78話~闘いに勝つには、熱いハートとクールな頭脳だ~
冨道学園との激闘を制し、天隆学園との望まぬ邂逅を果たした蔵人は、なかなかに疲れていた。
久しく、魔力絶対主義という大きな壁を目の当たりにしたのだ。高ぶる思いを鎮める必要があった。
そんな蔵人は、次の準決勝に向けて、
昼食を摂っていた。
「凄かったよね!地面が波打ったかと思ったら、いきなり大きなお城がドドーンって現れたんだもん。僕、見ているだけで心臓がバクバクだったよ」
西風さんが興奮気味に、冨道戦の感想を述べる。
あまりにも感情的になったのか、手に持つフォークを空に上げ、城が突き上げた時を再現しようとしている。
林さんも同じ思いなのか、西風さんの隣で小さく頷いている。
「本当に、見ているだけでヒヤヒヤしちゃいましたよ。冨道学園の時もそうですけど、昨日の足立中との試合もずっと緊張しっぱなしで。巻島君がAランクの人と戦っている時なんて、私まともに音が出せなくて…」
今でもその感情を思い出したのか、林さんはフルフルと首を横に振って顔を強張らせる。
確かに、見ているだけでも恐ろしいだろう。CランクとAランクでは、まともな勝負にすらならないと言われているのだから。
蔵人も、後で部長から聞かされた事だが、あの時はかなり危険な状態だったらしい。
もしも彼女の炎で燃やされていたら、時間遡行すら効かない恐れがあった。
クロノキネシスの効果を得るためには、体組織の50%以上が必要なんだとか。
燃やされて、その灰が風で飛ばされようものなら、復活はかなり難航するとの事。
灰を集めるところから始めないといけないからね。
パイロキネシスには気を付けねばなと、蔵人は肝に銘じたものだ。
蔵人の横で、鶴海さんが「それでも」と声を上げる。
「蔵人ちゃんは見事に、Aランクに勝っちゃったわ。足立戦では素早さで、冨道戦では力と技術でね。本当に凄い事よ」
「いえいえ。先輩方がサポートしてくれたからですよ」
蔵人がそう返すも、鶴海さんは笑顔のまま続ける。
「どんなにサポートがあっても、私達Cランクからしたら、普通はAランクなんて敵う相手じゃないわよ。それに、たった2試合で7人もキルして、2人もアシストしているから、もしかしたらMVPもあり得るんじゃないかしら?」
「キル?それにMVPですか?」
蔵人が首を傾げると、鶴海さんが教えてくれる。
キルとはそのままの意味で、相手を倒した数の事。つまり、ベイルアウトさせた相手選手の人数を言うらしい。そして、アシストはキルを補助した時に数えられる。
それらの数が多いと、大会終了後にMVPに選ばれやすいのだとか。
蔵人の横で、若葉さんが得意げにカメラを持ち上げる。
「今のところ、キル数が一番多いのが天隆の河崎選手。確か11人だったかな。次が蔵人君で、その次は6人キルしている冨道の武田選手だよ」
あの武田主将でも6人。それを、河崎選手は倍近い数たたき出しているのか。
先ほどすれ違った女子生徒の風貌を思い出しながら、蔵人は卵焼きを頬張る。
すると、若葉さんが追加情報をくれる。
「ちなみに、去年の全国大会MVPは彩雲の選手で、21人だよ」
それを聞いて、蔵人は喉を詰まらせそうになった。
「21人?しかも、全国大会で?」
全国大会と言えば、都大会とは比べられない精鋭達が集う大会だ。
そんなエリート揃いの戦場で、河崎選手の倍近いキル数を出すとは、それは何という傑物なのだろうか。
蔵人の驚き顔に、若葉さんは満足そうに頷く。
「滅茶苦茶強かったらしいよ。単騎で相手陣営のど真ん中に乗り込んで、近寄る相手を尽く切り裂いていったんだって。返り血を浴びながらも、恍惚とした表情で人を斬るその姿に、全国レベルのAランクですら恐れをなしたとか。それで、付いた二つ名が鮮血」
鮮血。
その言葉を聞いて、蔵人は懐かしき戦友を思い出す。
そうか。あいつは今でも活躍しているのか。
まさか、同じファランクスの場にいるとはな。
蔵人は、また一つ、楽しみが出来た。
彼女とまた戦いたいという、”全国”まで行く楽しみが。
「鮮血かぁ。なんか凄く怖そうな人だね」
西風さんが、おにぎりを掴みながら徐に零す。
「でも、人を斬るっていうと、どんな異能力なんだろう?やっぱりエアロ系かな?」
「どうかしらね。刀を持ったブーストの可能性もあるし、パイロやアクアでも、異能力を刀状に圧縮すれば、かなりの切れ味になるわよ」
なるほど。そうなのか。
鶴海さんの解説を聞いて、蔵人が感心していると、若葉さんが再び情報提供をする。
「ちなみに、その鮮血さんの髪色は黒です。アクア系とかじゃなくて、墨のように黒すぎる黒髪だって話だよ」
そんなに、彼女の髪の毛は黒かったかな?
蔵人は、日向さんの髪色を思い出そうとして、諦めた。
あんまり、覚えていなかったのだ。
すまん。
西風さんが、空を見ながらつぶやく。
「黒かぁ~。じゃあ、ブーストかな?サイコキネシスって線もあるかも?」
「サイコキネシスは無理よ、桃ちゃん。殴ったり折ったりは出来ても、斬るなんて聞いたことがないわ。早紀ちゃんの戦闘スタイルを思い出してちょうだい」
「あ~…そうだね。早紀ちゃん、殴ってばっかだもんね」
なるほど。やはり、異能力種によって、得意な動作や性能があるらしい。
それでも、工夫次第では、サイコキネシスで斬撃が撃てるようになるかもしれない。
今度、伏見さんに提案してみるかな?
蔵人がそんな思案をしていると、西風さんがキョロキョロと辺りを見回す。
どうした?
「何か探し物かい?」
蔵人が声を掛けると、西風さんは頷く。
「うん。そう言えば、早紀ちゃん達はどうしたのかなって?鈴華ちゃんも、お昼も食べずに何処に行ったんだろう?」
「あら?2人なら特訓するって言って、ユニフォームを着て外に行っているわよ?」
鶴海さんが言うには、蔵人達が天隆と遭遇している頃に、2人だけで特訓をしに外に出たそうだ。
なんでも、冨道戦を見ていたら抑えられなくなったそうだ。
しかも、提案は鈴華からしていたのだとか。
ちゃんと部長の許可は取っているらしいが、物凄い気合の入れようだったと、鶴海さんはその時の鈴華を思い出して苦い顔をしていた。
特訓か。
蔵人は、何か嫌な予感がした。
それは、鈴華の性格から来る不安。
いつもエンジンがかかるまで時間が必要な鈴華だが、かかると凄い。
盾サーフィンの時も、結局日が落ちるまでやり続けていたからな。
やり過ぎて、次の試合に影響が出なければいいのだが…。
新たな不安が追加された昼食を終えて、蔵人達は次の試合に挑む。
準決勝の相手は、前回都大会ベスト8に残った強豪校、帝都中。
Aランク1人、Bランク3人のフルメンバーが揃っており、攻守バランスの取れた攻め辛い相手だと、事前情報では聞いていた。
だが、蓋を開けてみれば、そこまでの圧を感じない相手であった。
少なくとも、東京3大校の一角、冨道学園を相手にした後だと、何か物足りなさを感じる蔵人であった。
その物足りなさの原因は、桜城の先輩達にあった。
「行けるよ!このまま攻め込んじゃって!」
「左翼からAランク来るよ!遠距離足止め!」
「OK!そっちは中央の盾どんどん削っといて!」
「スイッチ!おりゃあ!そんな攻撃効くかぁ!」
勇ましい掛け声が、桜城前線の至る所から迸る。
相手の攻撃をものともせず、Aランクが攻めて来ようとも、怯まずに撃ち込まれる弾丸の雨が、相手のペースを大いに狂わせる。
先輩達のやる気が凄すぎて、完全に桜城のペースになっている。
そのせいで、蔵人は暇になってしまい、物足りなさを感じざる負えなかったのだ。
相手の動きは悪くはない。ここまで勝ち進む実力は確かにあり、決して弱い訳ではない。
それでも、前線は終始桜城が押し続け、決壊は時間の問題だった。
桜城の優勢。その事実が、蔵人の隣人を更にやる気にさせてしまっていた。
銀髪を風に靡かせ、鈴華は金属の拳をかち合わせる。
「よっしゃあ!あたしもやってやる!ボスみたいに、相手をボコボコにしてやるぜ!」
公式戦初出場の鈴華が、目を輝かせ鼻息を荒くしている。
足立戦、冨道戦でやる気を高めた彼女は、今も先輩達の熱気に当てられ、出走前の闘牛の様に、内なるパワーを解き放つ寸前の状態だ。
普段のやる気のない姿が噓のようである。
張り切りすぎて空回りしそうだが、蔵人はあえて何も言わず、彼女を前線に送り出す。
先ずは経験だ。思うとおりにやってみるがいい。
蔵人とスイッチした鈴華は、脱兎の如く目の前の相手に殴りかかる。
今、蔵人と鈴華は桜城の前線、左翼にて交戦中だ。
先輩達が良いペースで押している中、蔵人はどっしりと相手の攻撃を受けきり、前線の維持に努めている。
下手に攻め込めば、先輩達の邪魔になってしまうからね。足立戦のようなワンマンプレイは、ピンチの時にだけ行う。
前線に出てきた鈴華を、相手の中衛が狙ってくるので、蔵人は鈴華の横に出てガードする。
それ程強い攻撃ではない。左翼には相手のAランクが居るので、他の選手はCランクの様だ。水晶盾だけで十分に攻撃は防げている。
そのAランクだけは時折、強力な攻撃を撃ってくるので、それを防御するのが蔵人の役目だ。
とは言え、Aランクの攻撃でも、魔銀盾で1,2発は耐えられる。攻撃を弾くだけなら水晶盾でも耐えられるので、かなり余裕を持って対応出来ている。
足立戦の様に、集中砲火されたらこうはいかないが。
そんな事をしていると、相手の盾役と交戦していた鈴華がヨレヨレになって後退し始めた。
「くそ…何でだ。盾が全然壊れなねぇし、気づいたら味方下がってるし、マジで死ぬかと思った」
鈴華は戦う事に熱中しすぎて、先輩達が引いた時に一歩遅れてしまい、相手の盾に反撃を喰らったみたいだ。
周りが見えずに孤立すると、幾ら劣勢の相手とはいえ、攻めてくることもある。
蔵人がそれをやんわりと教えると、苦い顔で鈴華は頭を搔く。
「なんじゃそりゃ!周り見ながら戦わねぇといけないのかよ。ムリムリ。そんな余裕ねぇよ。なぁ、どうすりゃいいんだ?ボス」
蔵人の背に隠れながら、鈴華は蔵人の肩を揺らす。
さて、どう言おうか。
蔵人は、こちらに攻めてきた相手近距離役を蹴り飛ばしながら、少し考える。
「…鈴華は、どれくらい本気で戦っている?…いや、今のやる気は何%くらいだ?」
「やる気?そんなの100…いや、200%だ!やっとボスと一緒のフィールドに立てるんだ。ここでぜってぇ、良い所を見せてやるんだ。あたしもボスみたいに、敵を蹴散らせるってとこを見せてやる!」
また鼻息を荒くする鈴華。
蔵人は、執拗にこちらを狙っていた相手遠距離役を、シールドカッター(無回転)をぶち当ててベイルアウトさせながら、鈴華に半分振り向いて指摘する。
「それだよ鈴華。君が周りを見えなくなっているのは、意気込み過ぎているからだ」
「はぁ?意気込み過ぎ?気合を入れて何が悪いんだ?」
確かに、真面目に戦ってくれと言ったのは、他でもない蔵人自身だ。
気合を入れたら強くなれる。そう勘違いさせたのかもしれない。
蔵人は、鈴華に正対して、言う。
「…鈴華。熱くなるのは良い。だが焦るな。闘いに勝つには、熱いハートとクールな頭脳だ」
やってやる。その意気込みはとても大事だ。
だが、心だけでなく体も思考も突出してしまっては、それはタダの猪突猛進だ。
やってやる。その思いと、どうしたらやれるのか。その冷静な思考能力。
この2つが合わさって初めて、本当の力になるのだと、何時かに学んだ蔵人。
「熱いハートに、クールな頭脳…」
難しいそうな顔を返す鈴華。
蔵人は前線を振り返り、久々に来たAランクの攻撃を弾き返した後に、背中越しに頷く。
「具体的には、やる気を80%位にするんだ。普段の練習で、お前さんが集中しだした時と同じくらいの熱量に。そうすれば、いつも以上に周りが見えなくなることはない」
「でも、それじゃあ良い所見せられないじゃないか!」
蔵人の言葉に、鈴華は不満そうな声を出しながら、蔵人の腕を掴む。
それくらいじゃ防御に支障はきたさないが、あまりくっつき過ぎるなよ?サボってるのがバレるぞ?
「普段以上の事をしようとするから、上手く行かないんだ。そもそも、普段の練習はその為に行っているのだぞ?非日常で、今のような試合の中で、少しでも練習通りに動く為に、繰り返しなぞり、刻み、体に覚えさせている」
「でも、それじゃあボスはどうなんだよ?昨日も今日も、練習以上の事をしているじゃないか!」
鈴華の大きな声に、周りの先輩達がこちらを向く。
「ちょっと2人とも。言い合いするならフィールドから出てくれる?」
しまった。説教しているのが先輩達にバレてしまった。
バレないようにちゃんと仕事をしていたのだが、流石に大きすぎる声だったか。
それに、蔵人は前線の維持に貢献しているが、鈴華は完全に戦力外である。
Bランク1人分のハンデを背負ったまま、試合が進んでしまっている。
今は桜城が優勢とはいえ、いつ転じてもおかしくない。
「すみません!もう戻りますので」
謝りはする蔵人だったが、話を中断しようとはしない。
何せ、鈴華こそが、次の天隆戦の要なのだから。
ここで彼女のやる気を上手く誘導しなければ、次の試合が危うくなる。
蔵人は、相手前線をアイアンドームで急襲しながら、鈴華に語り掛ける。
「鈴華、君の言う通りだ。今俺は、普段の部活で行っている練習以上の事をしている。でもそれは、部活以外でも練習しているからなんだ」
クリエイトシールド。この異能力が発現してから。いや、発現する前から、ずっと訓練を積み重ねてきた。
赤ん坊の頃からずっと、基礎となる魔力循環から、龍鱗の演武までを日課としてきた。
部活がある平日は、少し省いたりもしたけれど。
「そりゃ、試合の中で、新たな試みはしているさ。でもそれは、今までの練習を組み合わせたものだ。基礎はしっかりとある。全く新しいことを、本番でやっている訳じゃないんだ」
「部活以外でも練習?それじゃあ、あたしは…」
鈴華の声に、若干の影が射す。
蔵人との練習量の差を思い描き、彼女が築き上げた自信が、揺らいでいるのかもしれない。
いけない。
別に、鈴華の心を折りたい訳じゃない。
蔵人は追加のシールドカッター(無回転)で相手左翼を蹴散らした後、鈴華に振り返り、彼女の肩に手を置く。
「鈴華も、ずっと練習してきただろ?部活に入った後も、その前も。それは俺には無い力だ。異能力種も違うし、戦い方はもっと違う。俺には出来ない事を、君は出来る。それで俺を、俺達を助けてくれ」
蔵人がそう言うと、鈴華はゆっくりと顔を上げて、少し微笑んだ。
「まっ、ボスが言うように、やってみるっきゃないんだよな?」
そう言って、鈴華は蔵人とスイッチした。
腕を鳴らす彼女の表情は、今の蔵人の位置からは伺えなくなってしまった。
でも、もう大丈夫だろう。
「桜城がどんだけキツい練習をしてきたか、ちょっくらアイツらに教えてやるぜ」
鈴華の声が、いつも通りに戻っていたから。
その後、試合は桜城優勢で進み、最後には桜城のファーストタッチで結果は決した。
コールドにはならなかったものの、Aランク抜きでも見事に強豪校を退かせる事が出来た。
今回は、蔵人も大人しく盾役だけに徹した。
…途中、幾度か遠距離技も使ったけどれ、あれは鈴華との会話時間を作るためだ。ノーカン。
兎に角、勝てたのは完全に、先輩達の力に依るものだ。
いや、先輩だけではない。鈴華もしっかりと仕事をして、相手選手の盾役を1人、ベイルアウトさせている。
動きも、序盤とは比べられない位良くなっており、しっかりと周りを見ることが出来ていた。
その鈴華は、今は蔵人と一緒に競技場外に来ていた。
「ボス…これ…難しいぞ」
額から汗を垂らしながら、懸命に腕を突っ張って何かをしている鈴華。
そんな鈴華に、蔵人はエールと風を送る。
「いい線行ってるよ!このまま行けば、次の試合で大活躍だ」
「ほ、ホントかよ…」
鈴華の問に、蔵人は大きく頷く。
「この技の完成度次第で、桜城が天隆戦に勝てるかどうかが決まると言っても過言じゃないからね」
蔵人は言いながら、鈴華に向けた盾の回転を少し速くする。
4枚の盾を円状に並べて回すそれは、盾の扇風機だ。
日が昇るにつれて熱を含む空気を、少しでも和らげたいと思い、蔵人は回し続ける。
「よっ、しゃあ!やって…やるぜ!」
扇風機の効果なのか、蔵人の言葉の影響か、鈴華はやる気になってくれた様だった。
この技がうまく行けば、あの河崎選手を出し抜けるだろう。
彼女の異能力、その弱点を突くことが出来る。
蔵人は、近くで2人を見ている先輩に目線を送る。
「どうでしょう?」
次の試合で、この技は通用するでしょうか。
そういう意味で送った言葉は、
「暑いわ」
先輩の感想で潰えた。
蔵人は仕方なく、もう1つ扇風機を作り、先輩にも風を送るのだった。
ええっと…帝都中との試合、勝ちましたね。
「ざつぅ!戦闘描写雑過ぎだ!」
いえ、あの、報告書もかなり大雑把でですね…ほら。
「ざつぅ!報告書の方が雑!放った技名くらいしか書いておらん」
仕方ありませんよ。久我さんの教育の為に、片手間に相手していたのですから。
「それはそれで酷い事だぞ?」