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11.皮肉と真っ直ぐ①

 兄と町の散策を終えて満足げな気持ちで宿に戻った。


「お母様、この地域の伝統菓子をお土産に買って参りました。とても美味しいですよ」

「あら、ありがとう、セリーヌ」


 母は少し体調が良くなったのか、寝台から起き上がりソファに座っていた。お土産の菓子を食べて「アーモンドの風味が美味しいわ」なんて言って食べてくれたものだから、調子に乗って「こっちはブラックチェリーが入っていて、こっちはラム酒漬けレーズンがたっぷり入ってますよ」とグイグイと勧めてしまった。そんなに食べられないからと父や兄とも分けてちょこっとずつ食べた。私や兄はもう既に何個も食べているのに食べられてしまうから不思議だ。旅先食べ過ぎちゃう謎。


「ごめんなさいね、セリーヌ」

「何?」

「もうセリーヌと観光する機会なんて無いのに私がこんな調子悪くて行けなかったから」

「私はこうして皆でお菓子を食べるだけでも嬉しいですよ」

「私が行きたかったの」


 伯爵家は貧乏だった。母が嫁いで来た時も貧乏で、苦労もあった筈だ。そんな中兄と私を育ててくれて、祖父が亡くなってからは借金返済に駆け回る父を支えたのが母だ。忙しくとも私はあまり寂しいと思った事は無かった。祖母と母どちらかが必ずそばに居てくれたから。


「お菓子、買って来てくれてありがとう」


 私もいつか子が出来たら、母の様になれるだろうか。なりたいなと思う。



◇◇◇



 クラウディオとデートをした翌日、邸で一人留守番をしていた。

 父と兄はクラウディオと出掛けた。仕事関係らしい。母は茶会があると言って出て行った。


 そのまた翌日も父と兄はクラウディオと出掛けた。なので母と一緒にチャリティー・バザールに出す品物選びをした。毎年この時期の恒例だ。祖父が仕入れた品物が眠る倉庫でお宝探しをした。毎年探すから目新しい物なんて無いけれど。売れ残っても困るので、高いと買わないけれど安ければ買うと思われる品を、母とあれはどうだこれはどうだと言いながら探した。前日に母は茶会でどんな品物をチャリティーに出すかリサーチをしてきたらしく、被らない様にとか、他の物と浮かない様に等とあれこれ気を回していた。


 そのまた翌日も父と兄はクラウディオと出掛けた。私は母とチャリティー・バザールに出す品物の手配をした。貴族としての役割を一つ終えて一安心だ。


 さらにその翌日も父と兄はクラウディオと出掛けた。


 拍子抜けである。私に受け入れて貰える様に努力すると言っていたのはなんだったのか。靴をプレゼントされた事以外何も無いのだ。

 「頼りない」と言っていた父や兄をまず納得させる為に一緒に行動しているのだろうか。外堀から埋める作戦なのだろうか。それにしても会話もまともに無いのだ。朝食を食べたら直ぐに出掛けてしまうし、帰宅は遅い事が多い。


「退屈そうね」


 居間でダラダラ過ごしていたら母に話し掛けられた。


「そうですね」

「クラウディオが相手してくれないものね」

「それは関係無いです」

「二人がクラウディオを連れ回すから一緒に過ごす時間が取れないわね」

「関係無いですって」

「仕事ばかりで無くデートにも時間を割いて欲しいわよね」

「ですから、関係無いですって」

「本当にセリーヌをお嫁にする気があるのかしら」


 それは私もちょうど思っていた。冗談でも茶番でも無いと思ったけれど、こうも何も無いと再び疑いたくなってしまう。


 いや、別に良いんだけど。お嫁にして欲しい訳じゃ無いし。

 ただ、感情を振り回されている様な状態が嫌なだけだ。あんな事を言っておいて結局放置されるって、私はどうしたら良いのだ。



 翌日、朝食を食べ終えるとクラウディオが「歌を聞きにいかないか」と言ってきた。母のニコニコとした視線が気にならない訳では無かったが、娯楽ならば楽しそうなので付き合ってやろうと「行くわ」と答えた。そして連れて来られたのがカフェ・コンセールだった。


「私、初めて来たわ」

「俺は知り合いに連れられて来た事がある」


 今日は有名な歌い手が出るとかでいつもよりも賑わっているらしい。席はほぼ満席だし、接客をする女性が歩きづらい程人で溢れていた。私達は唯一空いていた隅の席に座った。

 初めて来た事もあり、出されたドリンクを飲むのを忘れる程ショーに夢中になった。歌手もいたし、マジシャンもいた。それにバイオリンの演奏に合わせて踊りを披露する人達も。破廉恥じゃないのかしらと思う振りもあって、紳士が上機嫌に観ているのを見てこれが大人の世界かしらなんて思ったりした。でも案外女性の方が面白がって観ている。

 今日一番の目玉の歌手が出てくると、大きな歓声が上がった。人気があるのが直ぐに分かる程、艷やかで聞き手を魅了する声音だった。店内に響き渡る声に酔いしれながら、夫婦かどういう関係性なのかは定かでは無いカップルなんかは二人寄り添って甘い雰囲気を出していた。

 私の隣のクラウディオは特にそんな気配は出して来なかった。寄り添うでも無く手を触れるでも無く真面目に正面を向いてショーを観ている。それに安心した様な、でも本当にコイツ私の事嫁にしたいと思っているのかな、とまた疑問に思ってしまった。


 ショーが終わって満足気に「歌素敵だった」とか「マジックはどうしてあんな事が出来るのかしら」なんて感想を言い合った。


「最後の歌手の歌声は素晴らしかったな」

「あら、クラウディオは踊りが一番だったんじゃなくて?鼻を伸ばして観てたじゃない」

「伸ばしてねぇよ」

「強がらなくてもいいのよ。男なんだから」

「伸ばしてねぇって」

「可愛い踊り子は気に入られたらお誘いを受けたりするものかしら」

「キャバレーじゃないんだから」

「行った事あるの?」

「ねぇよ!」

「ちなみにどの踊り子が一番可愛かった?」


 クラウディオが眉間にシワを寄せ困ったのか言葉が出て来なくなった。からかい過ぎたかしら。もしくは真剣に一番可愛い踊り子を考えているのかしら。


「……一番可愛いのは隣りに居る」

「……クラウディオはそんな事を言うタイプじゃないわ」

「じゃあ、もう、聞くな」


 顔を真っ赤にしている。まさかクラウディオから歯の浮く様な台詞が出てくるとは思いもしなかった。


「でも、一番可愛いっていうのは本当だからな」


 軽口を言い合って誤魔化していたのに、急に真面目なトーンで話されるとドキッとしてしまう。こういう不意打ちは卑怯だと思う。


「おや、“カトリーヌ夫人”の孫娘ではないか」


 突然割って入って来たのは高齢の紳士だった。“カトリーヌ”の名が出て来たと言う事は祖母の世代なのだろう。


「こんな所でデートか?君はモンブラン伯爵の子息と仲良くしてなかったか?相手はコロコロ変わるタイプなのかな」


 スッと近寄って来て「儂も相手をして欲しいものだな」と言いながら私の肩に触れた。紳士からはお酒の匂いがし、まだ昼間だと言うのに相当飲まれている事が分かる。面倒な人に絡まれてしまった様だ。

 でも直ぐにクラウディオが紳士の手を取り私の肩から離してくれた。クラウディオを見るとニコニコとしていた。これが所謂クラウディオの商売人としての笑顔だろうか。


「──離しやがれ豚ジジイ」


 あ、と思った。


「なっ、何だ!隣国の人間か!?」


 クラウディオは急に隣国の言葉を使い出したのだ。


「──酒臭いから近寄るな」

「なっ、何と言っておる!?この国に来るならこの国の言葉を話せ!」

「──頭が弱いヤツ程よく吠える」


 紳士は言葉が分からなくて狼狽えながらチラチラと私を見てくる。通訳をしてあげたいところだが、理解出来ないのを良い事にクラウディオは悪口を言いたい放題だ。「デブめ。腹のボタンが飛びそうだぞ」とか言う。こんなの訳せる訳無い。ニコニコと笑顔で真逆の台詞を言うから余計に言いづらい。

 クラウディオは背が高くなった。紳士を高くから見下ろし作り物の笑顔をして詰め寄る様は圧迫感がある。それに紳士からしたら何を言っているのか分からないのだから、怖さもあるのだろう。後退った後に舌打ちをして離れて行った。


「……ありがとうと言うべきかしら」

「どうかな。任せる」

「私の評判、また落ちたかな」

「俺と一緒にこの国を出たら気にする必要は無いぞ」


 そういう皮肉めいた言葉は照れずに言えるらしい。


「……考えとく」


 保留にするので精一杯だった。



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