86話~早く祭りに行くぞ!~
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次の日の午後。
ファランクス部の午前練を終え、今の時刻は18時になろうとしている頃。
真夏の太陽が、かなり傾き、赤い夕焼けが蔵人の背中を焦がす。
蔵人は、背中を焼かれながらも、前からビュンビュンと迫る風を浴びて、汗1つかかずに特区の空を飛んでいた。
眼下には、着物を着た華やかな人達の列もチラホラと目に入る様になって来た。
普段の特区に比べ、人通りはかなり増えている。
それでも、特区がない史実世界と比べたら、とても近くでお祭りがあるとは思えない程過疎っている様に見える。
でも仕方がない。
そもそもの人口が違うからね。
男性も大量にいた、史実日本の23区と比較しては酷というもの。
それでも、経済規模からすると、史実の23区よりも特区の方が圧倒的に大きい。
どれくらいかと言うと、東京、大阪、博多等の大型特区だけで、史実日本のGDPの殆どを締めている。
都市一極化が物凄く進んでしまっているとも言える。
それは、異能力を経済や政治、軍事等の分野で大いに活用しているからであり、低いコストで大きな効果を生み出している事が要因であろう。
例えば電気に於いても、ABランクのパイロキネシスやエレキネシスを数人集めるだけで、火力発電所並の莫大な電気を生み出せる。
それに費やすコストはその人達の人件費程度だ。
原発も真っ青なエコエネルギーである。
それが製造業や運輸業、サービス業等の各種業界にも同じことが言えるので、経済活動の面においても、特区は国の中心的な役割を担っているのだ。
故に日本は、世界は、より高ランクの異能力者を求め、優遇している。
彼女達が居なければ、今の世界経済は回らなくなってしまうから。
そんな事をするから、小さい子どもでも、Aランクは偉いだの、Cランクは劣るだの、Dランク以下とは遊んじゃいけませんだのとハラスメントが横行している。
河崎先輩の様な人は、決して珍しくはなく。
寧ろ、この世界の普遍的な考え方を携えた常識人と言えよう。
蔵人の思想の方が、異端なのだ。
まるで、生活基準は22世紀並なのに、人々の精神やモラルは昭和のままであるかのようだ。
それ故であろう。
新聞部の部長や吹奏楽部の男子たちが、蔵人の言葉に胸を打たれたのは。
普段から値踏みされ、抑圧されている物を解き放つかのような振る舞いと言動に、心揺さぶられたと言うところか。
蔵人は飛びながら、思考まであらぬ方向に飛ばしていた。
そんな時、
『ピーッ!』
と、甲高く乾いた音が、上空から鳴り響いた。
見上げると、警察官の制服姿のお姉さんが2人、降りてきた。
異能力警察の2人だ。
以前にも、蔵人は職質を受けたことがある。
柳さんと話し込んでしまい、遅刻寸前に陥ったあの日だ。
変な飛び方をしていたからね。
見たところ、あの時に職質してきたコンビの様だった。
黒髪ロングの美人お姉さんと、白銀のメッシュが入った髪をボブカットにした小柄な娘だ。
「そこの飛んでる人!そこから先は特別警戒区域ですよ!異能力を使っての航行は禁止です!」
「お手数ですが、ここで降りて頂けま…あら?貴方…あの時の子?」
やはり、あの時のコンビだった。
美人のお姉さんが、蔵人を覚えていてくれたみたいで、少し険しかった顔が綻んでいた。
「お久しぶりです。お仕事お疲れ様です」
「久しぶり。この前はごめんね」
蔵人が飛びながらお辞儀すると、美人のお姉さんが軽く頭を下げてきた。
蔵人は首と両手を振って、それを否定する。
「いえいえ。こちらこそ、警戒区域?で飛んでしまい、申し訳ありません。直ぐに降りますので、お許し頂けますでしょうか?」
蔵人が申し訳なさそうに見上げると、ボブカットの娘がホイッスルを下げて頷いた。
「まだ警戒区域外だから、だいじょぶっすよ」
そいつは助かる。
蔵人が一息吐くと、美人お姉さんが微笑む。
「確か君は、特区の外から来ているんだよね。じゃあ、特別警戒区域の事も知らなかったんじゃない?」
お姉さんの質問に、蔵人は正直に頷く。
なんの事か、正確には分からないからね。
すると、お姉さんが教えてくれた。
特別警戒区域。
それは、大規模なイベントや要人が出席する催しで一時的に設置される物である。
例えば、お祭りや異能力の大会、講演会や選挙演説等が挙げられる。
その区域が設置された場所では、異能力の使用が大きく制限される。
異能力を無許可で使用することは原則禁止で、警戒しているIPSPに注意されたり、場合によっては取り押さえられる事もある。
勿論、命の危険が迫った時など、使用せざるを得ない時はこの限りでは無い。
また、催しのルール上なら、異能力の使用も可能だ。
異能力大会やスポーツ大会で、異能力全面禁止にしたら、開催自体が出来なくなっちゃうからね。
特別警戒区域に指定された場所は、事前にパイロン等で区切りされ、更に区の掲示板や近くのお店等にも表示される。
今回で言うと、〈新宿区夏祭り開催。期間:7月27日〜29日の17時〜22時 新宿区新宿駅から周囲3kmは特別警戒区域になります〉と祭り開催のポスター等と一緒に書かれていたらしい。
地上を通っていたら、駅等で見かけるから一目瞭然だったらしいが、蔵人は空を飛んでいたので、気付かなかった。
空を飛ぶ異能力者は、特区でも多くないからね。
だから、彼女達の様に、空を飛べる警察官が見回りをしているそうだ。
「ありがとうございます。とても勉強になりました」
蔵人は地上に降りると、改めて頭を下げた。
美人お姉さんが手を振って、それを止める。
「良いのよ。私達がこうして空を警戒しているのも、貴方のような人に周知する役割が主だから」
「まぁ、君みたいに素直に聞いてくれる人ばかりだったら、うちらも楽が出来るんだけどね。さっきも派手な浴衣を着たギャル達が…」
「新井、余計なことは言うな」
「おっと。済みません、先輩」
後輩が遠い目をして語り出したと思ったら、美人お姉さんが透かさずそれを止めた。
結構迷惑な人もいるらしい。
祭りなら特に多くなるだろう。
みんな羽目を外しやすくなるから、警備に駆り出される警官も大変だ。
蔵人は心の中で、彼女達を労う。
美人お姉さんが蔵人に振り返る。
後輩に向けた鋭かった目が、笑顔の中に消えていた。
「ごめんね。時間取らせちゃって。新宿区の夏祭りに行くつもりだったのかな?」
「はい。学友と代々木駅(新宿駅の隣駅)で待ち合わせてます」
「そう。じゃあそこまで送って行くわ。新井、ここは1人で見ていて頂戴」
「えぇえ!先輩だけズルいっす!」
美人お姉さんの指示に、後輩が口を尖らせて抗議する。
そんな後輩ちゃんの姿を見て、美人お姉さんが額を押えてため息を吐いた。
「ズルいって、あんた何言っているのよ?か弱い男の子1人、こんな猛獣の巣の中に放り出せる訳ないでしょ。拉致でもされたら大変な事よ?せめて、この子の友達の所まで送るのが、私達警官の務めでしょ」
なるほど。そういう理由か。
蔵人は、忙しい警察が蔵人を護衛すると言った理由が理解出来て、断ろうと挙げていた手を下げた。
確かに、この世界で言うと、男子学生1人が特区の、特にこんな人出が多い場所を歩いていたら、何をされるか分からない。
安綱先輩とのデートでも、知らないお姉さん達とのデットヒートを繰り広げた事を考えたら、その二の舞になるのは火を見るより明らかだ。
「でも、それならあたしでも良いじゃないですか。先輩だけ休憩出来て、しかも男の子とデートなんてズルいっす!」
それでも、後輩ちゃんは納得出来ないみたいで、薄めた目を更に険しくしていた。
目の前のチャンスを逃がすものかと、特区女性特有の、鷹の目になってしまっている。
警察官でもこうなるのか。
蔵人が後輩ちゃんの様子に眉をひそめていると、美人お姉さんも同じように、ため息を吐いた。
本当に頭が痛そうだ。大変そう。
「新井、あんた分かってる?暴女からこの子を守るんだよ?幾ら特別警戒区域内だからって、暴発する人はいるかも知れないでしょ?あんた、Cランクでしょ?守りきれる?」
「ぐっ、そ、それは…相手は一般人だし…」
「一般人でも、上位ランクだったり、複数人だったら?応援を呼んでいる暇もないでしょ?」
美人お姉さんの指摘に、後輩ちゃんは言葉も繋げられず、押し黙ってしまった。
ここでもランクの壁。
下位ランクが、上位ランクに勝てないと言う常識。
それは、この異能力が表舞台に出てから100年以上の時を重ねる間に培われた常識であり、一種の真理とも捉えられている。
だから、大半の人間は、それを当たり前として、覆そうなんて事も考えない。
異能力が無い世界で言えば、貧富の差に近いだろうか。
お金がない。
知識がない。
才能がない。
コネがない。
地位がない。
そう言った事で、人生を諦める人達と。
結局、美人お姉さんが蔵人を駅まで送ってくれた。
お姉さんは宣言通り、しっかりと護衛をしてくれた。
本当にありがたい。
何せ、お姉さんが居なかったら、今ごろ蔵人は無事では済まなかっただろうから。
道中、蔵人達は幾人もの女性達とすれ違った。
その彼女達の殆どは、蔵人をガン見して、中にはフラフラと蔵人に近づいてくる方もいた。
そんな時、お姉さんはすかさず蔵人を背で隠し、鋭い眼光で相手をひるませていた。
流石に、警察相手に事を起こす人はいなかったが、それでも、蔵人達が過ぎ去った後、彼女達は何時までも蔵人を目で追い続けていた。
恐らくだが、蔵人が1人で歩いていたら、WTC以上の惨事となっていただろう。
四方八方、至る所から女性達が群がって来て、さながらゾンビ映画のようになっていたかもしれない。
それを、荒事にもせずに防いでくれたのは、全てお姉さんの功績だ。
道中、常に周りを警戒してくれた彼女は、駅に着いた時にはお疲れ具合が顔に出ていた。
後輩ちゃんが言っていたような、甘い時間など一切なかった。
彼女は最初から、職務を全うする為だけに、蔵人に同行してくれたのだ。
「それじゃ、お祭り楽しんでね」
「本当に、ありがとうございました」
蔵人が西風さん達と合流すると、お姉さんは一言そう言って、異能力で飛んで行った。
蔵人がその背に深々とお辞儀をしていると、その様子を驚いたように見る西風さん。
「えっ?何で警察の人が一緒だったの?」
その思いは、西風さんだけでなかった様で、彼女と一緒に並んでいた娘達も目が点になっていた。
「確かにそうね。こんなに女性ばかりが集まるところに、男の子を1人で歩かせるなんて危険だったわ」
祭りの中心部へと歩く蔵人達の中で、鶴海さんが申し訳なさそうにそう言って、「ごめんね、蔵人ちゃん」と頭を下げた。
鶴海さんに習って、西風さんも一緒になって頭を下げる。
「ホントだね。僕達、男の子と一緒に外を歩くなんてしたことなかったから、考えられなかった。ごめんね、蔵人君」
「いやいや。2人が謝る事じゃないよ。俺が軽率だったのさ」
特区の女性があれほど飢えているとは想定していなかった。
学園の娘達と同じように、一定距離を保とうとしていなかったし、何なら殺気に近いものを感じた。
学園の娘達と特区の女性では、根本的に何かが違うのかもしれない。
蔵人が悪戦苦闘しながら、2人の顔を上げさせると、鶴海さんが「でも、そうね」と頷く。
「今度から外に行くときは、蔵人ちゃんも何か対策が必要よ。例えば、誰かが車で迎えに行くとか」
「あっ!だったら、僕のお母さんに頼んでみるよ!」
西風さんが元気よく手を上げる。
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、俺の家、特区外なんだよね。
ここから車で1時間…検問も含めると3時間以上かかるんだよ。片道でね。
「もしくは、蔵人ちゃんに手を加えるべきね。女装とかしたことある?」
「ないです」
鶴海さんの質問を、ノータイムで返す蔵人。
そんな趣味はない。
龍鱗の変声?あれはノーカンだ。ノーカン。
「う~ん…僕も無理だなぁ。お化粧なんて、リップクリーム塗るくらいしかしないし」
「そうね。男の子を女の子に見せるのは、流石に難しいわ」
2人が真剣に考えてくれている。
そんな時に申し訳ないのだが、女装する気はないぞ?
蔵人が意思を硬くしていると、後ろで鈴華が声を上げる。
「そもそもよ。なんでボスがそんなことしなきゃいけないんだ?この人はボスなんだぜ?そこらの軟弱野郎じゃないんだ。Aランクだってぶっ倒しちゃうんだからさ、集まって来る女共なんて簡単に蹴散らしちまうさ。そうだろ?ボス」
その言葉に、後ろの伏見さんからも同意が飛ぶ。
「せや。カシラにかかれば、そこらのアマなんざ、相手にもならんやろ」
2人はそう言って笑っているけれど、そもそも、特別警戒区域だから、異能力使えないんだけど?
流石に数人の女性に囲まれたりしたら、幾ら蔵人でも対応出来ない。
蔵人がそう指摘すると、顔を歪ませる2人。
そんな2人を見て、少し得意顔になる西風さん。
「ほらね。やっぱり僕らが蔵人君を守んないと」
西風さんの横で、鶴海さんが顎に人差し指を当てながら呟く。
「でも、もしも女性に囲まれたりしたら、非常事態という判断になるはずだから、異能力を使っても問題にはならないと思うわ」
鶴海さんの発言で、再び顔を上げてニヤつく鈴華達と、むくれる西風さん。
「ちょっと!ミドリんはどっちの味方なのさ!」
「まぁまぁ。あくまで可能性の話よ。私達が近くにいれば、危険な状態に陥る可能性が減るんだから、桃花ちゃんの言っている事は間違いじゃないわ」
それに、荒事はなるべく起こさない方が良いだろう。
相手が財閥などのお嬢様だった場合、こちらが不利になったりするのだから。
蔵人達がゆっくり歩きながらおしゃべりしていると、その横を駆け抜ける娘が1人。
祭月さんだ。
「おい!なんでこんなところでくっちゃべっているんだ?早く祭りに行くぞ!広島風お好み焼き無くなっちゃうだろ!?」
そう言って、祭月さんは早く早くと言うように、必死に蔵人達を手招きしている。
そう、今日は祭月さんも一緒に来ている。
夏休みに入ってから、補講漬けだった彼女にも声を掛けていたのだ。
余程娯楽に飢えていたのか、声を掛けた彼女は祭りの言葉一つに食いつき、普段のハイテンションに拍車がかかって手が付けられない状態になっていた。
そして今、とうとう我慢が出来なくなって、暴発したようだ。
相変わらず歩む速度を変えない蔵人達に業を煮やし、弾丸の様に走り出してしまった。
ほんの一瞬で、みるみる蔵人達から離れていく。
多分、WTCの蝶を追いかけた時も、こんな感じだったのだろうな。
「ちょっと、待ってよ!1人で行かないで!」
手を伸ばして、彼女に制止を呼びかける西風さん。
その横で、怒ったように握り拳を振るう伏見さん。
「せや!待ちぃ祭月!お好み焼き言うたら大阪やろが!」
「そういう問題じゃないよぉ!」
まだ祭り会場に着いていないのに、お祭り騒ぎだな。
蔵人達は渋々、祭月さんを追い始めた。
男女比が歪ですと、外出するだけでも面倒になるのですね。
しかし、主人公はかなり女装に抵抗感を出しますね?どうしてでしょう?
「単に、女装趣味があると思われたくないのだろう。龍鱗で声を作っていた時は、案外ノリノリだったからな」
結構、外聞を気にするのですね。
イノセスメモ:
・日本経済は殆どが特区で回っている←特区で高ランクを囲っているのは、効率化という理由もあるのか?
・特区の女性達には、学園のような暗黙のルール(男性と一定距離を保つ)が無い?
リクエストに有りました、飛行形態の簡略図を以下に載せます。
あくまで一例ですので、皆様が思い描く通りに読み進めて頂きたく思います。
エリアルワイバーン図