80話~見下ろすんじゃないわよ!~
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河崎美遊は、足元の敵軍円柱を見下ろす。
円柱の周りには、桜城の蟻が3匹群がっており、内2匹が立ち上がり、こちらを見上げている。
白銀の甲冑に記された数字は、銀髪の方が28番。もう片方の口まで隠した鎧兜は…96?明らかに下っ端の数字。
身長はある様だが、1年だろう。
円柱役は元々、サポート系の戦力とならない者や、数合わせで入った者が座る末席である。
1年生が座ることも、他の弱小校であったなら、それは仕方がないとも思える。
でも、今目の前にいるのは東京3大学園に数えられる桜城のファランクス部。
落ち目と言われているのは知っていたが、まさか1年をレギュラーに入れる程、切羽詰まっているとは。
美遊は、笑う気持ちすら乾いてしまった。
しかも、
「天隆のAランクめ!ここから先は通さないぞ!喰らえ!俺のビッグシールド!」
その96番の声は、男だった。
男をフィールドに入れるとは、桜城もいよいよという事だろう。
良くこれで、決勝まで生き残れたものだ。
他のゴミ共は別として、亀共は少々煩わしい相手だ。カチカチに円柱の周りを固められた去年の大会では、天隆の先人達も壊すのに苦労していたものだ。
今年の桜城には、あの筋肉ゴリラが居るとはいえ、それだけで勝てたとは思えない。
余程、カメ共が調子を崩していたのだろうか?
そう言えば、ゴリラさんの姿が見えないが、何処に行ったのか。
去年の醜態から、恥ずかしくて私の前に出られないのかしら?
まぁ、いいわ。
美遊は、目の前の鈍色の盾を指さす。
「壊しなさい、お前たち」
「「はいっ!」」
両隣のBランク共が、弱々しい攻撃を放つ。
自分と比べたら、レベルが低すぎて嫌になる攻撃だが、目の前の盾は、いとも簡単に粉々になった。
本当は、美遊の力で彼方へ放り投げてやっても良かったのだが、それはもったいない。
目の前にあった盾は、わざわざAランクの力を使ってやる価値もない異能力だったから。
鈍色の盾。Cランクにも満たない、未熟な異能力だ。
そんな物に、Bランクの異能力ですら使うのは惜しい。
でも、これで思い知るでしょう。この世の常識を。
圧倒的な、ランクの差というものを。
男はその現実を前にして、咽び泣く。
「嘘だ!こんな、俺のビッグシールドが、こんな事は、何かの間違いだ!」
下等な生き物だ。
現実を前にしても、受け入れることが出来ずに喚き散らす。
まるで子供。欲しい物を買って貰えず、駄々をこねる幼子だ。
人間が未熟であるから、あれだけ異能力も未熟だったのだろう。
私は白百合では無いけれど、こういう男には心底ウンザリする。
美遊は苛立たしげに口を曲げるも、すぐに首を振って心を落ち着かせる。
…それも今更か。
男なんて、総じて未熟な幼子みたいなものなのだから。
「いけません!蔵人君。この人達には勝てませんわ。ベイルアウトされる前に逃げましょう!」
「嫌だ!俺は負けてない!俺のビッグシールドが、あんな簡単に壊れる筈がないんだ!練習では一度も破られない、無敵の盾だったんだ!」
96番が喚くが、銀髪が腕を引っ張って円柱の後ろの方へと避難していく。
このまま降参するのかも知れない。
結局、男を入れると、こうして守る必要が出てくる。
随分と甘やかして育てたみたいだが、試合にまで参加させたのは甘やかし過ぎだ。
盾役が不足しているから入れたのだろうけど、こうなるとただの足でまとい。
だから、男なんて入れるもんじゃない。
いや、男じゃなくても、BCランクも本来、入れるべきじゃないのだ。本当に、邪魔なだけだから。
Aランク以外は要らない。ルールで規定されていなければ、13人全てをAランクにしたいくらい。
でも、出来ないからBCランクの出涸らし共を入れるだけ。
美遊達は高度を下げていく。
これで終わりだ。
ファーストからサードまでを取り、混乱した桜城前線を再度蹂躙し、前半で決勝は終了。
今回の都大会も、天隆が圧勝で終わり。
「ホント、下らない試合だったわね」
これで都大会の決勝とは笑わせる。
やはり、関東のレベルは低すぎる。
これだから、西日本の学校に獲物としてしか見られないのだ。
東と当たれば必ず勝てる。
そう言って笑われた、この2年間の様に。
美遊達は桜城円柱の高さまで降りながら、手を伸ばす。
終わらせる為に。
この茶番を、全国への通過点を、
今。
あと少しで、手が円柱に触れる。
そう思ったその時、
急に、体が重くなる。
腕を、上げていられない。
浮遊が、維持できない!?
円柱に一直線だった美遊達は、急激に高度を下げ、下げて、
そのまま、地面に激突した。
「ぐっあ…な、なにっ」
何が。
一体、何が起きた?
落ちた衝撃で、頭が混乱する中、美遊が視線を上げると、そこには仁王立ちでこちらを見下ろす、桜城の蟻2匹。
逃げた筈の、紙屑共だった。
「っしゃぁ!大成功だぜ!ボス」
「やっと同じ土俵に立ってくれたか。首が痛かったよ」
飛び跳ねる銀髪と、首をさする96番が視界に入る。
悠長にこちらを煽ってくる2匹の様子に、美遊は顔を顰める。
どうやら、銀髪の方が何か仕掛けたらしい。
考えられるのは、重力。グラビキネシス。
異能力の中で最上位種と称される能力。
エレキネシスやクロノキネシスと並ぶ程に強力で、仮令Cランクであっても重宝される。
でも、属性は無属性のはずで、こんな銀髪は有り得ない。
染めているのか?こんなに、綺麗に?
いや、そんな事はどうでもいい。
大事なのは、今こいつらが、私を、この私を、
「見下ろすんじゃないわよ!!」
美遊は顔を真っ赤にして叫び、飛び上がった。
全力の浮遊。高度は一瞬で、元の所まで戻る。
怒りで息が上がり、手足が震える。
BCランクが、Aランクを見下ろす。
仮令相手がどこの家の出でも、許されない。
こいつらは、絶対に叩き潰す。
浮遊させて、思いっきり地面に叩き付けて、真っ赤な血を流してやる。
まるで、"あの時"の奴らと同じ様に!
そう思った途端、バランスが崩れた。
いや、違う。
引っ張られている。
そんな、まさか。
グラビキネシスは、相手を地面に磔に出来る程強力な異能力だ。だが、弱点もある。
有効範囲がとても狭い事だ。
それは、仮令Aランクであったとしても、この高さまで来たら威力は大幅に弱まる。
そのはずなのに、地面へと引っ張られて、空中に留まっていられない。
力は大幅に弱まっている筈なのに。
Aランクの、この私が!
美遊は動揺し、大きな隙が出来た。
その隙が、更に彼女の異能力を弱くし、引っ張られる。
とうとう、彼女は再び地上まで引き戻された。
地面に膝を着く美遊。
その彼女に、1つの影が覆い被さる。
見上げると、96という数字がこちらへと走り込んでいて、目前まで迫ってきていた。
〈◆〉
蔵人は、千載一遇の好機に、右拳を大きく振りかぶった。
河崎選手は避けようと、再度浮遊を試みる。
だが、蔵人の後ろで、鈴華が異能力を発揮する。
彼女の異能、マグネキネシス。
磁力を操り、磁性を帯びた物なら、5t程の磁力で引っ張る事が出来る。
鈴華の力が、河崎選手を、彼女の皮膚や鎧にくっ付いた蔵人の鉄盾を引っ張る。
この鉄盾、勿論さっきのビッグシールドだ。
巨大鉄盾を相手に破壊させた様に見せかけて、小さく分解して相手に張り付かせた。
自身ではなく相手に貼る龍鱗の様な物。
こいつのお陰で、今鈴華は河崎選手を最大5tの磁力で引っ張り回せる。
わざわざ蔵人が鉄盾を出したのはこの為。
Fe。
磁性体の特性を持つ、数少ない金属の一種。
鈍色で、それだけの強度があって欲しいと名付けたこの盾だが、魔力の磁力に対しては鉄と同じ反応を示してくれた。
鈴華がサーフィンをしていたあの日。
流石に宙返りをしても振り落とされないのはおかしいと思って聞いてみたら、言われたのだ。
磁力で足にくっ付けていると。
そこでこの盾の有用性に気付き、今回もその特性を最大限活用させてもらったのだ。
その盾を出現させ、河崎選手に怪しまれずに張り付かせる為に、蔵人達は愚者の演技をした。
Dランクの盾を出しても怪しまれない様に。
作戦など立てられない未熟者と思われる様に。
そのお陰で、今、鈴華は最大限の異能力を使えている。
勿論、今の鈴華が、最大威力5tもの力で河崎選手を引っ張る事は出来ない。
鈴華が河崎選手に引っ付くならそれくらいの力でくっ付くことも出来るが、地面方向に引っ張るのなら、精々100㎏くらいの力が限界だ。
だから、本来であれば河崎選手は浮遊を多少阻害されている程度しか影響を受けない。
だが、今は相当油断していたようで、面白いように地面まで一直線だ。
とは言え、今河崎先輩は地面にくっ付いているだけだ。
ダメージは皆無。
それでも、蔵人には十分だった。
相手が飛べないのなら、地面にさえいてくれたら、いくらでも料理できる。
上手く飛べない河崎選手に、蔵人の拳が突き刺さる。
「ぐっ!」
赤龍の鎧は、蔵人の一撃を大分軽減してしまった様だ。
それでも、華奢な河崎選手は吹っ飛んでいき、地面を転がる。
鎧越しの衝撃だけでも、それ相応のダメージは与えられた様子だ。
追撃をしようと、蔵人は河崎選手に再度攻撃を仕掛ける。
が、その拳は空を斬った。
一瞬にして、空中まで舞い戻る河崎選手。
さすがAランク。機動力まで桁違いだ。
河崎選手が、空中からこちらを憎々しげに睨みつける。
「はぁっ、はぁっ、この!紙屑どもが!」
河崎選手は両腕を降るって、お仲間の2人を自分の真横まで引き上げる。
「Bランクが、Cランクが!Aランクにただ切り刻まれるだけのお前たちが!この私を、Aランクを愚弄した罪!その身をもって思い知るが良い!」
河崎選手は怒りに任せて蔵人達を指さし、吼える。
烈火のごとく燃やした双眼が、まるで本物の火竜の様に、蔵人達を消し炭にせんと燃え上がる
「やれ!八つ裂きにしろ!跡形もなく燃やし尽くせ!竜を相手にしたらどうなるか、知らしめてやれぇ!」
「「はい」」
怒りに燃える河崎選手とは裏腹に、両隣から聞こえた返答は酷く冷めた物だった。
その2人のBランクは、河崎選手の命に従い、異能力を発動せんと腕を突き出す。
だが、
「……はぁ?」
空気の抜ける様な声を漏らす、河崎選手。
だが、それも仕方がない。
突き出された2人の腕は、蔵人達に向かっていなかったのだから。
その手のひらの先にいたのは、
河崎美遊。
ただ、1人。
「ファイアランス」
「ウィンドカッター」
無感情に告げられる、攻撃宣言。
両方から、しかも至近距離、何よりも付き従えていた仲間からの攻撃に、河崎選手はウィンドカッターを逸らす事で精一杯だった。
反対側から放たれたファイアランスは、河崎選手の背中に、その背中の煌びやかな装飾品の羽根の付け根に、見事に着弾した。
河崎選手の背中で、炎が膨れて弾け飛び、鱗の鎧を吹き飛ばした。
爆発の衝撃が、彼女の背中を叩く。
地面へと。
「きゃぁあああ!?!」
悲鳴と共に、河崎選手は地面に落下し、Bランクのお供達も、浮遊能力が切れて、無言で落下した。
落ちた3人は、動かない。
すぐに、彼女達の元に、2人のテレポーターが現れ、Bランク2人を医務室に転移して行った。
『ベイルアウト!天隆5番!6番!連続ベイルアウト!』
「「「うぉおおお!!」」」
「何?何が起きたの!?」
観客の声も、何が起きたか分からずに、戸惑いが声に現れている。
いつ見ても、恐ろしい異能力だ。
蔵人は、もう1人の円柱役、西園寺先輩に視線を向ける。
Bランク2人には、西園寺先輩のドミネーションが掛かっていた。
通常、Cランクである西園寺先輩のドミネーションでは、Bランク相手ではまともに操れない。
良くて意識を遮断するくらいだろう。
だが、今回は地面に落とされるアクシデントで相手が動揺していたのと、元々精神状態がネガティブになっていた事で、異能力が掛かりやすくなっていた。
恐らくだが、日常的に繰り返された河崎選手のパワハラが、彼女達の精神を弱らせていたのだろう。
それにより、Bランク2人は、完全な西園寺先輩の操り人形となっていたのだ。
「うぁあああ!!」
咆哮。
背中の鎧が完全に無くなって、皮膚の一部が焼けた河崎選手が、天に向かって吼えた。
そして、天から蔵人達へと下ろした彼女の視線には、明らかな殺気が含まれていた。
「許さない」
呟く様な声は、大歓声が渦巻く中でも、嫌というほど蔵人に伝わってくる。
彼女の怒りが、舐める炎の様に熱を伝えてきた。
「許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!」
河崎美遊の腕が、蔵人と鈴華の方に向く。
「弾けろ!紙屑共!」
怒りと、憎しみと、色んな負の感情がぐちゃぐちゃに入り混じった目で射殺そうとする、河崎美遊。
蔵人は咄嗟に鈴華の腕を掴んで、彼女の前に立ちはだかった。
この場面を、後で蔵人が思い返したとしたら、何という愚策をと嘆いただろう。
ここは強引に2人で退避し、河崎美遊の攻撃を躱した方が良かったと、深く反省したことだろう。
でも、この時の蔵人は出来なかった。
余りにも強い殺気に、蔵人の、黒戸の本能が、仲間を守る事を優先させてしまった。
しまったと、蔵人は歯を食いしばる。
少しでも抗おうと、手を前に出して盾を生成しようとする。
だが、
「……っ、くっ!」
河崎選手は、動かなかった。
異能力を使って、蔵人達を攻撃しなかった。
何か、苦虫を噛み潰したような顔をして、悔しそうに蔵人をねめつけて、
「…ああっ!」
苛立たしげに腕を振り抜くと、自身の体を浮遊させて、そして、
その場から、飛んで行ってしまった。
飛んで行く先は、前線の方だ。
まだ円柱にタッチもしていないのに、撤退していく。
何が、起きたんだ?
蔵人は考える。
何故、河崎選手は攻撃して来なかった?絶好のチャンスだったろうに。
相手の射程範囲外に出られたか?…そんな狭い射程に異能力じゃないはず。
では、攻撃手段を持っていなかったのだろうか?
…いや、去年の大会で、相手選手をあっちこっちに弾き飛ばしていた。
同様の事や、蔵人達を空中に放り投げるだけでも大ダメージを与えられると考えるはずだ。
彼女が攻撃を止めた理由が、分からない。
蔵人が、一瞬惚けて河崎選手の飛ぶ姿を見ていると、隣に並び立っていた鈴華が蔵人の肩を揺らす。
「おい、ボス!何やってんだよ!?追わなくて良いのかよ?」
鈴華の声で、蔵人は思考の海から浮上する。
そうだ。今は試合に集中しないと。
「済まない、鈴華。ありがとう」
だが、ここでただ追うだけではダメだ。
たとえ蔵人が飛行した所で、河崎選手は蔵人を弾き飛ばしてしまうだろう。
必要なのは、相手の反応よりも速い速度で近づく事。
地上であれば、体に鞭打って高速移動が出来るが、空は無理だ。飛行するだけで相応の移動能力を使ってしまう。
では、どうするのか。
蔵人は、鈴華へと視線を向ける。
「鈴華、1つ頼みがある」
「おう!何でも言えってんだ!」
イタズラっ子のように笑う鈴華に、蔵人も笑い返し、河崎選手を指さす。
「俺を、あそこまで飛ばしてくれ」
桜城円柱から追い払う事は叶いましたね。
「こちらの情報が全く渡っていなかったことが功を奏したな」
情報とは、何よりも強力な武器ですからね。
「そういう意味では、こちらの最高戦力はあ奴ではなく、あの小娘なのかもしれん」
望月さんですか?確かに、彼女を敵にしたら大変な事になりそうです。
イノセスメモ:
シールドクリエイトで出す盾にはそれぞれ特色がある。
・アクリル板…透明度が非常に高く、隠密性の高い動きが可能。また、???。
・鉄盾…磁性があり、磁石系の能力と相性良好。
・水晶盾…透明度高く、遠目からでも目視が難しい。耐熱性、耐摩耗性も格別。
等