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85話~行くっきゃないだろ?!~

いつもご覧いただき、ありがとうございます。

都大会が終わりましたので、少しだけ日常回となります。

関東大会開始は、3月1日からを予定しています。

夏も盛りの7月下旬。

東京都大会が終わって数日が経った今、蔵人達は真夏の熱気とも格闘しながら、ファランクス部の訓練棟で汗水垂らして訓練に勤しんでいた。


「木元!ちゃんと走れ!走って相手の隙に攻撃入れなさい!」

「鈴木!秋山の攻撃が後ろに当たってるよ!ちゃんと防御して!」


監督役の先輩からの声が、四方八方から飛び交う。

夏真っ盛りの暑い訓練棟の中でも、先輩達の様子に陰りはない。

寧ろ、都大会前よりも更に熱が入っている様にすら見える。


「痛てぇ!誰だ!俺にストバレ撃った奴!」


サーミン先輩が、肩を抑えて座り込んでいる。

座り込んでいるが、見た感じ外傷は無さそう。

多分流れ弾に掠ったのだろうな。


サーミン先輩の脇で見ていた鹿島先輩がため息交じりで首を振る。


「自分から突っ込んで行ったんでしょ?無理に盾役の間すり抜けようとするから、そう言うことになるのよ」

「神谷君!無理に前線抜けようとしちゃだめだよ!攻撃当たったら透明化解けちゃうんだから、気を付けて!」


監督役の先輩にもダメだしされるサーミン先輩。

でも、積極的に攻める姿勢は、都大会後から変わった良い傾向だ。

これは他の先輩達にも見られる兆候。


みんな、都大会優勝を心の底から喜び、気持ちを新たに奮闘している。

未だ美原先輩は実家から帰ってきていないが、そんな事で意気消沈する人は殆どいなくなっていた。


部長だけは、時折心配そうな顔で伏せるときもある。

だが、それは恐らく大会の事ではなく、パートナーとして気にしているのだと思う。

少なくとも、美原先輩が旅立って直ぐの頃の、あの暗い表情は見せなくなっていた。


みんなの目に燃ゆる光は、あの表彰式の直後から、一切の色褪せも感じさせていない。

蔵人は、あの時の様子を、もう一度思い出す。




桜城の優勝を称え、激戦を戦い抜いた戦士達を祝福したあの会場で、先輩達は涙を流して喜んでいた。

それは、これがただ単なる優勝ではなく、悲願の王座奪還であったからだろう。


先輩達から聞いた話、桜城が都大会で優勝したのは、今から6年前である。

それからは徐々に成績も下がり、ここ2,3年は、ギリギリベスト8という低空飛行であった。

それ故に、王座奪還はみんなの心に勇気と自信を与えた。


翌日の校内新聞でも、その事は大々的に取り上げられていた。


『王座奪還!!桜城ファランクス部、都大会で返り咲く!』


部活動の活動記録を載せるコーナーの一角で、他の部活の記事も何枚か貼り出されている中、

ど真ん中に、そして他の記事の数倍の大きさで、ドドンッと貼り出された1枚の校内新聞に、大きな文字でそのように書かれていた。


恐らく、記者は若葉さんだろう。

見出しの下には、表彰式の後で彼女に撮ってもらった集合写真と、部長へのインタビュー記事がデカデカと載せられていた。

そこまでだったら良かったのに、そのすぐ下には、


『巨星落つ!桜城の新たなエース登場!』


と言う大字と共に、蔵人がダウンバーストで河崎先輩を落とす直前の写真と、試合終了直後の、蔵人が空を指さし、それを見上げる河崎先輩の写真が載っていた。


うん。これはね、久しぶりに苦情を上げに行ってしまった。


新たなエースとか、勝手に売り出してしまっては部のみんなに迷惑が掛かるし、先輩達からしても面白く無いだろう。

そして、もっと問題なのが、河崎先輩の許可もなく、こうして写真を晒してしまっていることだ。

風評被害も甚だしいだろう。


例えば…。


『うわぁ、Aランクの河崎先輩、Cランクの男子に負けたんだってよ』

『知ってる!あれだけ威張ってたのに、1年生に見下ろされて、マジダサすぎ。天隆も落ちたね』


とか、酷評される可能性もある。

校内新聞とはいえ、誰が見るか分からない。


試合を直接見ていない人がこれを読んだら、結果だけで判断してしまう。

桜城相手にコールドゲームをされ、しかも桜城はAランク抜きで戦って、この結果であると。

天隆から苦情が出る可能性すらある。


そう思って、新聞部を訪れたのだが、


「ああ、その件でしたら、大丈夫ですよ」


大人しそうな顔をした男の子、新聞部の部長さんが、至極平然とそう言ってのけた。

彼の話では、若葉さんによって既に先方には了解を得ているのだとか。


先ず、蔵人をエースと呼ぶことについて。

桜城の先輩達からは、何の反発もなかったらしい。

寧ろ、部長や佐々木副部長からは、エースと銘打つ様にして欲しいと願い出があったとか。

これには若葉さんも、かなり驚いていたらしい。


部長達の申し出を受ける前までは『王座奪還の秘話。黒い桜城の新兵器?!』を見出しにするつもりだったそうだから。


…黒いというのは、まさか黒騎士の事じゃないだろうな?

もしかしなくても、若葉さんまでその名前で売り出そうとしているのではないだろうな?

蔵人はまた、あの大合唱を思い出しそうになって、首を振る。


次の問題、天隆の河崎先輩についても大丈夫らしい。

なんと、向こうの学校から、この新聞を校内に張り出すことを了承してくれたとか。

しかもその条件として、出来た新聞記事のコピーをFAXして送ってくれと言われているらしい。


そんな酔狂な事を、誰が申し出たのか。

蔵人の問いかけに、新聞部の部長は河崎と言う人だと答えた。


「…河崎って、3年の?ファランクス部の?」

「ええ、そう聞いてますよ。望月さんからは」


あの人から了承を得るなんて、若葉さんは物凄く交渉力が高かったのだろうか?

それとも、河崎先輩が少なからず変わったのか?

どうだろうな。過去に大きなトラウマを抱えていそうだったし、たった二言三言話しただけで、変わるとは思えんのだが…。


蔵人が首を傾げていると、部長さんは蔵人の手を取って、早口でまくし立てた。


「君達の活躍のお陰で、我が新聞部のお株もうなぎ登りだよ!夏休みで活躍している部活は、君達ファランクス部と、野球部くらいだからね。野球部も、今年は都大会16位だからパッとしなくてさ。久しぶりのファランクス部の優勝は、部活で学校に来ている生徒や先生達の注目の的さ!滅茶苦茶カッコイイ場面も撮れたし、1年生の、特に男子である君が活躍したから、学校中の男子生徒は大喜びなんだ。同性として誇らしいとか、勇気をもらったとかさ。かく言う僕も、何時もよりも女子が怖くなくなった気がするよ!」


その時の部長さんの言葉は、営業トークとして受け取った蔵人。

だが、校内を歩いてみて、それがお世辞ではなかったと分からされた。


蔵人が練習の終わりに下校しようとすると、何人かの生徒に囲まれてしまった。

囲んでいた子は全員、男子であった。


彼らには、大会の時の様子を聞かれたり、握手を求められたりした。

吹奏楽の先輩達に至っては、服にサインをしてくれと言い出すし、中には楽器にサインしてくれっと言う強者まで出る始末。


いや、そのチューバ、学校の貸出品でしょ?

ダメですよ、勿論。


だが、それだけ男子達の熱意は感じられたし、いつもビクビクと下を向く彼らが、少しでも上を向けているのは嬉しいものだ。

…行き過ぎて、湊音君の様にはなるなよ?




「はい!後半戦始めるよ!スタメンはそのまま、控え選手も全員入って!」


部長の指示が飛ぶ。


蔵人は頭の中を切り替えて、立ち上がる。

都大会後で大きく変わった事に、蔵人の練習内容が上げられる。


都大会までは、見ているだけか、良くてサポートしかさせて貰えなかったスタメン選手との練習だったが、都大会後では、本格的に参加させて貰える様になったのだ。


これは、蔵人だけの変化、と言うより、1年生を含めた控え選手全員に対する変化である。

あの試合で、スタメンだけでなく、1,2年生の選手達も十分に戦力になると示せた事が大きいようだ。


「蔵人!大怪我だけは禁止だからね!」


部長の指示が、蔵人個人に飛ぶ。

この部分だけは、蔵人だけに訪れた変化であった。


しかし、この大怪我注意の勧告は、蔵人個人に向けて放たれた言葉ではない。

蔵人と対峙する人に対して、蔵人が気を付ける様に注意された言葉であった。

端的に言うと、やり過ぎて大怪我を負わせないでね!である。


蔵人は、最後のミニゲームだけ、存分に異能力を使用して、存分に楽しんでいい許可を得ていた。


「了解しました」


とは言え、そこまで無茶をするつもりはない。

美原先輩がいてくれたら、色々と試したい新技もあるのだが、他の先輩達に使う訳にはいかない。


蔵人は気持ちを切り替え、後ろを向く。

蔵人に着いてきてくれる、頼もしい仲間を見る。


「よし、では行くとしようか」


後ろの2人に声をかけと、2人は気合十分で頷く。


「うっす!カシラ、お願いしゃす!」

「っしゃあ!ぶっ飛ばしてやるぜ!」


鈴華と伏見さんが勇ましく笑い、頷く。

気後れしている様子はない。寧ろ、直ぐにでも暴れたいと言わんばかりだ。


蔵人が走り出すと、彼女達も付いて来る。

蔵人は、自身と付いてくる2人の前に盾を展開し、先輩達が待ち構える前線中央部へと駆け寄る。

そして、更にスピードを上げて、そのままのスピードで前線に突っ込む。


「く、来るよ!」

「盾役構えろ!蔵人君を通すな!」

「固めろ!遠距離は集中砲火!」


先輩達が一斉に動き出し、3人に最大限の警戒をする。

しかし、


「シールドカッター!(無回転)」

「きゃぁっ!」

「うぁ!」


飛来した無数の盾が、中衛にいた遠距離役の先輩達を牽制し、


「カタパルトアタック!」

「うらぁ!」


盾を装着している伏見さんと鈴華が先行して、前線の盾役の先輩達を殴りつけ、彼女達が浮き足立ったところに、


騎士・特急(ナイト・エクスプレス)!」

「「「きゃあぁっ!」」」


2人の後方から、全身盾に覆われた蔵人が突撃してきて 、盾役の先輩達を跳ね飛ばしていく。

蔵人と、蔵人の後ろに付いた2人は、そのまま相手円柱にタッチする。


「また、やられた!」

「くっそぉ〜あんなの、防ぎようが無いよ~」


倒された先輩達が、悔しそうに呟きながら、立ち上がる。

そんな様子を見て、フィールドの端に立つ部長は溜息を着く。


「ダメね。まだ戦力に大きな差がある。いっそスタメン、対、控え選手にする?」

「それでもまだ、蔵人君がいるチームが有利だと思うけど」


監督役の佐々木副部長が、円柱周りをウィニングランしている蔵人達を見て、首を振った。


部長と副部長を始め、先輩達は蔵人の力を認めてくれている。

練習中に蔵人が出てくると、最大限の警戒を払い、戦力を集中させる。


事情を知らない第三者が見聞きしたら、1年生相手に上級生が寄って集って虐めている様に思えるかもしれない。

だが、実際に虐められているのは寧ろ上級生だ。今日だけでも、先輩達が蔵人にはね飛ばされるのは、何度目になるか分からない。


「防御し切れないなぁ。蔵人君が速すぎる」

「あの2人もウザい。蔵人君に集中出来ないよ」

「じゃあ、2人から倒しちゃえば?遠距離役は先ずあの2人を集中攻撃してよ」

「それは昨日やったでしょ?蔵人君の飛ぶ盾で、あたし達の前線が崩壊したやつ」

「じゃあやっぱり、遠距離役は蔵人君を狙って、前線で2人を潰すしかないよ」


それでも、先輩達は怒ったり、諦めたりすること無く、反骨精神満載で立ち上がる。

そして、今のはどうしたら良かったか、次はどうしたら良いかを話し合う。


もう桜城ファランクス部の誰も、蔵人をただのCランクと侮る人間は居ない。

部長達監督役の生徒も、作戦を立てる為に話し合う。


「櫻井、私達も加わる?スタメンのBランク5人で行くしかないでしょ」

「そうね。それに加えて、蔵人側から1年以外のBランクを3人抜きましょう」

「えっ?向こうのBランクを全員1年にするってこと?やり過ぎじゃない?」

「いいえ。もう認めるべきよ。あの子は、巻島蔵人は、実質Aランク並の力があるわ」


部長の鋭い視線を感じる蔵人。

うん。

ちょっと認め過ぎて、過大評価になってしまっている。

1人、VS、13人とか、止めてくださいよ?




「よぉ、蔵人。明日はヒマか?」


部活が終わり、先輩達がチラホラ帰り始めている中、サーミン先輩が蔵人の肩を叩いて聞いてきた。


蔵人は、モップを動かす手を止めて先輩を振り返る。

とてもいい笑顔だ。何かあるな。

蔵人は先輩の顔を見てから目線を少しあげ、明日の予定を考えた。


明日は、特に何もない。

何時も通り朝から部活に来て、昼過ぎに帰り、午後からは異能力の自主練…魔力循環や盾移動、空手と合気道の動きに合わせた盾の連携技の基礎修練。その後、龍鱗と対巨星技の応用技練習となっている。


夕食後は筋トレだな。上半身を中心にインナーマッスルも鍛える。下半身は程々に。部活でも走り込み等で、ある程度鍛えられているから。


いつも通りの訓練は、何時でもできる。

なので、今回は先輩の誘いに乗るべきだろう。

蔵人は目線を先輩に戻し、しっかりと頷く。


「部活の後は、特に予定は入っていませんよ」


蔵人の答えに、サーミン先輩はニヤリと頬を引き上げる。

何だろうな。また遊びのお誘いかな?


都大会後直後に、祝賀会と言う名前で散々カラオケに連れ回された蔵人。

あの日は、都大会後という事もあって、かなり疲労も溜まっていた。

だが、それは蔵人達出場選手だけであり、決勝戦に出ていないサーミン先輩は疲れは溜まらず、鬱憤が溜まっていた。

それを晴らすべく、夜遅くまでカラオケに付き合わされた蔵人だった。


他の部員達は早々に解散出来たのに、捕まった蔵人だけは、サーミン先輩の取り巻き…テニス部とかの女子生徒達と別のカラオケに連行…お誘いされた。


かなり高級な感じの部屋で、部屋の壁が特殊加工されているのか、音の響きも凄かったから、感動はしたが、それは今思えばだ。

あの時は、なるべく静かな歌を聞きながら目を瞑りたかった。


そんな事を思い出していたからか、蔵人の顔は若干強ばっていた。

それを、サーミン先輩が陽気に吹き飛ばす。


「おいおい、そんな顔すんなよ。折角の夏休み、夏休みらしい事を堪能させてやろうと、先輩からの優しい心遣いだ。喜べ!」


夏らしい行事?海やプールでも行くのか?

海なら、砂浜を走ったりして、体幹を鍛えるのもいいな。

プールだったら、身体中の筋肉を無理なく鍛えられるから、こっちも良い。実に良い。


そんな事を考えていた蔵人だったが、残念ながら、どちらも違った。


「お祭りだよ、お祭り!新宿で大規模なお祭りが明日明後日あるんだよ!こりゃ行くっきゃないだろ?!」


サーミン先輩はそう言うと、飛んだり跳ねたりして、謎の踊りを披露する。


「部長は来ないって言うけど、他の先輩達は何人かで纏まって来るからよ、お前も来いよ!1年で集まって来ても良いし、俺んとこに混ざっても良いぜ」


サーミン先輩がいう「俺んとこ」とは、例のハーレムチームの事だ。確実に、朝までコースまっしぐらである。

それはイカン。


「わ、分かりました。ちょっと同期に声掛けしてみま…」

「良いぜ!俺のとこ来ても。寧ろ来いよ!この間のカラオケに来てた由美ちゃん、覚えてるだろ?あのおっぱい大きい子だよ!あの子もお前に会いたがってるんだ!」


サーミン先輩の圧が凄い。

これは、ハーレムメンバーに依頼されているな。

でもそれって、ハーレムメンバーに裏切り者が出てるってことじゃないのか?良いのか?

完全に腰が引けた状態で、蔵人は頷く。


「で、では、1年で行かない時は、お邪魔させて頂こうかと思います」

「そうか?じゃあ、仕方ないな。向こうで合流しようぜ!」


蔵人はサーミン先輩に一礼して、モップ掛けに戻る。

これは、是が非でも1年生の誰かを連れて行かないと、地獄に連れていかれる。


蔵人は思い詰めた顔のまま、掃除をしている1年生の集団に入っていくのだった。

校内新聞で話題になる主人公。

しかし、囲んでくるのは野郎ばかり…。

ま、まさかこの後、BL展開とかないですよね?


「安心しろ。あ奴のガードは固い」


それって、安心していいってことなんでしょうか…?

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