12.皮肉と真っ直ぐ②
◇◇◇
カフェ・コンセールからの帰り、馬車の中向かい合って座るとクラウディオが聞いて来た。
「……アダン卿のプロポーズはどうして断ったんだ?」
もう日が暮れ始める時間、太陽の傾きで馬車の窓から差し込む日差しが馬車の奥まで来ている。そしてクラウディオの暗い影が伸びていた。その影のせいか真剣な顔が怒っている様に見えてしまう。
「断らない方が良かった?」
「断って良かったよ」
私がふざけたからか、ちょっとムッとした。
「手紙で“仕事に対する姿勢や信念が素晴らしい方だったけれどプロポーズはお断りした”と書いていただろう」
手紙の内容を結構ハッキリと覚えていて驚いた。私の方がうろ覚えだ。きっと心の内のモヤモヤとした気持ちを書く事で発散させたので薄れてしまったのかもしれない。
「そうだったかな」
「誤魔化すつもりか?」
真面目な顔して追及され溜め息が出てしまった。
「聞いてどうするのよ」
「気になるからだ」
「個人的な事よ」
「断られない為の参考に聞いておきたい」
「自分勝手ね」
「本当に欲しいものの為だからな」
最後だけ恥ずかしかったのか目を逸らした。クラウディオの真っ直ぐさに観念する様に再び溜め息をついた。
「いいわ、教えてあげる。その代わり後で私の質問にも答えてくれる?」
「何?」
「後で言うわ」
「……分かった」
交換条件にしては内容も分からずによく承諾したものだ。私がどんな質問をするか怖くないのか。それともそれ程プロポーズを断った理由が知りたいのか。もしくは質問を聞いてから別の条件に変える交渉の自信があるのか。
「お祖母様から貰った真鍮の花瓶、クラウディオは覚えてる?」
「ああ、あれだろ?カトリーヌ夫人が寝込んでいた時、毎日の様にセリーヌが花を活けたり水を替えたりしていたやつ」
「そう。お祖母様が亡くなる前に、私に貰って欲しいって言ってくれたの。お祖父様から貰った大切な花瓶だから大事にして欲しいって。その花瓶を見てアダン卿が『緑青が付いてるからもう処分した方が良いんじゃないか?』って。『新しいのをプレゼントする』って言ったの。それを聞いて魔法が解けてしまったの。大切な花瓶だからって説明する気持ちも湧いてこなかった」
暫くガタガタと馬車の音が空間を占めていた。クラウディオは私を見つめていたけれど、口を閉じていた。何か考えているのかもしれない。
「アダン卿も意外とあっさりとしたものでね、お元気でって言って終わったわ。お互いに気は合ったし都合も良かったけれど、本気で一緒に居たいと思える相手では無かったってことね」
何だか無言が嫌で言葉を足してしまった。何も言われていないのに無言は責められている様な気持ちになるのはどうしてだろう。どこかで我が儘を言っていると自分自身で思っているのかもしれない。家族に勿体無いと思われ、自分でも思っていて、誰かにそんな事無いと言って欲しくて大叔母に手紙を書いたのかもしれない。
「……アダン卿が阿呆で良かったな」
喋ったかと思ったら“阿呆”かい。
「阿呆って、本当に失礼ね」
「事実だ。セリーヌの事をよく知ろうとしなかったから振られるんだ。ざまあみろだな」
「仕方無いわ。お互いを知る期間が一ヶ月しかなかったんだもの」
「それだけじゃない。物の価値も測れない男だから阿呆なんだ」
「価値?」
「あの真鍮の花瓶の価値だ」
「そんなに高価な物なの?」
「あれはけっして大きくも無いし、高価な宝石や装飾が施されている物でも無いが、シンプルな形だからこそ作製者の高度な技術が見て取れる物だ。滑らかなフォルムも細く加工された取っ手も、その取っ手の握りやすい様にと考えられた工夫も。それから結合部の仕上げの美しさも」
「……そう、なんだ」
「それだけじゃない。あれはカトリーヌ夫人にとって大切な物なんだろ。セリーヌにとって大切な人の大切な物なら何にも変えられない価値があるだろう?」
「そうだけど、アダン卿はそうとは知らなかったから」
「知らなかったとしても、だ。部屋に飾っている物を自分の価値観で要らない物と勝手に決めつけ聞いて知ろうとしなかったんだから、阿呆だろ」
何だかそう言われてみればそうなのかもしれないと思えてくるから不思議だ。「緑青が付いているのに飾っているのは何故か」とでも聞かれていたら、きっと魔法は解けなかっただろう。もうタラレバだけれど。
「……そっか」
「そうだ」
クラウディオにプロポーズを断った理由を聞かれたから答えたのに、何故か慰められた様な感覚だ。
「それで、そっちの質問は?」
約束はちゃんと守る律儀な性格だ。
「いつから私の事を?」
クラウディオは面白い程に顔を赤くした。もれなく耳まで。それからながーく息を吐いて前屈みになった。赤くなった顔を見られたくないのかしら。
「……笑うなよ?」
「それは分からないわ」
「そこは分かったって言えって」
覚悟を決めたのか起き上がると視線は合わないけれど観念したように一呼吸した。
「四年前、お祖母様について初めて伯爵家に行って、そこで初めてお前を見た時からだ。一目惚れだった」
吃驚だ。まさかの一目惚れだったとは。四年前なんて十二歳ではないか。まだ子どもと言ってよい頃だ。そしてクラウディオも私より背が低かった頃だ。
「やたらと突っ掛かって来てたじゃない」
「仕方無いだろ。二歳下の娘が居ると聞いていたのに、目を奪われた子がその年下の娘で、しかも自分よりも背が高くて年上の筈の自分よりもずっと大人びて見えたんだ。それが、悔しかったんだ」
「背を追い越してからもすぐにムキになって、私が気になる素振りなんて見せなかったじゃない」
「お前がいつまでも『背が低かったのに』と馬鹿にして男として見てくれなかったからだろ。それにお前以外にはバレバレだったんだから、お前が鈍感なんだろ」
おかしいな。告白されている筈なのに貶されている。
「言ってくれなきゃ分からないわ」
「分かった。これからはちゃんと伝える」
ずっと視線を逸らしていたのに急に視線を合わせて来た。
「好きだ。俺と結婚して欲しい」
不覚にもドキッとしてしまった。照れて視線を逸らしていたのはクラウディオだったのに、今度は私が逸らしてしまう。
「……直ぐには決められないわ」
「分かってる。考えて。その間も伝えるから」
照れさせるつもりで質問したのに、失敗してしまった。吹っ切れた様子のクラウディオは真面目な性格らしく真っ直ぐな言葉だった。反撃を食らってしまった。
また馬車の中はガタガタという音が占めていた。私が黙り込んでしまったからだろう。クラウディオも何も言わなかった。言葉通り考えさせているのかもしれない。考えさせて頭の中をクラウディオでいっぱいにさせる作戦なのかもしれない。悔しいけれど、今は別の事を考えられない様になっていた。