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17.列車に乗り遅れるぞ

 寝ていたら突然父に体を揺さぶられて起こされた。


「もうすぐ着くから準備をしなさい」


 ぐっすり眠っていたらしい。揺れる列車の硬い寝台で寝るのにも慣れてきた様だ。重怠い体を起こして寝台のカーテンを開けると窓の外が薄暗く、ほんのり黄色が夜を押し上げていた。どうやらもう朝らしい。


 夜に首都に着く予定だった列車は、朝の早い時間に駅に到着した。私の長く感じた旅が終わろうとしていた。



◇◇◇



 二日はあっという間だった。今日はもうクラウディオが国に戻る日だ。朝食を食べて直ぐに邸を出ると言う。隣国の首都まで一番早く着く寝台列車に乗るらしい。乗り遅れたら列車を乗り継がないといけないと言っていた。皆で見送りをした。


「……」


 クラウディオは暗い顔をしていた。それもその筈、連れて帰る宣言をした相手である私が、見送り側にいるのだから。


「クラウディオは少し考えが甘かったな」


 父は何故か嬉しそう。


「さすがに日数が足りなかったかしら」


 母は楽しそう。


「まあ、頑張ってたんじゃないか」


 兄は偉そう……。


 クラウディオはじっと私を見ていた。それはもう欲しい玩具が手に入らない子どもが諦めきれずに目で念を飛ばしているかの様だ。


「また来るからな。それまで誰とも結婚するなよ」


 呆れてしまう。まったく、結婚するなとは何だ。


「安心しなさい」

「珍しく言う事聞いてくれるのか?」

「そうね。私、クラウディオと結婚するわ」

「は?」

「え?」

「なんて?」

「うそ!」


 誰がどの言葉を発したかは分からないが、一様に驚いたらしい。


「ど、ど、ど、な、なん……」


 目の前のクラウディオがきっと一番驚いている。瞬きの回数が凄い。驚くと目が乾燥するのかしら。


「本当に!?ク、クラウディオと、結婚するのか!?」

「まあ!」

「でも旅支度してないじゃないか?」

「当たり前よ!そんな急には行けないわ。私、パスポートも持っていないのよ」

「ああ、そうか」


 兄は当たり前に仕事で国境を越えているからパスポートの事をすっかり忘れていたらしい。多分、それはクラウディオもだ。私が一度も国外に出た事が無いとは思わなかったから一緒に連れて帰るなんて簡単に言ったのだ。


「パスポートも作って、結婚の準備もちゃんとして、家族との最後の時間もしっかりと取ってから嫁ぐわ」


 父は私の話を聞いているのかどうかも怪しい位、口を開けて固まってしまっていた。そんなにクラウディオと結婚する事がショックなのだろうか。前国王陛下の時や侯爵家との縁談、それにアダン卿の時だって、いつでも結婚に前向きだったのに。


 そんな父よりも事態を飲み込めていない様子なのがクラウディオだ。目が合っている筈なのに合っている手応えが無い。


「クラウディオ、嬉しくなかった?」

「や……嘘みたいで……」

「貴方がプロポーズしてきて、貴方が連れて帰るって言ったんじゃない」

「望みが薄かったから……今回は諦めていたと言うか……」

「まあ、一緒に帰るのは無理だけど、改めて行くわ」

「本当に、ちゃんと、来てくれるのか……?」

「行くわよ」

「やっぱりやめるとか言わないか?」

「言わないわよ」

「お祖母様に絶対に連れて帰って来いって言われてたんだけど、ちゃんと改めて来るって言って良いんだよな?」


 確認がしつこい。信用が無いのかしら。


「話して問題無いわ。改めて私からも大叔母様に手紙を書くから。届いたらどうせクラウディオが代筆するのでしょう?」

「ああ……。俺が手紙を読み上げて返事を代筆する」

「読み上げるのまでするの!?」

「当たり前だろ」

「読むの位大叔母様でも大丈夫なんじゃないの?代筆だって使用人にやって貰っても良いじゃない」

「いや、駄目だ。俺がやる。手紙の内容を把握してた方が代筆もし易い」

「このクラウディオが不在の間はどうしているのかしら」

「多分使用人がやってる」

「じゃあ使用人でも良いじゃない……」

「セリーヌからの手紙は俺がやる」

「……」


 大真面目な顔して言うから、私と一緒に兄も絶句してしまった。


「こんなしつこい男にセリーヌをやるのか……」

「しつこいんじゃありません。愛ですよ、お義父様」

「何しれっとお義父様って呼んでるんだよ」

「良いじゃありませんか。ねえ、お義母様」

「そうね。良いんじゃないかしら。ねえ、あなた」

「……」


 どうやら認めて貰えたらしい。母の圧に負けて父は不本意そうだけれど。


「もうそろそろ行かないと列車に乗り遅れるぞ」


 兄に言われてクラウディオはベストのボタン穴から伸びたチェーンの先の懐中時計をベストのポケットから取り出して時刻を確認すると、溜め息をついて改めて向き直った。


「待ってるからな」

「ええ。準備が整ったら行くわ。あの真鍮の花瓶を持って行くから」

「ああ。我が邸にあの花瓶が飾られる日を楽しみにしている」

「それと、お祖母様が作ってくれたレースのベールも。でもドレスは大叔母様のを着たいわ」

「え、いいのか?まだ見てもないのに」

「いいの。私はそのものに込められた想いが感じられるアンティークが好きなの」


 言って直ぐだった。クラウディオに抱き締められた。それは苦しい位に強い力だった。


「ク、クラウディオ!皆も居るんだけど……!」


 父の顔を見るのが怖い。


「何着着たって良い。好きなだけ好きなドレスを着たら良い」

「あ、ありがと……」


 クラウディオは全然離そうとしてくれない。それどころか力が増していく様だった。さすがに苦しい。


「いい加減にセリーヌを離しなさい!」

「まあ、ハグ位良いじゃないですか、あなた」

「俺の前ではやめろ!」

「そんな事では結婚式に出られないじゃありませんか。誓いのキスがあるんですよ」

「そんな演目はパスだ!」

「演目じゃなくて儀式ですよ、あなた」

「今予行練習しますか?」

「ふざけるな!」

「私も嫌よ!」


 しれっとそんな事を言うクラウディオの顔をあるだけの力を振り絞って遠ざけた。

 こんな皆が見ているところで初キスを披露するなんて恥ずかし過ぎてたまらない。


「だからぁ、もう行かないと列車に乗り遅れるって」


 呆れたように兄に言われ、渋々と馬車へと乗ってクラウディオは邸を去って行った。クラウディオが列車の時間に間に合ったかどうか私は知らない。


 そして存外寂しく感じる私が居た。でも嫁入り準備が忙しくて、日々はあっという間に過ぎて行った。





次回、最終話です。

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