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94話~理不尽でこの世界は蠢いている~

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、っん、はぁあ…」


息が上がる。

額から頬へと流れる一筋の汗が、一瞬血ではないかと思えるほど、海麗と蔵人の戦闘は激化していた。


アクアラインWTCのすぐ近くに建てられたこの高級ホテルには、周囲に様々な施設が立ち並んでおり、その内の一つに総合アリーナ野外ステージがあった。

50m四方の開放型ドーム運動場であるこの施設は、予約さえあれば24時間いつでも使用可能である。

WTC内の異能力用施設と同じくらい設備が整っているこのステージのど真ん中で、今、海麗と蔵人は激しい戦闘を繰り広げている。

開始してから、早くも5分が経過しようとしていた。


今ここにいる人物のは、7人。

対戦中の海麗、蔵人と、救護役兼監視役の施設従業員1人。それと、桜城ファランクス部の1年の部員3人。それと、


「…麗ちゃん」


麗子が二階の観客席にいた。1年生2人と一緒に座っている。

試合開始前にその様子を見た時は、海麗は随分と驚いたものだったが、フィールドにいた1年が説明してくれた。

鶴海と名乗る女の子だ。


「彼女達は立会人です。貴女達2人だけの私闘では不正があるかもしれないので、櫻井部長をお呼びしました。後の2人は1年の久我と伏見です。どちらもBランクですので、立会人の役割以外にも、何かあった時の救護補助という意味でも呼んでいます」


そして、鶴海ちゃんは審判ということだった。

あくまでも不正があった際の判断役ということで、戦闘には介入しないという約束。

もし、少しでも第三者が邪魔をした場合、蔵人の負けというルールだった。

他のルールは、異能力シングル戦のルールを適用するとのこと。


勝利条件は、相手を戦闘不能にする、もしくは、負けを宣言させること。

戦闘不能とは、失意、治療が必要な怪我、また審判が危険と判断した場合だ。

随分と用意周到に準備したものだった。

会場の予約だけでなく、これ程までの人員を集め終わっているなんて。


もしかしたら、この鶴海ちゃんが蔵人に有利なジャッジばかりするのではないかと、海麗は試合開始当初は考えていた。

だが、それは杞憂に終わりつつある。

蔵人の猛攻に、海麗は防戦一方だった。


蔵人の攻撃力は、大したことはない。一撃一撃は重く、急所を的確に狙ってくるけれど、それでもCランクの域を出てはいない。

海麗のフィジカルブーストによる身体強化された皮膚には、今のところ致命的なダメージは受けていない。


だが、その素早さには疲弊する。

海麗の攻撃が全く当たらない。

当たりそうになっても、盾で防がれるか、拳が振り下ろされる前に躱されてしまう。


反面、蔵人の攻撃は素早く、また高速移動を繰り返しているので、意識外からの攻撃に、呼吸を乱され、攻撃のタイミングを外され続けている。

そうこうしている内に、海麗の息が先に上がってしまった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、っん、はぁあ…」


息が苦しい。呼吸をする度に肺が痛みを覚える。

2週間のブランクが体を重くする。


「ふぅ…」


必死に息を吸う海麗の向こう側で、そんな息遣いが聞こえる。

海麗から少し距離をとった蔵人が、軽く息をついた。


疲労が色濃く出始めた海麗とは違い、彼の顔にはまだまだ余裕がうかがえる。

鋼鉄と化した海麗の肌に撃ち込み続けたその拳も、ぎっちりと小さな盾が守り、傷一つついていないように見える。


4か月前、異能力無しで打ち込んできた、あの拳とは違う。

相手に攻撃させ、自滅を狙う戦法は使えないと思った方が良いだろう。


仮に今、全力でAランクの魔力を開放したとしても、逃げに徹されたら魔力が先に尽きて負けてしまう。

空手部の教室に入って来た、あの時のあどけない少年と、今目の前にいる鋭い目の格闘家は別人だと考えるべきだ。


海麗は、もう一度構え直す。

海波(かいは)流、琉球空手。自分の原点。そこにいったん戻り、

足先に、魔力を込め、

一気に、前へ。


「ふっ!」


一気に打ち出した拳は、蔵人の顔面を真正面に捉える上段正拳突き。

高速で打ち出された弾は、しかし、直前で避けられてしまい、彼の顔すれすれを通過する。

強化された拳が、ガリッガリガリと硬質な何かを削る。


蔵人の皮膚、ではない。

盾?いや、どちらかというと、鱗。

透明な鱗が、薄っすらと顔の表面をガードしているようだった。


そう思った瞬間、

顎下が熱くなり、海麗の顔が上を向く。

綺麗な星空が、切り取られた天井から真四角に見える。


なに?


片足が、浮くような感覚がある。

なにが、起きたの?


「うららぁ!!」


声。

麗ちゃんの声。

麗の耳にそれが入ると、急に、止まりかけていた脳が動き出す。

片足を、地面にたたきおろし、前を向く。


蔵人が、大きく拳を振り上げていた。


「…くっ!」


とっさに、全身を魔力で覆い、体をこわばらせる。

蔵人の拳が、海麗の顔面に叩きつけられる。

ゴゥンという衝撃とともに、海麗は一歩、退がる。


額は若干ヒリヒリするが、殴られた衝撃は、ほとんどない。

ブーストの防御が、何とか間に合った。


いや、ダメージはある。

海麗は、口の中で鉄の味を噛み締める。


顎を、やられた。

多分、正拳突きに対してカウンターを合わせてきたんだ。

じわじわと、顎下から痛みが走り出した。

もしも、麗ちゃんの声がなかったら、完全に意識が飛んでいた。


これが、巻島蔵人。

冨道のAランクや、天隆の河崎美遊を倒した、異端のCランク。


強い。

そして、上手い。

格闘のセンスは、自分の上。

異能力の使い方なんて、自分とは比べられないくらいの格上。

それを、この手合いで分からされた。


麗ちゃんの言っていたことが、今、理解できた海麗。

勝ち筋が、見えない。


「強いね。みんなの目が、生き生きとしてた訳だよ」


海麗は、魔力を解きながら、腕を降ろす。

そのまま、半歩下がる。


「麗ちゃん達から君の話を聞いた時は、ほとんど信じられなかったけど、確かにこれなら、Aランクにも勝てると思うよ」


これほどの強さがあるのなら、やはり自分は居ない方がいいだろう。

自分が出場しなければ、その分Bランクを投入することができる。

今の桜城からしたら、その方が断然有利になるだろう。


海麗は、一歩、また退いた。


これで試合を終わらせよう。

負けを宣言して、終わらせよう。

彼には、負けたら明日の試合に出ると約束したけど、出ない方がいい。


約束を破って、みんなから非難されるかもしれないけど、その方がいい。最初から、そうなるべきだった。

途中で逃げ帰って、中途半端で帰ってきた私なんて、みんなに許されるべきじゃなかった。


「私の、ま」

「本当に」


海麗の暗い決意に満ちた言葉は、しかし、蔵人の良く通る声に掻き消された。


「本当に、これがCランクの力だと、純粋な僕の力だとお思いですか?」

「…どういうこと?」


蔵人の問いかけに、海麗は意味が分からずに疑問を投げ返した。

彼が何を言っているのか。何を言わんとしているのか分からなかった。


それは、海麗だけではなく、観客席に座る子達も同じようで、不安の声が上がっていた。


「お、おい、どういうことだよ。ボスは、何言ってんだ?」

「ウチが知るかい。カシラの言うことや、なんかあるんやろ。黙って聞くんや」


蔵人は一瞬、観客席の方に視線を送り、鶴海ちゃんに目配せして、最後にこちらへと視線を戻した。


「少し、自分語りをさせていただいても?」

「…いいよ」


海麗がそういうと、蔵人は完全に構えを解いたので、海麗もそれに倣った。


「僕が生まれた時、僕が内包する当初の魔力量はEランクしかありませんでした。正しくはE-。最低の魔力。それが、本来の僕です」


蔵人の言葉に、観客席から声が上がり、海麗も口から声が漏れた。

Eランク。

女子でこのランク帯は聞いたことがないが、男子の大半は、このランクで生まれる。

異能力をほとんど使用できず、日常でも使うことなく一生を終える人達。

力を持たないか弱い人達。


そんなランクの子が、なぜ、今目の前で、私と対峙できているのだろう?

海麗の耳は、自然と蔵人の言葉に聞き入っていた。


「紆余曲折は端折りますが、私の生まれた巻島家は、それなりに由緒ある家柄です。特に、僕の兄はAランクという名誉と責任を負う事となりました。その弟の僕が、ただのEランクで良いはずがない。少なくとも、巻島の人間はそう思いましたし、僕自身も強くそう願いました」


ですから、と、蔵人は笑った。

両手を広げて、怖いくらいの笑顔で。


「巻島家の力を使って、具体的に言うと、国の研究施設に入って、俺は力を手にした。薬や手術で異能力を改造し、Aランクにも劣らない最強の力を手に入れた!」

「そんな…!?そんなのって…」


つい、言葉が出た。

海麗は、心のモヤモヤが、また渦巻き始めたのを感じた。

蔵人が海麗を見る。顔は笑っているのに、目は、海の底のように暗い瞳は冷たいままだ。


「…ズルい、ですか?」


蔵人の言葉に、海麗は、ただ頷いた。

だって、本当にそう思ったから。


確かに、自分が手にした力は、魔力量は、生まれた時から備わっていたもの。

だけど、それを使えるようになったのは、間違いなく自分の力、努力の賜物だ。

日々、柔道場で空手の稽古をして、おばあちゃんに力の使い方を習って、強くなっていって得たものだ。


小学校に入ったばかりの時は、同ランク帯ではまだまだ弱かったけど、桜城に入学して、2年生になった頃には、シングル部の中堅クラスにまで上り詰めた。

それは、おばあちゃんの教えもあるし、それまでの自分が行ってきた練習によるもの。


でも蔵人は、薬と手術でそれを手に入れたと言っている。

つまり、家の力で、お金を出すだけで手に入れた。

努力など一切せずに。


言い知れない感情が渦巻く。

同時に、その血潮に似た音が、海麗の耳にも届く。

そんな海麗の耳に、蔵人の声が高々と響いた。


「ズルで良いんですよ。強ければ、なんでも許される。それが世界だ!それが人間の生き方だ!この世界は、そういうズルで出来ている。ズル賢い奴が生き残るようになっているんです。理不尽だと思うでしょう?その通り!理不尽でこの世界は蠢いている。理不尽という物で出来ているのが、この世界というものなんですよ!」


理不尽。

その言葉に、海麗は、目を見張る。

蔵人は、それを見て嘲笑する。


「貴女は、もう、その世界の本質を見たでしょう。今ここで。そして、つい先日にも」


蔵人の問いかけに、海麗の頭の中で勝手に記憶が再生される。


理不尽だ。理不尽過ぎる。

それは、沖縄で、おばあちゃんの葬儀で何度も吐き出した言葉だった。


祖母の死。それは、突然だった。

エラブウミヘビ。

猛毒のウミヘビに噛まれて、祖母は亡くなった。


『ちょっと泳いでくる』


いつもの鍛錬に出かけた祖母は、帰らぬ人となってしまった。

ウミヘビに噛まれるなんて稀だ。そうそう起きない事故。

それが、祖母に降りかかった。


なんで、寄りにもよって私のおばあちゃんが。

家族にも、弟子にも慕われ、愛されていたあの人が、そんな、理不尽な死に方をしなければならなかったのか。


泣いても、泣いても泣いても、夜通し泣いても、疑念は晴れなかった。

ただ、理不尽な出来事に、ぶつけられない恨みを持て余していた。


「俺はね」


蔵人の声に、意識が戻される海麗。

蔵人は、大きく腕を伸ばし、空を見上げる。


「俺はね、つまり、この世の体現者なんですよ。理不尽でまかり通っているこの世界と同じ、同じ理不尽で塗り固められた、それがこの俺だ。俺は正しい。俺は間違っていない。だって、この世界自体がそうなのですから」


蔵人が腕を降ろし、こちらを見てくる。

真っ暗な瞳で、こちらを呑み込まんとしている。


「そんな俺を、貴女の大切なおばあ様を奪った存在と同じ、この理不尽(おれ)を前にして、貴女が退くというのなら、止めはしませんよ」


今、目の前にいるのは、巻島蔵人。

努力をしないで得た力で得意げになっている、小さな子供だ。

理不尽。確かに、そうかもしれない。


「君を倒したら、この胸のモヤモヤ、ちょっとは軽くなるかな?」


海麗の問いに、蔵人は軽く肩を上げるだけだった。

それで良い。

別に、答えを求めた問いじゃない。

別に、彼の言っていることを完全に信じた訳でもない。

でも、この戦いで何かが分かるのなら、

教えて欲しい。この重さの理由を。


海麗は、答えを求めるかのように、硬く握った拳を構える。


「…行くよ」


海麗の声に、蔵人は答えない。

ただ、黙って、構えるのみ。

これからはまた、拳での語り合いだ。

「Aランクの視点だから、定かではないが、あ奴はかなり余裕そうだな」


美原先輩を相当苦しめていますね。

それだけ、先輩が不調という事でもあるのでしょう。


「この様子では、Bランクに負けるのも仕方がなかったのかもしれんな」

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[一言] この雑魚先輩のためにどれだけ無駄な労力が必要なのか
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