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2.公爵家は安泰です

「そろそろホテルに着くわ。セリーヌ、花瓶を仕舞いなさい」


 母に言われて手にして眺めていた花瓶を布で包んで鞄に仕舞った。

 馬車の窓から外を見ると、賑やかな町の様子が目に入った。店が街道に連なり、多くの人が行き交っている。

 馬車が止まり、順番に降りた。私が降りる時、兄のジュールが手を貸してくれた。

 嫁入りには父と母と兄も同行していた。結婚式に出席する為だった。

 馬車から降りてホテルに入る前、辺りにポーッと汽笛の音が響いた。大きな音に思わず振り向いた。そういえば煙の匂いがする。


「セリーヌ、行くぞ」


 兄に促されて向き直りホテルに入って行った。


 ここは蒸気機関車の駅がある町だ。私達もこのホテルで一泊して明日蒸気機関車に乗る事になっている。初めて乗るからドキドキワクワクと、少しの不安が混ざっていた。馬車より速いから楽そうだけれど、酔う人も居るのだそう。吐き気と戦う旅は辛そうだ。

 駅前にある大きなこのホテルは大層混んでいた。エントランスも綺羅びやかだ。儲かっているのだろう。手続きをしている間にロビーで出されたティーカップは上等な物で、座っているソファも眠ってしまいそうな程に座り心地の良い物だった。あちこちに飾られた壺やら花瓶やらも、我が家の倉庫に眠っている骨董品とは比べ物にならない位の、気品と豪華さを放っていた。


 あ、私、もう嫁入りするんだった。我が家と言えなくなるんだ。


 何だか少し、寂しく思った。



◇◇◇



 前国王陛下から側妃の話が来たが、こんな伯爵家が断れる筈は無く、何の抵抗も無しに承諾するしか無かった。


「名誉な事だ」


 父なんかはそれしか言えなかった。兄が「何歳差だろう」と言おうものなら、「不敬だぞ」と言って黙らせていた。

 皆分かっていた。前国王陛下が欲しているのは祖母カトリーヌであって、セリーヌでは無い。面影を愛しているだけなのだ。もう先が決して長くは無い老体の元に嫁いでどうなるのだろうか。父は「きっと可愛がってくださる」なんて言うけれど、祖母では無いのだ。やっぱり違うとか言って捨てられたりしないのだろうか。それに性的な事はどうなのだろうか。できるの?


 前国王陛下には三人の妃がいた。正妃と側妃の一人はもう亡くなられ、もう一人の側妃は病床に伏しているそうだ。若い新しい妃を迎える事に文句を言う妃も居ないらしい。老い先短い前国王陛下の戯れの犠牲に……とは言わないけれど、多くの忠臣が私を召し上げるのに賛同した。王宮勤めの使用人がお手つきになるよりマシだと思っているのだろうか。どっちもどっちじゃないだろうか。


 母一人、少し寂しそうにしていた。前国王陛下の側妃だから結婚式は行わない。やはり母親としては結婚式での晴れ姿を見たかったらしい。祖母と嫁入り道具用に寝具カバーの刺繍をしていたそうだが、王宮へ召し上がる際はそういった嫁入り道具は持参しない決まりなのだそう。王族だから何が暗殺に繋がるか分からないからと、それから品位にも関わるからだとか。寝具カバーがどう暗殺に使われるのか。刺繍糸に毒でも染み込ませるとかかしら。


 モヤモヤとした思いがありながらも、全てを受け入れなければと諦めモードで召し上げ前に王宮を訪れた。打ち合わせと称して私に会いたいかららしい。

 前国王陛下は最初っから全開で、「セリーヌ、今日も美しいな」「セリーヌ、早く儂の元へ来い」とデレデレだった。幸いだったのがちゃんと名前を呼んでくれた事だった。もしかしたら家臣や近衛騎士達に注意されたのかもしれない。祖母の名前を呼ぶなと。

 私は心を無にして笑顔を貼り付けていた。ちょっとスキンシップが多かったからだ。シワシワの手で私の背を撫でる。きっと国王として多くの苦労や重責を抱えてきたであろうこのシワシワの手に敬意はあるが、手が背から腰に回るのには無にしなければ悲鳴をあげてしまいそうだった。

 心の中で(早く終わって〜)と思っていた時、突然部屋の扉が勢い良く開けられた。

 扉から現れたのは、母位の年齢の御婦人だった。


「フランソワーズ……!」


 私の隣の前国王陛下が名を呼んだ。フランソワーズって誰だっけと、頭の中の貴族名鑑を必死に探した。


「公爵夫人!いくら何でも困ります!」

「ご不敬ですぞ!」

「改めてくださいませ!」


 部屋の外で待機していたと思われる忠臣らしき方々が御婦人を止めようと一緒に入って来た。

 公爵夫人と言っていた。と、いう事は、前国王陛下の娘であり、この国筆頭公爵家夫人だ。


「何のお戯れですか!お父上!!」


 公爵夫人の部屋中に響いた大声に、部屋中の者がビクッとした。


「こんなうら若きご令嬢を捕まえて何を考えているのですか!ご令嬢の未来を奪う様な事はお止めなさいませ!」

「奪うとはっ……!そんなのではないっ!」

「何がそんなのではないよ!ジジイがデレデレしてんじゃない!気持ち悪いっ!」



 公爵夫人が一刀両断したお陰で、私の側妃に召し上がる話は消滅した。

 前国王陛下は娘に「気持ち悪い」と言われたのがショックだったのか、放心状態になり暫く寝込んでしまったそうだ。噂だけれど。私はその日以降王宮に行く事も無くなったので、前国王陛下のご様子は知らない。


 私は公爵夫人から謝罪された。


「遅くなってしまって本当にごめんなさい。私が反対すると思って家臣共が秘密裏に話を進めていたのよ。だから気が付くのが遅くなってしまった。あんなジジイに触られて気持ち悪かったでしょう?もうご令嬢に近付かない様に言い聞かせておくから。もし何かあったら遠慮無く私に言ってね」


 私は前国王陛下をジジイ呼ばわり出来る公爵夫人を格好良いと思った。強くいられなければ王女としても筆頭公爵家夫人としてもやっていけないのだろう。公爵家はこの国の建国と共に爵位を授けられていた筈だ。王家と同じ長い歴史のある家で、それだけ公爵家に連なる親戚も多い。それら全てを把握し取り仕切っているのが筆頭公爵家。きっとこんな女性が公爵夫人である公爵家は安泰だな、と思った。



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