57話~後輩に見られていますわ!~
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「……はぁ…」
「……あぁ…」
ああ、たまらない。
やっていられるか。
そんな感情が、今にも聞こえそうなため息が周囲から聞こえ漏れる。
その音源に目をやると、いつになく顔色が悪い鈴木君と佐藤君の顔が見えた。
時刻は15時半。放課後である。
何時もなら、漸く部室に逃げられると、彼らの顔色が良くなる一方な時間であるのに、今日の彼らはその真逆の反応だ。
一体何があるのだろうか?
「何って、そりゃ、あれなんよ」
投げやりな回答で、鈴木君は教室の一角を指さす。
黒板だ。普段は授業の内容がびっしりな黒い板は、今日は隅っこに注意事項が残されるだけになっている。
「その、注意事項が問題なんよ」
鈴木君は溜まらずといった感じで、ため息交じりに頭を抱える。
そこで漸く、彼らの憂いを認識する蔵人。
「明日の異能力合同訓練が憂鬱、という事だね?」
この桜城学園では、週に1日だけ、机上の勉強を全てお休みし、異能力の訓練に当てる日が存在する。クラス毎に曜日が分かれているのだが、明日は蔵人達のクラスがそれの該当日。しかも、明日がその初日となるのだ。黒板の注意事項は、明日の持ち物や服装、集合時間について書かれている。
蔵人の回答に、鈴木君は小さく首を横に振る。
「憂鬱なんてもんやないんよ。出来るなら、明日は休みたいくらいだべ」
鈴木君の嘆きに、横から佐藤君の非難が飛んでくる。
「ダメだよ、たっちゃん。そんな事したら補講になるだけだよ?もしそれもボイコットしたら、最悪留年だよ」
「分かってんよ!分かってるからこうなってんよ」
一瞬睨み合う2人。だが、直ぐに意気消沈して、机の上に視線を落とした。
2人がこんなにも嫌がる異能力合同訓練。一体、どんな過酷なミッションが待ち構えているのだろうか。
2人には悪いが、蔵人は内心でワクワクがムクムクと湧き上がりだした。
そのムクムクと上がっていた好奇心は、合同訓練開始と共に、シワシワと萎んでいく。
「はい、みなさ~ん。これがAランク、ソイルキネシスのメテオストライクですよ~」
第二競技場。その芝生の上で座る蔵人達男子生徒に向けて、朽木先生が元気に呼びかける。先生の頭上にはトラック1台分くらいの大岩が浮遊しており、数秒後には、その大岩は向こうの標的に向けて発射された。
大岩は、破壊音と短い地響きをこちらに残して消え去り、標的であった木製の板は木っ端みじんになっていた。
「みなさ~ん。分かりましたか?Aランクになると、ソイルキネシスでもこれだけの威力があるんですよ~」
長い赤茶色の髪をした先生が、少し気の抜けた喋り方でみんなに注意を促す。
蔵人達はこの数時間、延々と同じようなことを繰り返し見せられている。異能力とはどのような種類があるのか、それはどんな使い方があるのか。
そう言った事を、言葉が9割。実践1割といった形で青空講義を受けている。実践と言っても、今のようにただ異能力が使われているところをただ座って見ているだけだ。異能力戦の試合をテレビで見た方が、実践的で余程勉強となるというもの。
今度は、蔵人がため息を吐きたい気分だった。ただ座ってお話を聞くだけの退屈な時間。こっそり異能力の練習が出来る教室の方が何倍もマシである。
いっそのこと、女子達が訓練を受けている第一競技場に配置換えして欲しいくらいである。あちらなら、実践的な訓練もしているだろうから。
そう思っても、ため息を吐ける雰囲気ではない。何せ…。
ドサッ
「先生!渡辺君が倒れました!」
吉留君が手を上げて、焦った声も上げる。
見ると、青い顔をして泡を吹く、渡辺君の姿がそこにあった。
手を上げる吉留君も、随分と顔色が悪い。
いや、吉留君だけではない。今この場にいる男子の殆どは、先ほどの先生の一撃にビビってしまっていた。
「あっちゃ~。これで5人目ですね~。内容は例年通りなんですけど、今年はちょっと多いですね~」
先生が苦々し気にそう言って、片手で頭を抱える。
ちょっと多いということは、失神者は毎年出ているという事である。
特区の男性はどうも、異能力に対して恐怖心を抱き過ぎている。
…それは特区の外も一緒か。
「ちょっと人数も減ってしまったので、次の授業に進みましょうか」
先生が考えながらそう言って、みんなを見回す。
芝生に座っているのは、蔵人達16名となった。元々、6組から10組までの男子生徒が会していた異能力合同訓練は、男子生徒21名が参加していた。しかし、5名の脱落者が出たため、今の人数となっている。最初から、4名欠席という状態だったので、流石に訓練内容を変えないと不味いという判断だろう。
「はい、ではこれから皆さんには、頭を低くして避難する練習をしてもらいま~す。なるべく腰を落として、頭を手で庇いながらゆ~っくりと前進してくださいね~」
おやおや?災害避難訓練の時間になってしまったのかな?
蔵人が苦笑いをしていると、
「先生がストーンバレットを撃ちますけど~、屈んでいれば当たらない高さに撃ちますので、しっかりと体を低くしてくださいね~?」
蔵人の周囲で、再び、バサッ、ドサッと数人が倒れた。
「先生!荒木君が倒れました!」
「木村君と園田君も倒れました!」
これで、18人である。
「も~、訓練になりませんよ~…。分かりました。じゃあ、撃たないので、屈むだけの歩行練習をしますよ~…」
意気消沈した先生の号令で、蔵人達は列になって、避難訓練を開始した。
男子達は一列になり、のどかな天気の中で、芝の上を屈みながらゆっくりと進む。
ひたすら、ただ男子のケツを追い続けるという、訳の分からない時間がジワジワ過ぎる。
………ああっ!
こんな無駄な時間、ひだまり幼稚園のお遊戯以来だ。
こいつはダメだ!
蔵人は列を抜け出し、先生に向けて手を上げる。
「すみません、先生。希望者だけ本来の訓練内容にしていただけないでしょうか?」
「本来の?」
「ストーンバレットを頭上に撃つという訓練です」
先生は少し目を開き、後ろの子達は悲鳴に近い声を上げる。
蔵人1人が行う訓練である。彼らが驚く必要なんてないと思うのだが。
ああ、違った。1人ではないか。
蔵人は振り返り、列から抜け出してこちらに歩み寄る、もう1人の男子に手を差し出す。
「ではやろうか、戦友よ」
「おー!」
7組の慶太が、嬉しそうに片手を上げる。
少し見ないうちに、若干丸みを帯びた気がする。こんなもんだったか?
「2人とも、それでいいんですか~?本当に撃ちますけど、気絶とかする前に言って下さいね~?」
「ええ。よろしくお願いします」
という事で、蔵人達の特別訓練が開始された。
いや、これが本来のカリキュラムだな。特別な訓練をしているのは他の男子達である。
その男子達であるが、何故か避難訓練を一時お休みして、こちらの訓練を見守ることにしたようだ。
暇なら、こっちに来てもいいんだよ?
「では、訓練を開始しますよ~?」
男子の列とは反対側に移動した蔵人達に向けて、先生が両手を翳して、そう宣言する。
蔵人と慶太がそれに対し、手を上げて答えると、先生の弾丸が飛来し始めた。
ビュンッ、ビュンッと、随分と遠くの方で風切り音が聞こえてくる。
この音の遠さであれば、屈まなくても当たらないだろう。
そう思っていたが、徐々に風切り音が近くなってきたので、しっかりと屈まないと脳みそをブチ撒くことになる。
蔵人と慶太はしっかりと避難態勢となり、飛んでくる弾丸を躱しながら、良いペースで歩行を続ける。
その時、ヒュンッ!と弾丸が通り過ぎた際の風が、蔵人の髪の毛を揺らす。
おお、今のはちょっと近かったな。
「ひぇ~!危ない!当たっちゃうぅ!」
「蔵人君!もっと屈んで!盾で頭守って!」
遠くの方で、佐藤君の悲鳴と吉留君の指令が聞こえる。
指示された通り、蔵人達2人は体を更に倒し、蔵人は水晶盾で2人を覆い隠す。すると、盾の上の方に引っかかった土塊が、カンッ!カンッ!と弾かれた音がする。水晶盾がビクともしないのを見ると、この土塊はDランクの攻撃なのだろう。
随分と過保護な訓練だこと。
そう思っている蔵人の向こう側で、再び、地面に倒れる男子達の音がした。
「先生!浅井君が倒れました!」
「佐藤君も倒れました!」
なんで、見ているだけのお前らが倒れるんだよ!
やるせない思いを抱く蔵人。それは、先生も同じだったようで、少し投げやり気味にこう言った。
「今日の訓練は終了で~す。みなさ~ん、じしゅ~う」
やるせない思いを抱いたまま、蔵人は、慶太と共に桜城校内を闊歩する。
「くーちゃん。どこに行くの?」
「第一競技場さ。可能であれば、女子生徒達の訓練に参加させてもらおうと思ってね」
こんな不完全燃焼で自習など出来るはずもない。自主練でも良いのだが、折角女子達が異能力訓練をしているならば、普段できない練習に参加した方が、実りが多いというもの。
そう思って歩みを進めていた蔵人だったが、目の前にいる戦友を見て考えを改める。
「もしくは、ユニゾンの練習でも良いな。慶太とこうして会えるのも、今では貴重なことだからね」
桜城に入ってからというもの、慶太との接点が激減した蔵人。
と言っても、別に慶太と不仲になったと言う訳ではない。蔵人が部活に入ったことで時間が取れなくなったのと、慶太自身も身動きがとり辛くなっていた。
慶太は、クラスの女子達から随分と気に入られてしまったみたいで、彼女達が片時も慶太の傍を離れようとしないのだ。お陰で、中休みや昼休みに会いに行っても、女子達に囲まれた慶太にしか会えない状態である。
慶太に聞いた話、トイレの前まで付いてくるのだとか。恐らく、彼女達は慶太の護衛気分なのだろうが、それでは慶太の身が持たないだろう。
「そんなことないよ。オイラ、みんなのお弁当大好きだもん。車で送り迎えまでしてくれるんだよ?」
…大丈夫らしい。
慶太よ。お前さん、やっぱり太ったろ?女子達に甘やかされ過ぎているんじゃないか?
蔵人の疑問は、しかし、声に出す前に潰されてしまった。
鋭い、悲鳴のような怒号に。
「あなた達!何をしているの!」
その声は向こうの方、中等部と高等部を分ける雑木林の方から聞こえた。
雑木林と言っても、木々はきれいに整理されていて、どちらかというと果樹園というか、バラ園のように木々や花々が壁となっており、大きな通路で両校を行き来出来るようになっている。
その通路の入り口。中等部側のベンチのところに、3人の人物が相対していた。
1人は男性だ。黒髪で、ひ弱そうな男性は、ベンチに座ってオロオロと残りの2人を見ている。その横に座る女性は、黒髪で可愛らしい風貌の娘である。2人はぴったりと寄り添い、2人の太ももに置かれた本を読んでいた形跡が見て取れる。
そして、最後の1人は、そんな2人に厳しい視線を送る長い赤髪の女性。肩を怒らせ、燃えるような真っ赤な髪までも逆立っているように見える。
いや、実際に上昇気流で浮遊している。彼女の周りには、可視出来そうなほどの熱量があふれ出している。
彼女達の背格好からして、高等部の生徒達だろう。中等部と高等部では、制服の質とデザインが若干異なる。
赤髪の女子生徒が拳銃を突きつけるがごとく、ビシッと人差し指を2人に、黒髪の女子生徒に向ける。
「貴女に聞いているのです!穂波さん!」
凶器を突きつけられた穂波さんとやらは、顔をみるみる青くして立ち上がる。その拍子に、本は地面へと投げ出されるが、今の2人は気にする素振りすら見られない。
「に、二条様、これは、違うのです。五条様には、ただ、べ、勉強を教えてもらっていただけ」
「人の婚約者に教えてもらう程の勉強とは、一体どんな勉強なのですか!!」
熱風が、こちらにまで押し寄せる。
今にも爆発しそうなその場の様子に、蔵人は内心で納得する。
ああ、これは浮気現場だな、と。
恐らく、赤髪の二条様と男性の五条様は婚約されているのだろう。そんな仲で、黒髪の穂波女子が五条様と仲睦まじくベンチで談笑をしていた。そこを婚約者である二条様が発見して、修羅場と化しているという事か。
そう理解すると同時に、蔵人は慶太の手を取る。
「どしたの?くーちゃん?」
「慶太。ここは退避するぞ。出歯亀になっちまってる」
そう判断した蔵人の行動は、
遅かった。
五条様の裏返った声が届く。
「煉!止めてくれ!穂波さんとは、本当にただ、ただ勉強をしていただけなんだ!信じてくれ!」
「勉強でしたら、私がいくらでもお教えいたしますわ。それに、普段から貴方が穂波さんと仲良くしているのは、貴方のクラスメイト達からも聞き及んでいますのよ?」
「ち、違う!それは、彼女とは席が隣同士で、たまたま…」
「たまたまこんなところで、逢引していたという事ですか!!」
彼女の熱が、具現化した。
それはまるで、赤い龍。大気を焦がす、灼熱の火龍。
それを見た五条様は、ヒッと声を詰まらせ、後ろのベンチにひっくり返った。
そんな彼を、穂波さんが前に出て庇う。
「二条様!おやめください!こんな所で異能力を使えば、誰かに…」
周囲に目線を彷徨わせていた穂波さんが、一点を見つめる。
そこに居たのは、
蔵人達だった。
「ほら!後輩に見られていますわ!」
チッ、やられた。
蔵人は内心で毒づく。
「…何を見ている」
案の定、二条様の怒りの矛先がこちらを向いてしまった。
二つの瞳と、無数のアギトが蔵人達を射貫かんと、鋭くこちらを見る。
物凄いプレッシャーだ。こんなにビリついたのは、氷雨様にお会いした時以来だ。
蔵人は、跳ねる心臓を抑えるように片手を胸に当て、頭を下げる。
「大変失礼いたしました、二条様。深く、深く謝罪申し上げる次第でございます」
頭を下げながら、蔵人は同じように頭を下げてくれている慶太に向かい、小さく声を発する。
「慶太、ユニゾンだ。バジリスクで逃げるぞ」
相手は恐らくAランクだ。もしも全力の攻撃を放たれたなら、蔵人だけでは防ぎきることが出来ない。でも、慶太とのユニゾンであれば、スターライトのユニゾン攻撃を何発か凌いだバジリスクなら、活路を見出せる。
「おっけ」
慶太も小さく返してくれて、それと同時に魔力も送り出してくれる。
少し久しぶりのユニゾン。だが、まるで何時もそこにあるように、馴染む慶太の魔力。
蔵人と慶太のユニゾンは、既にスターライトの域まで到達しようとしていた。
あぶれていた熱気が、更に熱量を帯び始めた。
二条様が、こちらに歩いてきているのだ。
「貴方達、中等部の学生よね?この時間、中等部は授業中の筈。それなのに、何故こんな所にいるのかしら?」
蔵人が顔を上げると、そこには酷く冷たい瞳をした、赤い熱量の女子生徒がこちらを見下ろしていた。
「学生なら学生らしく、早く授業に戻りなさい!!」
そう言った瞬間、彼女の龍達が鎌首を上げた。
それと同じくして、蔵人は2人の体を土の龍鱗で覆いつくす。
構築される、龍の姿。
見るだけで相手を硬化させる、蛇の王。
その巨体を目前に、二条様の顔が驚きに凍り付き、龍達は動きを凍り付かせた。
『ご命令通り、授業に戻ります。それでは二条様、失礼いたします』
低く、反響する声を発しながら、その土龍は桜城中等部へと戻っていく。
「まって、待ちなさい!貴方達!貴方達は一体、何者なのです!」
その背びれに、二条様の声を受けながら。
後日、蔵人は安綱先輩から呼び出しを喰らった。
呼び出された場所は、生徒会室。
「済まないな、蔵人。君にも協力して欲しい事があるのだ」
「協力、ですか?何かお力になれることでしょうか?」
蔵人の問いに、先輩は仰々しく頷く。
「君のクラスの新聞部員に、渡りを付けて欲しいのだ。桜城高等部の風紀委員会から、ユニゾンが出来る男子生徒を探し出て欲しいという依頼が来ていてね」
「ユニゾンが出来る男子?そんな方が、この学校に?」
目を開いて驚く蔵人を見て、しかし、安綱先輩は凄い訝しそうに、蔵人に薄い目を向ける。
「これは私個人の見解なのだが、そんなことが出来る男子生徒なんて、恐らく君1人だけだ、蔵人」
厳しい視線を送って来る先輩に、蔵人は笑顔で首を振る。
「過分なご評価、恐縮です。ですが、いくら私でもそこまでは…」
出来ないとは言っていない。
蔵人は内心で頭を下げる。
すると、先輩は視線を柔らかくして、高級そうな椅子にトスンッと座った。
「おかしいな。二条副委員長が言うには、そのユニゾンはまるでヘビの姿をしていたとおっしゃるのだ。盾が連なる、巨大な大蛇だとね」
あの人、風紀委員の副委員長だったのか。道理で時間に厳しい訳だ。
蔵人は内心で驚きながら、それを少しだけ顔にも反映させる。
「ほぉ。それは、是非私もお会いしたく思います。盾使いの端くれとして、ご教授賜りたい。分かりました。微力ながらも、お手伝いさせていただきます」
そういうと、先輩は疲れたように首を振り、
「もういい。よろしく頼む」
そう言って、諦めてくれた。
勿論、若葉さんにもその話を伝えたが、ユニゾンができる男子生徒なんて見つけることは出来なかった。
ただ、
「ごめんね、蔵人君。探しきれなかったよ」
随分と早く音を上げた彼女に、若干の違和感を覚える蔵人であった。
「全く、特区の男共は情けない奴らばかりだな」
仕方ありませんよ。現実世界で言えば、弾丸が頭上を行きかう中を、中学生が歩かされる様な状況ですよ?
「そう聞くと、この世界の女共が異常に思えるな」
誰の視点で見るかで、物事は表情を変えるのですね。
イノセスメモ:
二条家…九条家に並ぶ大貴族。鎌倉時代中期には、五摂家として強大な力を有していた。この異能力世界では強力な異能力を賜った為、戦国時代から減り続けた権力を取り戻している。