56話~学園ドラマの先生を思い出したわ~
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日常回多めの章となっていますが、長い目でご覧いただけたらと思います。
「展開を早くしろと言ってやりたいが、ここからだと、あ奴の尻を叩くことも出来んからな。雷くらいしか落とせん」
落とさないでくださいよ?
練習試合は、想定していたよりも遥かに我が校の優勢で進んでいた。
それは、悪い事ではないが、良い事でもない。
本来、この試合を受けた意味は、新体制になった新3年生の動きを確認する為のものであり、あえて海麗(美原先輩の事)に出場を辞退して貰ったのは、彼女が加わる事で他の3年生が気を抜くのを防ぐ為だった。
だが、誤算だった。
県大会ベスト2位まで上り詰めた仙台蓮華中学なら、桜城といい勝負が出来ると思っていたこの試合。
しかし、試合開始からあまり動きが良くない相手校の選手達を見て、これは不味いと麗子(部長の事)は眉を顰める。
長旅の疲れなのか、はたまた新体制になった相手校の主力がまだ調整中だったのか、兎に角、県大会出場校の動きにしてはお粗末だった。
それは、試合慣れしていない2年生を投入してもあまり変わり映えせず、とうとう1年生まで投入する事を、麗子は決断した。
まるっと1年生に変えたい位の優勢具合だが、それでは恐らく試合にならないだろう。彼女達はまだ、まともなミニゲームすら体験していない。
なので、投入するのは今後主力となるであろうBランクの子達だ。彼女達には、前線で見える景色と、その鎧の重さに苦戦して、経験値に変換してもらいたい。
彼女達が前線に出れば、高確率で相手選手に押し負けるだろうから、その悔しさをバネに、より一層励んでもらう意味もある。
そして、彼女達1年生を支える2、3年生には、流れを失った後の動きを学んで貰いたい。1年生達が空けた大穴をどう塞ぐか。そこから崩れたゲームをどう立て直すか。その練習にするのだ。
『桜坂サイド、選手交代です』
後半戦開始3分。本日2回目となる桜坂サイドの選手交代を要求した麗子。
直ぐに2、3年生の主力と、1年生を入れ替える。
その際、入って来た1年生を支えるように、残った2、3年生に指示を出す。
入れ替わった1年生は、直ぐに前線へと走…初めての鎧に苦戦しながら、歩いていった。
現在、桜城の選手配置は、初期から少し変わっている。円柱役が2人。中衛に遠距離役2人と盾役1人。中立地帯の前線に近距離役が4人と遠距離役2人、盾役2人となっている。
各配置の役割として、円柱役はいざ相手がタッチを仕掛けて来た時の護衛である。神谷は陽動用に出場させていたが、これは普段の桜城の戦い方では無い。桜城はあくまで王道の攻め方をする。
今回は、相手が格下だったから面白いくらいに決まったが、普段はバレる事の方が多い。
それでも、今試合でこの作戦を使った理由は、桜城にはこんな戦い方があると周りに知って貰う為。あえて得意でない戦法をひけらかし、得意戦法を隠すという狙いと、もしかしたらトリッキーな戦法を使うかも?と相手に疑心を植え付ける狙いがあった。
随分と立派な撮影機材を用意してくれているから、ちゃんと周囲の学校に宣伝してくれることだろう。
期待しているわよ。
遠距離役は桜城の主力だ。遠距離攻撃で相手の近距離と盾役を削り、相手前線を瓦解させる。
すぐ目の前には味方の近距離役がいるので、射線を確保するために走り回り、良いポジションを探す必要がある。如何に良い位置取りが出来るかが、桜城の遠距離役には1番重要な要素だ。
盾役は、背後の遠距離役と、真後ろの近距離役を守るミッドフィールダーだ。相手の攻撃スタイルに合わせ、盾で防ぐのか、近距離役とスイッチして相手に攻め入るのか、ミクロの戦術を組み立てる判断力も必要である。
近距離役は、相手の近距離役が突破するのを防ぎ、可能なら無力化する事を求められる。スタミナよりも異能力の強さが求められる役だが、桜城では盾役とスイッチして、相手を撹乱させる戦法も良く取られるので、機動力も大事だ。
早い話、桜城が他校よりも走る練習を多く取り入れているのは、この機動力を武器にしているから。歴代の先輩達は、この機動力で相手のスタイルに素早く合わせ、素早く隙を突き、勝利していった。
1年生を投入してから、少しすると試合が動き出した。予想した通り1年生の動きが悪く、そこから押され始めた。
案の定、鎧の重さに苦戦しているようだ。特注した金属は、随分と軽量化を重ねているとはいえ、全身で20㎏程の重みが掛かる。
普段の練習の様に攻め込もうとする彼女達だったが、体が思うように前に出ていない。逆に、相手の前衛は時間が出来て、中衛との連携が取れだした。桜城1年生の攻撃を、余裕で受け流すくらいまで回復させていた。
「そりゃぁ!」
そんな中、勢いある掛け声を上げて、桜城の遠距離が1人前に出る。
北岡だ。彼女の異能力はデトキネシス。任意の空間を爆発させる最上位種の異能力を使い、相手前衛を攻撃する。
のだが、
攻撃が当たらない。彼女の爆発が遅いからだ。
腕を突き出し、カッコいいポーズを決めているのだが、その掛け声から数秒経って、漸く小規模の爆発が発生している。なので、相手は余裕で避けてしまい、攻撃が当たらない。
「おい!避けるな!戦え!」
北岡が吠えるが、おバカ丸出しだ。誰が好き好んで、敵の攻撃に当たりにいくのだろうか。
しかも、彼女は周りが見えていない。今や桜城前線は蓮華前線に押され始め、北岡は1人突出してしまっている。そこを見逃す相手ではない。
「ぎぁあ!」
蓮華遠距離の集中砲火。
短い断末魔を残して、北岡がベイルアウトする。
例えBランク…いえ、Aランクであったとしても、前線から取り残されれば、このように刈り取られてしまう。
これがファランクス。大規模戦闘の醍醐味を、北岡は身をもって味わってくれた事だろう。
…学んでくれたら嬉しいのだが。
北岡が抜けた穴を埋めるように、伏見がそこに入る。
重さで移動はし難そうではあるが、サイコキネシスの攻撃は健在だ。蓮華の前線が前進を止める。
彼女は、普段の練習をとても真面目に、そして全力で付いてくる。
最初こそ直ぐにへたばっていたが、最近ではそんな姿も少しづつ見なくなってきた。順当に考えれば、彼女が将来のキャプテンになっていただろう。
その横で、金属の拳を振り回すのは、もう1人の原石。久我鈴華。
彼女は、時折練習で力を抜くことがあるが、そこそこ付いてきている。どうも気分屋らしく、能力にムラがあるのだが、集中すると伏見以上に光る物がある。特に、伏見と組ませると、そのサボり癖もなりを潜めるので、現状でも中々使える。
そんな新星2人が踏ん張るも、疲労がここからでも見えて、徐々に押されはじめた。瓦解は時間の問題だ。
さて、ここからが貴女達上級生の出番よ。
そう思って、麗子がそちらに視線を送ろうとすると、それを遮るかのように前に出た選手が居た。
1年生の黒一点。巻島蔵人だ。
男子でありながら、異能力に興味を持つ変わり者だが、練習は至って真面目。本当に男子なのかと疑ってしまうくらいに真剣である。しかも、基礎練は2,3年に遅れを取らず、応用練習に至っては少し余裕すら見られる。
最初に入部したいと言われた時は、数日で辞めると言い出すと思い、そう言いだす前にマネージャーへ転職させる気であった。でも、そんな様子は一切なく、見事に桜城のメニューをこなし続けている。
更に、周りの部員も、そんな姿の巻島に信頼を寄せ、今では1年生の中心人物にまでなっている。男子だが、順当に考えなければ、彼が未来のキャプテンだ。既にそう呼んでいる1年達もいる。
そんな巻島は、今にも倒れそうな程に疲れ切った伏見とスイッチし、彼女の相手だった近距離役の攻撃を盾で防ぐ。
相手もCランクとはいえ、3年生である。技量も体力も上のはずの相手に対して、しかし、巻島は一歩も退かない。
それどころか、あまりに彼の受け流しが上手すぎて、相手の腰が引け始めた。
彼の技量と体力は、1年に求められるそれを明らかに超えている。
久我と相手していた近距離役も、隣の選手の劣勢を見て、巻島に標的を変えて攻撃してくる。だが、巻島はこれも防ぎ切ってしまう。
確かに、桜城の練習をこなせるなら、同ランク帯の3年生を留めることは出来るだろう。
だが、2人相手でも押されないのは流石におかしい。動きも素早いし、まるでフルアーマーの重量を何とも思っていないかのような動き。
本当に彼は1年生なのだろうか?彼については、大幅な見直しが必要だ。
マークが外れた久我は…巻島の後ろで休んでいる。伏見と違い、まだ余裕がありそうなので、どうもサボっているようだ。
彼女は、巻島が近くにいるとサボると言うか、甘える癖があったが、試合中でもそれを出すとは。後で対処しなければ。
伏見が復活し、巻島と上手くスイッチして前線に戻る。ついでに、巻島に背を押されて、久我も復帰する。
逆に蓮華前線は、巻島を相手取る間に消耗しすぎた様で、みるみる内に劣勢となる。
そうなると、押され気味だった桜城前線が踏みとどまり、逆に押し返し始めてしまった。
その後の試合展開も、前線の1年生が粘った事で優勢になってしまい、試合結果は大差で桜城の勝利となった。
大穴になると思っていた1年前線組が、番狂わせの大穴となってしまった。
本来であれば、もっと早い段階でコールド勝ちとなっていたのを、練習試合だからと20分最後まで試合してもらった。だが、こんなに圧勝してしまうと、相手校に申し訳ない。
得るものも大きかったが、もっと収穫する気だった麗子は、微妙な心情だった。
やはり相手にするなら、東の強豪校よりも西の無名校であったか。ファランクスが盛んな関西や九州の中学に、頭を下げてでも来てもらうべきだったのかもしれない。
しかし、悔いるばかりの試合でもない。1年生が、と言うより、巻島があそこまで上手く前線をコントロールするとは思っていなかったので、そこは大きな収穫だ。
これなら、今年の夏でも、盾役の代打としては十分に役立つ。
麗子の頭の中には、既に夏のビッグゲームに向けた構想が練られ始めていた。
〈◆〉
練習試合が終わり、疲れ果てた両校の選手達が互いに健闘を讃えあっている。
蔵人の元にも、何人か相手校の選手が来ようとしたが、尽く桜城の先輩達に阻まれていた。
有難いことだ。何せ、相手の選手の目の色は、油断ならない色をしているからね。
そんなことを考えながら、盾で浮かせていた鎧をパージしていると、蔵人の元に公介君が駆け寄って来た。
どうも、蔵人の戦う姿に感動したらしい。3年生の先輩達に引けを取らない姿に勇気が出た、と目を輝かせて言っていた。
「蔵人君のお陰で、僕も勇気が出たよ!ファランクスが好きな男子なんてって、ずっと思っていたけど、けど、それでも、君の戦う姿を見て、それでもいいんだって思えたんだ!」
去り際に、彼は決意を新たにした顔で、そう宣言した。
キラキラしたその顔に、蔵人も釣られて笑顔になる。
「自分が信じる道こそ正しい道であると、俺はそう思うよ」
蔵人がそう言うと、公介君はとても嬉しそうな顔をして、バスへと走っていった。
自分の姿で、奮い立つ者もいる。
蔵人には、クーラーボックスを肩に掛けて走る彼の姿が、とても眩しく映った。
試合の翌日には、録画した練習試合の映像を皆で分析する時間が設けられた。
試合の前半、前半の交代後、後半の交代後と細かく区切って討論会が開かれ、それぞれの役割毎に部長から厳しい総評が下される。
試合の前半、3年生の主力においては、大きなダメ出しはなかった。でも、個々の課題を言い渡されていた。遠距離役は互いの位置を把握するようにとか、近距離役は相手を釣る事も意識せよとか。
前半交代後のダメ出しは1番厳しかった。主に2年生が出た時間帯だったが、連携の甘さが指摘された。
逆に、後半の交代後、1年生が出た所の指摘は少なかった。先輩達の動きを学びなさい程度。ただ、鈴華だけは名指しで指摘されていた。
「ここ、サボらないこと」
部長が映像を止めて指さすのは、蔵人の後ろで伸びをする鈴華の姿。
蔵人も、自分の後ろで余裕そうな彼女の雰囲気には気付いていたが、如何せん伏見さんの様子が気掛かりで放置していた。でも、こんなにも余裕を体現しているなら、この娘の相手を引き受けるんじゃなかったと、蔵人は悔いた。
「あとここ、自分から前に出なさい」
蔵人が鈴華を無理やり前に送り出した所だ。
伏見さんが復帰したのに、まだ戻って来ない鈴華を心配して後ろを見たら、余裕そうな彼女と目が合って、背中を押した時だ。もっと早く気付いていたらなぁ。
こうして試合の様子を振り返り、各々の課題が見つかった事で、練習には更に熱が入というもの。
と思ったのだが、どうやら別の所にも熱が入ってしまった。
いや、火がついてしまった、と言うべきか。
伏見さんと鈴華だ。
映像を見た後、訓練棟へ移動していると、溜まった鬱憤を破裂させたかのように、伏見さんが鈴華の袖を掴んだ。
「なんや!あの気の抜けた試合は!お前ヤル気ないんか!?」
あの試合とは勿論、蓮華との練習試合の事。
どうも伏見さんは、鈴華の姿が真面目に取り組んでいない様に見えて、怒り心頭のご様子。
そんな様子の伏見さんを、鈴華は鬱陶しそうに横目で見下ろす。
「うっさいなぁ。さっき部長にも怒られたんだから、もういいだろうよ」
「良かないわ!そんなんやからお前は、何時も練習気ぃ抜けとんのとちゃうか?」
鋭い視線に低い声の伏見さん。
これは、いつもの喧嘩よりも随分と、熱が入っている。
鈴華が、鈴華の袖を掴んでいた伏見さんの手を振り払う。
「ああっ!もう!いちいちうっさいなぁ!あたしがどうしようと、お前には関係ないだろ!」
「あるわボケ!お前がサボとると、その分チームに迷惑が掛かるんや!今回やて、どないにカシラに迷惑掛けとんのか、分かっとんのか!?」
「そりゃお前もだろ!ヘロヘロになってボスに泣き付きやがって」
歩きながらだった前の2人が、とうとう歩みを止めて睨み合ってしまった。喧嘩に本腰を入れ始めたな。
「泣いとらんわ!何処に目ぇ付けとんのや」
「ここですぅ〜。ここにあるのがお目目ですぅ~」
「バカにしとんのか!」
「そりゃこっちのセリフだ!」
ああ、ちょっと黙って見ているだけで取っ組み合いの喧嘩まで発展したよ。なんて展開の早い喧嘩だこと。
蔵人が呑気に2人を見ていると、蔵人の横から、心配そうな西風さんが声を掛けて来た。
「ね、ねぇ。早く止めた方が良いんじゃないかな?」
「そうね。あまり意味の無い罵り合いになってきちゃったわ」
鶴海さんまで蔵人を見て、そう陳情してきた。
何時までも蔵人が止めていたら、リーダーが交代できない。
どうしても俺がやらないとダメかね?と蔵人が2人を見ると、
「えっと、だって、蔵人君がリーダーだし。止められるの君だけだから…」
「期待しているわ。リーダー」
鶴海さんが、満面の笑みで蔵人の背を押す。
こんな素敵な笑顔を向けられて、断ることなど出来ない。それに、西風さんの言う通りだ。暫定でもリーダーなのだから、新しいリーダーが選出されるまでは出しゃばろう。
蔵人は取っ組み合いをしている両者の肩に手を置く。
2人はキッとこちらを睨みつけて来たが、相手が蔵人なのを見て、掴み合っていた手を下ろす。
「止めんで下さい、カシラ」
「そうだぜ。今日こそこいつの顔、福笑いみたいにぐちゃぐちゃにしてやる」
「なんやと!」
「おう、やるかぁ?」
「望むとこ…」
「そこまでだ」
蔵人が少し手に力を込めると、2人は黙った。
気の所為かな?こちらを見る2人の目が、若干揺れている気がする。
まぁ、止まったなら良いか。
蔵人が鈴華を見上げて、口を開く。
「鈴華。伏見さんが言いたいのは、もう少し君の気持ちを前向きに持って欲しいって事だ。君は器用だからね。今は必要以上に力を出さないのだろ?でも、何時も本気を出さないと、いざって時に出せなくなるよ」
「せや!お前は何時だって」
蔵人の横から、伏見さんが割り込んできた。
蔵人は、伏見さんを見つめて首を振る。
「伏見さん。今は俺が話している。少し時間をくれないか?」
そう言うと、伏見さんは目を伏せる。
「す、すんません、カシラ」
「ありがとう。それで、鈴華。いざという時とは、つまり俺や伏見さんがピンチな時だ。その時は、必ず来る。そんな時に君が本気を出せなかったら、誰が俺達を助けてくれるんだ?君じゃなければ、出来ない事だ」
鈴華は腕を組んで目を瞑る。蔵人が言った場面を想像しているのだろう。
「う〜ん…まぁ、そうだなぁ。あたしじゃないと、無理だろうなぁ」
「そうだろう?だから、練習試合でも、普段の練習でも、何時でも本気が出せる練習をしてくれないか?」
蔵人がそう言うと、鈴華はニヤリと笑った。
「まぁ、ボスが言うなら、そうするか」
これで鈴華の方は片付いた。
次は伏見さんだ。
「伏見さん」
「へぇ?ウチですの?」
伏見さんは、自分まで何か言われると思っていなかった様で、素っ頓狂な声を蔵人に返す。
蔵人は1つ、頷く。
「伏見さんは、試合の映像を見てどう思った?自分の戦う姿から、反省点は見つかった?」
蔵人の言葉に、伏見さんは視線をさ迷わせ、答えを探した。
「えっと、体力が足りんかったですし、相手Cランクやったから、Bランクのウチは、もっと早く倒せる様に…」
「それも大事だ。でも1番は、限界まで頑張り過ぎた事じゃない?」
蔵人が答えを与えると、伏見さんは目を瞬かせて蔵人を見る。
蔵人は続ける。
「俺が無理やりスイッチしていなかったら、君は倒れていたかもしれない。集中する事は良い事だけど、し過ぎは危ない。ちゃんと周りを見て、状況によって退く判断もできる余裕を残すのも大事だと思うよ」
「判断出来る、余裕…」
伏見さんが復唱するのを、蔵人は頷きで答える。
「そう。そういう意味では、鈴華が得意だから、教わる部分もあると思うよ」
蔵人がそう言うと、鈴華は少し得意そうに笑みを浮かべる。いわゆるドヤ顔だな。可愛いけど、ちょっと調子に乗り過ぎだな。
「鈴華も、本気を出す練習は、伏見さんを見習ってね」
「ふぁ〜い」
ドヤ顔だった鈴華の笑顔が萎んだ。可愛そうだが、あまり天狗にしてはいけない娘だ。仕方なし。
蔵人は2人の肩から手を離す。
「人間、どうしても相手の悪い所には目が行きやすく、いい所には気づき難い。でも、それを気づける様になって、自分も相手に学べば、必ず自身の血となり肉となる。喧嘩するなとは言わないけど、喧嘩するのと同じくらい、その人の事をちゃんと見て、いい所を盗む様にしてくれないかな?」
蔵人がそう言うと、2人は黙って頷いた。
ふぅ、何とか収まった。
蔵人が役目を終えて振り返ると、小さく手を叩く西風さんが。
「凄かった!蔵人君、先生みたい」
「ほんと、有名な学園ドラマの先生を思い出したわ」
鶴海さんまでサイレント拍手をしている。
鶴海さんの後ろの先輩達まで、うんうんと頷いている。
今更だけど、結構な人に見られている中で語ってしまった様だ。恥ずかしい。
さぁ、こんなところで油を売っている場合じゃない。
蔵人達は訓練棟に急いだ。
この日から、鈴華と伏見さんが取っ組み合いの喧嘩をする事は減った。まだ、口喧嘩する場面は見るが、友達同士が行う喧嘩レベルで終わってくれる。その為か、1年生のチームワークは、かなり良くなった様に思える。
やはり、中心人物達が変わると、周りも変わるんだなと、蔵人は走りながらしみじみ思う。
「人という字はな、支え合って立っているのだ」
ど、どうしたんですか?急に。
「なに、ただの戯れだ」
気を付けてください。消されますよ?
イノセスメモ:
・ファランクスの本場は西日本?