83話~流石は儂らを倒した男!黒の騎士よ!~
東京都大会の全試合が終わり、桜城はAランク不在という劣勢の中、去年優勝した天隆を始めとした強豪校を全て打ち負かし、見事優勝の座に返り咲いた。
前回の都大会優勝から、6年振りの事であった。
天隆との試合終了後、桜城の先輩達が泣いて喜んだのはその為だ。
歴代の先輩達が望み、目指し、それでも届かなかった栄光。
その栄光を、漸く掴んだ事への歓喜であった。
今は閉会式並びに表彰式を執り行うため、桜城や天隆を始め、ベスト8に残った中学校、つまり、関東大会への出場権を獲得した学校の選手達が、激闘を繰り広げていたフィールドの上にズラリと整列している。
各校の猛者達が着るユニフォームは、隅々まで手入れが行き届いており、真夏の太陽を跳ね返して、ギラギラと輝いている。
半面、桜城と天隆だけは、試合直後という事もあり、土が付いたり、焦げていたり、変形していたりと、その激闘を物語っていた。
でもそれは、決して周りと比べて汚いとか、みすぼらしい等といった視線を受ける事はなかった。
寧ろ、この都大会をやりきった、最後まで戦い抜いた者達だけが得られる誇りを誇示され、周囲の学校は羨ましそうにこちらを見ている。
「凄いよね、今年の桜城。Aランクが居ないのに優勝だってさ」
「試合結果見たけど、後半殆どコールドじゃん。誰?桜城が落ち目とか言ってた人」
「さすが、あたしらの不動陣を破るだけはあるってもんさ」
「まったくよ!儂の山城が破られたのは実に久しい。まっこと、良き武士共であった!」
観客席に座る選手達も、それは一緒だった。
彼女達の中には、ベスト8位までには入れなかった学校の関係者も多くいたが、フィールドに並び立つ歴戦の選手達に送る拍手と視線は、フィールドにいる選手達にも負けないくらい熱が入っていた。
「わざわざ見に来て良かったね」
「本当だよ。まさかこんな試合が見られるなんて思わなかった」
「いつも通り、天隆と冨道の一騎打ちだと思ってたもんね。いやビックリ」
「天隆をハーフタイムで落とすとか、桜城ヤバすぎない?これもう関東大会とか楽勝で、全国でもいいとこ行けるんじゃない?」
「いやいや。関東大会もヤバいみたいよ。今年は東京だけじゃなくて、神奈川とか茨城とか、下剋上のラッシュだってさ。もう、どの学校が優勝してもおかしくないって言われているみたい」
「でもさ、毎年全国に行ってる天隆を片手でボコった桜城相手に、勝てる相手なんていないでしょ?」
「確かにね。これでAランクが入ったらと思うと、全国大会も入賞、いや、優勝とかしちゃうんじゃない?」
「それは流石にムリよ。西はヤバい奴ばっかじゃん。九州の彩雲に、京都の晴明。そして王者、大阪の獅子王でしょ?バケモノ校過ぎて、例えAランクを3人とか入たとしても、東側じゃ勝てないよ」
「でも、例えそいつらには勝てなくても、良い所行くんじゃない?」
「そうだね。関東大会上位に入って、全国大会でも2回戦くらいまで勝って欲しいよね。じゃないと、負けた僕達が浮かばれないよ」
「いやいや。あたしたち死んでないから」
「僕は死にかけたよ。あの96番のパンチでね」
桜城の強さがどれだけ凄いのかを、まだ見ぬ強敵達と比べられて、評価される。
そして、中には、桜城の96番についての議論もちらほら聞こえてしまう。
「桜城の96番は凄かったよね。冨道戦も、天隆戦でもAランク倒しちゃうし、帝都中との試合なんか、片手間に盾をばら撒いて、5人もベイルアウトさせてたじゃん」
「なんか手がグルグル回ってたよね?川原先輩、それでベイルアウトさせられたんでしょ?」
「マジでびっくりしたわ。あたしのアイスナックルを砕くなんて、Bランクでもパイロ系しか出来なかった事だからね」
「あの盾はマジでヤバい」
「そして、それをやった96番は男の子…」
「それ、本当かな?男の子が女の子に勝てるなんてある?」
「ある。実際、呉の魔王様や如月の紫電様がそうだよ。紫電様なんて、シングル戦で優勝しているし」
「はぁ?紫電様と同等って言いたいの?あの96が?」
「ちょっと、怒らないでよ。これだからガチ紫電ファンは怖い」
「でもさ、本当に男の子ならさ、顔見たくない?」
「いいや。見るだけじゃなくて、握手とかしたい」
「出来れば、お近づきになりたいなぁ~」
「それは無理でしょ?桜城の選手団が黙ってないよ」
「そもそも、96番自身に吹き飛ばされるわよ?あたし達前線組を、ボーリングのピンみたいに吹っ飛ばして行ったのを、あんた達もベンチで見てたでしょ?」
「あ~…そうだった…」
「あれもヤバい」
「じゃあ、せめて、今だけでも目に焼き付けておこうよ」
「そうだね」
「「「ジ~~…」」」
観客席からの視線も熱い。
今や蔵人は、壇上に上がって演説をぶち上げている偉い会長さんよりも注目されており、夏の太陽よりも熱いのではと勘違いしそうな熱量を感じた。
この量は、一般の女性達の視線も含まれているだろう。
いえ、皆さん、前向いて下さいよ。
偉い人まで、こっちを睨んでいるじゃないですか。
蔵人は嫌な汗をかいていた。
そんな蔵人の状況に気付いたのか、彼の前に並ぶサーミン先輩が、ニヤニヤしながら後ろを振り向く。
「めっちゃ見られてるな、蔵人」
蔵人は小さく首を振って、肩をすぼめた。
「そのようです。試合で悪目立ちしすぎましたかね?」
「そりゃそうだろ。お前ほど目立っていた選手なんて、今回の都大会では誰も居ないさ」
そう言ってひとしきり笑った後、サーミン先輩は桜城応援団の方に視線を送る。
「まぁ、決して悪くは無かったけどな。寧ろ、みんな喜んでたぜ。天隆戦でコールド勝ちした時、お前が拳を突き上げた瞬間なんか、観客全員が総立ちだったぞ。桜城の吹奏楽の男子達なんか、何人か抱き合って泣いてたしよ」
その話は蔵人も、観客席で一部始終を見ていた鶴海さん達に聞いていた。
天隆戦試合終了後、観客席で待機していたマスコミ関係者は一斉にフィールドに降り立った。
そして、選手達にインタビューをしようとしていたらしいのだが、彼女達の目が真っ先に捉えたのが、フィールドど真ん中で邂逅した蔵人と河崎先輩の姿だった。
早速2人にインタビューをと駆け出した彼女達だったが、いきなり河崎先輩が座り込み、2人が何か口論をしていると思って、足を止めて2人を見守っていたそうだ。
ただし、マイクだけは蔵人達に向けていた。
そして、
『地上に天井はねぇんだぜ!ってな!』
…蔵人の声は、全館放送されてしまったらしい。
そして、それを聞いた彼女ら、彼らは大盛り上がりで、特に蔵人と同じ境遇の人達の喜びようは凄かったらしい。
CランクがAランクを倒した。届かないと思っていた手が天に届いたと、敵味方入り乱れての大合唱だったと。
その頃の蔵人は、鈴華と伏見さんに羽交い締めにされながら、控室へと戻っていたので気付かなかった。
試合中も、殆ど戦闘に集中し、パラボラ耳も前傾姿勢であったので、周囲の反応をシャットアウトしてしまっていた。
いや、その方が良かったのかもしれない。
気付いていたら、かなり恥ずかしい思いをしただろうから。
『表彰状、並びに賞品授与。優勝校、準優勝校、敢闘賞校は前方に進んでください』
アナウンスが響き、サーミン先輩の横にいた下村先輩が、2人を手で招く。
「ほら、2人とも行くよ。ここからはお喋り禁止だからね」
相当優しい口調だが、怒られてしまった。
蔵人達桜城ファランクス部は、部長を先頭に歩き出し、各校の前に出ると、横一列に並ぶ。
桜城の左に天隆。右に3位の帝都中央学園が並ぶ。
帝都中は、桜城が準決勝で当たった相手だ。3位決定戦は勝てたみたいだ。
帝都中が壇前に呼ばれる。
横並びの先頭から2人が駆け足で前に出て、壇前に並ぶと、スーツを着た化粧の濃い女性から賞状と銅色の杯を貰っていた。
続いて、天隆が呼ばれる。
天隆からは3人出てきて、真ん中にいるのは河崎先輩だ。
彼女の鎧は、背中が大きく焼け落ちて、一部の素肌丸見えだ。
肌は蘇生で綺麗に治っていたが、背中に付いていた大きな翼は左側が半分折れており、右側は付け根しか残っていない。
両側に立つ2人も、激戦の様子を物語っている。
でも、3人の顔に悲壮感は漂っていない。
蔵人の主観だが、河崎先輩の顔も、とても晴れやかに見えた。
賞状を河崎先輩が、準優勝杯と準優勝楯は両側の選手が受け取る。
受け取りが終わり、3人が壇上に礼をすると、天隆サイドの応援席から割れんばかりの拍手と歓声が降り注ぐ。
河崎先輩は、少しぎこちない仕草ではあったが、そっちの方に手を降っていた。
うん。勘違いじゃなかったみたいだ。
『優勝校、桜坂聖城学園の選手は前へ』
桜城が呼ばれた。
前へ出たのは、櫻井部長と佐々木副部長、3年生の近藤先輩だ。
部長は監督役で試合に出られなかったから、装備が綺麗だ。
どうも、それを気にしているみたいで、両隣の2人に視線をやっている。
気にする事ないのに。
部長は、指揮をする為に、出たい試合も出られずに居たのだから。
顧問が居ないと、そういう意味でも戦力ダウンに繋がってしまう。
しかし、部長は落ち着きがないな。とても珍しい。
仕切りに後ろを振り返り、キョロキョロしている。
初めての表彰に、戸惑っている?
そんな事、完璧超人の部長にありえるのかと、蔵人が首を傾げていると、
部長と目が合った。
そして、手招きされた。
えっ?もしかして、今考えている事がバレたのか?
蔵人が冷や汗を背中に流し、心配していると、誰かに背中を押された。
蔵人の隣に並んでいた秋山先輩だ。
「蔵人君!部長が呼んでるよ?早く行かなきゃ!」
「えっ?」
蔵人が躊躇していると、更に強い力で、蔵人は押し出された。
仕方が無いので、部長の所まで駆け足で近づく。
部長に近づくと、部長は指で左側を示す。
「蔵人、佐々木さんの隣に並びなさい」
何故か、蔵人まで壇前に並ぶ羽目に。
蔵人が副部長の隣に並ぶと、彼女が顔を近づけてきた。
「蔵人君は優勝旗だからね」
蔵人の耳に、囁く副部長。
うん。どういうこと?
1年生なのに何か役割を担うのか?
蔵人が内心、首を90°傾けていると、すぐに授与が始まってしまった。
部長が読み上げられた賞状を受け取り、優勝杯を近藤先輩が受け取り、
『優勝旗、授与』
「ほら、前出て」
副部長に背中を押されて、蔵人は前へ出る。
お偉いさんが、既に重そうな旗を抱えているので、これを受け取るのかと、蔵人は1歩更に前へ出る。
それが正解だったみたいで、お偉いさんが優勝旗を蔵人の方に突き出して来たので、それを両手で受け取る。
うぉっ。
結構重たい。
これは、しっかり持たなければ。
蔵人は何とか、お偉いさんにお辞儀をして、列に戻る。
最後は佐々木副部長が優勝楯を受け取り、列に戻る。
4人が一礼すると、四方八方から歓声の雨が降り注いだ。
桜城の応援団だけじゃない。一般の観客も、天隆の応援団も、冨道の応援団も、全校の応援団が、拍手と歓声を惜しみなく降らしている。
音の波が、蔵人達を飲み込み、蔵人が掲げる優勝旗が、誇らしげに青い空を泳ぐ。
ああ、これで、色々あった都大会も終わってしまうのだな。
蔵人は感慨深く思いながら、その旗の遊泳を眺める。
すると、
『続きまして、東京都大会MVPの発表です』
そんな放送が響き渡り、偉い人が再び壇上に登壇した。
ああ、そう言えば、そんな表彰もあると聞いていたな。
蔵人が呑気にそんなことを考えていると、
『今年のMVPは、桜坂聖城学園、1年、背番号96番!』
そんな声が聞こえて来た。
………うん。俺の事だ。
蔵人は周囲を見回して、この旗をどうしたらいいのか問いかけた。
だが、
「おめでとう、蔵人。よくやったわ」
「あれだけキル数稼いだからね。当然と言えば当然だよね」
「Aランクを3人倒したからな。男と言えど、運営も認めざるを得なかったのだろう」
蔵人が向けた顔の先には、賛辞しか与えてくれない先輩達が。
いや、どうすりゃいいのよ?この旗。
蔵人が旗の扱いに困っていると、壇上にいた筈のお偉いさんが降壇してきて、蔵人の元まで来てくれた。
そのまま、「おめでとう」と硬い顔をしながら、蔵人の首にメダルを掛ける。
〈MVP〉と書かれた金色のメダルだ。太陽光を跳ね返して眩しいくらいに輝いている。
これも一つの功績か。
蔵人はメダルを見下ろしながら、そう思った。
その時、高らかな笑い声がフィールドを駆け抜けた。
「あっはっはっは!!まっこと素晴らしきかな!流石は儂らを倒した男!黒の騎士よ!」
「黒の騎士?」
「96番君の事じゃない?96だし」
「あっ、そっか!黒騎士君って言うんだね!」
その声に釣られるように、周囲の人達も、観客達も拍手と賛辞の言葉を上げ始める。
「おめでとう!黒騎士くん!」
「黒騎士様おめでとう!」
「くっろっきし!くっろっきし!」
「「「くっろっきし!!くっろっきし!!」
蔵人の名前が分からなかったからか、黒騎士の名前は瞬く間に浸透してしまい、黒騎士コールが四方八方から蔵人に迫る来る。
不味い!このままでは、俺の二つ名が黒騎士になってしまう!?
そんな中二全開な名前は嫌だと、蔵人も「ちょっと待て!」と声を上げるが、大歓声の中では蚊の鳴く音より弱弱しかった。
「くそっ!お前ら!俺が動けないことを良い事に、呼びたい放題言いやがって!」
「「「くっろっきし!!くっろっきし!!」」」
「誰か、誰でもいい!このコールを止めさせてくれぇえ!!」
会場中から黒騎士コールの大合唱が響く中、東京都大会は盛大に幕を閉じるのだった。
無事に、東京都大会が終了しました。
「約一名、無事に済んでない奴が居るように見えるがな」
大丈夫ですよ。関東大会までは2週間くらい空きますし、それまでにはみんな忘れているかと。
「どうかな。人の噂とは、広まるのは早く、それに比べて引くのは遅いものだぞ」
…だ、大丈夫ですよ。黒騎士も、良い名前、ですよ。
「諦めたな」
イノセスメモ:
東京都大会MVP成績表
3位…冨道、武田選手:8キル。0アシスト。
2位…天隆、河崎選手:11キル。5アシスト。
1位…桜城、黒騎士:13キル。6アシスト。