81話〜落ちろ!巨星!!〜
ご覧いただき、ありがとうございます。
始動篇ですが、残り8話程となります。
閑話を挟みまして、3月からは新章となる予定です。
引き続き、よろしくお願い致します。
河崎美遊は桜城領域上空を突き進む。
体に風が当たる度、焼けた背中の皮膚が鋭い痛みを訴え、美しかった顔を歪ませる。
何故、私は逃げている。
何故、攻撃しなかった。
何故、手を止めた。
食いしばる口の中で、苦い鉄の味がした。
落下した時に口の中を切たのだろう。口を手で拭うと、手の甲に赤い線が入る。
真っ赤な、血だ。
脳裏に浮かぶのは、あの時の光景。
真っ赤な公園の砂。
泣き叫ぶ、子供達の声。
大好きなお母さんに買ってもらったと、自慢していた真っ白の服を着た少女は、遊具にもたれ掛かるようにして、ぐったりと頭を垂れている。
白いワンピースが、点々と、赤く染まっていく様子が、今でも鮮明に見えていた。
真っ赤な、血が。
「何をっ…!」
美遊は頭を強く振る。
自分の考えを否定するように。
その記憶を、振り払うかのように。
「何故、今、あれを…ああ、そうかっ」
美遊は先ほどの光景を思い出す。
美遊の攻撃に、身を挺して仲間を守ったCランクの姿を。
危険と分かっていながら、人の為に飛び出した愚かな男と、あの子の姿が重なった。
「あいつか…!」
飛びながら、美遊は振り返る。
反撃のチャンスを潰した、憎き96番の姿をもう一度、睨みつけるために。
だが、美遊の顔は、別の意味で歪んだ。
同時に、その場で止まり、浮遊する。
彼女の視線の先では、96番と銀髪が、集まって、何かをしていた。
桜城の円柱前で、銀髪が跪き、96番が立ち上がって、こちらを向いて構えている。
何だ?
96番が、何かに…盾?鈍色の、サーフボードくらいの大きさの盾に乗っている。その盾の下には、もう一枚同じ大きさの盾が敷いており、その下の盾に、銀髪が手を添えている。
2人の声が、ここまで聞こえてきた。
「準備はいいか?ボス!」
「視界良好。システムオールグリーン。96番、準備完了。離陸許可を求む」
「よっしゃ!行くぜ!電磁式カタパルト、発射!」
そう、銀髪が叫ぶが早いか、パンッ!という乾いた音が響き渡る。
それと同時に、96番が弾けるように上空へ吹き飛び、こちらへ、美遊の方に飛んできた。
何だ?どういうことだ?
美遊が目を見開いている間に、一瞬で、盾に乗った96番が、
眼下に、
目の前に、
そして、美遊の上、太陽を遮るように、そこに存在していた。
何故、シールドが、飛んでいる?
何故、私の上にいる?
理解が追い付かなかった。
銀髪は、グラビティじゃなかったのか?
でもさっき、電磁と言っていた。
つまり、電気…じゃない。磁力?磁力で人間を飛ばした?そんなこと出来るのか?
と、そこで、美遊の目は、96番の足元に視線が釘付けになる。
鈍色のそれは、まるで金属の塊のような盾だった。
一般的な金属。よく見る金属。
鉄。
かなり前、理科の授業で習ったことを思い出した。
確か、鉄は磁石にくっ付く数少ない金属の一つだと。
まさか。
美遊は腕を見る。
そこには、防具に元から付けられた鱗の装飾とは別に、小さな鉄くずが、その模様に擬態するかのように、びっしりと、くっ付いていた。
美遊の中で、嚙み合わなかった歯車が、合致した。
「…お前か」
美遊は、自分の上を妨げる白い騎士に、燃え上がる炎のような眼光を投げつける。
「お前が…今までの!ぜんぶっ!」
「ご名答」
美遊の激烈な叫びに、96番の冷静な声が返ってくる。
先程までの、愚かな男の姿は欠片も見えない。
まるで、道化が演じた舞台であったかのように。
まるで、今まで全ての事が、奴に、このCランクに踊らされているとでも言われているように、美遊には感じられた。
いや、まさにそうなのだ。
こいつは美遊達を騙した。
天隆の華麗な勝利に泥を塗った。
美遊のプライドを踏みにじった。
そう、それは、今も同じ。
美遊の上に、悠々と浮かんでいる。
Aランクよりも遥かに劣る、Cランク風情が。
そんなの、許さない。
「私の上から退け!」
CランクがAランクを侮辱するなど、許されることではない。
「CランクがAランクの上にいるなど、あってはならない!!」
頭の中で、何時かの声が響く。
『BランクもCランクも、貴女の前では、この紙屑よ!紙屑の様に、切り刻まれるだけの存在なの!』
「私の上に、立つんじゃない!!」
美遊は叫び、異能力を発動させようと、96番に両手を突き出す。
が、それよりも早く、96番が動く。
素早く腕を振り払ったかと思った次の瞬間、美遊の目の前は、鈍色一色に染まった。
「欺瞞盾」
まるで銀の桜吹雪だ。
ヒラヒラと舞うその姿は、こちらへの脅威をまるで感じない。
ただ、ただただ邪魔なだけの紙屑。
そんなもの!
「消えろ!」
美遊が一掻き手を振り払えば、紙屑はひらひらと儚く散り、視界が良好となる。
だがその間に、96番の様子は様変わりしていた。
96番は、96番の周りには、無数の盾が集まっていた。
今払った紙屑達も、美遊の体についていた鱗モドキも、離れて飛んでいく。
そうして、小さな欠片が蝶のように羽ばたき、煌めき、集まっていくと、そいつらは連なり、大きな盾の形を作り出す。
その数、4枚。
4枚の大盾。
しかし、その盾は普通ではなかった。
1枚が3色に分かれている。
半分から上は、透明の水晶。
半分から下は、白濁したミスリル。
そして、先端だけは太陽光を乱反射するダイヤモンドが、鋭利に突き出している。
そんな盾が4枚、人一人が隠れる程の大きさで、96番を囲うように、その切っ先が美遊をけん制するように、こちらを向いている。
96番が、こちらを見下ろす。
少し大きい盾を出したくらいで、偉そうに美遊を見下す。
Cランクごときが!
「そんな盾ごとき、私の異能力の前では紙屑でしかないのよっ!」
「ほぉ。では、これでも落とせますかな?」
盾が、動き出す。
96番の周りを、ぐるぐると、ぐるぐると回る。
「盾・一極集中」
盾の動きが、どんどん加速していく。
もう既に、目では追えない。
あまりに高速で動くので、空気が擦れて、甲高い音が辺りに響き渡る。
キィィイイイィィイイイン!!!
ぞくり、と、美遊は背筋が寒くなる。
生物的な直感が、危険信号をけたたましく鳴らし続ける。
その高速の怪物が、美遊を目掛けて突っ込んで来た。
不味い。
美遊は咄嗟に、異能力でそれを止めようとした。
空中にあるものなら、弾いたり捻じ曲げたりするのは簡単だ。
そう思っていたが、全然ダメだった。
盾を浮遊させようとする力は 、盾に働く回転の力に押されて、とても弾く程の余力を生み出せなかった。
出来たのは精々、回転する方向と逆ベクトルに力を加える事だけ。
それだけでは、高速回転を幾分か遅らせる事は出来たものの、美遊に近づく事を阻害することは出来ない。
高速回転。これが、美遊の異能力を妨げる原因。
元々、高速で動くものに対しては、美遊の異能力は不利であった。浮遊の付与が追いつかないか、今の様に、浮遊の方向を制御出来ないから。
盾だけで突っ込んで来ていたら、いとも容易く跳ねのけ、地面にでも叩きつけていただろう。
だが、目の前の凶器は無理だ。速すぎて浮遊が効かない。
盾の浮遊を止めて、全力で逃げるか?
いや、無理だ。
もう随分と近付かれてしまったから、速度を殺さなければ、振り向いた瞬間に貫かれる。
このまま、抑えながら徐々に後退して、自軍領域に引き込むしかない。
幸いにして、自軍領域までは10mもない。
しかも、眼下には白い領域が広がっている。
中立地帯。
天隆の盾役が一人、桜城の進行を止めようと、土の盾で何とか凌いでいるところだった。
「…っ!寄こしなさい!」
美遊はその土盾を浮遊させる。
いきなり目の前がクリアになった天隆選手は、慌てふためいて前線から転がり逃げてしまったが、構うものか。
Aランクが生き延びる。
それが、このファランクスで勝つ為の鉄則。
そして、迫りくる凶悪な兵器の前に、その土盾を割り込ませ、その進行方向を塞ぐ。
その瞬間、ガガガガガッという高速の掘削音が響くと同時、こちらへの突撃速度は大幅に遅くなった。
これで自軍領域までの時間稼ぎは十分に出来る。
それどころか、96番をそのまま自軍領域に引きずり込むことも出来る。
奴は今、調子に乗って盾達の中心にいる。
異能力を使用した飛行で、自軍領域から敵軍領域に入り込んだ場合、強制退場のペナルティとなる。
この退場は通常のベイルアウトと同じ。
つまり、96番は退場し、2分間代わりの選手を入れられないという事。
相手の円柱に居るのはたった2人。
ドミネーションとマグネキネシスなら、全く脅威では無い。
浮遊させてベイルアウトを稼ぎ、そのまま円柱へタッチだ。
少し予定が狂ったが、結果は同じ。天隆の優勝で幕が降りる。
強者が勝つ。それは絶対の法則なのだ。
美遊がそう、ほくそ笑んだ時、
土の盾が、砕かれる。
予想よりかなり早く、土盾の限界が来てしまった。
美遊の表情が歪む。
悔しくて、じゃない。
うれしくて、だ。
だって今、美遊の体は、天隆の領域に達したのだから。
大空の様に青く、清々しい色の自軍領域に。
これで、96番の攻撃が到達する前に、96番は強制的にこの戦場から排除される。
そう分かっていたとしても、もう、96番は止まれない。
調子に乗って、土盾を貫いた勢いで、こちらに迫って来る。
「あははっ!私の勝ちよ!」
あまりに嬉しくて、美遊はそう叫ぶ。
すると、
「いいや、違う」
96番の声が、力強く響く。
「俺の、俺達の勝ちだ!」
勝ち誇った声が返ってきた。
負け惜しみ?
それとも、ルールも把握していない愚か者なのかしら?
まぁ、いい。
美遊が、回転する盾を抑えていた力を解放しようとした、その時、
声が、フィールドを駆け抜けた。
『ファーストタッチ!桜城、3番!佐々木さん!』
その言葉に、目の前が真っ白になった。
美遊達が浮遊している場所が、中立地帯になっていたのだ。
桜城のファーストタッチが決まり、自軍領域の境界線が遥か後ろに後退してしまった。
なん、で?
なんで、桜城が先にファーストタッチを決めている?
私のお陰で、桜城前線は壊滅寸前だった筈なのに、なんで!?
美遊の疑問に、更なる追い打ちが掛かる。
『セカンドタッチ!桜城、14番!木元さん!』
その放送に、美遊はつい、自軍を振り返った。
そこには、前線が一部崩壊し、圧倒的劣勢を強いられている天隆選手達の姿があった。
崩壊しているのは、先程、美遊が盾を取り上げた選手の居た場所。
Bランクの盾役が無力化した為に空いた大穴だ。
更に、天隆前線が劣勢なのは、美遊がBランクを2人とも連れて行ってしまったからだった。
『サードタッチ!桜城、26番!松田さん!』
今もまた、最終防御ラインを潜り抜けた桜城選手に、円柱が侵略された。
これが、自分のした事なの?
Aランクがこのファランクスの要。
Aランクがこの世界の中心。
そう教わってきたのに、違ったというの?
青く冷たくなった美遊の心とは裏腹に、今、美遊の浮いているところは、真っ赤な桜城領域の色に染められていた。
そこに、
「ではそろそろ、こちらも決着をつけましょうか、河崎先輩!」
声。
96番の、宣言。
高速に回転する盾が、更なる高音を響かせながら、突っ込んでくる。
超高速回転する盾。いや、
ドリルが。
「巨星!・落とし!!」
こんな、こんな奴に、私が負ける?
落ち目と揶揄される桜城の、男の、
Cランクなんかに。
「負けない、負けられないのよ!私はAランク、この世界の頂点に君臨する王者よ!」
Aランクは絶対で、強くて、偉い。
Cランクは弱いから、悪い。
だから、自分は、どんなことをしても許される。
王様の様に。
絶対の支配者の様に。
それが、この世界のルール。
それなのに、
負けたら、全てが崩れる。
私がAランクであった全てが無くなる!
「CランクがAランクに、勝てるはずないのよ!あってはならないのよ!それが、それがこの世界のルールなの!」
「ならば今、そのルールごと穿つ!自分だけで輝いていたと傲る、貴女の思いと共に!」
あまりに高速に動く盾の動きに、美遊の浮力が、弾かれる。
迫りくるは盾の化け物。
「落ちろ!巨星!!」
物凄い風圧の塊が押し寄せてくる。
その怪物の恐怖から逃げ出そうと、美遊の体は勝手に動いた。
本能で、浮遊を使い、迫るドリルに向かって飛ぶ。
ドリルの先端が、寸前で美遊の体を過ぎる。
だが、その後ろ、ドリルの根元が美遊に迫る。
ガンッ!という衝撃が左肩を打ち、息が出来ない程の暴風が顔に当たる。
美遊は、まるで台風の中にいるかのように、視界がぐるんっぐるんっと回り、
次の瞬間、
衝撃。
背中に。
「がっ、はぁっ!」
衝撃が体中に駆け巡り、肺に残っていた空気が口から吐き出される。
一瞬、酸素を吸うことが出来なかった。
目の前が、赤く、チカチカと点滅を繰り返す。
頭の中が、ぐらんっと揺れた気がした。
誇りや自信を持ちすぎるのも、考え物ですね。
「何事も、過ぎたるは猶及ばざるが如しだ」
とは言え、ほどほどで抑えるというのは難しいものです…。
イノセスメモ:
巨星落とし…対Aランク用攻撃技の一つ。通常のダウンバーストと違い、先端を金剛盾まで圧縮しているため、貫通力が向上している。その分、盾の後ろは水晶盾となり、防御力が落ちている為、後方からの攻撃には弱い。