表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/481

79話~ほんと、下らない攻撃ね~

『ファァアアン!赤軍領域:56%、青軍領域:44%。赤軍、帝都中央学園の勝利です!』


午後2時を過ぎた頃。都大会3位決定戦が終結する。

接戦の末に勝利を掴んだのは、5回戦で桜城と戦った帝都中であった。


その試合が終わると間も無く、決勝戦に向けた準備が急ピッチで進められる。

そして、太陽も傾き始めた午後3時。

決勝戦、桜城VS天隆の、東京都中学ファランクス部の頂上決戦が始まろうとしていた。


夏の太陽から受けたいっぱいの陽光で、地表が最も熱を帯びた時間帯。

そんな中でも、観客の声援は衰えを知らず、太陽光に負ける事ない熱量を含んで、並ぶ両校の選手達にエールを降り注いでいる。


「「「桜城!チャチャチャ!桜城!チャチャチャ!」」」

「「「天隆優勝!パンパンパパパンッ!天隆必勝パンパンパパパンッ!」」」


特に両校の応援合戦は激しく、試合が始まる前にも関わらず、互いに切磋琢磨させてきたであろう曲を、大きな管楽器で奏で合う。

彼ら、彼女らにとっては、今が都大会の決勝戦なのかもしれない。


でも、これからは我々、ファランクスの試合だ。


両校の選手が整列し終わる。

太陽光を眩しく照り返す白銀の騎士と、赤龍の鱗が敷き詰められた鎧の竜人兵。

白と赤の目出度い色合いに反して、両陣営が相手に投げかける視線は、とても厳しいものであった。


桜城列の先頭には部長が立ち、相手校の方は、主将のはずの河崎選手は先頭には並ばず、何故だが2番手の位置にいる。部長と相対しているのは、背番号2番の控えのAランク選手であった。


妙だな。あれだけ自分が1番と鼻を高くしていた河崎選手とは思えぬ位置取り。何かの策だろうか?

蔵人はそう勘ぐっていたが、審判が合図を出したのでそれに従い、互いにお辞儀し、握手する。


当然の様に、河崎選手は握手せず、目の前の佐々木副部長をただ見下ろすだけだった。

それでも、審判は何も言わない。

いや、言えないだけか。


チラチラと河崎選手を見る主審だったが、怪訝な顔をするだけで両チームを自軍の領域へと下げさせた。

蔵人はすぐに今回のポジションである円柱に向かおうとしたが、先輩に手招きされて、自軍領域の中央に向かった。


そこには、チーム全員が来ており、肩を組んで円になっている。

そうだった、円陣を組むのだったな。

サッカーの試合なんかで、良くやるやつである。


先ずは部長が声を上げた。


「よし。みんな、決勝戦だ!絶対勝つよ!」

「「「おー!」」」

「集中して!序盤大事!」

「「「おー!」」」


先輩達は各々一言ずつ掛け声を上げてゆく。


「1人1人の役割、全力でやるよ!」

「「「おー!」」」

「勝ってカラオケ行くぜ!」

「「お…ぷぷ」」

「はははっ!何それ〜」

「締まらないな〜…フフッ」


サーミン先輩の掛け声で、みんな笑い出してしまった。でも、みんな良い顔だ。

程よい緊張をしながら、肩の力は抜けていた。

そんなみんなを、部長がまとめる。


「さぁ、みんな。勝って神谷をカラオケに連れて行くわよ!」

「「「おー!」」」

「サーミン、私たちに任せなさい!」

「駅前のカラオケ、ハシゴするよ!」


気合い十分。

円陣も終わりと思ったら、部長の言葉が続いた。


「運悪く、うちにはAランクは居ない。でも、幸運な事に、とても調子のいいCランクがいるわ!」

「「「おー!!」」」

「蔵人、最後に一言!」


そう言われて、蔵人は肩を揺すられる。

急に振られて、眉を上げる蔵人。

優勝するぞ!でも良いけど、最後の一言だからなぁ。

蔵人はそう思い、同時に対戦相手の姿が脳裏に過ぎる。


天隆。

竜。


今まで蔵人が思い描いてきた龍を名乗る集団。それを迎え撃つは白亜の騎士。

まるで物語の一節、クライマックスの様だ。


「…物語では、姫や民を苦しめるのは龍が相場。そして、それを救うは我ら騎士の役目」


蔵人は、先輩を見渡す。


「ドラゴン退治と、行きましょう!」


蔵人の掛け声に、先輩達は目を輝かせて、


「「「おぉおお!!」」」

「ドラゴンキラーだ!」

「勝って竜殺しの称号もらっちゃおう!」

「龍退治なら任せて!ハンターランク80越えの実力見せつけるよ!」

「桜城のナイト魂を、思い知らすんだ!」

「海麗の変わりに、私達がAランクの分を担うのよ!」

「「おー!!」」


みんな叫びながら、自分のポジションに散っていく。

対天隆への配置は、以下のようになっている。


盾役:3

近接攻撃:2

遠距離:5

円柱役:3


遠距離と円柱は少し多いが、全体的にオーソドックスなバランスとなっている。

蔵人のポジションは円柱役だ。今回は鈴華も一緒に座っている。

貴重なBランク枠を円柱にするのは、部長もかなり渋った。でも、最終的には折れてくれた。

その分、役割は大きいけれど。


対する天隆のポジションはこのように見える。


前線:7

後衛:6


挿絵(By みてみん)

まだ試合開始でないので、前線にいるのが7人。この内盾役と近接攻撃に別れるだろう。

そして、その数m後ろにいるのが遠距離とサポートと思われる。

円柱役の姿は見えない。前線に全振りして、強行突破からの円柱タッチを狙っている配置である。

でも、実際は違うことを、蔵人を含めた桜城選手達は知っている。

天隆が、河崎選手が得意とする、前線を無視した戦法であると。


『これより、第6回戦、桜坂聖城学園、対、天川興隆学園の、東京都大会決勝戦を、開始いたします!』

「「「「うぁあああああああ!!!!」」」」

「「「おうじょうっ!ドンドンドン!おうじょうっ!ドンドンドン!」」」

「「「てんりゅう!パンパンパン!てんりゅう!パンパンパン!」」」


試合開始のアナウンスと、会場中の声援が、競技場の中を走り抜け、反響し、共鳴している。

1回戦ではスカスカだった観客席だが、今では一般客席も7割程埋まっている。家族連れの人も見かけるが、若い女性が圧倒的に多いので、恐らく学校とは無関係の一般人だろう。マイナーと言われるファランクスでも、決勝戦ともなると人が集まるらしい。


蔵人が観客席を見回していると、フィールドに主審が入ってきて、中立地帯中央で立ち止まる。

両校の前衛に向かって何かを語り掛け、手に持った黄色い旗を振り上げ、そして、


『ファァアアアン!試合開始です!』


決勝戦が始まる合図が、今、鳴り響いた。



「左翼!次弾装填まで近距離前に出て!」

「中央上げるぞ!盾押し込め!」

「佐々木!秋山!右翼は十分よ!中央の進軍に援護射撃頼むわ!」


試合開始当初から、先輩達の動きがキレキレである。

冨道戦を終えてから、いや、足立戦の後半から、彼女達の気合は凄まじい。

これが本来の彼女達だ。普段の練習通りに動けている。


前線は、桜城の勢いに押されて、天隆側へとじわじわ食い込んでいっている。

桜城の遠距離が相手の前衛部隊を削り、そこに近距離役と盾役がプレッシャーを与えることで、相手の前衛を押し込んでいる。

また、天隆には円柱役がいないので、円柱役が3人いる桜城側に毎秒3ポイントずつ削られていき、領域自体がジワジワと確実に侵食されている状態だ。


これだけ桜城優勢なのは、確かに先輩達のやる気のお陰でもあるだろう。

だが、それだけではない。

前線の人数的に、桜城が有利なのだ。


桜城側の前衛には、Bランクが4人展開している。反して、相手側は3人。

主力となるBランクの数が多ければ、それだけ有利というもの。

桜城はAランクが居ないからね。その分Bランクを多く投入できる。

では、相手の圧倒的アドバンテージである、そのAランクは何処にいるのかというと…。


天隆領域の中頃で、退屈そうに突っ立っている。

ただ自軍の前線がじわじわと後退しているのを、自分の髪の毛をイジリながら傍観していたのだった。


何かの作戦?

違う。

これは、彼女の(おご)りだ。

時間をワザとかけて、自軍が十分に劣勢となった時に、彼女は動く。

昨日見た録画の、昨年の試合と同じ動きを、今回もやっている。

それはまるで、自分が動かないと勝てないと周囲に示すかのように。


それでも、蔵人と鈴華は、河崎選手の様子をつぶさに見守る。

少しでも彼女の様子に変化が無いかを、注意深く。

すると、


「…っ!ボス、動いたぞ」

「ああ」


鈴華の低い声に、蔵人も短く答える。


試合開始から5分。ポイントにして900ポイント以上(3×60×5)を失った時、彼女は動いた。

中立地帯。その白い領域が彼女の足元に踏まれた時、彼女は優雅に歩み出した。

目指したのは、天隆の前線。そこで必死になって桜城に弾幕を張っていた2人のBランク達の直ぐ後ろ。


そこまで歩いた彼女は、少しの間、目の前に広がる前線の様子を見渡す。

そして、その長い栗色の髪を尊大にかき上げたかと思うと同時、


彼女は、浮いた。


地面から約5mの空中。そこで、フィールド全体を見下ろす。

前線で必死になって戦っている選手達を、見下(みくだ)す。

それが、河崎選手の異能力、リビテーション。


櫻井部長と同種の異能力ではあるが、出力が桁違いだ。

部長のリビテーションは、片手で持てる程の重さの物なら自由自在に飛ばす事が出来た。

だが、河崎選手は、


「さぁ、始めましょう。私の華麗なる一幕を」


河崎美遊は、両腕を肩の高さまで上げる。すると、彼女の足元で戦っていたBランクの2人がフワリと浮かび上がり、河崎選手の上げた腕の高さまで持ち上がった。

これがAランクの出力。自身を持ち上げ、更に人間2人を持ち上げても、まだ余裕がある。


「やりなさい、お前たち」

「「はい!」」


気だるそうな物言いで、見下す桜城前線に向けて指を突き立てる河崎選手。

その指示を聞いた2人のBランク達から、風と火の遠距離攻撃が繰り出される。

異能力の雨は、前線で戦っている桜城の先輩達に降りかかる。


「上から来るよ!盾役後退!」

「前線を退け!」


先輩達は前線を捨てて、防御役の後ろに移動して、態勢を整え直す。

すると、今まで防戦一方だった天隆前線が押し返し始め、近距離部隊からの反撃が始まる。


「今よ!前線を上げなさい!」

「美遊様が与えてくれたチャンス、絶対無駄にするんじゃ無いわよ!」

「「はいっ!」」


相手が活気づく。

一気に左翼が歪に歪み始めた。


「「「押せ押せ天隆!行け行け天隆!」」」

『パパパ〜ッパパーパパパ〜♬︎』


観客席も、天隆側は大盛り上がりだ。

桜城側も何とか張り合おうとしているのだが、人数の差で負けてしまっている。

一般客で埋まる後列の応援席からは、一斉に天隆側を称える声が上がり出していた。


「良いぞ!天隆!さすがAランク!」

「今年も天隆の優勝を見に来たぞ!」

「去年のユニフォームも良かったけど、今年のは更に美しいな」

「美遊様ステキ!こっち向いて〜!」


その様子を眺める河崎選手は、少し満足した様な顔をしていた。

その彼女が、再度フィールドを見下ろすと、少し表情を崩した。

彼女の視線の先には、未だに崩れない桜城の右翼が映っていた。


「目障りね。あいつを潰しなさい」

「「はい!」」


河崎選手は右翼の上空まで浮遊する。

そこでは、近藤先輩が1人で奮闘していた。前線で、天隆選手の攻撃を尽く受け切きり、桜城前線の要となっていた。

そこに、河崎選手の両側から、2種類の弾丸が撃ち下ろされる。


「ぐっ!」


苦悶の表情を浮かべる近藤先輩。

だが、そんなことで彼女の盾は消えはしない。

近藤先輩の防御力は、桜城でもピカイチだ。蔵人を除いてだが。

なのだが、


「随分と強固な盾ね。でも、こうしたら全くの無意味よ」


そう言って、河崎選手は手を伸ばす。近藤先輩に向かって真っすぐに。

すると、近藤先輩の盾が小さく振動する。

その振動は、見る見る大きくなり、そして、


浮いた。

土の盾が空を飛び、河崎選手が手を払うと、フィールドの端の方へ飛んで行ってしまった。


残された近藤先輩は、急いで盾を出そうと構える。

だが、遅い。

彼女が盾を生成するよりも先に、河崎選手の両脇からの攻撃が、彼女に着弾する。


『ベイルアウト!桜坂!04番!』


右翼の要であった近藤先輩が、やられてしまった。

これで、右翼前線も後退。桜城前線は為す術もなく、中立地帯と桜城領域の境目まで追いやられてしまった。


だが、そこで天隆前線の進軍は止まる。

これ以上は攻めて来ようとはしない。

それは、その先が桜城領域であるから。

桜城領域で戦えば、3分で天隆選手はペナルティを受けるからだ。


それが分かっているからか、河崎選手が動く。


「…そろそろ終わらせてあげる」


浮遊しながら、桜城領域に侵入する河崎選手達。

河崎選手は中立地帯から浮遊しているので、桜城領域に入ってもペナルティは受けない。

これがもし、天隆領域から飛んでいたら、反則扱いで退場となる。


桜城の先輩達が、浮遊する3人を睨む。


「円柱に近づけさせるな!」

「遠距離役は天隆01番に向けて集中砲火!」


遠距離役の先輩達は一斉に構え、河崎選手に向けて攻撃を放つ。

高速での飛行ではなく、ただ浮いているだけの3人。そんなもの的でしかないだろう。

桜城の先輩達の攻撃は、いとも簡単に河崎選手達の元まで到達した。

到達したと、思われた。


「ほんと、下らない攻撃ね」


しかし、無数に放たれた先輩達の攻撃は、一つとして当たらなかった。

いや、当たらなかったのではない。先輩達の狙いは正確で、これがただの的なら全弾命中だったはずだ。


それでも当たらなかったのは、河崎選手のリビテーションで、飛んできた全ての攻撃が、曲げられてしまったのだ。

これも、彼女の異能力。

WTCの変異種と同じだ。


彼女が浮遊させられるのは、何も人間だけではない。人間5人分くらいの重さの物なら、何だって浮遊させる事が出来る。

例えば、飛んでくる火炎も、土塊も、逸らすことが出来る。

人間に比べれば、それらを浮遊させるなど簡単なことだろう。


「これで終わりかしら?」


河崎選手が、桜城の面々に向けて嘲笑を浮かべる。


「くっ!まだよ!」

「回り込んで死角から撃ちなさい!」


先輩達も必死に攻撃する。

だが、尽く攻撃が逸らされ、上空からのBランク達の反撃を受ける。


「退避!」


その攻撃を、ギリギリで避ける桜城の遠距離部隊。

幸い、ベイルアウト者は出さなかったが、彼女達の連携は完全に崩された。


「…無様ね。先を行くわよ」

「「はいっ!」」


河崎選手は、先輩達に興味を無くしたのか、速度を上げてこちらに、桜城の円柱に近づいて来た。

体勢を崩された先輩達は、誰も追えない。

今、ここにいる者だけで、河崎選手達を止める必要があった。


「来たぜ、ボス。指示をくれ」

「よし。では始めようか、鈴華。俺達の舞台を」

「おぅよ!…じゃねぇな。ごほっ」


蔵人と鈴華は、円柱から手を離し、立ち上がる。

悠然と飛んできた3人の強敵を、しかと見上げる。


「…くっ!AランクとBランクが2人も。どうします?蔵人君。円柱を捨てて逃げた方がいいのではなくて?」

「何言ってんだ!俺達は天下の桜城生徒だぞ!あんな奴ら、俺の盾で追い返してやる!」


言い合いを始めた2人の目は、怪しく光っていた。

始まりました、天隆戦。

領域的には桜城が圧倒的有利。

ですが、河崎選手の攻撃で、桜城前線は壊滅的打撃を受けてしまいました。


「今は均衡しているみたいだが、もしもタッチを奪われれば厳しいだろうな」


桜城領域が狭まれば、その分タッチを狙いやすくなりますからね。


「桜城の円柱組がAランクを跳ね返さない限り、勝機は薄いな」


その円柱組ですが、何やら様子がおかしいですね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] うーん?自信満々なのにもう一人のAランクに部長ポジ譲ってるのか? 本命は控えの方でわざと目立ってるとか?
[良い点] クク、また面白いことをしてくれそうですね。ギリギリまで引きつてのカウンター、でしょうか。相手の油断を誘うようなこともしてますし、期待が高まります。 [気になる点] 蔵人氏の使う鉄盾。この盾…
[一言] なんか小芝居が始まった… 文章だけだと言葉遣いのせいで短髪チビの生意気なわんぱくキャラが浮かぶけど、そういえば鈴華は見た目はスタイルバツグンで長い銀髪の並外れた美人だったわ 知らない人からは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ