59話~知っている人は知っているのか~
ご覧いただき、ありがとうございます。
BM、ご評価、ご感想も頂き、大変うれしく思います。
今回出る用語を先に解説いたします。
イノセスメモ:
・RTA…リアルタイムアタックの略。ゲームなどで、クリアするのにどれだけ時間を掛けたかを示す。短い時間であればあるほど称賛される。かも。
広い洞窟内を、龍鱗化した蔵人は飛び回る。
その下を、横を、バスケットボール大の火炎弾が続けざまに通り過ぎる。
暖かい。
通り過ぎてから少しして、その火炎弾のぬくもりを肌に感じた。
龍鱗越しでも熱量を感じるのだ。これが生身に当たれば、ダメージは計り知れない。
まさしくナイト級。秋山先輩との練習を彷彿とさせる威力だ。
自然、蔵人は笑う。
「(高音)シールド・カッター!」
お返しとばかりに、蔵人の盾が後方の相手へと飛翔する。
だが、それらは尽く避けられてしまった。
完璧に当たる位置に飛ばした刃が、全て。
恐らく、相手のリビテーションだろう。部長も使うその異能力は、自身だけでなく物を浮かしたり移動させたり出来る。蔵人の盾に浮力を与え、移動させてしまったのだ。
リビテーション。なかなか厄介だ。
だが、今の一撃で、相手は防御に専念してしまい、また飛来した盾で視界を遮られたが故に、蔵人を見失ってしまった。
その間に、蔵人は急旋回して、相手の後ろへと移動していた。
こんな所で、戦闘機の技術が役に立つとは。
蔵人は口を歪め、手を前に翳し、無数の鉄盾を生成する。
「(高音)対空迎撃!」
蔵人は、小さな鉄盾を魔術師に向けて一斉に飛ばす。当然、相手はそれらを弾き飛ばしてしまう。でも、弾くだけでは盾は消えず、その場で残る。
蔵人は、その盾を相手の周囲に集めて、囲う。
一定間隔を置いて囲ませた盾の群れは、まるで、
鉄の檻。
「(高音)鋼鉄牢獄!」
鉄の礫が、四方八方、魔術師の全方位から急襲する。
魔術師は、なんとか2方向からの盾を弾き落とし、もう2方向からの盾を焼き落とした。
だが、盾はまだまだ残っている。
防ぎきれなかった盾の群れが、魔術師に殺到する。
魔術師は、何とかリビテーションで避けようと藻掻くが、直ぐに盾にくっ付かれ、押され、押しつぶされていった。
ピロンッという、場違いな断末魔を最後に残し、魔術師は消えてしまった。
…違った。
音は腕に着けた腕時計から鳴ったみたいだ。画面の王冠が2つになっている。
なになに?トロフィーでも獲得したの?
蔵人が端末を覗き込んでいると、下から声が飛んで来た。
「おーい!こっちも終わったぞ!早く降りて来い!」
さっきの金髪女性だ。彼女の足元には、完全に寝転んでしまった全身プロテクターの女性が見える。
…死んでないよね?
「わりぃな。このデカ物が使えねえばっかりに、手ぇ煩わしちまって」
蔵人が地上に降りると、金髪女性がそう言って、片方の頬をニィッと引き上げる。
…エレキギターとか持ったら、凄い似合いそうな女性だ。
「(高音)いいえ。なかなか強い相手で楽しかったわ。そちらが相手にしてたアグレスも、もう倒してしまったの?」
出来れば、そちらも相手にしてみたかった蔵人。
テレポートとソイルキネシスが両方使える相手なんて、滅多にお目にかかれない。
だが残念。金髪女性は蔵人の問いに、大きく頷いた。
「ああ、まぁな。本当はこいつに相手させるつもりで潜ったんだが、肝心なところでガス欠しやがって!」
怒りが再燃したのか、金髪女性は寝転ぶ女性にガシッと足を乗せる。
すると、寝転んでいた女性が、足から逃げるように蹲る。
「痛い、痛いよ音張。だって、しょうがないじゃん。もう、2時間も歩きっぱなしなんだよ?それに、例え満腹だったとしても、変異種を相手に勝てる訳ないよ。私はCランクなんだから」
変異種、というのが、さっきの白いアグレスなのだろう。変異種アグレスはやはり、それなりの強敵設定みたいだ。徘徊系ボスかな?
「…全く。こんなんじゃ県大会勝てねぇぞ?横浜翠玲中を倒すのに、紫電に頼りっきりで良いのか?てめぇ」
金髪女性が苛立たし気に言葉を吐いたが、その言葉に眉を顰める蔵人。
えっ?この人達、中学生なの?それに、紫電って、まさか局地戦闘機の紫電改じゃないよね?戦闘機の部活なんて、流石にないよね?
混乱していた蔵人だったが、倒れた女性が目に入り、思考を止める。
そう言えば、丁度いい物を持ってたぞ。
「(高音)あの、もしよければ、これをどうぞ」
そう言って蔵人が差し出したのは、カロリーバーだ。
腹の足しくらいにはなるかな?と思ったのだが、差し出した瞬間にそれは消えていた。
あれ?落としたか?と地面を探した蔵人だったが、目線を上げると、嬉しそうに口を動かす女性の顔があった。
素朴な笑顔だ。なかなか可愛い。でも、ヘルメットはいつ外したんだい?
そう思っていると、彼女はいきなり立ち上がった。
「うぉおおお!!ふっかぁああつ!!」
そう言って雄たけびを上げる彼女は、デカい。
何がって?残念ながらそっちではない。身長だ。
蔵人が見上げるほどであるから、およそ2m近くあると思われる。
これで中学生か。いや、それもだけど、これ程背の高い女性を見るのは、本当に久しぶりだ。
蔵人が驚いて見上げていると、彼女は満面の笑みを降り注ぎながら、蔵人の手を取った。
「ありがとう!もう私、死んじゃうかと思ってたんだよ!本当にありがとう!私は良子。米田良子だよ。君の名前は?」
大型犬のように愛くるしい娘だ。米田良子さん。
「(高音)恵比寿です。お役に立てて良かったです」
以上で自己紹介は終了。のはずなのだが、なかなか手を放そうとしない良子さん。
キラキラのお目目で蔵人を見下ろす。
「恵比寿ちゃんは1人なの?だったら私達と一緒に行こうよ。お腹さえ足りてれば、私もタンクとして頑張れるし、音張はAランクだから、一緒にいれば変異種がまた出てくるかもしれないよ?」
「(高音)えっ?ランクによって、敵の出現率が変わるのですか?」
蔵人の疑問に、答えたのはその音張さんだった。
「ああ、そうだ。ランクが高ければ高いほど。そして、チームメンバーが多いほどにアグレスの出現頻度とレベルが上がる。恐らく運営側の対策だろう。人海戦術で攻略されないように、そうやって難易度を調整してんだ」
なるほど。確かに、ただクリアだけを目指すのなら、Aランクを何人も編成した方が有利だ。そうならない為の処置か。
蔵人が納得していると、音張さんは更に口を開く。
「あとな、さっきの変異種は他のアグレスよりも強い分、ポイントも高い。具体的には、変異種のソルジャー級と通常種のジェネラル級が同等だ。変異種ナイト級だったら、通常ジェネラル級3体分って言うのがあたしの調べだ」
なんと、先ほどのナイト級でジェネラル3体。それは、ちょっとお得だ。ジェネラル3体の方が絶対に厄介だろうから。レア敵という事で、経験値がおいしいのだろう。メタルスラ〇ムかな?
だが、ちょっと待って欲しい。そもそもの話…。
「(高音)すみません。その、ポイントとは、具体的に何なのでしょう?」
蔵人がそう聞くと、音張さんも、良子さんも唖然としてしまった。
「恵比寿ちゃん。ポイントはね、いっぱい稼ぐとランキングに載るんだよ?プレイヤーのみんなは、そのランキングに載るために頑張って潜っているんだよ?」
そ、そうなのか。訓練目的で潜ってしてしまい、すみません。
音張さんが人差し指を上げる。
「因みにな。ランキングってのもいくつか種類がある。良子が言ったポイントもそうだが、到達階層順。アグレスの討伐数順。到達時間順。宝箱発見数順。死亡数順なんてのもな。最後のは不名誉な奴だが、他のは載れば一躍有名人だ。TOP10は全国のWTC掲示板だけじゃなく、WTCのホームページにも載るからな。企業やプロ異能力チームからスカウトが来たって話も聞く」
なんと、そんな大それた施設だったのか、ここ。
蔵人が驚いていると、何故か目の前の良子さんまで驚いている。
何で?
「音張が他人に、こんなに物を教えるところ、初めて見た」
「ぬかせっ」
そう言って、またもや良子さんを足蹴にする音張さん。
「あたしらはな、変異種アグレスを押し付けた挙句、貴重な食料まで分けて貰ってんだぞ?それ相応の対価を払うのが当たり前なんだよ!」
なるほど。彼女なりの謝礼だったのか。
蔵人が納得していると、良子さんが抗議の声を上げる。
「分かった、分かったよ音張。分かったから蹴らないでよ」
「そうじゃねぇ。いつまでもつっ立っていねぇで、とっとと上に戻んだよ」
「ええっ!?でも、今から恵比寿ちゃんと一緒に行こうって…」
「寝言言ってんじゃねぇ!あんなちっこい菓子だけじゃ、てめぇは5分と持たねぇだろうが!動けるうちに、そこらのレストランにぶち込むんだよ!」
ああ、なるほど。確かに、さっきの一本じゃ、彼女の巨体を維持できるほどのカロリーは無いだろう。
蔵人は、去り行く二人を見送ることにした。
「う~…。ばいばい、恵比寿ちゃん。いっぱいごはん食べたら、また来るから。そしたら一緒に潜ろうね?」
大型犬が、悲しそうな目をして消えて行った。
また会うことは無いだろう。ただでさえ階層で分かれるダンジョンダイバーズ。サーバーも分かれるので、偶然の遭遇は低確率だ。
後に残った音張さんも、直ぐにテレポートするかと思ったが、蔵人に振り返って小さく笑った。
「済まねぇな。あたしらの訓練に巻き込んじまって」
そう言う彼女の雰囲気は、さっきまでのロックな感じは鳴りを潜め、優しい姉御のように蔵人には見えた。
訓練。
恐らく、良子さんを鍛えるために、指導者としての演技をしていたのだろう。
蔵人は首を振る。
「(高音)いいえ。私も、貴重な体験が出来たわ。とても有意義な情報も頂けたし」
「ふっ。それはあたしらもだよ。異能力の可能性を見せてもらった。全く、神奈川のWTCが封鎖されてて良かったぜ」
あら。神奈川は封鎖されているのか。だから彼女達は、東京まで足を延ばしたのか。
音張さんは、蔵人に背を見せ、手を上げて去って行く。
「じゃあな、龍鱗」
その一言を残して。
龍鱗。その名前は、特区の外でしか響いていない名前。特区の中ではほとんど知られていない名前。蔵人が全日本Dランク戦で活躍したことが広まっていないのと同じくらいに。
そう思っていた蔵人は、
「特区でも、知っている人は知っているのか…」
深く、反省するのだった。
蔵人はその後も、1人ダンジョンを進むのだったが、やはり変異種とは会敵しなかった。
音張さんが言っていた様に、高ランクでないとレアモンスターには会えない様だ。
30階層最深部に屯っていたナイト級アグレスを数匹轢き殺し、31階層へ足を踏み入れて、その日は上がる事にした。
帰る際に、音張さんに教えてもらった掲示板を見に、ダンジョンダイバーズの受付広場へと足を向ける。
時刻は現在、17時に届こうとしているところ。
朝方は受付に列が出来ていたのだが、今は数組のパーティーが並ぶだけで、閑散としていた。
その代わりに、壁際の方は多くの人集りが出来ていた。その人集りの向こう側には、見上げる程の大きなモニターが6台置いてあり、人々はそれらを見上げて唸っていた。
このモニターに、各種ランキングが載っている。らしい。
人集りに近づき、モニターを見上げるのだが、思ったよりもランキングの種類が多い。
取りあえず目についた物を見て見よう。
〈到達階層ランキング〉
1位 白狼騎士団 263層
2位 創生樹 211層
3位 スノーホワイト 189層
…
〈到達階層ランキング(ソロ)〉
1位 剣聖 201層
2位 皇帝 138層
3位 鮮血 111層
…
なるほど。到達階層ランキングだけでも数種類あるみたいだ。道理で掲示数が多くなる訳だ。
「「「おおぉ…」」」
蔵人が1人納得していると、左側の集団が急に盛り上がり始めた。
何かあったのだろうか?
蔵人がそちらに意識を割いた時、声が聞こえて来た。
「いや、速すぎでしょ」
「なんかチート使ってんじゃない?」
「Sランクのテレポーターだったり」
なになに?Sランクが居るのか?
日本でも9人しかいない貴重な存在。どれ程の物か確かめてみたい。
そんな思いを抱いて伸ばした首だったが、掲示板に載る名を見て直ぐに縮まった。
〈RTA30階層地点(U15)〉
1位 恵比寿 9時間21分35秒
2位 妖狐 22時間48分13秒
3位 紫電 24時間30分52秒
…
何故かそこには、蔵人のプレイヤーネームと同じ人の名前が載っている。
名前が被っただけ?流石に、そこまで楽観的に考えることは出来ない。何故なら、今蔵人の手に巻き付けた端末が示すプレイ時間と、公表されている時間はピタリと一致するからだ。
十中八九、このRTAの記録は蔵人の物。しかも、2位との差は歴然としている。
それ故か、周囲の熱はかなりの物となっている。
「恵比寿だって。そんな2つ名の選手っていたっけ?」
「聞いたことないわ。もしかしたら、プロが仮名を付けてるんじゃない?お忍びで遊んでるとかでさ。じゃなきゃ、こんなタイム出せないでしょ。晴明の妖狐様が20時間台なのに」
「ねぇ!見てよこれ!恵比寿って人、Cランクよ!」
「ええっ!?」
随分と盛り上がっている。
だが、蔵人は焦らない。
何せ、彼女達が興奮しているのは画面に映った文字だけである。
Cランクという情報は漏れたが、それ以外は何も…。
「しかも!遊んでいたのはここ、渋谷のWTCよ!もしかしたらまだ近くにいるかもしれないわ!」
…ば、場所はバレたが、姿がバレなければどうという事はない。
蔵人が冷や汗を垂らしていると、
「「「おおぉお!」」」
またもや歓声。
見ると、その画面に表示されていたランキング表は消えており、代わりに映像が流れていた。
変異種アグレスと空中戦を繰り広げる、キラッキラの戦士の映像が。
映像の端には〈渋谷WTC 本日のMVP〉という文字がある。
なるほど。この映像はダンジョン内に設置されたカメラで撮られていたのか。そして、自分の端末に表示されていた王冠マークはこれの事なのかもしれない。
呑気に考察する蔵人の元に、再び周囲の声が。
「なるほどね。飛んでいるからこのタイムなのね」
「でも、それなら妖狐様だって飛べるじゃない。お供の大鷲に乗って」
「あの人はAランクだからじゃない?Cランクとは難易度が違うから、その分時間が掛かると思うわ」
「いやいや、Cランクの出力じゃ、Aランクに勝てる訳ないだろ」
「でも、この人の速さはAランクにも劣らないんじゃない?」
「うっ、確かに。だから、このタイムなのか」
ほうほう。その妖狐様とやらはAランクなのか。
自分と同じ年代でAランク、要チェックだな。
「そもそも、この人はどうやって飛んでいるんだ?リビテーション?でもCランクの浮遊なんて、自分1人が限界じゃない?こんなに速く動けて、しかも金属板を操るなんてAランク相当じゃないと出来ないよ」
「分からないけど、飛んでるのは専用装備とかじゃない?河崎が去年くらいに出してたでしょ?リビテーション専用の飛行スーツを」
「あの龍の翼みたいな奴だろ?娘さん用に開発した。あれとは全然違うよ。この人のはなんか、キラキラしているもん」
「そうよね~。あっ!あの人も同じの着てるわ!ちょっと見せてもらいましょ」
なんと、俺と同じ格好の人間がいるのか。
なんて、そんな悠長なことは考えない。
蔵人は急いで、上空3m程に急上昇する。
それと同時に、人垣が一斉に振り返る。
「うぉい!その人だ!その人が恵比寿さんだ!」
「ちょっと、貴女!降りてきてよ!そのスーツ見せて!」
「スーツじゃない!よく見て見ろ。鱗だ。この人、クリエイトアーマーじゃないの?」
「そんな訳ないでしょ!アーマーで飛ぶなんて、聞いたことないわよ!」
「お願い!握手して!」
「サイン頂戴!」
わらわらわらと、人がどんどん足元に集まってきてしまった。ジャンプして蔵人の足に掴みかかろうとする輩も出る始末。
これは不味い。直ぐにこの場を去らないと。
蔵人は足元の人達に深く頭を下げて、急いでその場を飛び退る。
「あー!行っちゃうわ!」
「待ってぇ!」
追いかけてこようと動き出す群衆だったが、蔵人に追いつけるはずもなく。
蔵人はそのまま外に出て、渋谷WTCを後にするのだった。
「あの音張とか言う少女、危険だな」
そうですね。龍鱗の、何処までをご存じなのでしょう…。
イノセスメモ:
・音張さん、良子さんは神奈川大会に向けて特訓中←異能力部関係か?
・音張さんは龍鱗を知っていた←どこでその情報を?
・2つ名を付ける人もいる←そう言えば、神谷先輩もレオンと呼ばれていた気が…。
・妖狐…空も飛ぶ異能力者。Aランク。晴明中学?。詳細不明。
・河崎重工…主に車と異能力者用機器を製造する超大手メーカー。特区に本社を構え、最近は何故か、リビテーション異能力者用の装備も多く開発しているらしいが…?