65話~聞かせてもらうぞ、この世界の真実を~
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「世界の真実、か」
若葉さんの言葉を蔵人が繰り返すと、彼女は大きく頷いた。
「正しくは、この世界が隠す真実だよ」
「世界が隠す?それはまた、大それた事だ。秘宝かい?それとも、誰も目にしたことのない新大陸かい?」
ジャーナリストを目指す者の中には、そういった神秘に心躍らせる人も少なくはない。彼女も、そういう情熱を持った熱き女性なのだろう。
蔵人はそう思い、楽し気に若葉さんに問うた。
だが、若葉さんはそれを、静かに否定した。
「私が知りたいのはただ一つ。おばあちゃんの足取りだけなんだ」
「おばあ様の?」
話の方向が大きく変わった。とても繊細な方向に。
蔵人は声を落として、慎重に聞く。
「詳しく聞いても、良い事かい?」
「うん。寧ろ聞いて欲しいんだ。おばあちゃんの事を」
そう頷いて、若葉さんは語り出す。
若葉さんの母方のおばあ様は、若葉さんが生まれる少し前に行方不明となってしまった。
元々写真家だったおばあ様は、ちょっと取材にと家族に言い残し、旅立たれたのだとか。
だが、そこから二度と帰ってくることはなかった。
残された家族はあらゆる手を使って、おばあ様を探したそうだ。でも、見つかるどころか、失踪した原因すら掴めなかった。
大きな事件に巻き込まれたにせよ、旅先でトラブルに見舞われたにせよ、何かしら情報はあるはずだった。
でも、おばあ様に繋がる情報は何も得られなかった。
「警察や、役所にも問い合わせたんだ。何度も、何度もね。でも、何にも分からない。調査中ですとしか返って来なかったんだよ」
そうして随分と時間が経ってから漸く、おばあ様は何か大規模な自然災害に遭われて行方不明となったと、地元警察から一方的に連絡があって、それきり情報は途絶えた。
そうして、詳しい状況も分からずに、事件は迷宮入りした。
かのように思われた矢先、
状況は大きく動く。
それは、若葉さんが小学2年生の頃。
「おばあちゃんから、電話が来たんだ」
『お前、若葉かい?』そう聞いてきた電話の向こう側の相手に、当時の若葉さんはおばあ様とは分からずに、曖昧な返事を返し、それでも、電話の向こうの人物は満足そうに泣いたそうだ。
1分にも満たない短い会話。帰ってきた両親にその時の会話を話したことで、漸くそれがおばあ様だと断定された。
「おばあちゃんは生きてる。でも、何か事情があって帰って来られないんだ」
何時にもまして強い光を放つ彼女の瞳に、蔵人は小さく首を傾げる。
「何かの事情。それが、世界が隠す真実だ、という事かい?」
おばあ様の失踪。それは確かに大ごとである。
だがそれでも、”世界”が隠すというのはいささか大げさのようにも思える。
何かのトラブルに巻き込まれているのか、地元警察の怠慢か、はたまたおばあ様自身に何か帰れない事情が出来てしまったか。
言い方は悪いが、個人の問題のようにも聞こえる。
そんな風に考えていた蔵人の前に、若葉さんは人差し指をピンッと立てる。
「ねぇ、蔵人君は、アグリアって知ってる?」
藪から棒だな。
だが、おばあ様の話と何処かで繋がっているのだろう。
蔵人は彼女の話に乗ることにして、小さく頷く。
「報道で流れる情報程度はね。国際テロ組織、アグリア。この異能力世界の在り方に疑問を持つ人達が集まり、世界各地で凶行を行う過激派テロ集団である。という事ぐらいは」
「本当に、そう思う?」
若葉さんのその顔は、何かを訝しんでいる様に見える。
以前、蔵人がアグリアの事件を話題にした時、
『本当にそうかな?』
そう言った時と同じ顔だ。
「若葉さん、君は、アグリアの存在自体を疑っているという事か?」
「ううん。実際にある組織だとは思う。思うけど、そんなに大したことない人達だと思う。正しくは、”大規模テロ”なんて起こし得る力なんて持っていないってね」
”大規模”なテロは起こせない。それはつまり、小さなテロであれば起こせるという事。
テロの規模とはなんだ?使用された爆薬の量か?それとも…。
被害者数…。
蔵人の脳裏に、何時かのニュースが思い起こされる。
『…神奈川県警の発表では、死傷者は一般人、隊員を含めて32名。行方不明者は11名に上るとされ、国際テロ組織怒れる者の犯行であると見て…』
『ロシアで起きた同時多発テロを受けて、各国からの支援…未だ声明は出されていませんが、国際テロ組織アグリアが関わっているものとみられ、国連の…』
『今回の作戦は、我々、武装組織怒れる者が主導したものだ。作戦は失敗ではない…』
もしかしたら、そう言う事なのか?
蔵人が顔を上げると、じっと蔵人を見つめる若葉さん。
彼女が言いたい事、それは…。
「犯行声明が出た事件、つまり、アグリアが犯人であると明確な事件は、小規模なものしかないという事か」
小学生の頃に聞いた事件。あれは、特区検問にトラックが突っ込むという事件で、死傷者は犯人側だけであった。
そして、その事件のすぐ後に、アグリアを名乗る”男”から犯行声明が流れたのだ。
だが、他の事件では、アグリアの犯行声明は流れず、事件の被害は死傷者を多数出す甚大な物だった。
蔵人の答えに、若葉さんは頷く。
「私も同じ意見。そもそも、アグリアって組織は異能力を嫌っている”男性達”の犯罪集団って事になってる。でも、それって、凄いおかしいんだよ。例え男性が何人いても、どんなに武装していたとしても、精鋭の高ランクが揃う軍隊の前では、赤ちゃんと変わらないんだよ。だから、世界大戦は直ぐに終結して、世界は女性中心になったんだし」
歴史が既に証明している。男性は女性には勝てないと。女性は男性よりも強いのだと。
それである筈なのに、アグリアは世界各地でテロ行為を繰り返し、甚大な被害を出し続けている。
弱いはずの男性が、精鋭の女性達と渡り合っている事になってしまう。
「つまり、アグリアとは別に犯人がいる。もしくは、アグリアが軍隊とも渡り合える様に、力を貸す協力者がいる、という事かな?」
「そう。そして世界は、世界各国の政府はそれを隠している。まるで、アグリアだけが悪者だと言うかのようにね」
「ふむ。なるほど。それが世界が隠す真実か」
政府が何故隠すのか。それは色々と憶測できる。例えば、真の犯人が宇宙人や異世界の魔物等であった場合。
この場合、公表したら大きな混乱が予想される。世界経済に大きな不安材料が投下され、株価は一気に下がるだろう。そんなことしたら、膨らみ続ける戦費を賄うことが出来なくなり、相手に大きな隙を与えることになる。
国民の不安を煽り、政府打倒を打ち出す組織も出てくるかもしれない。それこそ、本物のアグリアが勢力を拡大するかも。
または全然違う発想で、真の敵を倒したくない場合も考えられる。
いま世界は、第一次世界大戦以降、国家間の戦争は起きていない。それは、アグリアに手を焼かされているからで、逆に言えば、アグリアという共通の敵がいることで、世界各国は纏まることが出来ている。
SF映画でエイリアンが地球侵略に来る話があるだろう。あんな感じだ。
つまり、本来はもっと複雑な敵が相手なのに、アグリアという分かりやすい敵を表に出すことで、国民の感情を操っている可能性がある。
あくまで空想の話だが、少し考えるだけで、政府が真実を隠す動機は幾つか仮説が立てられる。
「それでね」
若葉さんが、小さく声を上げる。
「おばあちゃんが行った旅先でも、大規模なテロ活動があったみたいなんだ」
若葉さんのご両親が直接現地に赴き、一般人に情報提供を求めたところ、そう突き止めたらしい。
何か大きな爆発があり、急に軍隊が瞬間移動してきて、その場所に急行して行ったと。
だが役所は、そんなテロなどは起きておらず、記録的な大雨による洪水が起きたのだと言い張ったそうだ。洪水が起きたから、軍に救援依頼をして、それが地元の人間にはテロ対応のように見えたのだろうと。
だが、本当にそうだろうか?
この世界は異能力世界だ。観光客が巻き込まれる規模の災害が起きるとしたら、事前に察知することも出来たはずだ。
未来予知。
遥か先の未来まで見通すことが可能な最上位種異能力。多少の誤差はあるにせよ、この国はその異能力で数々の災害を事前察知して乗り越えてきていた。
1923年、関東大震災。1959年、伊勢湾台風。1995年、阪神淡路大震災。
これらの大災害の時、日本では事前に避難勧告がなされており、また予測された日の1か月前から厳重態勢を敷いて、いざ災害が起きた際は迅速に救護活動を行ったそうだ。
そのお陰で、史実のように何千人もの被害を出すことはなく、また復興も早かったそうだ。
特区を作り、ランクという目に見えた差別を強いるこの世界で、低ランク異能力者が大人しいのはこのためだ。
いざという時には高ランク異能力者が助けてくれる。そう分かっているから、日本国民はランクを、魔力絶対主義を受け入れている。
…と、話が大きく逸れたので戻そう。
つまり、おばあ様が巻き込まれたという洪水。その初期対応がおかしいのだ。
普通、避難勧告が出されている地域に観光客は足を踏み入れられない。それなのに、おばあ様は災害に巻き込まれたとされていて、地元警察はまともに調査もしていない。
それはつまり、普通の災害ではない何か、地元住人がテロだと言ったその事件を、政府が隠していると考えられる。
それはまるで、世界各地で起きる大規模テロの真相を隠すのと同じように。
「なるほどな。それで繋がった」
世界が隠す真実。それがどんな形であれ、若葉さんのおばあ様は、その真実を知ってしまったが為に、帰してもらえないのだろう。
だから、若葉さんは知りたいのだ。この世界の真実を。おばあ様を取り戻すために。
それは分かった。では、話を大元に戻そう。
「それで、俺に何を求める」
元々、龍鱗のネタを何に使うのかという話であった。
この事件の真実と、蔵人をどのように絡めるのか。
問われた若葉さんは、携帯をポケットにしまって、代わりに首から下げていたデジカメを手に取った。
「うん。最初はね。蔵人君が何か知っているんじゃないかって思ったんだ。君の白竜を見て、君なら、この世界の真実が何なのか分かるかもって」
そう言いながら、デジカメを操作する若葉さん。カメラを裏返し、一枚のデータを見せてきた。
そこに映るのは、2年前。流子塾の夏合宿に誘われて、御岳山山頂で頼人とユニゾンした時の白竜だ。かなり遠めの写真ではあるが、気持ちよく天を昇る我々の様子が見て取れる。
まさか、こんなものまで把握しているとは。
蔵人は乾いた笑顔を浮かべていると、若葉さんは首を振った。
「でもね、こうしてちゃんと話し合って、この1か月を君と過ごして、分かったんだ。君はそんな裏技をして、こんな規格外な力を手に入れたんじゃないって。ちゃんと努力して。ずっと努力して勝ち取った力なんだって、分かったんだ」
「そいつは…お褒め頂き光栄だ」
そんな特別なことはしていない。泥臭く、地味な基礎練習を、ただただ積み重ねただけ。
本当なら、その練習方法を教えてくれた異世界の師匠達こそ、この称賛を浴びるべきである。
謙遜する蔵人に、デジカメを仕舞った若葉さんが、輝く眼を向けてくる。
「うん。だからね、そんな君に、お願いしたいんだ。もっと強くなって、もっと高く昇って、この世界の真実を知ることの出来る位置まで昇って欲しいんだ」
つまりそれは、蔵人に地位を確立して欲しいという事か。
政府が隠すレベルの情報を、引き出せるくらいに高く。
それは、
「いいだろう。その話、乗った」
それは蔵人としても、望むべきことであるし、元々その方向も考えていた。
力を得て、ある一定の地位を築き、バグの情報を得る。
一般人では閲覧できない情報でも、力で地位とコネクションを築けば届くと考えて、日々の訓練もこなしていた。
「…良いの?そんな簡単に」
あまりに早い回答に、若葉さんがおずおずと問うてくる。
そんな彼女に、蔵人はしっかりと頷き返す。
「良い。というより、俺も自分の目的の為に、そうするべきだと思ったのさ」
「蔵人君の、目的?」
復唱する若葉さんの疑問に、蔵人は空を見上げる。
来る時は晴れていた青空は、今は厚い雲に覆われて、見えなくなっていた。
「俺もね、君と同じように、とある人物を探している。そいつは奇怪で厄介な奴でね。至る所で事件を起こすんだ」
嘘ではない。バグは、時として人の形をとることもあるからだ。
まだこの世界のバグが何なのか、生物なのか現象なのかも分からない状態だが、分かりやすいように蔵人は言い換えた。
だが、詳しくは語らない。
もしもここで、「実は俺は異世界人で、天界からの密命で世界を破滅させるバグを探していて、そいつを除去するのが俺の仕事だ」なんて語り散らかしたところで、中二を拗らせた頭オカシイ奴だと白い目で見られるのが落ちだろう。
「事件を起こす?なんか、迷惑な人だね」
若葉さんが困惑気味に、同調してくれる。
蔵人は苦笑いで、それに答える。
「全くその通り。だから、君が求める真実がもしかしたら、そいつにたどり着く手掛かりになるやも知れないんだ」
もしも、真のテロリストとやらがエイリアンや異世界の悪魔であれば、それがバグである可能性は非常に高い。
そうではなくとも、いずれは動き出そうとしていたのだ。今動き出すのもそれ程時期尚早ではないだろう。
ここで動き出せば、若葉さんという強力な助っ人も仲間に出来る。
故に蔵人は、彼女の申し出を喜んで受けた。
ただし、
「君の目的に協力するには、一つ条件がある」
「条件?」
人差し指を立てる蔵人に、若葉さんは首を傾げる。
先ほどとは真逆の立場だ。
「そうだ。俺が君に協力する代わりに、君も一緒に強くなるんだ。俺と一緒に異能力を鍛えてほしい」
「ええっ!?」
驚く若葉さん。だが、これは当然の提案だ。
蔵人が上を目指すという事は、それだけ周囲から注目を浴びるという事。
強い力には、必ず悪い奴らも寄って来る。そんな中で、非力な彼女が近くにいれば、当然として彼女を標的と見る者も現れるだろう。
力は必要なのだ。
例え、ジャーナリストであっても、サポート型異能力者であっても。
「う~ん。確かに、取材をする上でも、危険な状況に踏み入らないといけない場面は結構あるし、強くならなくちゃいけないのは、分かるよ。でも、私なんかに出来るのかな?サイコキネシスではあるけど、私の力は、本当に弱いよ?小さな金属とか、そういう軽いものしか持てないし、手の届くくらいの範囲しか伸ばせないし…」
だから、彼女は自己紹介の時に、細かい作業が得意だと言った。小さく軽い物しか持てない能力だから、それくらいしか特色が無いのだと。
だが、
「俺も一緒だ。盾しか出せない。居ても居なくても変わらない、変わりがいくらでも利く異能力。最下位種。そう言われた俺は、この異能力の特色を見つけた。それを鍛えて、ある程度戦えるようになってきた。それはきっと、俺だけの特別ではない。誰もが成し得る。君も同じ可能性を持っているんだ、若葉さん」
蔵人は手を伸ばす。こちらを不安そうに見る若葉さんに。可能性の扉の前で、立ち止まる友へ。
「若葉さん。共に行こう。おばあ様を探すために、真実を知るために」
若葉さんは暫く眉間に皺を寄せて、考え込んだ。
でも、直ぐに目線を上げて、ゆっくり、恐々とだが、自分の手を、蔵人の手に重ねてくれた。
「分かったよ、蔵人君。私も、出来るか分からないけど、頑張ってみる。頑張って、一緒に強くなるよ」
その手を、蔵人はしっかりと掴んだ。
「ああ、そうだな。共に行こう。共に目指し、共に高め、頂へと昇り、会うんだ、この世界を知る者に。そして」
蔵人は空を睨む。
「聞かせてもらうぞ、この世界の真実を」
青空を隠し続ける曇天は、ぶ厚いこの世界の天井のように、蔵人達を見下ろしていた。
「黒戸と蔵人の目指す先が一致したな」
どちらも力を示すという意味で、同じ方向を向きましたね。
「噛み合ったとも言えるな。二重螺旋の様に」
あ、貴方もですか…。
話が入り組んだので、下記に纏めてみます。
イノセスメモ:
・若葉さんの御婆様が失踪。
・現場にはテロが起きた跡がある。
・だが、政府はテロは起きてないと否定。
・世界でもアグリアのテロが絶えない。
・でも、アグリアは男性の集まりで、そんなに力が無いのでは?
・他にテロ行為をする組織(敵)がいて、何故か政府がそれを隠してる可能性大。
・その敵の正体が分かれば、御婆様の行方も知れるのでは?