夫人も、
「歴代の王族の肖像画も顔より圧倒的に大きな鍔に真っ白な羽根が数本付いた豪華な羽根付き帽子を被った者が多かったわ。母も被っていたし。とても懐かしいわね」
と仰っていた。王族の羽根付き帽子、凄そう。見たこと無いけど何故か想像出来る。私の帽子は小振りなダチョウの灰色の羽根が一本だけだ。
そんなお茶会を経てから暫くした頃、母が教えてくれた。
「最近、一部の女性の間でアンティークが流行っているそうよ。羽根付き帽子とかひと昔前の装いを手直しした物とか。セリーヌの影響かしらね」
誰かが流行は巡るなんて言っていたっけ。
「きっかけではあったかもしれないけれど、元々良い物だから再び流行しだしたんじゃないかしら」
「私も流行りに乗って何かアンティークの物を身に着けようかしら」
「お祖母様の衣装を見てみますか?」
お祖母様の衣装はかなり私が拝借をして手直ししてしまっていたけれど、まだまだ残っていたので母と二人でキャッキャ言いながら掘り出し物探しをした。その中から母はワンピースを一着選んだ。当時の流行りやおそらく祖母が若かりし頃に着ていた物だからか、丈はくるぶし辺りまであるが首元が大きく開いていた。鎖骨が美しく見え撫で肩が強調される様なデザインだった。絶世の美女と謳われた祖母が着た姿はきっと妖艶な雰囲気を醸し出し美しかったのだろう。でも今の母が着るには恥ずかしいそうで、レース生地でハイネックの襟を付けた。
その深いグリーンのハイネックレース襟を付けたワンピースは母のお気に入りとなり、ワンピースを着て父と演劇鑑賞に行ってくるとウキウキしながら出掛けて行った。父とのデートが嬉しいのかワンピースが嬉しいのか、それとも両方なのか。
深いグリーンは祖母の瞳の色だ。父も祖母譲りの深いグリーンの瞳をしている。そして私も。
祖母はグリーンの洋服や宝飾品が多かった。母と掘り出し物探しをした際に私もグリーンのワンピースを拝借した。私のコレクションがまた一つ増えた。