61話~そんなの!出来っこないよ!~
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3章は、残り10話程となります。
引き続きご覧いただけたら幸いです。
蔵人が4人の上空まで到達した時、既に彼女達はアグレスの集団に押し込まれていた。
アグレスの総数は9体。変異種ナイト級1体、ナイト級2体、ソルジャー級6体。決して多くない数。
だが、最後尾で陣取る変異種の指示が良いのだろう。ソルジャー級すら動きが良く、ヒット&アウェイを繰り返し、3人を翻弄している。
3人も攻撃を繰り出すのだが、その殆どが変異種のシールドによって受け止められてしまっている。
そう、変異種はクリエイトシールド…かは分からないが、少なくともシールドを任意の場所に作り出すことが出来るようだ。そのせいで、折角のチャンスと思った彼女達の攻撃も、尽く跳ね返されてしまっている。
それでも、変異種のシールド生成が間に合わないように3人で協力して立ち回れば、幾らでも攻略の糸口が見えてこよう。
だというのに、
「もう!なんで下級兵も倒せないの?ミナト君が怖がっちゃっているじゃん!」
「うるさいわね!後ろの変異種が邪魔なのよ!」
「そうですわ!文句を言われていないで、手伝ってくださいまし!」
3人は罵り合い、連携どころか邪魔し合ってしまっている。
明らかに、後ろの男の子を気にしての事。
男の子に良い所を見せたい。男の子に自分達を認めてもらいたい。そう思って背伸びして戦っている。そのせいで、地に足を着けた戦い方が出来ないでいる。
故に、
浮いたところを、攻められる。
「きゃぁっ!」
お嬢様言葉を吐いていた娘が押し倒され、アグレスが2体、その横をすり抜ける。
後ろで男の子を守っていた娘が前に出るが、すり抜けた相手はナイト級2体であった。少女は、ナイト級1体を抑えるので精いっぱいであった。
「み、ミナト君!」
その娘の横を、もう1体のナイト級がすり抜け、少年に迫る。
「逃げて!ミナト君!」
そう言われた少年は、しかし、迫りくる敵への恐怖からか、尻餅をついてしまい、ただただ地面にお尻を擦りつけるしか出来なかった。
そんな彼に迫り来る、双剣を持つナイト級ウォーリア。
その切っ先が勢いよく振り上げられ、そして、
振り下ろす途中で弾かれる。
「…えっ?」
ぽかんと見開かれた少年の目の前に現れたのは、半透明の盾。
蔵人の水晶盾だった。
「少年。大丈夫か?」
そう言いながら蔵人は、少年の目の前に降り立つ。
声は加工していない。小さく呟き、彼女達に聞こえないようにしている。
そんなことしなくても、今、彼女達は目の前のアグレスを相手するのに忙しくて、こちらには気持ち程度しか割けないだろうが。
「立てないのか?ここは戦場だぞ」
「えっ?あ、あなた、その声、男の人、ですよね?」
少年は信じられないと言わんばかりに目を見開き、震える声で問うてくる。
蔵人はそれに対し、小さく頷く。
「ああ、そうだ。男で、Cランクで、クリエイトシールドだ。それでも俺は、敵に怯えて座り込みはしない。こうやって」
蔵人は後ろを振り返る。そこには、尚も蔵人の盾を壊さんと、ナイト級が双剣を盾に突き刺す所だった。
攻撃を防いでいた盾は見事に切り裂かれた。
だが、蔵人が左右に放った2枚のシールドカッターで、両腕を切断されるナイト級。蔵人はもう1枚シールドカッターを上空に放ち、アグレスの首へと落として最後の介錯をしてやる。
「こうやって、戦っている」
蔵人が少年に向き直ると、彼は心底驚いた顔をしており、蔵人と、今消えたナイト級の跡地を見比べていた。
「そんな…どう、やって。いや、男の人でこんな…あり得ない…」
あり得ない。そう言ってこの世界の人間は否定する。可能性を、自分を。
勝手に自分で壁を作る。
蔵人はため息交じりに、言葉を零す。
「君はどうする?少年。ここで縮こまって串刺しにされるのを待つか?それとも、みんなの為に戦うか」
蔵人の言葉に、少年はビクリッと体を震わせる。
「た、戦う?無理だよ!戦うなんて、僕は、僕はCランクで、は、ハーモニクスなんだよ?」
ハーモニクス?初めて聞く異能力だが、ハーモニーに似ているから、何か歌うのか?回復か、バフか?
どちらにしても有能じゃないかと、蔵人は首を振る。
「直接拳を振り回さなくても良い。彼女達を助けようとするならば、幾らでも手は残されているだろう?例えば、君の異能力で回復とかバフとか出来ないのか?もしくは…」
蔵人の提案を、しかし、少年は俯くばかりで聞いていなかった。
「何で、僕なんだよ。僕は男だよ?喧嘩だってしたこともないのに、出来るわけない」
俯いたまま、ブツブツと呟く少年。
そうやって、男だから才能が無いからと、俯き籠り、自分を否定することは案外容易い。
だが、ちょっとでも顔を上げようとしたら、水面から少しでも顔が出さえすれば、もう少しだけ生きやすくなるのだがな。
「少年よ。あまり自分を過小評価するな。やってみたら案外、そう難しいことでは」
「戦うなんて、そんなの!出来っこないよ!」
まるで子供が泣き叫ぶかのように言葉を吐く少年に、蔵人はため息を吐いた。
ここまで来ておいて、何を言っているのだこいつは…。
「否定の言葉しか吐けないのか、君は。…もういい。お仲間共々、アグレスに轢き殺されろ」
どうせ、ゲームオーバーになっても身体にダメージは無い。痛いという感覚だけなら、良い薬になるやもしれない。
蔵人は冷たく言い放ち、体を宙に浮かせる。ゆっくりと、時間を掛けて。
そうすると、
「まっ、待って!」
蔵人の背に、少年の声が追いすがる。
「お、お願いです!僕はダメでも。みんなを、みんなを助けて!」
少年の声を受けて、蔵人はふぅ、と息を吐く。
自分ではなく、他人に活路を求めるのかと。
その姿勢は、先ほどの引き籠る姿勢よりは、
まぁ、マシになったなと安心して。
「相分かった」
蔵人は頷く。
何かを求めてくれるのなら、まだ救いようがある。
「ならば見届けてくれ。君が無理だと吐いた男の力が、何処まで通用するのかを」
そう言い残し、蔵人は飛ぶ。アグレスと揉み合う女子達を飛び越え、狙うは、最後尾の変異種。
「(高音)シールドカッター!」
蔵人の回転盾が飛翔する。変異種の四方八方から急襲するその盾を、しかし、変異種は全方位にバリアを出現させて防ぎきる。
シールドとバリアが奴の異能力か?であれば、随分と防御に極振りした奴だ。
蔵人は周囲に小さな盾を作り出す。水晶盾。5cmくらいの縦長の盾を、4枚1セットに組み合わせる。それは、小さいながらも鋭利なドリルの形をしている。
「(高音)女王蜂!」
ドリルは高速回転し、そのまま地面を突き刺し、地中を掘り進めていく。
そして、
「(高音)発艦!」
変異種の足元から、地面を穿って飛び出してきた。
上下左右は防げても、これはどうかな?
そう思った攻撃だったが、しかし、小型ドリル達は変異種が作り出したバリアに阻まれてしまった。
バリア能力は、どうやら足元にも防御判定があるようだ。流石は上位種。シールド、アーマーの上位互換と呼ばれるだけはある。
蔵人は相手を称賛し、両手を広げる。
360°全てから守られる敵。であるならば、
「(高音)盾・一極集中」
一点突破。それがこの場の最適解。
蔵人の足に、龍鱗で使っていた盾が次々と集約し、合成され、そして、
先端が白銀色の、大きな螺旋盾が出来上がる。
変異種がこちらを見上げている。酷く警戒しているようで、バリアの他に、8枚の魔銀盾を構えている。
これは良い。絶好の威力テストが出来るぞ。
蔵人は笑い、そして、
廻す。
キィイイイイイイイイインンッ!!!
高速の風切り音を携えたまま、
「(高音)ダウンバースト!」
蔵人は右足を突き出し、突っ込む。
こちらを跳ね返さんとする、幾重もの盾達に。
1枚目。接触と同時に、粉々に砕け散る。
2枚目も同じように。3枚目、4、5、6、7、8枚目!
一瞬で全ての盾を貫き、最後のバリアに到達。そのバリアも、接触と同時に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。
変異種の目が、驚きで見開いた気がした。
「(高音)ありがと」
その言葉と共に、蔵人の一撃がバリアを食い破り、変異種の胴体をも貫いた。
腹に大穴を開けたアグレスは、光の粒となって消えていく。
Bランクのバリアでも、同ランク帯の盾で貫通できる。これは、いい結果が得られた。
蔵人がほくそ笑んでいると、ピロリんと、腕から嫌な音がした。
ああ、撮られているのを忘れてた…。
蔵人が苦虫を噛みしめていると、後ろから走り寄る足音がした。
少年だ。
「あ、あの、ありがとうございました!」
青い顔を幾分か高揚させて、彼は蔵人の背に向かって勢いよく頭を下げた。
よくここまで来られたなと思ったが、彼の背後には、もう殆ど片が付いた戦場が広がっていた。
変異種さえいなければ、楽勝だったか。
蔵人は急いで龍鱗化を行い、彼に振り向く。
一極集中をするには、殆どの盾をドリルに費やすので、龍鱗化も解かねばならないのだ。
「いいさ。それより、何か見えたかい?己が進む道が、自分が何をしたいのか」
蔵人の問いに、少年は下を向いて、視線を彷徨わせる。
「それは…正直、どうしたらいいか分かりません。僕が貴方みたいに戦えるなんて思えないし、僕なんかが、何か出来るかなんて…」
少年はまた、下を向いたまま呟く。
あまり変わらなかったのか。
そう、蔵人が残念そうに少年を見ていると、彼の顔が少しだけ上がる。
「でも、今のままじゃダメなんだって、そう、思います」
それは、彼の純粋な気持ち。
弱弱しく、まだ水面に顔すら出ていない小さな足掻き。
それでも、確実に、前に向こうとする確かな一掻きのように、蔵人は感じた。
「焦らなくていいさ。君が望むこと、君が進む道は、ゆっくり探せばいいと思う」
人生なんて、本当に長いものだからね。
蔵人がそう言うと、
「はい!」
少年は、いや、ミナト君は、顔を上げてしっかりと頷いた。
良い顔だ。
蔵人も、大きく頷く。
そんな彼らの後ろの方から、悲鳴に似た声が弾ける。
「ミナト君!大丈夫!?」
見ると、女子達3人が血相変えて、こちらに走り寄って来るところだった。
蔵人の事は無視して、ミナト君に駆け寄る彼女達。
「ごめん。私が居ながら、ミナト君を危険な目に会わせちゃった…」
「それより大変!手、怪我してる!」
「待ってて、今、薬出すから」
ミナト君の手に、消毒液をドバドバかける彼女達。
怪我、というが、大したことは無い。彼が尻餅を着いた際に出来た、傷だか汚れだか良く分からない物を指しているみたいだ。
それでも、彼女達には大ごとのようで、救急箱から包帯まで取り出し始めた。
…うん。もう大丈夫だろう。
蔵人がそう思って、飛ぼうとすると、
「ちょっと、貴女!どういうつもり!」
蔵人に向かって、怒りの声が降りかかってきた。
後ろを向くと、3人の女子達が、蔵人を睨みつけていた。
蔵人は彼女達に向き直り、軽く頭を下げる。
「(高音)ごめんなさい。貴女達の獲物を取ってしまって。でも、彼の承認を得ての事よ?」
横取りはマナー違反だ。だが、チームメンバーの救助要請があったのなら、それは合法であろう。
この裁判は確実に勝てる。そう思った蔵人だったが、蔵人の目の前に立った女子は肩を怒らせた。
「とぼけないでください!貴女はワザとミナト君がピンチになるのを待って、そして助けたんでしょ!ミナト君に取り入るために。違いますか!?」
うん。どうも横取りの件で怒っているのではなかったようだ。
彼女達のドロドロ昼ドラに巻き込まれようとしている。
どうやら彼女達は、蔵人が空でホバリングしているのを気付いていたみたいだ。それを、点数稼ぎが出来るチャンスを伺っていたと思っている様子。
さながら、獲物を横取りしたハゲタカと思われたか。
ここで、蔵人が幾ら「違う」と弁明しようが、彼女達の疑いは晴れないだろう。なんせ、特区の男子は貴重なのだ。それは、普段見られる側の蔵人ならより分かること。
蔵人がどうするか悩んでいると、目の前の女子は的を得たと思ったのだろう。追撃してきた。
「そもそも、特区のルール違反ですよ。男性が特定の女性と一緒にいる時に、関係のない女性が男性に接触するのは!」
なんと、そんな法的制約まで存在するのか。
頼人が「特区は怖い所」と言っていた意味が、また理解できた気がする。
蔵人は再度、女子に頭を下げた。
「(高音)ごめんなさい。私、まだ特区に来て浅いのよ。そんな法律があるなんて知らなかったわ」
ヤバいな。下手したら手が後ろに回る。
蔵人は龍鱗の中で冷や汗をかいた。
しかし、女子は少し顔を暗くして、言い淀んだ。
「えっと、その、法律ってまでの事じゃなくて、あくまでルールと言うか、マナーと言うか…」
なんだ。法的拘束力は無いのか。
彼女の様子を見て、蔵人は少し安心した。
それを察してか、目の前の娘が再び、鋭い眼光で蔵人の前に立ちふさがる。
「とにかく!私達がいるから、ミナト君とは離れて下さい!」
彼女はそう言うが、距離的に蔵人とミナト君の距離は十分離れている。
多分、心の問題なのだろうな。
このまま去ると、何処かで因縁を付けられるかもしれない。ミナト君は蔵人を男と認識しているが、彼女達は違う。彼女達から見れば、蔵人に頭を下げたミナト君に対して、蔵人に少なくない好意を寄せていると思っているのだろう。彼女達はそれを、不安に思っている。
ここは、安心させてやらねば。
「(高音)安心して頂戴。私、心は男だから」
「………はぁ?」
女子は、鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をする。
理解できなかったか?
「(高音)つまり、私はそこの男の子より、貴女の様な可愛い女の子の方に興味があるのよ」
まぁ、野郎よりも女性の方に興味があるのは、嘘ではない。
「え、嘘」
女子は、1歩引く。
「(高音)嘘じゃないわ」
蔵人は、両手を広げて、嘘ではないアピール。
「何それ、変よ」
「(高音)あら、それってLGBTへの冒涜よ」
厳密には、男である蔵人が女性を好きと言っているので、LGBTには含まれない。だが、彼女は蔵人を女と勘違いしているので、傍から見れば合っている。と思う。
「(高音)愛と言うのは、どんな形であれ、誠実で狂ってなければ否定される物ではないと思うのだけれど、違う?」
ストーカーとか、ヤンデレとか、ああいう人様に迷惑がかかる愛でなければ、抱く分には非難されてはいけないと思う。
蔵人がそう言うと、押し黙る少女達。
納得して貰えた?のかは分からないが、静かな今がチャンスである。
「(高音)道中気をつけてね。それじゃ」
蔵人は、今度こそ飛び立った。
「助けてやったのに、礼も言わんのか」
意中の男性が、他の女性に取られそうになっていて、それどころではないのでしょう。
「恋は盲目、と言う奴だな」
それもまた、人間の良い所です。