75話~手を出すではないぞ!~
ご覧いただき、ありがとうございます。
※本文の中に、選手が歌う部分があります。本来はしっかりと歌っていますが、ここで歌詞まで入れてしまうと、BANされてしまうため、ボカシております。
「面倒なことだ。著作権など、止めてしまえば良いものを」
この本書も、それに守られているのですよ?
「ならばよし!」
都大会3日目。
今日は大会最終日。準々決勝から決勝まで、一気に行ってしまう。
とは言え、残り8校での試合。試合数で言えば8試合分(3位決定戦含む)しかない。
初日が30試合強。昨日も30試合弱あったことを考えると、試合と試合の合間はかなり余裕が出来る。
決勝戦後に簡単な表彰式があるとの事だが、それを含めても、夕方頃には終わるだろうとの話だった。
また、昨日足立中に勝ったことで、ベスト8に残れたらしいので、関東大会への参加資格は何とか獲得出来た。
その嬉しさからか、学校に帰り着いて早々、サーミン先輩が打ち上げをしようと騒いでいたが、部長や3年生から叱られていた。
確かに関東大会出場は決まったが、関東大会の初戦の相手は、都大会の順位で決まる。順位が高ければ、他県の順位が低い中学と当たれるので、とても有利となる。勿論、逆も然り。
なので先輩達は、今日の試合も絶対に勝ちたいと考えており、浮き足立つ足をしっかりと地面に固定させている。
とは言え、先輩達の顔はとても明るい。
関東大会出場を決めたからと思っていたが、どうもそうでは無いらしい。
昨日の帰りのバスではずっと、蔵人は先輩達に囲まれていた。
「蔵人くん、君のお陰で勝てたよ!ありがとう!」
「あの突進凄かったね!あれって狙って出来るの?何か条件があったりする?」
「めっちゃ速かったけど、足大丈夫?もし痛いなら、学校のカウンセラーに依頼すれば、夏休み中でも何とかしてくれるよ。都大会優勝が掛かっているて言えば、飛んできてくれるから」
「冨道学園ってかなり防御高いんだけど、あの吹っ飛ばしって何㎏の相手まで出来る?」
「それより、蔵人君、途中で盾飛ばしてたよね?遠距離攻撃出来るの?射程どれくらい?遠距離役で出て欲しいんだけど」
「いやいやいや。遠距離とかナイナイ。突っ込んだ方が良いよ。冨道は前線での勝負になるんだから、貴重な盾役取らないでよ」
「冨道はそうかもしれないけど、決勝は天隆でしょ?盾役なんて無視して来るよあいつら」
「決勝は決勝でしょ?今は冨道をどう倒すかだよ!」
「冨道も天隆も明日でしょ!帰って両方の対策練るんだから、遠距離にも蔵人君貸してよ!」
こんな会話が、昨日のバスの中でも、学校に着いてからもずっと続いていた。
話す口調は熱くなっているが、先輩方が論ずる内容は、とても前向きだ。
昨日までの先輩達は、完全なお通夜状態で、試合の話はミーティングの時位しか出なかった。
だが、今は違う。どうやって勝つか。どうやって優勝するかを、本気で考えている。
そこには、昨日までの、Aランクがいないからと諦めていた先輩達の面影は、一切無くなっていた。
会場に着いても、先輩達の意気込みは変わらず、フィールドに立った時と同じくらい気合いが入っている様に見えた。
「集合!」
「「「はい!!」」」
部長の生気が戻った号令にも、キレのある動きで答える選手達。
「試合前、最後の確認を兼ねたミーティングを行います。初戦の相手は冨道学園。防御特化の名門校です」
部長の言葉に、選手一同一斉に頷く。
昨日のミーティングでも聞かされた話だが、あえて最後の確認を行う。
冨道学園。
通称、不動。
東京都中学の異能力部の中でも、天隆、桜城に並ぶ名門校。毎年関東大会出場は勿論、一昨年までは桜城と2位争いをする事も多かったライバル校。
ほんの3年前であれば、天隆ですら敵にならない程の逸材を輩出した武闘派学園である。
蔵人もこの学校とは、少なくない縁を持つ。
十文字学園。小学1年生の決勝戦で戦った真田さんは、この学校の姉妹校に在席していた。
蔵人達が相手の情報を整理し、控室へと歩いていると、その道の途中で見知った顔を見かけた。
彼女は、こちらに手を上げている。
…恐らく、俺に来いと言っているのだろうな。
蔵人は先頭を歩く部長の元に駆けより、少し頭を下げる。
「すみません、部長。少し外してもよろしいでしょうか?」
蔵人が頭を下げると、部長は少し目を開く。
「珍しいわね。いつも規律正しい貴方が、そんな事言うなんて」
そう言う部長だったが、蔵人の自由行動を許してくれた。
早く戻ることと、護衛役に佐々木先輩と秋山先輩を付けることになったが。
「久しぶりだね」
蔵人が手を上げて少女に駆け寄ると、彼女は壁から背中を離して、腕を組んだ。
「そうね。まさか貴方がファランクス部に入るなんて思わなかったわ。シングル部に入って、直ぐにでも有名になるかと思ってたのに、どうして?ここは特区の外みたいに、危険じゃないでしょ?」
黒のセーラー服を着た彼女は、何処か大人っぽく見えたのだが、相変わらずの上から目線が降り注ぐ。
変わらない彼女の様子に、蔵人は自然と笑みが浮かぶ。
「男は門前払いでね。君がお膳立てしてくれていたら、あの時みたいに入れたかもしれないよ。武田さん」
小学校の同級生、武田さんが、そこには居た。
蔵人の軽口を、武田さんは小さく鼻を鳴らすだけで受け流す。
おっ、煽り耐性も付いてるぞ。
「折角良い事を教えてあげようと思ったけど、そんな事言うなら教えてあげないわよ?」
「良い事?」
蔵人の返答に、武田さんは半笑いでこちらを見つめる。
「冨道の主将は、私の従姉なのよ。だから、どんな異能力か教えてあげようと思ってね」
冨道の主将は確か…3年生Aランクの武田選手だ。
ああ、確かに。同じ武田だ。
蔵人は彼女の意図が理解できて、直ぐに頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「ふんっ。まぁ、貴方のそういう所は、良い所だと思うわ」
武田さんは満足気に笑い、話してくれた。
冨道学園3年、武田選手。
彼女はAランクのソイルキネシスで、土を使った防御が得意中の得意。
特に、土の柱をいきなり突き上げてくる攻撃と、自身を中心に大きな土のドームを作る絶対防御は厄介なのだとか。
「以前行われた試合の中には、その絶対防御に円柱を守られてしまって、優勢だった相手校は形勢逆転されたらしいわ。ファランクスには厄介なルールがあったでしょ?侵入ペナルティって言ったかしら?」
3分間相手領域に滞在すると、退場扱いとなるルールね。ファランクスの醍醐味とも言える。
武田主将はそのルールを逆手に取り、相手選手の主力を一気に退場させたのだとか。
土ドームに阻まれて、侵入カウントだけが溜まり、急いで戻ろうとしたところを、冨道前線が阻んでレッドカードにしたとか。
誘い込み漁みたいなものだな。なかなかに厄介だ。
ただ、この話は部長達も知っていたし、対策は立てていた。
しっかりと相手前線を崩してから攻め込むという事と、桜城遠距離部隊の集中砲火で土ドームを崩すという2つだ。
仮令Aランクとは言え、Cランク以上の攻撃を集中砲火されたら、いずれは崩れる。
それに、相手の円柱付近では、侵入カウントも遅くなるらしい。
確か、半径10mで半分に。半径5mではカウント自体が止まる。
武田主将の土ドームは5m程と聞いているので、接近してしまえば6分は大丈夫だ。
そう思っていると、
「あ、因みに、あの人の土ドームは去年より大きく、強固になってるわよ。大きさは確か、8mくらいだったかしら」
その情報に、後ろの先輩達が「えっ」という声を漏らした。
それを聞いた武田さんは得意顔だ。
有力な情報と分かったのだろう。
そんな彼女は更に続ける。
「あと、あの人は男がとことん嫌いだから、気を付けてね」
そう言い残し、武田さんは足取り軽く観客席の方に歩いていく。
「男嫌い、ねぇ」
蔵人は彼女の言葉を繰り返し、顔を強張らせる。
何か、一波乱ありそうだなと。
『これより、第4回戦第2試合、私立、桜坂聖城学園と、私立、冨道学園の試合を始めます』
会場全体にアナウンスが響き渡り、蔵人達、桜城選手団が入場する。
現在の時刻は10時より少し前。
これから整列して、円陣を組んでから各配置に着く。
試合開始は10時丁度になるだろう。
桜城側は、佐々木副部長を先頭に、白銀の騎士達がズラリと並ぶ。
蔵人達は後ろの方だ。この並び順も、学年毎、ランク毎に決まっている。蔵人は1年生のCランクだから最後尾。先頭は部長かAランクの主将さんだ。
そして、蔵人達の目の前には、山のように大きな武者達がズラリと並ぶ。
真っ黒の甲冑に小さな角が2本生えた鎧兜。まるで真っ黒な鬼のようなデザインで、とても防御力が高そうな装備だ。
そして何より、背の高い選手が多い。
桜城選手は、蔵人や数名の先輩が170cm近くで、後は160前後。150cmも無い先輩も数人いる。
それに対し冨道側は、殆どが170cm近いタッパを有しており、中には180cm近い娘も見受けられる。
米田さんレベルの娘は居ないにしろ、これだけ背の高い選手にズラリと並ばれると、威圧感が半端ない。
そして、その威圧感の塊が、チラチラと蔵人を見下ろしている。
『冨道の主将は男嫌い』
武田さんの一言が、思い返される。
何だい?早速いちゃもんでも付けてくるのかい?
もしかしたら、Aランクを倒したと言う情報が、既に耳に入っているのかもしれない。
そう思った蔵人だったが、
「…なぁ、男子がいるよ」
そんな呟きが、相手側から聞こえ漏れる。
「集中しろよ。準々決勝だぞ」
「でも男子がいるよ。どうする?アタイらが当たったら、怪我させちまうよ」
「桜城には男子生徒もいるのは知ってるだろ。それに、男子はどうせ円柱役だ。あたしたちが関わる事はないだろうよ」
ヒソヒソ声だが、蔵人には筒抜けだ。
どうやら、昨日のジャイアントキリングは知らなさそうだ。
足立中との試合は、昨日の終盤だったし、別に動画を撮られていた訳では無いので、知れ渡る筈もなかった。
だが、それを知らなかった蔵人からすると、彼女達が蔵人を知らない事に一安心するのだった。
知られるという事は、対策を打たれるという事。
故に、あまり強い技は使いたくないのが蔵人の内情であった。
兎に角、思ったよりも相手校から蔵人に対しての印象は悪くない模様。
蔵人は安心して、試合前の握手に臨むのだった。
黒い武者達が色めく。
「やった、男の子と握手出来る」
「おい、試合後の握手は譲れよ?」
「いいけど、男の子がそこまで居てくれるか分かんないよ?」
なかなか楽しい人達だな。
蔵人は一度手を拭いて…手甲なので拭く必要がない事に気付き、素直に手を前に出した。
のだが、
「手を出すな!」
爆発が起きたかのような、轟音が、右側から破裂した。
そちらを見ると、佐々木副部長の目の前にいた大きな女性が、腕組みをしてこちらを睨んでいた。
「触れてはならん!そ奴は男である!男に触れるなどあれば、我らが汚れるぞ!」
その言葉で、蔵人の目の前にいた女子選手は、凄く悲しそうな顔でこちらを見る。彼女の伸ばしていた手は、途中で止まっていた。
爆音は、続けて鳴り響く。
「他の者共も、手を出すではないぞ!桜城の女共は、か弱き男を戦場に出すような卑劣者よ!そのような者達に触れれば、我らも汚れるは必須!天隆との大一番を前にして、戦の女神に見放されれば、我らの勝機も薄くなるやもしれんのだ!」
相手主将の一喝に、冨道陣営は全員が身を引いた。
その様子を見た相手主将は小さく頷き、佐々木副部長に向き直る。
「一同、礼!!」
相手主将の号令で、冨道の選手達は一斉にこちら側へ頭を下げ、頭を上げると、そのままキビキビと自軍領域に戻ってしまった。
なるほど、あれが武田さんの言っていた従姉さんか。
蔵人は相手主将の背中を見ながら、首を振る。
だが、武田さんよ、あれは男嫌いなのではなくて、時代錯誤の武士なだけだ。あべこべだがな。
桜城側も円陣を組み、その後は各々のポジションへと、選手達が走り着く。
蔵人のポジションは、前線の盾役だ。
相手が防御主体で来るので、ある程度防御役を多めに配置し、前線が押され過ぎないようにしている。
そして、相手の陣形は、
「やっぱり、不動陣で来たね」
下村先輩が零す。
不動陣。冨道学園が得意とする陣形。
通常、最初のポジションとは、
盾役:3
近距離役:4
遠距離役:3
サポート:0~1
円柱役:2~3
というのが基本型と呼ばれている。
それに対し、不動陣は、
前衛:9
中衛:0
円柱役:4
という、極端に偏った配置だ。
しかも、前衛の殆どが盾役である。
亀の様に前線を押さえつけ、円柱の待機ポイントで勝利する。
正に防御のみの戦法。
対して、今回の桜城配置は、
盾役:4
近距離役:2
遠距離役:6
サポート:1
円柱役:0
と、こちらも極端に遠距離に寄せている。
元々、桜城の先輩方は遠距離役が多く、盾や近接で相手を足止めして、遠距離でとどめを刺す戦法を得意としていた。
なので、今回は機動力の無い盾ばかりの相手に、必要最低限に前線を維持出来る火力を残し、残りは全て遠距離役に人数を割いた。
待機ポイントを捨て、タッチのみで勝負を決める、超攻撃型の配置だ。
ちなみに、サポート役は鹿島先輩。ハーモニクスで味方のバフを担当する。
鹿島先輩の異能力範囲は広くないので、前線の比較的近くにいる。
というより、蔵人の真後ろくらいにいる。
「蔵人君、身体は大丈夫?昨日、相当無茶したでしょ?」
昨日から繰り返される心配りが、ここでも配られる。
「大丈夫ですよ。この通り、筋肉痛にもなっていませんから」
蔵人は、少し振り向いて、肩を回す。
本当はAランクにトドメを刺した時、無理に動いたので体中打ち身だらけなのだが、そんなことはおくびにも出さない。
出していない筈なのに、鹿島先輩は安心しなかった様で、作戦を繰り返し蔵人に伝える。
「昨日あんな動きして、大丈夫な訳無いじゃない。良い?試合開始したら真っ先に蔵人君にバフを掛けるけど、有効時間は3分だから、効果が切れる前に私の所まで下がって来てよ?」
鹿島先輩の役割は、遠距離部隊のバフ掛けだ。
なのにこんな前線にいるのは、蔵人にもバフを掛ける為だった。
蔵人を前線に出すなら、絶対にバフを掛けた状態でないとダメです。
昨日、鹿島先輩がそう言って、部長に直談判したのだ。
流石の部長も、鹿島先輩の熱意に折れて、かなり危険なポジションからのスタートを計画してくれてた。
「ありがとうございます。鹿島先ぱ」
『準々決勝第一試合、開始まで10秒です!』
蔵人がお礼を言い切る前に、放送がそれを塗り潰して行く。
仕方なく、蔵人は前を向き直す。
目の前には、黒い壁が連なっていた。
〈動かざること山の如く〉
〈なびかざること岩の如し〉
その壁の向こう側、冨道学園の応援席で、そんな言葉の垂れ幕が、風を受けてはためいていた。
冨道学園が、不動と呼ばれる所以の一つだ。
『ファァアアン!!試合開始!』
「「「うぁあああああ!!!」」」
「「「おうじょう!パンパンパン!おうじょう!パンパンパン!」」」
「「「ふーどーお!ふどお!おう!!」」」
開始と同時に始まる応援合戦。
歓声と音楽とが入り交じり、波のように押し寄せてくる。
それと同じくして、蔵人にだけ届くのは、暖かな声。
「ららら~らら~らぁ~ら~♪」
鹿島先輩のハーモニクスだ。
体のうちから力が湧いてくる。
「…良い?一節だけだと、あまり効力も無いの。無茶はしないで」
心配そうに見つめる鹿島先輩に、蔵人はしっかりと頷く。
「行ってきます」
蔵人は振り向く。相手校へと。
その黒く山のような冨道前線は、整列した時の何倍もの威圧感を醸し出している気がした。
…随分とキャラの濃い方が登場しましたね。
「そうか?少し前まで、こんな奴らばかりであったろう?」
それ、何時代の話ですか?