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16.二人の馴れ初め

 崖崩れによる岩石の撤去作業は暗くなる前に終わった。暗くなってからでは作業も大変だったろうから、日が出ている内に終わって良かった。しかし夜に首都の駅に着く予定だったのがこの様子では夜中、もしくは朝方になりそうだった。

 なので夕食を取る為に列車の食堂車へと足を運んだ。しかし考える事は皆同じ様で、食べ物を持ち込んでいる人もいるが旅程が遅れた為に準備が無く、食堂車で食事をしようという人が多く、とても混んでいた。あまりの混雑ぶりに嫌気が差してバーへと行き先を変更する人もいた。

 なんとか席の確保が出来て一安心したものの、なかなか食事が提供されずにかなり待った。しかし給仕の方も忙しそうにしているので手が回っていないのだろう。

 列車が急停車して旅程に遅れが出て、食事に来てみれば混雑でなかなか提供もされない。どこからともなく暴言を吐く人も居て、食堂車内の雰囲気は良いとは言えなかった。おかげで私達家族も言葉数が少なかった。苛々している人に目をつけられない様に、関わらない様に、示し合わせた訳でも無いのに不思議と同じ様子を保っていた。そういう所はやっぱり家族なのだなと思った。


 重い空気の中、救世主は突如現れた。

 ギターの音が鳴り出したのだ。それもアップテンポなメロディーだった。

 音のする方を見てみると、かなりおでこが広い紳士がギターを持って演奏していた。

 私の様に何が起こったのか分からずにいる人も居るが、意外にもノリ良く指笛を鳴らしたり手拍子をしたり、椅子に腰掛けながら体を揺らして踊る人まで現れた。なんて陽気なのだろうか。

 おでこの広い紳士は食堂車の真ん中を歩き出した。ここは舞台の上なのかと勘違いしてしまう位、それは堂々と。私の座っている席の横を通る時、目が合ってウィンクをされた。おでこの広い紳士の色気のある優しげな目が閉じられた瞬間に心臓を持っていかれそうになった。

 この紳士のおかげで食堂車の雰囲気は一気に変わり、和やかなものになった。食事も美味しく頂く事が出来た。でも家族で演奏について感想を言い合っている時に兄が言った。


「胸毛、凄かったな」


 噴き出しそうになった。


 やめてくれ、兄よ。


 まあ、かく言う私は広いおでこが気になったけれど。確かに胸元のシャツを開けていてそこから胸毛がもっさりと見えていた。ついでに言えばシャツの袖を腕まくりして剥き出しになった腕から手の甲にかけても毛が濃かった。それよりも照明に照らされて光るおでこが私は一番目に入ったけれど、人によっては違う所に視線や意識が行くらしい。

 さらに兄が「この国の男性は毛が濃い人が多い。女性もそこに男らしさを感じるみたいだぞ」と言った。


 私の旦那様になる人は毛が濃かったかしら?そんな印象は無いけれど、まだ若いからこれから濃くなるのかもしれない。あの紳士の様に濃くなれば、頭皮の様子も……。


 まあ、別に容姿に惚れた理由じゃないし、気にしないでおこう……。



 演奏が終わっても楽しい時間を過ごす事が出来た。旅芸人なのかプロの演奏家なのか分からないが、紳士は沢山の乗客からチップを貰っていた。勿論我が家族も父が代表してチップを渡していた。旅とは本当に色々と起こるらしい。



◇◇◇



 祖母は万国博覧会の工芸品展示を見ている時に祖父と出会った。ちょうど真鍮の一輪挿しの花瓶に目を奪われていた時だった。その姿に祖父が一目惚れをしたのだ。当時絶世の美女と言われていた祖母だ。一目惚れなんてきっと祖父だけでは無かった筈だ。美しい女性が自分と同じ様に工芸品を見て目を輝かせていたのだ。同じ趣味なのだと思って余計に惹かれた事だろう。

 祖父は祖母に声を掛け、「その花瓶をプレゼントしよう」と言ったそうだ。それが始まり。

 「貰えない」、「プレゼントする」の押し問答の末、祖父は支払いをして押し付けるように祖母に渡した。その時名前や住所の書かれたカードも渡したらしい。

 祖母は迷ったけれど手紙を出さなかったそうだ。ナンパに軽々しく反応するのは淑女のする事では無いだろうと。でも花瓶は気に入っていた。まともにお礼を言えなかった事は気掛かりだったのだ。


 しかし数ヶ月経ったある日、美術展覧会で偶然にも再会をしたのだ。祖母が花瓶のお礼を伝えたら、今度も「手紙を期待していた」、「出せる訳無い」の押し問答になったらしい。

 展覧会を見終えた後、「この国の町を案内して欲しい」と言った祖父の押しに負けて祖母は少し付き合う事にした。それが存外楽しかったらしい。途中、花屋に寄って祖父はカーネーションを一輪買って祖母にプロポーズをした。「この間の花瓶に飾って欲しい」と。たったの二回しか会った事が無いのにもうプロポーズなんて、他国の令嬢だからこそこの機会を取り逃がせないと必死だったのかもしれない。

 これを祖母は受けた。祖母も祖母だ。もっと慎重になれば祖父の目利きの無さを見抜けたかもしれないのに。祖母も一目惚れとはいかずとも、少し一緒にデートしただけで祖父に惹かれたのだろう。我が国の男とは少し違う祖父に興味を持ったのかもしれない。私が社交界デビューをしてから“カトリーヌ”とウンザリする位に重ねられたのだ。本物の祖母はきっともっとウンザリしていたのではないだろうか。それを知らない祖父の真っ直ぐな好意に手を取る決意をしたのだ。


 結婚後祖父の目利きの無さで伯爵家は貧乏になったけれど、祖母は祖父を変わらず愛していた。祖父が亡くなってからの祖母の落ち込み様は酷かった。まともに食事も取らず、寝たきりになり沈んでいた。そんな祖母が笑ってくれたのが、花瓶に花を飾る時だった。花瓶から始まった二人の馴れ初めもこの時に聞いた。母と出掛けたチャリティーバザールの帰りに花屋で売っていたカーネーションをお土産に買って帰った際、懐かしそうに愛おしそうに、それはとても優しげな表情で花瓶に生けられたカーネーションを見ながら話してくれてた。だから毎日花瓶の水を替えたり、花を生け替えたりするのを私がやった。祖母の笑顔が見たかったから。少しでも笑って欲しかったからだ。


 そして祖父が亡くなって二年後に祖母は祖父の元へと旅立った。私は悲しかったけれど、祖母が喜んでいる様な気がして、その悲しみを引き摺りはしなかった。

 そう言えばあの時、祖母の葬儀にクラウディオも来てくれた。危篤の連絡を受けてすぐに来てくれたので葬儀に間に合ったのだ。何も言わずにただ私の隣で、涙を流す私の背を撫でてくれていた。



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