63話~あっ、男の子も来るよ~
ご覧いただき、ありがとうございます。
誤字脱字報告も、ありがとうございました。
まだまだいっぱいありますね…。
「改行したからな。誤字も発見しやすくなったのだろう」
誤字が隠れていたんですね…。
今日は5月6日。GW最終日である。
蔵人は若葉さんに教えてもらった西風さんの家を目指して、特区の空を飛んでいる所だった。
西風さんの家は、桜城よりも少し東に行ったところ。丁度桜城と天隆の間に位置しているとのこと。
服装は、いつもの黒戸服だが、リュックには合羽も入っている。天気予報で夜半から雨との事だったので、用心で持ってきていた。
特区の天気予報は、気象学と未来予知を両方使っている為、物凄く正確だ。
天気だけではなく、地震等の災害や、火事などの事故・事件も予知できるのだから、流石は異能力世界である。
西風さんの家までの航行中、蔵人は昨日の事を思い出す。
5月5日。
昨日蔵人は、頼人と会っていた。
なかなか学校でも接触できなかった蔵人と頼人。
頼人とはこのまま、徐々に接点が無くなっていくのかと思っていた蔵人の携帯に、彼から電話が掛かってきたのだ。
この日、この場所で会えないかと。
そうしてやってきたのは、東京特区、千代田区の千鳥ヶ淵公園。
皇居の西側に位置するこの公園は、特別な許可がないと踏み入ることが出来ないようになっている。というのも、この世界の住人は異能力を持っているので、誰かれ構わず皇居付近に近寄らせる訳にはいかないのだ。テレポーターとデトキネシスが揃うだけで、陛下を狙ったテロだって出来てしまう。
という事で、頼人達は事前に入園申請をしており、それが無事に許可されている。巻島の名前を使ったから、一般人よりも早く許可が下りたらしい。
今、蔵人の近くにいるのは、頼人と、頼人の護衛として水無瀬さん。そして、周囲10m程に宮内庁のSPが数人見張っている。このSP達は、蔵人達を見張っているのだ。物々しい。
ここまで準備したのは、頼人がAランクの男子だからである。
どこに行っても注目され、また攫われる危険を常に伴う彼は、人が行き交うショッピングモールやアミューズメントパーク等にはそうそう行けない。
特区外なら、高ランク異能力者も少ないので良いのでは?とも一瞬考えたが、特区外はセキュリティが整っておらず、それはそれで危険である。特区の中なら5分以内に駆けつけるIPSP警察も、特区外だと数時間かかる。
幼稚園での氷結騒ぎの際も、特殊部隊が駆けつけてくれたのは、蔵人が全員を運び終わった後であった。そのことからも、特区外で何かあったら大変なのである。
では巻島本家で会えば良いのでは?とも考えたが、これは蔵人が行けない。氷雨様の許可が下りないからだ。
氷雨様は、あまり蔵人を良く思っていないようである。Cランクではあるが、シールドという最下位種であるから、巻島家の敷居を跨ぐことを好ましく思っていないらしい。頼人を手に入れた途端に、新年会に呼ばれなくなったのはその為だ。
なんて人だ!と氷雨様だけを悪者の様には、蔵人は思えなかった。
この、魔力ランクや異能力種を重視するのは一般的で、魔力絶対主義者としては普遍的な考え方である。故に、氷雨様が、ではなく、この世界の常識がそうなのである。火蘭さんが悲しい顔をするのも仕方がない。
と、話は逸れたが、そんな事情もあったので、蔵人と頼人はこの場所で面会をしている。
蔵人達は、千鳥ヶ淵公園で散歩したり、水無瀬さん達が用意してくれた昼食を取りながら、お喋りをした。
こんな事で、折角の自由時間を使ってしまって良いのかと思ったが、本人はこれが良いと言っていた。忙しいお稽古事の憂いを、ここで十分に発散できていると。
そう言ってもらえると、蔵人としても嬉しい。
頼人は最近、学校ではアイススケートにハマっているそうだ。部員の皆さんは、頼人に対して過剰に接したりはせず、部員同士の仲は良好らしい。
白井さんはどんな感じか聞いたら、笑ってこう答えた。
「白井さんはいつもぼーっとしてて、でも、興味がある物には積極的になるから、危なっかしくて目が離せないんだ。この間も、梶山先輩の新しい靴が気になったみたいで、先輩がクルクル回っているのに近くへ近寄ろうとするから、慌てて止めてね。大変だったよ」
口調こそ愚痴の様だったが、表情は明るかった。
後で水無瀬さんに聞いたが、頼人は白井さんにはある程度心を開いているのだとか。
いい雰囲気なのかこっそり確認してみたが、周りからは兄妹の様に見られていて、頼人本人も、妹がいたらこんな感じなのかと呟いた事があると言っていた。
まぁ、頼人が心休まる時間を作ってくれている事には変わりない。
蔵人は、明日白井さんに会ったら、しっかりとお礼と、今後とも宜しく言うと心にメモった。
昼食の後にはボートに乗りながら、巻島家での生活についても聞いた。
以前、瑞葉様にもお聞きしたが、色々と稽古を付けさせられて大変みたいだ。異能力の訓練もそうだが、最近はそれは減ってきて、ピアノ、ダンス、習字に加えて、お茶やお料理なんかもやらされているのだとか。それに加えて各科目の家庭教師も付けているから、本当に時間がない。
黒戸が以前、異世界で仕えていたお嬢様が、様々なお稽古事を嗜んでいたのを思い出す。あれは確か、将来嫁いだ時に恥ずかしくない教養を身に着ける為だと言われていたが、多分一緒の意味なのだろう。
この世界では、今やそれが通常で、蔵人の様に異能力をぶん回している方がおかしい…と言うか、周囲からはじゃじゃ馬娘の様に見えるのだろうな。
兄さんも一緒にやらないか?と、頼人からお誘いを受けたが、全力苦笑いでパスさせて貰った。
今はダンスよりも異能力だ。将来、どうなるか分からないが、力は必ず役に立つ。
未だにバグが何かは明確でないが、力は人を守り、時として他の力にも繋がったりする。それは、権力や財力だったり、コネクションだったり。
頼人との楽しい一時はあっという間であった。時間にして3時間くらいだったろうか。久しぶりに彼の笑顔を沢山見ることが出来た。
蔵人は頼人と別れ際、時間がある時にファランクス部に顔を出して貰うように約束し、可能なら助っ人で入って欲しいと願い出た。
頼人は少し困った様な顔をしたが、氷雨様が許可を出したら行きたいと言っていた。
今は難しいだろうが、何時かは彼と肩を並べて戦いたいものだ。
その為にも、この世界に蔓延する魔力絶対主義という壁を、壊す必要がある。
蔵人がこっそり、そんなことを決意していると、水無瀬さんが近づいてきた。
「蔵人様。これは、その、ここだけで留めて頂きたいお話なのですが…」
そう言って教えてくれたのは、頼人の周辺事情について。
どうも、この数年間、頼人の近くで不審な女性を見かけることがあったのだとか。
そいつは、いつも帽子とサングラスを掛けて、遠目から隠れる様にこちらを見ており、護衛が気付くと、さっさとその場から逃げ去るのだった。
だが、4月に入ってしばらくすると、この女の姿はどこにも無くなってしまっており、氷雨様からも「もう気にするな」とのお達しが来てしまったので、誰にも相談できなかったのだとか。
蔵人様もお気を付け下さいと、水無瀬さんが心配してくれているのだが、多分そいつは我々の母親だ。申し訳ない。
とは言え、何故急に”姿を消した”のかは分からないし、氷雨様が”わざわざ”釘を刺すのも気味が悪い。
巻島家が何かしているのか?とも思えるが、分からないので用心をするに越したことはない。
頼人達の背中を見送りながら、蔵人はそう結論付けて、その日は終わった。
昨日の出来事を思い返していると、いつの間にか西風さんの家付近まで来た。
このまま飛行スタイルは目立つので、一度着陸し、スケボースタイルで住所の付近まで近寄る。
さてここか?と地図から目線を上げて建物を見ると、そこには10階建ての高級マンションが鎮座していた。
縦も横も広いし、壁にひび割れ箇所は勿論、汚れも見当たらない。更に、1階はオートロックになっており、玄関はホテルのロビーかと見まごう程の絢爛さで光っている。
ビル違い…という事ではなさそうだ。マンション名は合っているから。
確か西風さんは「普通の家だよ?」と言っていた気がするのだが、何処が普通の家なのだ?
そう思って、改めて周囲を見回すと…。
うん、確かに、この地域のレベルで言ったら、普通レベルなのかもしれない。
特区の建物って、凄いよね。
インターホンに部屋番号を入れて、コールする。
『はーい。どちらさま?』
女性の声が返ってきた。多分、西風家の方。学友3人の誰でもない声だと思う。
「こんにちは。西風…桃花さんのクラスメイトで、巻島くら」
『あー!巻島君ね!待っててね!今、迎えに行かせますんで!ちょっと待っててくださいね!!』
「あ、いえ。ここを開けてくれたら行きます…って、切れてる」
蔵人が返答している最中に、受付してくれた人はインターホンを切っていた様だ。なんて早とちりな。
しかし、迎えに行かせるとは誰をだろうか。ここで待っていれば良いのかな?
蔵人が困惑していると、エレベーターが チンッ と鳴って、そこから西風さんと若葉さんが出てきた。
西風さんがインターロックの扉を開けながら、ちょっと恥ずかしそうにうつむき加減で挨拶してきた。
「や、やぁ。いらっしゃい」
「わざわざ出迎えてくれて、ありがとう。随分オシャレしてるね?」
蔵人は、西風さんがフリフリのレースがふんだんに使われた、可愛いらしい服を着ているのを見て、少し考えた。
あれ?今日って、勉強会だよね?誰かの誕生日とかじゃないよね?若葉さんはジーパンスタイルだし、俺、場違いじゃないよね?
黒戸スタイルの蔵人は少し心配したが、西風さんはグッと詰まりながら教えてくれた。
「こ、これは、お母さんが、男の子が来るんだからって、無理やり」
どうも、蔵人が原因な様です。
特区は男子が少ないからね。
史実で言うなら、女性の影が全くない高校生男子が、急に彼女を連れて来た時の両親の様な状況…よりも切羽詰まった状態なのか。女子に対する男子の割合が極端に少ないからな、この特区は。
蔵人は認識を改めて、頷く。
「そうか、俺が原因だったか」
蔵人がしみじみ言うと、西風さんは慌てた様子で手をブンブン振った。
「あ、いや。全然、気にしないで。お母さんが勝手にやっただけだから」
おっと、西風さんに気を遣わせてしまった。そんなつもりで言った訳じゃなかったのだが、これは不味い。
蔵人は軌道修正しようと、言葉を重ねる。
「でもその服、西風さんに似合っているね。可愛いと思うよ」
「か、かわ!かっ!」
西風さんの顔が、茹でダコの様に真っ赤になった。
しまったな。好感度を上げてどうする。
蔵人は内心、頭を抱える。
選択肢を間違えたか。でも、あのまま何も言わなかったり、おちゃらけて服の批判なんてしたら、西風さんは落ち込むこと間違いなしだ。繊細だからな、女性は。
西風さんを悲しませるよりは良い結果だ。でも、このまま彼女達を喜ばせて、その気にさせ続けるのは不味い。俺はこの世界のバグを修正したら、また旅立つんだから。この世界に未練は残せない。
そう考えると、この世界ってかなり難易度高くないか?と、蔵人が内心で上司に文句を言っていると、隣の若葉さんが何時までも動こうとしない2人をせっ突く。
「ほらぁ〜何時までそうやってるのさ。私一人で行っちゃうよ?」
「う、うん!行こう!さぁ!行こう!」
そう言って西風さんは、ゼンマイ仕掛けの兵隊の様に、ぎこちない動作でエレベーターに乗り込む。
蔵人は、その様子を見ていた若葉さんと顔を見合わせ、お互いに苦笑した。
〈◆〉
今日は娘の桃花が、中学で出来た友達を家に招く日である。
最初は、「お嬢様学校に入学して、あなたが孤立していなくて良かったわ。友達は何人来るの?」と普通に会話していたのだが、桃花がいきなり「4人で、あっ、男の子も来るよ」というものだから、西風家は昨晩から大戦争が起きている。
家中の掃除は勿論、古くなった家具家電を総入れ替えしなければならない。更に、男の子にお出しするお料理やお飲み物、後はお土産にお持ちいただく粗品も用意せねば。
なんで前日夜にそんな大事なことを話すのと、半狂乱になった桃花の母親、然子であったが、お隣の田中母娘にも助っ人を頼んで、何とか今を迎えることが出来た今日この頃。自分を褒めてやりたい。
人手があれば、もう少し楽に事が終わっていたかもしれないが、然子は娘と2人暮らしだ。父はまだ帰って来る日ではないし、長女は大阪に就職してしまっている。
こういう家は、特区では珍しくない。
特区に住んでいる家族は、男性が一緒に住んでいない場合が多い。
例えば、父親や息子がDランク以下だった場合は、家族皆で特区外に住むか、特区の中外で別れることとなる。
父親がCランク以上の場合でも、常に一緒に住んでいるなんて家は、余程の名家くらいだろう。一般家庭では、1か月に数日滞在するというのが当たり前だから。
その為、一般的な特区の家庭では、親族で寄り集まり暮らす家族が多い。母と子供だけで過ごすというのは、なかなかに難しいから。子供の怪我や病気、学校のイベント事。仕事が忙しい女手一つでは、そう言ったハプニングに対応できないから。
だが、西風家の場合は少し違う。
然子の高校の同級生だった田中一家と、安村一家と同じマンションに隣同士で暮らしている。合鍵を共有している仲であり、こう言うイベントやハプニングがあった時は、互いに協力している。
今回は、安村さんがお仕事で居なかったのだが、その分田中家の、特に長女の晴菜ちゃんが頑張ってくれた。
「然子さん、桃花は大丈夫かな?かなり緊張していたけど」
晴菜ちゃんが心配するのも無理はない。
直前になって、部屋着のままでいる娘に気付いて着替えさせたが、その時からガチガチに緊張し始めてしまった。
「大丈夫…と、思いたいけど…」
折角、男の子が来てくれると言うのに、まさか玄関先で粗相をしてしまい、怒った男の子がそのまま帰ってしまう。そんな想像が容易く頭の中に描かれた然子は、言葉を濁した。
特区の男性はとてもデリケートだ。少しでも危険だと勘づいたら、直ぐに逃げてしまうだろう。ただでさえ、女性しかいない家に来てくれるだけでも、相当なストレスを感じている中で、普段と違うあの子を見て、怖くなってしまうかもしれない。
そう思うと、部屋着のままでいさせた方が良かったのか。
いやいや、流石にスウェット姿は不味いだろう。どちらにしても、男の子が帰ってしまう。
では、何が正解だったのだろうか。
難しい。男の子は本当に難しい。
然子が頭の中で問答をしていると、玄関のドアノブがガチャりと降りる。
「あ、来た!」
晴菜ちゃんの黄色い声が跳ねる。
中学3年生の彼女も、Cランクの男子に興味津々なのだろう。
自分の時もそうだったと、然子がしみじみ思い返していると、現れたのはガチガチの娘。手と足が左右同時に出ている。送り出したよりも酷くなっているし、何やら顔が赤い。
やっぱり、やらかしちゃったのか?
そう、然子の気持ちが冷えだした時に、声が続いた。娘の後ろから続いて入ってきた子が、お辞儀しながら言った。
「お邪魔します」
目鼻立ちがくっきりした可愛らしい男の子が、玄関にいる然子と晴菜を見て、少し目を大きくしていた。
一瞬、動きが止まった然子と晴菜ちゃんだったが、直ぐに晴菜ちゃんが動き出した。
「い、いらっしゃい!待ってたよ!」
「あ、え〜…西風さんのお姉さん、でしょうか?私は巻島蔵人と申します。西風…妹さんのクラスメイトです」
どうやら、晴菜ちゃんを桃花の姉と勘違いした様だったが、晴菜ちゃんがそれを首を横に振って正す。
「あ、違くて。私は隣に住んでる田中晴菜です。桃花ちゃんとは幼馴染と言うか、まぁ、姉妹みたいなものだけど」
「ああ、そうなのですね。失礼いたしました。改めまして、よろしくお願いします」
「う、うん!こっちこそよろしくね!」
そんな風に、順調に挨拶している様に見えるが、ここは玄関だ。玄関で立ち話も何と言うもの。
然子は手を叩いて、玄関に屯っている子共達を急かす。
「さ、こんな所で立ち話も何でしょ。桃花、早くお友達をお部屋まで案内して頂戴。巻島君、ようこそ。桃花の母です。狭い家ですけど、ゆっくりしていってね」
然子の言葉で、巻島君は慌てて然子に一礼する。
「あ、お気遣いありがとうございます。巻島蔵人です。ご挨拶遅れて申し訳ありません」
随分としっかりとした子だと、然子は感心した。
家長である然子より先に、晴菜ちゃんに挨拶した事を詫びるとは。
それに、物怖じしない子だ。
普通なら、こんなに女性がいる所に入り込むことすら躊躇するのに、堂々と挨拶をして、緊張でガチガチの娘の後ろを、悠然と歩いている。
そう言えば、巻島って、あの巻島海運の巻島だろうか。
だとしたら、娘はなんと言う子と友達なのだろうか。
然子は、家を田中家に任せて、急いで買い出しに走る。
準備していたお菓子では到底、巻島財閥のお坊ちゃまに出せる代物では無いと焦りながら。
…さてさて。
色々と怪しい空気も漂いましたね。
イノセスメモ:
・特区の天気予報は信頼度が高い(気象学+未来予知)
・特区では父親と離れて暮らすことが当たり前。Dランクの場合は然り、Cランクでも←1か月に数日しか滞在しないのなら、他の日は何処に?