88話~仲間を大切に、のぉ~
お祭りの縁日で、お爺さんとぶつかってしまった祭月さん。
よろけた彼女だったが、咄嗟に動いた鈴華が受け止めてくれたので、転倒は何とか防ぐことが出来た。
「おいおい。大丈夫かよ?」
「いったぁ〜…ありがと。私は大丈夫だよ。でも」
祭月さんが振り向くと、そこには小柄で真っ白な髪のお爺さんが、こちらに厳しい視線を送っていた。
こいつは、謝り倒す他あるまい。
蔵人はそう判断し、動こうとする。
しかし、彼よりも先に、お爺さんの前に金色のポニーテールが飛び出した。
「ほんま、すんません!お爺さん、うちのアホが大変な事を」
伏見さんが、お爺さんに向けて頭を下げる。
そんな彼女の姿を見て、お爺さんは幾分か視線を優しくする。
そして、蔵人達を1人1人じっくりと見回して、小さく微笑んだ。
「ほっほ。儂の事は気にせんで良いぞ。それよりも、そっちのお嬢ちゃんは大丈夫かの?」
お爺さんが祭月さんを心配して声を掛けてくれたが、彼女が答える前に、お爺さんの前で顔を上げた伏見さんが口を開いた。
「こんな奴の事はええんで、お爺さんこそ大丈夫ですか?うちらが周り見んばかりに、えらいすんませんでした!怪我とか、服とか汚れてませんか?」
伏見さんは、お爺さんを心配そうにあっちこっちから見回してから、お爺さんの顔色を伺う。
その様子に、お爺さんは更に笑顔を広げる。
「儂は大丈夫じゃよ。これっぽっちも気にしとらんよ。それよりも、そっちの子が…」
そっちの子と言って、お爺さんは祭月さんの方を見る。
祭月さんに怪我が無いかを聞いているんだろう。
しかし、伏見さんはそうは捉えなかったのか、祭月さんを引っ張ってきて、彼女の頭を鷲掴みした。
「おい、自分でぶつかったんやろが!ちゃんと謝りぃ」
「痛い痛い!分かった、分かったから!自分で謝るから手を離してくれ!」
伏見さんの手から逃れようとする祭月さん。
同い年の子に、子供扱いされて気恥しいのだろうか。
「すみません、でした」
「ほんま済みませんでした!この通り、堪忍したって下さい!」
2人が謝ったので、蔵人もそれに習って頭を下げる。
「申し訳ございませんでした」
監督不行届という奴だ。
特に蔵人は、他の娘の何倍も人生経験があるのだ。
これだけ人が集まっている場所なのだから、全体を見渡して彼女達を統率する義務があっただろうに。
「「「すみませんでした」」」
蔵人が頭を下ると、他の娘達も続いて頭を下げた。
君達まで謝る必要はないのだが、仕方がない。
彼女達から見たら、蔵人も他の娘も、そう変わらないからね。蔵人の心中は伝わっていない。
その様子を見て、お爺さんは声を上げて笑った。
「ふ、はっはっは!若いのにどうして、節度のある良い子ども達じゃの」
お爺さんの言葉に、みんなが目線を上げると、お爺さんは綺麗な着物の袖を手繰り寄せて、細い腕を見せる。
「大丈夫じゃ。怪我など無い。この通り、ほれ!日々鍛えておるからの。これくらい訳ないわい」
そう言うと、お爺さんはその細腕に、小さな力こぶを作り、みんなに笑顔を振りまいた。
細いけど、確かに鍛えられた良い筋肉だ。
それに、各所に小さく見える傷は、歴戦の証。
回復異能力があるこの世界でも傷が残るという事は、余程の深手であったはず。
そう言えば、祭月さんは"弾かれた"のだったな。
こんなに、小柄なお爺さん相手に。
やはり、この人は只者では無い。
蔵人は1人、笑顔の裏で彼を警戒し続ける。
しかし、明るい様子のお爺さんに、伏見さんだけは険しい顔をしたままだ。
他のみんなは安心して頭を上げているのに、彼女だけはお爺さんを下から覗き見ていた。
「せやかて、なんも無しっちゅうんはアカンかと思います。なんか詫びをせんと。お爺さん、お腹減ってませんか?こいつに、そこのたこ焼きでも買うて来させましょうか?」
伏見さんの提案に、一瞬ギョッとした祭月さんだったが、流石の彼女も反論はしなかった。
まぁ、顔はめっちゃ「イヤだぁっ!」って書いてあるからね。
期末テストでお小遣い減らされたな。この顔は。
お爺さんは、伏見さんの提案に首を振る。
「ほっほ。本当に義理堅い子じゃの。その気持ちだけで十分嬉しいんじゃが…」
お爺さんの言葉を受けて、顔をしかめる伏見さん。
それを見て、お爺さんは苦笑いだ。
「そうもいかんようじゃの。律儀というか、難儀というか。では、そうじゃな、道案内を頼めるかの?」
「道案内ですか。どちらまで?」
蔵人の問に、お爺さんは新宿御苑内の特設ステージまでと答える。
新宿御苑は今いる場所からそう遠くない位置なので問題ないのだが、特設ステージってのは何処なのだろうか?
蔵人は目線を泳がせる。
すると、後ろから鈴華が進み出て、向こうの方を指さす。
「なんだよ。この祭りのメインステージじゃねぇか。そんなら、ほら、すぐそこだよ。みんなで行こうぜ!なんか有名人も来るらしいからよ」
鈴華に連れられて、蔵人達とお爺さんは歩き出す。
歩いて10分も経たない内に、人が大勢詰めかけている広場に着いた。
目の前には、大きなオープン型のステージが、煌々とライトに照らされて広がっている。
そのステージ上では、大学生らしき女性達が、バンドを組んで歌っていた。
ヘビメタ程じゃないけれど、結構激しい音楽だ。
本当に、お爺さんが来たがっていたのはここなのだろうか?
そう思った蔵人の心を察したのか、お爺さんは1つ頷くと、みんなの前で軽く頭を下げた。
「ありがとう。君達のお陰で、迷わずに着くことが出来た」
「そりゃ、良かったんですけど。こんなんじゃお詫びもなんも…」
伏見さんは、やっぱり謝罪にならないと思っているのか、ステージの周りに乱立する屋台にチラリと目線を流す。
その様子に、祭月さんは顔を青くし、お爺さんは笑みを浮かべる。
「十分じゃ。それに、久しく若い子達と触れ合えて、儂も元気を貰った。貰いすぎなくらいじゃよ」
そう言うと、お爺さんは伏見さんの前に手のひらを差し出した。
伏見さんがおずおずとその手を握り、お爺さんと握手すると、お爺さんは他のみんなにも手を差し出す。
「ありがとう。折角の祭りじゃ。友達同士、気兼ねなく楽しんでの」
蔵人の目の前にも、その手が向けられる。
お爺さんと握手する蔵人。
とても驚いた。
凄く、大きい手のひら。それに、なんと硬く、分厚い皮膚だ。
まるで、岩肌のようだ。手のひらのボコボコとした凹凸は、何で出来たタコだろうか。
「どうしたの?蔵人ちゃん?」
鶴海さんの声で、我に返る蔵人。
ずっとお爺さんの手を握ったままだった。
「し、失礼しました」
「ほっほっほ。気に入って貰えたようで、何よりじゃ」
そう言うと、お爺さんはもう一度会釈をして、
「君達、これからも仲良く、仲間を大切に、のぉ」
そう言って、ステージの方へ歩いていった。
最後の言葉が、妙に蔵人の耳に残った。
蔵人達から離れていく彼の背が、何処か泣いているようにも見えてしまう。
蔵人はその姿を目で追いながら、ふと零す。
「…不思議な方だ」
「そうね。そう言えば、名前も聞かなかったわね、私達」
ああ、確かにそうだった。
鶴海さんの言葉に、蔵人は頷く。
蔵人は、折角会えた縁を逃した様な気がして、少し寂しく思った。
その時、”また”複数の視線を感じた。
「よぉ、蔵人!」
前の方から声。
見ると、浴衣姿の女性に囲まれたサーミン先輩が、片手でヨーヨーをパンパン弾きながら、こちらに歩いて来てた。
「やっぱお前らもこっち来たか。もうそろそろライブが始まるみたいだぜ」
サーミン先輩が言うには、ここの会場で、有名バンドを含めた数多のアーティストが演奏を繰り広げる予定なのだとか。
それを見に来た一般客も、既にボルテージは最高潮らしい。
一般のバンドチームも参加できるので、ステージが空になることはない。
それにより、お客さんは絶えず会場に集まり続けている。
下手なコンサートホールよりも多いのではないだろうか?
サーミン先輩が、ステージ横に立てかけてある看板を指さしながら言う。
「今年はステップステップとかいうアイドルグループも来てるとかで、こいつらも盛り上がって…」
「ステップステップ!?」
サーミン先輩の言葉に、西風さんの驚きが重なる。
「あ、ご、ごめんなさい…」
西風さんが小さくなって謝る。
彼女が他人の会話に割り込むとは、珍しい。
それ程有名なチームなのか、それとも西風さんが個人的にファンなのか。
いや、何処かで聞いた名前だな、ステップステップというグループ名。
…どこだっけ?
小さくなっている西風さんに、蔵人は尋ねる。
「知ってるの?西風さん」
「う、うん。お姉ちゃんが大ファンのグループで、幾つかユニットがあって、そのうちのプレミア?だったかのユニットのポスターを部屋にベタベタ貼ってるよ。と言うか、この前もシングルでTOP10総なめしてたし、ミュージックステータスにも出てたよ?蔵人くんは知らない?」
ほぉ。Mステにも出てるなら、相当有名なグループなのだろうな。
いや、待てよ。確かDランク戦で俺に声を掛けてきたアイドル事務所の方が…。
蔵人が記憶の底を漁っている間にも、ステージの準備が出来たのか、1つのバンドがステージ上に上がってきた。
司会の人の説明では、秋葉原ではそこそこ名前の売れたアイドルらしい。10代の女の子6人位が、飛んだり跳ねたりしている。
やがて、曲が終わると、女の子達は観客に笑顔を振りまいた後、神妙な顔で、ステージの端を見ている。
そこには、スーツやドレスを着た大人が数人、座っていた。
祭月さんが首を捻る。
「あれは何をやっているんだ?あのオジサンとオバサン達は?」
それは蔵人も思っていた事だったので、ついサーミン先輩の顔を見てしまった。
すると、先輩の腕に絡んでいた女性が教えてくれた。
「あれは審査員よ。さっきのグループの点数を付けてるの。このステージに出るグループは大半が素人だから、良い点を付けて貰えると、そのままデビュー出来るって噂があるの。だから、ああやって真剣になってるのよ」
なるほどね。
蔵人が頷くと、蔵人の前にいた伏見さんが審査員席を指さす。
「あ、あれ!さっきのお爺さんやないかい!?」
伏見さんの示した先には…確かに、さっきまで蔵人達と一緒にいたお爺さんが座っていた。
難しそうに顔を顰めて、『3』のプレートを掲げている。
10点満点で3点は…なかなか辛烈だな。
ああ、そうじゃなくて、
彼がこんな大きなフェスの評価委員になれる程の地位を持っていた事に驚きである。
先程の様子では、気の良いお爺さん…であり、物凄い強者であると思っていたのだが。
芸能界の関係者だったのか?
「なんだ?お前ら知り合いなのか?」
蔵人が首をひねっていると、サーミン先輩が得意げにそう言ってきた。
知っている口ぶりだな。
「知っているんですか?先輩」
「寧ろ知らねぇのかよ、蔵人。あの人は俺たち男の憧れだろ」
サーミン先輩は、ニヤリと笑う。
「元陸軍大将、雷門重三。エレキネシス使いで、日本で9人しかいない、Sランクだ」
Sランク。
その言葉で、蔵人の目は、彼に吸い寄せられる。
小柄だったけど、祭月さんが体当たりしても微動だにしない体躯。
硬い手のひらは、傷だらけになった手がそれを補う為に進化した証。
そして、まるで怒りにも似た強烈なオーラ。
氷雨様や安綱先輩のオーラを更に濃縮して、大きくしたかのような威圧感。
Sランクの、オーラ。
しっくり来た蔵人だった。
「蔵人は他のSランクの事知ってるか?」
サーミン先輩の問いに、蔵人はお爺さんに視線を向けたまま、首を振る。
Sランクは情報が出回っていない事しか知らない。
「やっぱりな。あのな、Sランクは9人いて、そのうち5人が男で、4人が女らしいんだ」
「そうなんですか?Sランクは男性の方が多いんですね」
蔵人はサーミン先輩に視線を戻して、頷く。
その情報は知っていた蔵人も、ここでは知らない風に装う。
更なる情報を得られるかもしれないからね。
そうすると、サーミン先輩は得意げに話し始める。
「まぁな。数だけは多い。でもな、基本的に男はサポート能力ばっかりってのは他のランク帯と変わらない。俺も、他の男性Sランクがどんな異能力なのかまでは知らないけどよ、噂ではテレポートとか、クロノキネシスとか、オールクリエイトがいるんじゃないかって話だ。その中で唯一最上位種のエレキネシス異能力者がタケさんなんだよ。ああ、タケさんってのは、雷門様の二つ名だ。武御雷から来てんだぜ。で、そのタケさんだけが攻撃型異能力で、しかも、他の女性Sランクよりも強いって言われているんだ!凄いだろ!?」
興奮気味に唾を吐きかけてくるサーミン先輩の言葉で、古い記憶が蘇ってくる。
武神タケミカヅチ。光の剣を振りかざし、敵を尽くなぎ倒した英雄。
投げた光は海を割き、目前の敵を灰燼に帰した。
家にあった絵本の英雄譚だ。
まさか、絵本の登場人物が、実在の、それも存命の方がモデルだったとは。
蔵人は深々と頷いた。
「そいつは、凄い。ですが、他の女性よりも強いとは、Sランクの女性達と戦って倒したという事ですか?」
幾らSランクで最上位種と言えど、同じランク帯の女性と戦うのは怖いだろう。
それがこの世界の男性と思っていたので、蔵人は幾分期待が籠った目でサーミン先輩を見る。
だが、彼は首を横に振った。
「そう言う話は聞いたことがねぇよ。やり合ったらタケさんが最強っていう話はあるがな。想像の話だ」
なるほど、憶測での話か。
それはもしかしたら、願望に近い物なのかもしれない。
弱いとされる男性で唯一、最上位で最高ランク。その彼が女性よりも強ければと言う男性たちの希望。
蔵人が若干肩を落としたのを見て、サーミン先輩が慌てたように片手を振る。
「おいおい。タケさんがすげぇのはホントだよ。なんたって、若い頃に活躍しまくって陸軍大将にまで登り詰めた人なんだぜ!」
「活躍ですか」
活躍と言っても、千差万別だ。それが戦闘力に関係ない事も十分に考えられる。
もしかしたら、魔力ランクだけで良い地位まで上がれるのかもしれないし。
訝しむ蔵人。
その様子に、サーミン先輩は蔵人の近くに顔を寄せて、耳元で囁く。
「こいつはあんまり他の人には言わないで欲しいんだけどよ。何でもタケさんは、昔に起きた大規模テロ事件を鎮圧したらしいんだよ。今から60年も前の事らしいんだがな。その時の現場で、物凄い活躍をしたらしい。それこそ、絵本にまでなったからな」
なるほど、あの絵本は実在の人物を登場させただけでなく、その人物のエピソードを元に創られた話だったのか。
いや、もしかしたら、絵本はタッチをコミカルにしただけで、話の内容自体は忠実に描いているのかもしれない。
海をも割る雷撃。
そんなことが出来るのなら、確かに最強の名前は相応しいだろう。
あのオーラの凄さも、納得できる。
「なるほど。それは確かに最強と言われてもおかしくないですね」
「おっ、蔵人もタケさんのファンクラブに入るか?俺は入ってるぜ。非公式ファンクラブだけどな」
そう言って、サーミン先輩は財布からカードを一枚見せる。
雷のマークが入ったカードだ。キラキラのラメ入りで、小学生が好きそうなデザイン。
なるほど。サーミン先輩は雷門様のファンだから、彼の事に詳しいのか。
「ファンクラブですか。何か特典とかあるのでしょうか?」
「特典って程でもないけどよ、ここのホームページに入ると、色々と情報が上がっているぜ。後は、オフ会とかもあるな。タケさんが活躍したって噂される聖地に行って、その戦いを思い浮かべるんだ」
うわっ…聖地巡礼。
蔵人が若干引き気味にしていると、それを捕まえるサーミン先輩。
「俺も一回しか行った事ないけどよ、蔵人も行こうぜ。広島」
…なに?
広島。それも、60年前。
蔵人はその言葉を聞いて、背筋に冷たいものを感じた。
乾きだした喉から、声を出す。
「サーミン先輩。聖地が、広島なんですか?」
「うん?ああ、まぁこれも噂だけどな。広島の広島市沿岸に石碑が建ってんだよ。60年前に起きた大災害の鎮魂って意味が書かれているんだけどよ、多分それが、タケさんが活躍したテロ事件の事だって、ファンクラブの中では言う奴がいて、それで聖地ってなってんだ」
今から約60年前と言えば、1950年前後だろう。
その時期に広島で、テロ?
蔵人は、胸騒ぎを抑える為に、心臓に手を当てる。
震える声を強制的に叩き直して、サーミン先輩に、問う。
「サーミン先輩。聖地は、広島だけですか?」
「うん?いや、もう一つあるぞ、確か…」
サーミン先輩は思い出そうとして宙を見つめ、
ああ、と、笑顔を蔵人に向ける。
「長崎だ」
ぐわんっと、足元が揺らいだ気がした。
1945年8月。史実ではこの時、広島と長崎に原子爆弾が投下され、夥しい数の死者を出した。
その後も、長きに渡り人々を苦しめた人災。
人類史に残る凶事。
世界を根底から壊す、最初の一歩。
バグ。
何故だ。何故その2都市がテロの標的になるのだ?
この世界では第二次世界大戦が起きていない筈。なのに、何故、またあの地で涙を落とすことになるのだ?
蔵人は一歩、後退する。
その途端、何かが背中に当たった。
誰かが蔵人の肩を抑える。
誰だ?
「おい、ボス。大丈夫か?」
鈴華だ。
揺れる蔵人の体を、鈴華が支えてくれていた。
「済まない、鈴華。助かったよ」
「良いけどよ、ボス。もう帰ろうぜ。あんたの顔色、真っ青だぞ?」
いつもはマイペースで、気分屋の鈴華。
だが、今の彼女からは優しさが伝わって来る。
それだけ、今の蔵人が弱っている証拠なのだろう。
蔵人は少し力が戻った気がして、彼女から体を離して笑顔を作る。
「大丈夫だ、鈴華。もう少しだけ、ここで、彼を見ていたい」
出来るのなら、雷門様にもう一度お声がけをして、そのことを聞いてみたい。
貴方は一体、何を行ったのですか?
貴方は一体、何と戦ったのですか?
貴方は一体、何を隠したのですか?
そう、問いただしたい。
だが、難しいだろう。
雷門様と接触したあの時、複数の視線を感じた。
恐らく、彼を護衛しているSP達だ。
もう、彼との接触を許してくれるとは思えない。
偶然の接触だったから、許されただけだ。
表情を落とした蔵人に、サーミン先輩が心配そうに近づく。
「おいおい。貧血か?だったら救護室に運ぼうぜ。こっちだ!」
そう言って、サーミン先輩がみんなを誘導する。
蔵人は、鈴華と伏見さんに担がれながら、特設ステージを後にする。
蔵人はされるがままに、しかし、視線だけはずっと、ステージ上で難しい顔をする老人を見ていた。
ラザフォード博士。被爆地でのテロ事件。
何故、原子力が発達していないこの世界で、こうも史実と似たことが起こるのだろうか?
凶弾の代わりに異能力を与えても、男性を女性に置き換えたとしても、史実と同じ凶事は起こってしまうのか?
歴史は繰り返される。
因果律は絶対だ。
そうとでも言うように。
なぁ、教えてくれ、雷門様。
貴方達は一体、何を隠しているんだ?
凡そ100年前に、史実とは分岐したはずのパラレルワールド。
しかし、その世界でも、史実と同じような時期に、同じ場所で凶事が起きていました。
これは、歴史の強制力というものなのでしょうか?
「可能性はある。それが史実のバグであったから、あ奴は過剰に反応しているのであろうな」
つまり、雷門殿が治めた凶事というのが、バグに関わっていた可能性が高いのですね。
少しずつ、この世界の異変が見えてきたのかもしれません。