69話~まさか、実在したのか!?~
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投稿開始から早2か月。
皆様からの変わらぬご愛読に、改めて感謝を。
ファランクス地区大会が終わった翌日の早朝。
蔵人は若葉さんと手をつないでいた。
…勿論、ユニゾンの練習である。
GWが終わってから1か月余りの間、蔵人の朝練は若葉さんとのユニゾンがメインとなっていた。
他の練習もしようと思ったのだが、若葉さんは既に自分の異能力を使いこなしており、ユニゾン以外は自主練で補えると判断したためだ。
そして、彼女とのユニゾンについてだが、かなり形になってきている。
先ず、当初は3分と持たなかったユニゾンの継続時間は、今では15分まで拡張している。
更に、その状態で龍鱗を発動させると、慶太の時とは違う形状を見せるようになっていた。
それは、なんと言ったらいいか分からないが、金属の箱だ。
カメラを媒介にすると、それがバラバラになり、龍鱗と混ざり合って金属の鱗となる。
それらが合わさり連なった姿が、2m四方の金属の箱のようなのだ。
これは、なんだ?と、困惑を隠せなかった蔵人達。
試しに、他の媒介でも出来ないかと、色々やってみた。
その結果、ハンディカメラやノートPC、扇風機や炊飯器、電動ミシン等の小型家電であれば龍鱗化することが出来た。
大きさは、その媒介とした機器の体積で変わるみたいなのだが、形状は皆、金属の箱である。
何故だ?何故龍にならん。金属の龍なぞ、会ったことがないからか?
「ぶはぁー!疲れたぁ!」
若葉さんが息を盛大に吹き出して、訓練棟の床に倒れ込む。
彼女の傍らには、今回媒介にした掃除機が小さく折りたたまれている。
龍鱗化した際にバラバラになる小型家電達だが、龍鱗化を解くと、”何故か”元の姿に組みあがっている。
コイツも謎だ。
蔵人が悩んでいると、足元から声が掛かる。
「どうかな?蔵人君。都大会は優勝できそう?君が活躍して、偉い人の目に留まれそうかな?」
若葉さんが体を起こし、挑戦的な目でこちらを見上げる。
蔵人は少し首を斜めにする。
「どれも不確定な事だから明言はできないけど、優勝を目指し、活躍できるように努力は重ねるさ」
その言葉を受け、満足そうに頷く若葉さん。
その彼女に、「だが」と言葉を続ける蔵人。
「巻島蔵人という名前で売り出せない事は、承知してもらいたい」
男子選手はフルフェイスで顔を隠すという特例処置があるが、同じく名前も隠すようになっている。
蓮華中との練習試合で、サーミン先輩が「レオン君!」と呼ばれていたのもその為だ。
男子選手は何らかのあだ名、通称を用意して、それが試合中も適用されるとのこと。
そして、蔵人の通称は…ない。
思いつかない。
一時は「黒戸」にしようかとも思ったが、それは危険だ。
様々な世界でバグを相手取った黒戸の名は、それだけ敵に恨まれている。
もしも、バグを回収した魔王や勇者達がこの世界に転生していたら、彼ら彼女らに狙われる可能性もある。
よって、「黒戸」は脳内会議で却下となった。
思いつかなかった蔵人は、とりあえず「96番」と背番号で呼ばれることとなった。
なので、
「思いつくまでは、俺は桜城の96番として、名前を売ることになるだろうよ」
それでも問題ないと、蔵人は思っている。
名前と言うのは、その人を示すタグである。
個人名も中二臭い2つ名も、特定の個人だと分かれば同じ役割をしてくれる。
桜城の96番で名前が売れようと、世界の真実を知る算段に狂いはないだろう。
蔵人がそう弁解すると、若葉さんは勢いよく立ち上がり、片手を高く上げた。
「じゃあ、蔵人君の2つ名は、私が考えてあげる!」
そう宣言して、満面の笑みを向けてくる。
なので、蔵人も満面の笑みを浮かべて、首を振る。
「怖いから、イヤ」
朝練も終わり、朝のホームルームで先生の連絡事項を聞いていると、ちょっとしたサプライズがあった。
先生が、何時にも増して真剣な、深刻な顔でみんなに告げる。
「今日から各部活は、活動休止です」
何?活動休止!?
しかも、全ての部活動がだと…。
蔵人の胸の内が、ザワめきだす。
これは、何かヤバい事件の臭いがする。
もしかしたら、とうとうバグが表面化して、日常生活に支障を来すレベルまで膨れ上がったのかもしれない。
とうとうこの時が来てしまったか…。
蔵人は早速行動を起こそうと、重かった腰を上げる。
が、
「2週間後の期末テストまで、テスト勉強期間とします」
続いた先生の言葉に、つんのめる蔵人。
周りの皆が心配そうに蔵人を見る。
やめて、向けないでくれ。
恥ずかしい奴を見る、その視線。
蔵人は静かに、席にお尻を着ける。
「皆さん、部活動が無いからと言って、遊び歩く事が無いように。特に、今回の期間で赤点…平均点数の6割以下の点数を取った人は、夏休みに補習があります」
先生の補習という言葉に、今度はクラス中が反応する。
「うそ、補習?!」
「夏休みにだって。私、予定があるのに!」
「私も!グアムに行く予定なのに、どうしようぅ〜」
「私はロンドンです。補講で行けないなんて事になったら、お姉様達に申し訳が立ちませんわ…」
「6割って事は、平均が60点だったら…36点!?数学でそんな取れないよぉ〜」
一人一人は囁き声でも、一斉に話し始めたので、クラス中がガヤガヤと五月蝿くなる。
普段は礼儀正しいお嬢様が多い桜城だけに、これ程騒がしくなるのは珍しい光景だ。
それだけ、みんな心配なのだろう。
仕方がない。中学生になって初めての大型テストだ。どれだけ厳しい問題なのか、不安となる。
特に、受験という荒波を乗り越えてきたCランク女子達は、数学に苦手意識を持っているみたいだった。
「はい!皆さん静かに!始まってもいないのに悲観しない!夏休みを謳歌したかったら、この2週間を最大限利用して、しっかりとテスト勉強をするように!以上!」
先生はそう言うと、教室から出ていく。
蔵人は机に座り直し、腕を組む。
かく言う蔵人も、一抹の不安を抱いている。
もしも、赤点など取った日には、ファランクスの大会に出られない可能性が高い…いや、確実に出られないだろう。そうなれば、折角マネージャーから選手へ大抜擢してくれた部長に合わせる顔がない。若葉さんとの計画もとん挫する。
万が一にも、赤点など取れない。
1つとしてだ。
幸い、普段の授業で、蔵人は苦労していない。
中学1年生にしては授業の進みは早いとは思うが、何度も学生を繰り返している黒戸からしたら、ああ懐かしき光景と左団扇でいられる。
しかし、試験問題も簡単とは限らない。
何せ、頭を捻っても答えが見えなかった入試問題を作る桜城だ。難問が何問あるかで話が変わる。
「…ふぅむ」
蔵人が唸っていると、隣の若葉さんが心配そうに尋ねてくる。
「随分暗い顔だね。テストの事?」
「うん?ああ。そうだよ。テスト、大丈夫かと思ってね」
「赤点とったら、ファランクス部の大会出られないもんね」
「そう。そこなんだよ」
若葉さんの的確な指摘に、蔵人は大きく頷く。
すると、少し焦った声が後ろから飛んできた。
西風さんだ。
「うぇ!?赤点取ったら、部活出来ないの!?」
西風さんの驚いた表情に、若葉さんは頷く。
「他の部活はどうか分からないけど、ファランクス部は大会の真っ只中だから、補習となったら大会へは行けないね」
「そんなっ!大会あるから免除とかにはならないの?」
西風さんの悲痛な叫びに、本田さんは少し呆れ顔で首を振る。
「ないない。だって桜城だよ?」
その容赦ない言葉に、西風さんは両手を机に着いて項垂れる。
「もうダメだ…おしまいだぁ…」
そんな西風さんに、若葉さんは明るく声をかける。
「野菜星の王子さん、そんなに悲観しなくても大丈夫だよ」
そう言って、彼女は数枚の紙を取り出す。
そこには、びっしりと書かれた文字と数字の羅列。そして、でかでかと真っ赤な数字がひとつ書かれている。赤数字は、42と。
これは!と、蔵人は目を見開いて、若葉さんを凝視する。
「まさか、実在したのか!?」
「えっ?なに?宝の地図?」
憂鬱な顔から笑顔に切り替わった西風さんが、紙を見上げる。
蔵人はそんな彼女に頷く。
「ああ。今の俺達からしたら、間違いなく財宝だ。なんたってこれは、過去問。恐らく新聞部の先輩から借りてきたんだろ?」
「ふっふっふ。そのとーり!」
若葉さんが得意げに胸を張る。
だが、それを不思議そうに見つめる西風さんと、白井さん。
蔵人は首を傾げる。
「どうした?あんまり乗り気じゃないのかな?」
過去問とは言え、自分の実力以外に頼る事に抵抗があるのだろうか。
そんな事言っている位に余裕があるのか?と、蔵人が考えていると、
「かこ、もん?ってなに?」
白井さんからの一言。
なんと。過去問を知らないのか?
不思議に思った蔵人は、彼女達から聞いてみる。すると、こんな回答が帰ってきた。
白井さん達の桜城の受験勉強は、良い所の塾に通っていたそうだ。
で、その塾でも過去問は幾重にも解いていたが、それが過去問であるという認識はなく、ただ何となく前に出された問題を解き続けていたのだとか。
良い所の塾になると、合格までのプログラムが自動的に走るようになっているのだな。
住んでいる家のグレードにも驚いたが、こういう所も、彼女達が特区の住人であると再認識させられる。
そんな彼女達に、蔵人が過去問について教えると、2人は若葉さんを崇め奉り始めた。
「ありがとうございます~若葉様ありがとうございます〜」
「かみさまーめがみさまー」
この様子だと、過去問は2人に貸出し、蔵人は自力で挑むしか無さそうだ。
それでも、少しは見せて貰ったので、傾向は何となく掴めた。これは大きい。
赤点回避なんて小さな目標を掲げず、それなりにいい点を取ろう。
そう思う蔵人だった。
それから2週間は、蔵人も異能力の自主練は程々に、試験勉強に打ち込んだ。
授業の復習やテキストのやり込み、桜城高等部の入試問題なんかも挑戦してみた。
過去問を見た限り、かなりニッチな問題も取り入れているみたいで、念には念をだ。
特に世界史がエグかった。教科書では乗っておらず、先生が配ったプリントの端っこに載っていた部分から出していたりと、そんな調子だ。
別に意地悪をしている訳じゃない。
高等部の入試問題を解いてみて分かったが、過去に出た入試問題からピックアップしている様だった。
黒戸は他の世界でも、社会科で赤点を取った事があるので、しっかりと勉強をしておかないと危険だった。
色々な世界に行っているので、色んな歴史がごちゃ混ぜになっているのだ。
とある世界では、天下統一をしたのは豊臣ではなく、地方の武家だったり。
イギリスではなくフランスで第一次産業革命が起きたり。
第三次世界大戦が起きていたり。
異界のモンスターが侵略してきていたり。
第二次世界大戦が起きずに異能力が開花して…それはこの世界の事か。
兎にも角にも、蔵人はこの世界の常識を頭に詰め込む為、頑張った。
勿論、朝練は続けた。
ここで止めたら、折角掴んだコツがわからなくなる。それは避けたい。
でも、そうすると蔵人だけでなく、若葉さんの勉強時間も削ってしまう。
それは不味いと思い、蔵人は朝の練習時間を少し減らし、その空いた時間に2人で勉強した。
分からない問題を2人で教えあったので、効率は良い。
特に、動いた後だからか、集中しやすかった。
「ここの問題なんだけど」
「ああ、掛け算は足し算より優先して行われるけど、かっこが付いている場合はこっちが優先なんだよ。だから、こうなる」
「ああ、ここがおかしかったのか!」
こんな具合に。
ちなみに、若葉さんの得意分野は国語と英語で、数字は若干苦手みたいだった。方程式の話とかをすると、若干顔が強ばる。
でも、普通の問題は解けているので、多分大丈夫だろう。赤点は無さそうだ。
「数学はルールが幾つかあるけど、そういうモノと思っておけば良いよ。何故こうなるとかは、理論が難しいから。車の運転と似たような物と思って欲しい。原付の交差点右左折方法とか」
「…車ね。運転した事あるの?」
おっと、これは失言だった。
無い、と嘘を言えば、多分若葉さんだと騙せないな。
蔵人は、仕方なく頷く。
「昔、ハワイで親父に習った」
「薬で子供に戻ってるの!?」
ある意味正解だ。
と、そんな冗談を交えたりもしていたが、蔵人達は順調に勉強を捗らせた。
そして、試験当日。
試験は1日で詰め込み行われた。
1限目が、国語。まだ古文とかは先の先なので、出てくる問題は現代文オンリーだ。
それでも、かなりの長文がいきなり2問。そして、漢字の読み書きや語句の入れ替え等の小問題が後ろに連なっていた。
蔵人は、時間のかかる長文は後回しにして、先ずは確実に点数が取れる小問題から取り掛かる。
蔵人が全ての解答を埋めた直後に、終礼の鐘が鳴った。
かなりギリギリだったな。長文を丁寧に紐解き過ぎた。見直しが出来なかったから、ちょっと不安だ。
そう蔵人が心の中で悔いていると、周りの娘達は声に出して嘆いていた。
「うっそ!もう終わり!?」
「全然解けなかった!半分くらい残した!」
「わたくしなんて、長文の途中でしたのに!」
阿鼻叫喚。クラスの大部分が頭を抱えて嘆いている。
そうだよな。大学入試と思うくらい、時間配分が厳しいテストだった。
慣れていないと、いきなりの長文で時間を取られ過ぎて、後半に手が付けられない。
まさか中学一年生から、こんなセンター試験レベルの技術を問われるとは…。流石は桜城と言うべきか。
「はい!お喋りより手を動かして!早く解答用紙を回収して下さい。今から筆記用具を触ったら、カンニングと見なしますよ!」
そんな感じで、試験は進んで行った。
2限目の数学も、3限目の英語もなかなかの量だったが、国語程ではなかった。
4限目の理科は、昼食後に行われる。
この昼食会で、蔵人達は戦況を各自報告した。
「頭がパンクするぅ〜」
「時間足りなすぎ!国語なんて半分解けなかったよ!」
「英語、何書いてるか、分かんない」
西風さん、本田さん、白井さんが嘆く。
状況は、壊滅的の様子。
他の隊員も、顔色は良くなかった。
蔵人は、共に戦った隣の若葉さんを見る。
「若葉さんはどうだった?」
「う〜ん。一応、埋めはしたけど、数学でちょっとミスした所がありそうなんだよね」
「何処?」
「えっと……ここ」
若葉さんが問題用紙を出して示した所を見て、みんなが唸った。
「あ〜、ここね。ここ僕も悩んだ」
「分かんないから、飛ばした」
「グラフの問題ですね。確かに分かり辛いですよね」
西風さん、白井さんはウンウンと共感する。
林さんは、どうなんだろう?出来ていそうな雰囲気だ。
「そう言う蔵人君はどうなのさぁ」
西風さんが、若干恨めしそうに聞いてくる。
蔵人は肩を窄めて、首を振る。
「みんなと変わりないよ。それに、俺の苦手分野は午後からだから、主戦場はまだ先だよ」
蔵人の答えに、みんなは納得した様な顔をした。
「そうでしたね。巻島君は、社会科が苦手なんでしたっけ?」
「そうそう。この間なんて、1939年に第二次世界大戦が起こるって解答していたもんね。映画の見過ぎだよ」
「あれは蔵人君のおふざけだよ!本気でそんな間違いするはずないじゃん!」
林さんの問いに、本田さんが笑いながら答えて、それを西風さんが怒っている。
怒ってくれるのは有難いが、あれは本気だ。すまん。
そんな蔵人の腕を、白井さんが指でちょんちょんと突く。
「社会、得意。今度教えてあげる」
「ああ、ありがとう。今度頼人と一緒に習いに行くよ」
「任せて」
白井さんが、めっちゃドヤ顔で頷く。
可愛いな。
「わ、私も社会科得意だよ!」
本田さんが、焦った様子で参戦を表明してきた。
本田さん。貴女は英語が得意ではなかったかい?
頼人の一言で釣られたんだな。
蔵人が苦笑いしていると、
「あたしも!あたしも得意だよ!」
「私なんて、数学以外超得意だよ!!」
クラスの女子達まで割り込んできた。
普段は朝夕の挨拶だけに留めている彼女達まで狂わせるとは、恐るべし頼人効果。
そう、思っていると。
「頼人様の勉強会ですって!是非参加させて頂きますわ!」
とんでもない上等兵が飛び込んできた。
蔵人は咄嗟に叫ぶ。
「九条様!どちらから湧き出したのです!?」
「おーほっほ!私と頼人様の間に、クラスなんて関係ありませんわ!」
あまりに突然な出現に、滅茶苦茶失礼な突っ込みをしてしまった蔵人。
だが、九条様は気にされた様子もなく、高笑いでそれを受け流してくれた。
まったく。何処から聞きつけたんだ、この御方は。
蔵人は、頼人が九条様を危険視している理由が、何となく分かった気がした。
皆がワイワイと盛り上がりを見せ、蔵人も自然と笑顔を浮かべる。
そんな幸せに漬かり過ぎていたからだろうか。
蔵人は、見逃していた。
蔵人を見る、彼女の表情の、変化を。
何だかんだ言っても、主人公は学生さんですからね。
学業も本分ですよ。
「テスト結果によって、あ奴の夏が決まるのだな」
はい。熱血ファランクスルートか、苦悶の夏期講習ルートか。
「嫌なルート分岐だな」