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18.「よろしく」と「ありがとう」を

 夏から秋に掛けて嫁入りの準備をした。そして家族との食事や団欒といった何気ない毎日を大切に過ごした。


 そんな時間を許してくれた旦那様になる人は心の広い方……と言えたら良かったけれど、実際は私がそうしたくて強制的に認めさせた様なものだった。だってクラウディオから「いつこっちに来る?」「いつになったらこっちに来る?」の催促の手紙がしょっちゅう来たのだ。もはや大叔母様の代筆とは思えないクラウディオからの手紙だった。どの部分が大叔母様の言葉なのか見分けようとする事自体無駄なのかもと思った。


 結婚式の日取りが決まって「式に参列する家族と一緒にそちらに行く」と伝えれば、「セリーヌだけでも先に来ても問題無い」なんて返って来た。「一人では行けない」と返せば、「迎えに行く」と返って来た。面倒になって「家族と一緒に行きます。これは決定事項です!」と強めの筆圧で万年筆のインクを滲ませながら書いてやった。そうしたら諦めたのか私を怒らせてしまうと悟ったのか、旅の列車やら宿泊先やらの手配を全てしてくれたのだ。



 そんなやり取りを経て蒸気機関車に乗り隣国までやって来た。まだ朝だ。薄暗い駅には同じ列車に乗っていただろう乗客が続々とホームへと流れ込んでいた。冷たい空気の中私も列車から降りると体が揺れた。

 列車の旅が終わりほっとひと息なのに、これからビリュベルデ侯爵家に行くのだと思うと少し緊張した。嫁ぐ家へ初めて行くのだ。

 大きな駅の構内を歩き駅舎を出た所で「セリーヌ!」と名を呼ばれた。振り向けばそこには慌てた様子のクラウディオが居た。


「えっ!クラウディオ?」


 私が驚いていると一目散に私の所まで来て抱き着いてきた。


「ちょ、ちょっ!そとっ!……」

「良かった!ちゃんと来た!」

「クラウディオ!公共の場で抱き着くとは紳士の行動ではないぞっ!挨拶のハグで止めろっ!」


 父が怒りながら私とクラウディオを引き剥がした。


「何でクラウディオがここに?邸で待っているのだと思ってた」

「少しでも早く会いたかったから迎えに」

「迎えって……え?いつから?」

「昨夜から」

「昨夜!?だって、こんなに旅程が遅れたのに……」

「昨夜列車が遅れているって聞いて到着時刻も分からず深夜には駅舎から追い出されるし、仕方無いから近くの宿を取って列車が着くのを待ってた」


 家族皆で呆れてしまった。

 普通はここまでしてくれて嬉しいと思うのだろうか。逆に申し訳無いと思うのだろうか。

 残念ながら我が家族は呆れてしまった。


 まあ、でも、クラウディオは馬車を準備してくれており、空き馬車を探して手配する手間が無くて助かったと思う事にした。付き合わされた馬車の御者にとってはいい迷惑だったかもしれないが。


 侯爵家の馬車は大きかった。皆が乗れ荷物も積められるように大きい物を準備してくれたのかもしれない。私達が近付くと気の良さそうな御者が馬車の扉を開けてくれた。


「あら?」


 馬車の座席にはいつか貰った物と似た物が置かれていた。円錐形に包装され、空いた口から赤い花弁が見えた。


「これは……カーネーション?」

「ああ……昨日真鍮の花瓶に飾るのに良いかと思って買ったんだけど、一晩置いておいたらちょっと萎れてしまって……」

「大丈夫よ。カーネーションは強いからちゃんと切り戻しをしてケアしてあげれば元気になるわ」


 クラウディオからカーネーションを受け取って見てみれば、直ぐに復活出来そうな位まだまだ元気だった。今はカーネーションの季節じゃない。たとえ一輪でも高かっただろうか。それともこの国の南の沿岸部は温暖だと聞くからこの時期でも比較的安価に手に入るのかもしれない。それだけこの国ではこの花が身近で定番の贈り物なのかもしれない。


 クラウディオが手を差し出してくれた。父も母も兄も、もう馬車に乗り込んでいた。御者は馬車の後方の荷台に私達が持って来た荷物を積んでいた。私の花瓶が入った鞄も何も言っていないのに丁寧に積んでくれた。

 朝日に照らされたクラウディオは、目の下にクマが出来て疲れている様に見えた。


 私はこの人の手を取ってこの先の人生を歩んで行く。列車で出会った演奏家の様に胸毛がぼうぼうでも、将来おでこが広くなろうとも、それらを受け入れられる位にはこの疲れた顔やよく作る眉間のシワに愛おしさを感じていた。


 不思議だ。恋とは違う。一年前まではただの再従兄弟だったのに。その壁を壊して私の懐に入って来てくれた。何があるか分からないものだ。私に示してくれた好意の大きさや一途さ、それに私を私として受け入れてくれる。


 少し前まで父に抱き上げて貰っていたけれど、これからはクラウディオに抱き締められ、恥ずかしさが薄まる頃には安心を得るのだろう。


「よろしくお願いします」

「ん?ああ……」


 クラウディオの手を借りて馬車に乗り込んだ時にそんな事を言ったら、不思議そうにしていた。きっと私の想いとは違う事を思っただろう。まだ照れくさいからそれで良い。



 それから二日後、私達の結婚式が行われた。挙式では祖母のドレスと祖母が作ってくれたレースのベールを身に着け、披露宴では大叔母のドレスを身に着けた。私にとってはこれ以上無い満足感と幸福感だ。


 久しぶりに会った大叔母が私のドレス姿を見て泣いていた。


「貴女のお祖母様の分の涙よ」


 笑顔なのに目尻に刻まれた深いシワに涙が滲み伝っていた。レースのベールを編んでくれる程に楽しみにしてくれていた祖母の分まで泣いて喜んでくれた大叔母には、「ありがとう」の言葉以外何も思い付かなかった。



 ビリュベルデ侯爵邸の私に与えられた部屋には真鍮の花瓶に生けられたカーネーションが一輪、結婚式のこの日も飾られていた。クラウディオに貰ったちょっと萎れたカーネーションは、すっかり元気を取り戻した。赤いフリルの様な花弁が波打ち重なり合っていてとても可愛らしい。


 明日も明後日も、これから先も、花が無い日でも、嫁入り道具の花瓶は私の部屋に変わらず飾られる事だろう。



最後までお読みくださりありがとうございました。


知香

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